デビルサマナー 人修羅事件譚   作:烈襲

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プロローグ

 ――どうやら、敵わなかったようだね。ああ、構わないよ。君はまだ『新しい』。でも、やっぱり悪魔では『大いなる意志』には届かないか。

 よし、君には一時的に人の世に戻ってもらおう。今一度、人として生き、そして再びその時が来るまで待っててもらうとしよう。人として生きれば人の持つ可能性をその身に宿すことも出来るかもしれない。

 ――わかった。君が望むその日まで君の記憶も力も封じておこう。いや、むしろ、新たな世で新たな生を生きていくのもいいのかもしれない。まぁでも、もし『君』がまた悪魔に出会ったり、死にそうになったりしたのなら僕は君の封印を解く。君の損失は僕の痛手になるからね。

 では、また会おう。混沌の悪魔。

 

 

 深夜、一台の車がトンネルの中を通っている。

 中にいるのは四十過ぎの夫婦と高校生になったばかりの息子と小学6年生の娘という家族。どうやら旅行帰りらしい。後部座席の二人の子供はすでに眠っている。トンネル内に他に通っている車はなく、薄暗い明かりも相まってやけに不気味な雰囲気を醸し出していた。

 もうトンネルを抜けようかというところで、その車は急に動きが狂い始める。だが、それにも関わらず車の速度は増していた。そしてついにはトンネルを抜けてすぐにある街灯に激突した。まるで追い打ちをかけるかのように街灯は倒れ、車に直撃する。車は完全に潰れ、あたりにはガラスや壊れたパーツが散乱し、血も流れだしていた。

 その車の凄惨な様子をみるだけでも、生存者は絶望的だった。

 事故が起きて数分も経った頃だろうか。一人の人間が這い出てきた、四人家族の高校生の息子で有る。なんとか潰れた車から外に出られそうな隙間を見つけて出てきたようだ。それでも彼も重傷を負っており、そのまま仰向けに倒れこんでしまった。

 地面に横たわり、意識が朦朧している彼の前にどこからか金髪の青年が現れる。紳士的な佇まいのかなりの美青年である。

 その金髪の青年は倒れている少年をみて笑みを浮かべ、そのまま声をかける。

「久しぶりかな? それとも初めましてかな?」

 青年は続ける。

「君が悪いんだよ。悪魔と出会う、もしくは死にかける。そうなったら僕は君の力と記憶の封印を解く。その条件を飲んだのは君だ。そしてこの僕が、君がそうなってしまうように仕向けないとでも?」

 更に青年はしゃがみこみ、少年に顔を近づけまた話しかける。

「安心してくれ、今すぐ君を連れ戻そうって訳じゃあない。君が、人修羅が人の世に一体どんな出来事をもたらすのか少し気になってね。君もまだこの世界で生きていたいだろう?」

 少年は朦朧とした意識の中で青年の言葉に耳に傾けていた。しかし、その薄れゆく意識の中で唯一頭の中に入ってきたのは「生きていたいだろう?」という問いかけだけだった。

 本能からくるものなのだろうか、彼は無意識の内に彼の言葉に頷いていた。例えそれが悪魔の契約であろうとも。

 青年は頷いた少年をみて嬉しそうに「そうかい」とだけ答え懐から虫のようなもの取り出した。

「大丈夫、痛みは一瞬だけだよ」

 青年はその虫のようなものを少年の上に落とす。

「懐かしいだろう」

 少年の上に落ちた虫のようなものは彼の口の中に入り込んでいく。

「うぐぁァァァァァァァ!!!!」

 少年に体を蝕むような激痛が奔る。

「うあぁァァァァ!!」

 その痛みのあまり少年は絶叫をあげる。

 そして少年の顔に黒い刺青のようなものが浮かび上がり、目は金色に変色していく。黒い刺青は全身に広がっていき青白く発光していく。

「すまないね。この世界の君は『君』であって、君じゃない。全てを取り戻すには些か時間が掛かりそうだ」

 少年の体にできた数々の傷は凄まじい勢いで癒えていく。しかし、その直後少年は激しい頭痛にもがき苦しむ。

「この世界はとても面白い世界だ。さて、君はこの世界でどうやって生きる?近いうちにまた会うこともあるだろう。では、その時まで……」

 そして金髪の青年は非常に満足そうな顔で闇の中に消えるようにその場から去っていった。

 その直後別の車がそこを通りがかったが、既に金髪の青年の姿は何処にも無かった。

 

 ◆

 

