なおこのお話にて一章で出てきた『あの娘』が登場します。
第二章 不思議の学校の怪談 その一
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期末テストが終わり、午前中で学校が終わった周藤俊哉は、あるビルに向かっていた。
そのビルの名前は間薙ビルという。間薙進の自宅から最寄りの駅『小塚駅』の近くにある地上四階地下一階の雑居ビルで間薙進が亡くなった両親から相続したものである。
一階にはランチもやっている居酒屋、二階にはいわゆるアニメショップとゲームショップ、三階にはネットカフェ、地下一階には貸しダンススタジオ、そして最上階の四階には進のダミーの探偵事務所である間薙探偵事務所が入っている。俊哉は進が「正直デビルサマナーやっていなくてもここのテナント料で食っていける」と苦笑いで言っていたのを覚えている。
俊哉の虐めは急に収まった。と、言うのも進が虐めの証拠をかき集め、ネットにバラ撒いたかららしい。その結果、俊哉を虐めていた連中は退学に追い込まれた。また、俊哉はクラスで孤立しかけたが、そちら俊哉と同じく進に弟子入りした多川綾乃の助力を得て、なんとか解決しつつある。
そして俊哉の両親との軋轢も解消しつつある。俊哉が大学生で家を出ている兄に思い切って相談したところ、俊哉の兄は一人暮らし先からとんぼ返りして両親のことを一喝し、父さんと母さんから一応の謝罪をしてもらった。そのとき俊哉は兄から「弟のことを思ってやれなかったダメな兄貴だったけど頼ってくれて嬉しい」という言葉を貰い、未だ両親とはギクシャクしているものの兄との確執はなくなったと言える。
俊哉と綾乃は弟子入りしてから一ヶ月間はかなりハードなスケジュールを過ごしてきた。しかし、この二週間近くは修行や依頼の手伝いを行っていない。理由は簡単である。高校生である俊哉と綾乃は期末テストがあるため休みを貰い、それが終わっても今度は大学生である進がテスト期間に入るからである。
修行や仕事が無く、しかも進は大学の授業で不在にも関わらず俊哉が進の事務所に向かっている理由、それは進が「俺がいない間、事務所で電話番してくれれば小遣い程度だがバイト代ぐらいだしてやる。無論、電話とかが無ければゆっくりしていてくれて構わない」と言ってくれているからである。その為、世間一般でいうところのオタクである俊哉は間薙ビルにあるアニメショップやゲームショップで買い物をして、そのまま事務所で留守番しながら、マンガやラノベを読んだり、携帯ゲーム機で遊んでいるのが日課となっている。
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下の階のアニメショップでひと通りの買い物を終えた俊哉は進から貰った事務所の合鍵を取り出すが、既に扉の鍵が開いていた。どうやらもう中に誰か居るらしい。
中に入って見るとそこに居たのは、自分と同じく進の弟子となった多川綾乃だった。
「多川さんいたんだ。珍しいね。普段、留守番しているのは僕だけなのに」
俊哉と綾乃はクラスメートなのでこの場所に来るなら普通は同じタイミングで到着するはずだが、俊哉は学食でお昼を食べ、そしてこのビルの二階にあるアニメショップに寄って来ている。したがって事務所の奥の方の休憩室兼会議室で弁当を広げている綾乃の方が早く着いたのだろう。
「あ、俊哉君。今日はちょっとね。そうだ! ちょうど良かった」
何がちょうど良いのだろうか。
「ちょっとコレで教えて欲しいところがあったんだ。俊哉君、結構成績良いでしょ?」
そう言って綾乃が取り出したのは古典のプリントだった。俊哉はそのプリントを持ってはいないが見覚えがある。古典テストで赤点を取った者にある再試の練習用のプリントである。