「酷い有様ですね」

 事故の通報があり、現場へと駆けつけた婦警である米山はその有様を見て思わず言葉を漏らした。既に怪我人と遺体は運びだしてある。

「娘さんが辛うじて息があったのが奇跡みたいなものね。運転席と助席のご両親は即死みたいだし」

 米山の先輩である吉川もその様子に辟易していた。

「でも、なんでこんな見通しのいい道で事故なんか……」

「家族旅行ってところでしょうから、飲酒は無いわね。車の故障かしら」

「ゴールデンウィークに家族三人で仲睦まじく旅行中の悲劇ってところね」

「四人家族だ。生存者も一人ではなく、二人だね」

「「!?」」

 急に男が話に割り込んできた。警察官でも救助隊員でもない。

「ちょ、ちょっと! 立入禁止ですよ!」

「ああ。すまないね。ここからなんとか抜けだして助けを求めに外に出ていた少年をこちらで保護したんだ」

 男は悪びれる様子もなく、紳士的な口調で答える。

「本当ですか!」

「ああ。今、僕の車に乗ってもらっている。あれだったら、僕が直接病院に送るが……」

「いえ、それには及びません。こちらで救急車を手配いたしますので……」

「えっと……言い方を変えよう。こちらで病院に連れて行ってあげたい。目立った外傷とかは無いんだけど……」

「と、言いますと……あれ? あなたどこかで?」

 米山は今自分と話している男に見覚えがあるようだ。

「ん? 君は……あぁ! あのときの!」

 男も覚えているらしい。

「え、ちょっと米山、知り合いなの?」

「えぇ、ちょっと昔……」

「そっか……じゃあ君にならいいか……米山さんだね。君になら会わせてもいいかも」

 一体どういう心境の変化だろうか。男は急に米山なら良いと言い出す。

「え? えっと……じゃあ先輩?」

「いいわ。昔の知り合いなんでしょ。完全にプライベートの話でもなさそうだし、こっちはこっちでやっておくから行ってきていいわ」

「ありがとうございます!」

「じゃあ、こっちだ」

 そう言い、米山は男の案内についていく。

 

 ◆

 

「そういえば。市ヶ谷で助けられたとき、あんたの名前聞いてなかったわね」

「そういや、そうだったね。あーでも……」

 男はなにやら考えている。

「ん? なんか言えない理由でもあんの? あんなアクマだっけあんなのと戦っているからには……」

「そういうわけでもないんだが……こっちでいっか。僕は葛葉ライドウだ」

「ライドウ、ね。覚えておくわ。で、保護した少年っていうのは?」

「見れば解る。ほらあれが僕の車だ」

 ライドウと名乗った男が指さした方向には確かに一台の車が止まっていた。ライドウは小走りで車に駆け寄り、中に居るらしい少年と話している。米山はその後を追い、車の中を見る。

「!?」

 米山はその少年の姿を見て驚いた。確かに目立った外傷はない。しかし、なさすぎる。服はぼろぼろで上半身はほとんど半裸にも関わらず、外傷が無いというのはおかしい。そして何より驚いたのは全身に黒い刺青が入っているということだ。

「あの……これは一体……」

 ライドウは米山の質問に答える前に少年に上着を渡し、外に出るように言う。

「気がついたらこうなっていたらしい。ま、あの事故も事故じゃなく悪魔によって引き起こされた『事件』かもしれないね」

 ライドウは自身の見解を米山に述べる。

「えっと……。ライドウさんでしたっけ。この方は? 警察のようですが……」

 刺青の少年はライドウに尋ねる。

「ああ。事故……いや『事件』現場の処理を担当してくれている婦警さんだ」

「なるほど。事件ってことはやはりあれは悪魔が引き起こしたものでしたか」

 二人は事件ついて語り合っている。それを横で聞きながら、米山は自分が高校二年のときに起きた事件について思い出していた。

 

 ◆

 

 高校二年の夏。米山遥香は市ヶ谷の自衛隊駐屯地に幽閉されていた。新宿を歩いていた所、オザワという男が中心らしい不良の集団に絡まれ、そのまま拉致された。良くて強姦、最悪死を覚悟したが実際には、ただ市ヶ谷の地下に幽閉されていただけだった。ほかにも幽閉されていた人間は多く、みなハルカという名前の女性だった。

 地下で捕まってから数日後彼女は三人の男によって救出された。迷彩服を着て頬のこけた顔にメガネの危険そうな青年、そいつとは対照的な長髪の爽やかな好青年、そしてそんな二人の間を取り持つ自分と同い年位の青年。彼らはこの地下にとらわれている『ハルカ』達を助けに来たのだという。皆は逃げた、米山だけは逃げなかった。何故自分がこんな目に遭ったのか知りたかった。その結果、陸上自衛隊のゴトウ一佐のクーデターと駐日アメリカ大使トールマンの千年王国計画、そして悪魔の存在を知った。自分たちを助けた青年達の目的。それはつまりゴトウとトールマンを止めること、そしてそれは成功した。もっとも、そこには一人の女性の犠牲になるがあったことは当時の彼女は知らなかった。