俊哉の成績は――県内で一番偏差値の良い高校に入り、そこでもトップを走り続け、そのまま東大に入った自身の兄と比較すれば格段に劣るが――悪いものではない。比較対象が悪いだけでむしろ良い方である。解らないところを教えるのは全然構わないだろうが、俊哉は一点だけ腑に落ちない点があった。
「別にいいけど……多川さん、赤点取るほど成績悪かったっけ?」
俊哉の知る限り、綾乃の成績も決して悪いものではない。少なくともプリントを渡される、つまり赤点を取るレベルでは無いはずである。
「ああ。わたしわからないとことか、だいたい友紀に聞いてたから……」
俊哉は納得した。俊哉の記憶が正しければ先の事件で逮捕された三島友紀の成績は自分より遥かに良い。これまでは綾乃は三島友紀に助力をお願いしていたのが、彼女が捕まってから初の定期テストである今回の期末テストは綾乃は自分一人の力で乗り越えようとしたのだろう。で、その結果が『コレ』らしい。
俊哉はため息をつく。
「(ま、多川さんいるんじゃ、如何にもなイラストのラノベなんて読む気になんてなれないからいいか)」
俊哉はそう思いながら先ほど買ってきた新刊のライトノベルを鞄に仕舞い、綾乃に勉強を教えることにした。
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綾乃の勉強も一段落ついたところで俊哉と綾乃は休憩を入れることにした。先ほどまで降っていた夕立も止み、開け放っている窓から、ジメジメとした空気が入ってくる。
「ん~。疲れた~」
綾乃は思いっきり伸びをする。俊哉は綾乃のその姿を見て、少し顔を赤らめる。どうやら、ワイシャツにスカートの女子高生の夏服姿で伸びをする綾乃の姿は健全な青少年である俊哉には些か目に毒だったようだ。
「それにしても多川さん。どんだけ勉強していなかったの……? これ三島さんがいないからとかって関係ないレベルだよ?」
俊哉は見惚れている場合ではないと言わんばかりに、勉強を教えた人間としての感想を綾乃に言う。
これまでの積み重ねがあった分、飲み込みは早い。しかし、飲み込みが早いからといって教えるのがすぐ終わるとは限らない。まるでこの一ヶ月授業を受けていないのではと疑うレベルで教えるべき点が多かった。
「いやぁ~。間薙先生、結構修行ハードだし、簡単そうな依頼があるとわたし達も参加させてくれるじゃない?」
「うん。そうだね」
「だから古典みたいな眠くなる授業だとどうしても……」
「でもテスト休みくれたじゃん……」
復習できる時間は確保できた筈である。
「先生が私達に分けてくれる依頼の報酬って普通の高校生が持つにはかなりの大金じゃない? でも修行やら何やらでそのお金使う時間がなかったでしょ? だからさ、こうやって休みもらえると使いたくて遊んじゃうんだよね。家じゃ誘惑も多いし、だからここで勉強しようと思ったの」
確かに俊哉にもその気持ちは解る。彼もこの一ヶ月で明らかに本棚の本が増え、PCを新調できるぐらいの報酬を貰った。
「気持ちはわかるけどダメだよ……ちゃんと試験休みってことで休み貰ったんだから……」
「だよねー……。そういえば先生、遅くない?」
綾乃の言うとおり、既に普段の進ならば事務所にいても可怪しくない時間になっていた。
「そうだね。連絡もないし、どうしたんだろ」
「普段、先生が事務所来れないときはどうしているの? 俊哉君結構、留守番しているんでしょ」
「うん。そういうときは大体、間薙さんから連絡きて六時半には帰っていいよって言われる。ただこの部屋、ビルの管理人室も兼ねているから、日によっては地下の貸しスタジオの鍵の貸出をお願いすることがあるかもしれないとは言っていたけど……」
「どっちにしろ連絡はあるってことよね」
その時、事務所の扉が開く。綾乃と俊哉は同時にその方向を見る。するとそこにいたのは黒髪ストレートの若い女性だった。大学生ぐらいの年齢だろうか、身長は普通だがはっきり言って美人でスタイルも良い。
「あ、いらっしゃいませ。只今、所長は出払っていまして……。お電話でご相談のご予約はなさっていますか?」
俊哉は進の不在時用のマニュアル通りに対応する。
進から連絡が無い以上、来客があるとも聞いていない。進は時々、ここがデビルサマナーのダミーの事務所だと知らずに来た人間の依頼も受けることがあるが、それならば必ず電話で相談の予約をしてもらうようにしている。その為、普段、来客は進が必ず対応できるようにしてあるが、今回のように予約無しでいきなり来た場合はマニュアルの様にに答え、断るように言われている。最もその電話番号はこの事務所の入口とビルのエレベーター内の看板にしか書いていない。つまり、初見の人間はほぼ必ず断ることになる。
しかし、俊哉の言葉に女性は一瞬、不信そうな顔をするが、すぐに合点がいったような顔をする。
「あ、そっか。なるほどね。君達が俊哉君と綾乃ちゃんね」
いきなり名前を呼ばれ、俊哉と綾乃は驚く。
「え、えっと……あなたは?」
俊哉の後ろの方からから恐る恐る、綾乃が女性に尋ねる。
その質問に「ん? あたしは間薙紗香」と答え、事務所の奥の休憩室兼会議室に向かっていく。
俊哉はその女性の答えに疑問を抱く。
「(間薙? ご家族はみんな亡くなったって言っていたし、親戚付き合いも無いって言っていたし……)」
そこまで考え、俊哉は思いきってその紗香という女性に質問することにした。
「えっと……紗香さん? えっと……進さんとは……?」
そう俊哉に聞かれ、紗香は楽しそうな笑顔で振り返り「奥さんよ」と即答する。
「「お、奥さん!」」
俊哉と綾乃の言葉がハモる。俊哉は非常にその答えに驚く。しかも綾乃に至っては何故か非常にショックを受けている様子である。
その瞬間、俊哉と綾乃の後ろの方、即ち事務所の入り口から「いきなり一発目で口から出任せ吹いてんじゃねぇ!」という怒号が飛んでくる。
その怒鳴り声の主はほかならぬ間薙進だった。
「間薙さん!」
「先生!」
「あら、シン。あたしよりも先にいると思ったんだけど」
紗香は落ち着いた口調で進を出迎える。
「ああ。一回帰って着替えてきたからな。ま、お前が音楽聞きながらスマホ弄っていなければ、エレベーターに駆け込もうとする俺の姿が見えていたかもな」
「アハハ……ゴメ~ン」
「いや、今問題にすべきはそれじゃねぇ。よりによって奥さんはねぇだろ」
「そう? まぁ、二人が混乱しちゃうか」
そう言い、紗香は笑いながら俊哉と綾乃に向き直り、自己紹介する。
「嘘ついてゴメンね。あたしは鷹島紗香。よろしくね」
紗香の自己紹介に俊哉と綾乃は取り敢えず「どうも」と一礼する。そして顔を上げた綾乃はいきなり「間薙先生と鷹島さん? の実際のご関係ってなんですか!?」と早口で捲し立てる。
その言葉に進と紗香はそれぞれ同時に「居候」「婚約者」と答える。
そしてそのまま進は紗香に答えに「オイ」とツッコミを入れる。そして紗香も進のツッコミに「別にいいじゃない」と答え、軽い口論が始まる。
「もう……わけわかんなくなって来た……」
綾乃の言葉に俊哉は全面同意した。
「要約すると、マスターと紗香様は同棲関係にあり、お仕事上でもプライベートでもパートナー関係にある、ということです」
何処からか急にやってきた進の仲魔で造魔であるエルマが二人に答える。エルマはいつもどおりのメイド服だ。
「エルマちゃん」
「エルマさん」
「紗香様は初対面のお二人の前ということもあり、いつも以上にマスターに対する強い好意を行き過ぎとも言うぐらいに表に出しておりますが、マスターはそれに対して照れてしまってつんけんした態度になってしまう、と言った状況です」