 その後、米山遥香はあの夏のことを自らに心に蓋をして、開けることはなかった。今日この日、再びかつて自分を助けてくれた名も知らぬ『ヒーロー』に合うまでは。

 

 ◆

 

「……というわけで、彼の身柄はこちらで預かるけど、いいね」

 ライドウは米山に刺青の少年の処遇についての確認をする。

「え! えっと、あたしの一存じゃあ、決められないんだけど……」

 とは言ったものの米山は話を殆ど聞いていなかった。

「じゃあ、こう伝えて「今の彼はちょっと精神的ショックが酷く、現場まで行くことに抵抗を感じているから彼を発見した人物が彼を病院に連れて行く」って。連絡先は教えておくから、それでいいよね」

「本人的にはどうなの?」

 ここで初めて米山は少年に声を掛けた。

「この姿で皆の前に出るわけには行きません。それになんか頭の中がごちゃごちゃしていて、ゆっくり整理する時間が欲しいです」

 米山は再び驚いた。突然の事故――ライドウに言わせると事件らしい――が起きた状況でここまで落ち着いていられるのだろうか。確かに現実味が無いのかもしれないが、今の彼にはそういう様子ではない。

「取り敢えずそういうわけだ。君のような正義感の強い人間には酷かもしれないけど、警察はすぐに手を引けと上から言われると思う。米山さんには僕と彼……間薙進くんの連絡先は教えておく。なんか有ったり気になることがあったりしたら連絡をくれ」

 そう言ってライドウと間薙進という少年は車に乗って行ってしまった。

「一体、どうしろっていうのよ……」

 米山は取り敢えず、現場に戻るしか無かった。

 

 

 

 ◇

 

「まさかうぬと再会するとはな……」

 進は車内にいた黒猫が急に喋り出した事になにも驚かなかった。なぜならこのゴウトという猫が喋る事を『知っていた』からだ。

「俺も驚きですよ。ライドウさん……えーっと今十六代目ですよね。十四代目は生きてるんですか?」

「ん? ゴウトもシンくんも顔見知り?」

 車を運転しているライドウが興味津々で尋ねる。

「まぁ、昔な。先々代は生きているぞ。ただまぁ……会っても驚くなよ」

 ゴウトがライドウと進の質問に答える。

「? まぁいいや。ダンテは元の世界に帰りました?」

「ああ。あのハンターか。彼奴もこの世界にいる」

「へぇ。無事ならいいです」

 進は顔がほころぶのを感じた。

「しかし、うぬは他の仲魔とともに神との戦争に向かったのでは?」

「ええ。ですが一度、敗れました。ですので今、『混沌王』は再起のために力をつけている最中です。俺は俺の記憶が確かなら、転生者ってやつでしょう」

「ん? 転生者? じゃあその混沌王は神なのかい?」

 ライドウが進に尋ねる。

「いえ、ただ俺自身が混沌王の異世界の同一人物であること、そして俺自身がこの見た目通り人修羅になっているので多少の例外が効くってことでしょう」

「ふむ、つまり記憶はあるが厳密に言うならばうぬは『混沌王』とは別人ということか。まぁいい、いずれにしろ『混沌王』にも言ったと思うが、うぬがこの地に災いをもたらすようなことは……」

「そこんところは大丈夫です。俺は混沌王が人としての生を真っ当するために生み出された存在です。この世界を護るようなことはしても、滅ぼすなんて……」

「その言葉信用してもいいか?」

「ええ。おかげで混沌王本体より明らかに力は劣っています」

「さて、話が見えないけど、君は人類の敵ではないんだね」

 ライドウが話に割り込む。

「取り敢えず、君がこれから何をするにしても、その見た目はなんとかしないとね」

「そうだな。ライドウ、あとで銀子とヴィクトルに連絡をいれておけ。猫に手に携帯電話は酷なんてもんじゃない」

「了解」

 

 ◆

 

 ――はてさて、人の世界に降り立った人でもない悪魔でもない呪われた存在、人修羅。せいぜい僕を楽しませてくれたまえ しかし、君の上着があまりにもぼろぼろすぎてもらえなかったのは残念だったかな。

 そんなに怒らないでくれ、君の目の前に居るのは明けの明星、大魔王、堕ちた光だ。最後まで話を聞かなかった君が悪い。

 え? 怒っているのはそこじゃない? ルキフグスが仕事しろって? ……あとは頼んだ混沌王くん。また少し面白そうな人間を見つけたのでね。ちょっとサムライに会ってくるよ。何、上手くいけばルキフグスも許してくれるさ。じゃ、また。

 

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