「あ~なるほどね。エルマちゃんありがとう」
綾乃が進と紗香の状態の説明をしてくれたエルマに礼を言う。しかし、その説明が確かなら――。
「つまり、間薙さんはツンデレってことですね」
俊哉のその言葉を聞いていた進は「俊哉……今日の給料いらないらしいな」と言い返す。
「すいませんごめんなさい勘弁して下さい」
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「あたしとシンが高二のときだから四年前ね、あたしの家、神社だったんだけど、ある理由からガイア教の襲撃をうけたの。で、それからあたしを守ってくれたのがシンってわけ」
俊哉と綾乃は二人の馴れ初めを聞いていた。
「守ったって言ってもよ……」
進はどうもバツが悪そうである。綾乃は進のその様子をみて紗香に「えっと……ご家族は……」と尋ねる。
「お母さんはあたしが小さいころに、ね。お父さんはそのときに……」
進が不機嫌そうな顔している理由が二人共わかった。進は紗香の父親も守りたかったのだ。
「で、結局なんでそれが同棲している理由に?」
綾乃が興味津々で尋ねる
「簡単だ。俺が『お前のお父さんを守れなくてすまなかった。お詫びになるかどうかわからないけど俺に出来ることならなんでもする』って感じの事を言ったらウチに押しかけてきやがった」
俊哉は進からそれを聞き、心のなかで叫んだ、「それなんてエロゲ!?」と。
「ま、お前らが紗香と会ったことが無かったのはこの半年、アメリカ留学にいってたからだ」
「そう。一昨日帰国したの。ま、とにかく間薙探偵事務所副所長、鷹島紗香現場復帰ってわけね。これからはあたしもあなた達を鍛えるのに参加するから覚悟しなさい!」
「え? 紗香さんもですか?」
「ええ、そうよ。こう見えてもあたしも異能者でデビルバスターなんだから」
俊哉と綾乃は双方とも「(まぁ、間薙さんの恋人になるって時点で普通ではないとは思ったけど)」と納得したようだ。
「おお。修行で思い出した」
そのとき、進が手をポンと叩き、何かを思い出したようだ。
「二人共ちょうど良かった。俊哉、綾乃。お前ら、明日の……そうだな、三時から空いているか?」
「え、あ、はい。僕は大丈夫です……」
「あ、あたしも三時以降なら大丈夫です!」
「ん? 依頼?」
紗香が進に尋ねる。
「ああ。お隣の鎌川市の市長から連絡があったから、明日詳しい話を聞くんだが、お前らもついて来い」
「「はい!」」
俊哉と綾乃は快活な返事で答える。
◇
――時刻は昼前にまで遡る――
授業を終えた進は先日留学から帰ってきた(一応)恋人である紗香が久々に友人達と遊びに行くと聞き、彼女に夕方に事務所に寄るように伝えた後、大学を出た。先ほど、東京の神楽坂にある葛葉探偵事務所に居る葛葉ライドウに呼ばれたからだ。
進は車を今どきの若者には珍しく車を二台持っている。一台は普段使っている黒のミニバン。もう一台は普段、彼が親から相続したビルの駐車場に停めてある間薙探偵事務所の社用車扱いとなっている白いワンボックスカーである。社用車の白いワンボックスカーは基本的に依頼を受けたとき用で様々な道具や武器を載せ、若干の改造を加えてある。そんな車を普段から乗り回すわけにも行かないので、今は当然黒のミニバンの方を使っている。
二時間ほど車を走らせ神楽坂にある葛葉探偵事務所に着く。中に入るとそこには二人の人間が待っていた。この事務所の主である葛葉ライドウと眼鏡を掛けたスーツ姿の痩せ型の男の二人である。
スーツの男は一見只のサラリーマンだが、眼鏡の奥にある目が心の底にある凶暴性をよく表し、この男の人生がなみなみならぬものであるということを物語っていた。
「いらっしゃい、進君」
ライドウは進を事務所の来客用ソファに座るよう促した。
「ショウ……いや、ライドウ。コイツが例の?」
スーツの男は、進の姿を見てライドウに尋ねる。
「ああ、そうだよ。案外君と馬が合うと思うよ哲弥」
ライドウはそう哲弥と呼ぶスーツの男に答える。
「えっと、ライドウさん。こちらは?」
「ああ、紹介が遅れたね。こいつは九鬼哲弥。霞ヶ関のお役人様さ」
そうライドウはスーツの男を進に紹介する。
「え? あっ、どうも間薙進です」
「九鬼哲弥だ。国土交通省に務めている」
進と哲弥は握手する。
「彼には葛葉からジプスへのスパイ兼監視役になってもらっている。気象庁は国交省の外局だからね」
ライドウは進と哲弥がソファに座ったのをみて補足する。
「へぇ……」
「ったく……人使い荒ぇんだから」
「昔、かなり無茶した報いだよ。まぁいい、進君、君に依頼がある。長期戦になるかもしれないから今すぐとは言わないけどね」
「依頼ですか?」
「ああ。俺が持ってきた。どうもジプスの連中が騒がしくてな、末端の奴に呼び出して吐かせたんだ」
哲弥が進の言葉に答える。
気象庁・指定地磁気調査部のことでJapan Meteorological Agency, Prescribed Geomagnetism research Departmentを略してJP`s(ジプス)と呼ぶ。彼らもまた国家機関でありながら悪魔や超常の存在を知り、調べる者達である。
「取り敢えず、この書類に目を通して欲しい」
そう言ってライドウは進に書類を渡す。進はそのまま書類に目を通す。
「……これは」
「ジプスが喰い付くわけだよね。公安も嗅ぎまわってるみたいだし。ま、個人的にはどーでもいいんだけど、ヤタガラスの上層部がそうもいかないみたい」
「だが、現状様々組織が『彼処』を詳しく調べようと互いに牽制しあっていてな、結果最初に手を出した『彼奴等』以外手を出せない状態なんだ」
「で、その『彼奴等』の顔見知りである俺に白羽の矢が立ったわけですね」
「そういうこと。ま、僕達が知りたいのは彼処で『何があって』で、『誰が』解決したのか、だ。たとえ解決したのが一般人だというのならば無理矢理こちらに引っ張らなくていい。ただえさえあの二人を君の弟子にさせたことで僕らは『彼等』に悪い感情を抱かれていているのに、これ以上悪くするのもよろしくないしね」
「分かりました。それでいいのならば、やりましょう。長期になりかねないとなると俺が夏休みに入ってからになると思いますが」
「ああ、構わない。むしろそこまで気負わなくてもいい。もう既に八月の頭から一週間、彼処にある温泉宿を二部屋予約してある」
「二部屋?」
「ああ。調査さえしてもらえば君が帰ってきたばかりの例の恋人と二人きりでのんびりしても良いし、弟子二人を連れてって歓迎会兼所員旅行っていう形にしてもらってもいい」
進はそれを聞き、しばし考え込んだうち「お言葉に甘えさせてもらいます」と答える。
「今もいった通り二部屋予約はしてあるから四人で行って二部屋にするか、二人きりで行くことにして一部屋キャンセルするかは来週の木曜日までには宿に連絡してくれ」
「ありがとうございます」
話はまとまり進はしばらくライドウと哲弥と談笑した後、帰途へとつく。
◆
進が帰った後もライドウと哲弥は話を続けていた。
「あの男に恋人だと? 大丈夫なのか?」
「おっと、それは『リリス』と付き合っていた男の経験則から来る心配かい? 」
「お前、それは!」
哲弥は声を荒げ、身を乗り出す。
「知っているよ。哀れな悪魔……いや、女だったね……」
「ふん……。まぁいい。俺が心配なのは間薙進という男にとって恋人という存在が弱点にならないか、ということだ。あの男は俺らに協力しているとはいえだろう? そのうち人質にでもされてどっかの操り人形にでもなったらどうするつもりだ?」
「まぁ、大丈夫じゃないかな? 僕の知っている限り、彼女は自分の身は自分で守れる女性だったと思うよ。それに……」
「それに?」
「間薙進にとって恋人……鷹島紗香は弱点ではないよ」
会話の最中ずっと微笑みを絶やさなかった、ライドウから急に笑みが消える。
「なんだ? 心の支えとかとでも言うつもりか」
「確かに、ある意味ではそうかもしれないね。まぁ正確にいうのならば、鷹島紗香は間薙進、いや、『人修羅』が『人』で居られる『最後』にして『最大』の砦だ」
「砦?」
「ああ。恐らく彼女がいなければ間薙進は僕以上の怪物になっていたかもね」
「お前にそこまで言わせるか。歴代『最凶』のライドウと呼ばれたお前に」
「たった一人の家族を悪魔に喰われたんだ、そうもなる。彼だってそうさ。彼女は彼の家族が亡くなってから久々にできた、『新たな家族』だ。それが奪われればどうなることやら……」
ライドウの顔に笑みが戻る。しかし、それは先程までの和やかな微笑みではなく、狂気を孕んだ笑いである。
「家族か……、それが人修羅が人でいられる理由」
「ああ。彼は過去に一度、身も心も悪魔に成りかけた。あのときは妹さんが亡くなったときだったかな」
「フン。とにかく今の彼奴には依頼を達成してもらうことだけしか求めん。さて、俺は戻る」
哲弥はは立ち上がる。
「わかった。僕も僕で因果な商売だからね。これで最後かもしれないけど」
「縁起でもないこと言うな。俺は、お前がこの世界を破壊させないというからこの仕事に就いているんだからな。それじゃあな」
哲弥はそう言い、部屋から出て行く。
「だから僕も必死であの人を探しているんだ、スティーヴン……いや、中島朱実を、ね」
哲弥が部屋を出たのを確認してライドウは一人呟く。
◇
進は全国チェーンのハンバーガーショップで昼食――というには遅すぎるが―を摂って外に出た。
「いや~、暑い。すっかり夏だな。夏は馬鹿な奴らが肝試しつって、心霊スポット行ってそのまま異界に落ちる事故が増えるから困る」
進は空を見上げながら、一人呟く。
そのとき進の携帯電話がなる。登録している番号ではないのだがどこかで見たことがある番号だ。
「はい、間薙ですが」
「おお。間薙君かね。私だ鎌川市長の富岡だ」
「ああ。富岡さんね。その節ではどうも。で、今回はどうしました?」
進の住んでいるは平崎市だが、平崎市の南端のほうであり、繁華街に行くにはむしろ南隣の鎌川市のほうが近い。特に進が所有するビル近くの小塚駅はほぼ市境なのだ。そんな立地も相まってか、鎌川市内で悪魔絡みの事件があると行政機関から進に依頼が回ってくることが多い。恐らく今回もそうだろう。
もっとも富岡市長は進に対し、個人的に依頼をしたことがある。
「ああ。あのときは本当に世話になった。また君に依頼をしたい。ただ今回は個人ではなく市長としての依頼だ。だから明日にでも市役所に来てほしい」
「それは構わないのですが、俺の電話に直接ということは、俺一個人に? それとも探偵事務所に?」
「と、いうと?」
「いやあ、最近、俺に部下、と言うか弟子が出来ましてね。可能なら詳しい話を一緒に聞きたいし、依頼にも参加させようかと思ったもので」
「それは構わない。我々としては依頼を達成して貰えればいいのだから」
「お気遣い感謝しますよ。では、明日の……そうですね四時ぐらいにお伺いいたします」
「ああ、待ってるよ」
電話はそこで終わる。
「二人で行くにしろ、四人で行くにしろ、俊哉と綾乃を八月の頭までに最低でも『二人合わせて一人前』分ぐらいにまで引き上げねぇと不味いからな。しかし、富岡市長か……。ま、大人しくしてくれるならこっちも何もしねぇけどな」
進は携帯を見つめながら呟く。ちょうどそのとき、急に雲行きが怪しくなり大粒の雨が降り始める。
「げっ! 夕立か! 急ご!」
進は駐車場に走って行った。