□
翌日、午後三時。事務所に集まった俊哉と綾乃は進の運転する車で鎌川市役所へと向かっていた。かなり畏まった席らしく、進はスーツ姿である。
「市長からの依頼って、どんな依頼なんですか?」
車中、ふと綾乃が進に尋ねる。
「それをこれから聞きに行くんだが……、まぁ、過去の経験則から考えると、行政機関からの依頼ってどこか公共施設で悪魔が出たとか、或いは再開発事業やらなんやらで、心霊スポットを何とかしてくれって話だろうよ」
「え? 心霊スポットですか……?」
綾乃が急に体を強張らせ、聞き返す。
「あれ、多川さんってそういうの苦手?」
その様子をみて俊哉が尋ねる。
「うん……。ペルソナ手に入れてから大分マシになったけど、昔から肝試しとかお化け屋敷とかって大っ嫌いなのよね……」
「何回も悪魔と戦っているのに今更な話だな。つうか、俺がお前ら修行の為って言って連れて行く、夜は異界化している小さな山あんだろ? 彼処ももともとは心霊スポットだぞ」
車を運転している進は呆れた口調で綾乃に言う。
「そうなんですか?」
俊哉は興味がありそうに尋ねる。
「ああ。彼処の近くにあるトンネルが幽霊トンネルで有名だから目立たないんだがな。あの山は鎌倉時代から室町時代末期にかけて墓地だったらしい。で、昔から彼処には出るって有名だったんだ。今は表向き崖崩れの可能性があるから危険ってんで封鎖しているが実際は夜になると異界化するから封鎖してんだ」
「へぇ……」
「そんな話聞いちゃったら、行きづらくなるわね……」
綾乃の顔色は心なしか悪い。
「おいおい。この時期は馬鹿が肝試しに立入禁止を無視して入って異界に落ちるから、その救出の依頼が増えるんだぞ。しっかりしてくれ」
「そんなこと言われても、怖いものは怖いんですって!」
「大丈夫だ、今のお前らなら目に見える霊魂ぐらいペルソナでどうとでもなるよ。本当に恐いのは幽霊や悪魔より生きている人間のほうさ」
「と、言いますと?」
「悪意にかけて悪魔が人間に敵うなんて思ったら大間違いだってことさ」
◇
鎌川市庁舎に着いた進達はそのまま市長室ではなく会議室に案内された。そこには市長の富岡のほか、一人の厳格そうな男が窓際の席に座って待っていた。
「わざわざ済まないね。間薙君」
上座に座っていた富岡はわざわざ立ち上がり、待っていましたと言わんばかりに、進を歓迎する。
「いえいえ。本来は事務所にお越しいただきたいところなのですが、お忙しい身、ということなら構いませんよ。しかし、市長、この方は?」
進は席に座っている人について尋ねる。
「市の教育委員長の根本だ。今回の主な依頼主は彼になる」
「なるほど」
進は根本に近づき、「間薙です。こちらは私の弟子の周藤と多川です。よろしく」と自己紹介する。しかし、根本は進と共に後ろで挨拶のために頭を下げていた俊哉と綾乃を見て、「君のところでは高校生を雇うのかね」と怪訝そうな態度で答える。
進はその言葉に面倒臭そうに心のなかでため息をつく。
「ええ。何か問題でも?」
進は答える。
「話を聞く限りかなり危険な職だそうだが、そんな職業に高校生を雇うとはどういう了見かね」
根本のその言葉に綾乃は抗議しようと前に出ようとするが進がそれを手を出して制し、反論する。
「彼らには才能があります。そして、何よりもその危険を犯す覚悟できています。ですので弟子入りを認めました。高校生だからと言って才能の芽を摘み取り、覚悟を踏みにじるようなことをしたくないので」
進はキッパリと言い返す。しかし、根本は納得していない様子だ。
「あ、えっと……。早速だが本題に入ろう。間薙くんも根本くんもいいかね?」
富岡の鶴の一声により、根本と進の間に流れていた険悪な空気は一時なりを潜める。
進は会議室の廊下側――根本とは対面の席――に座り、俊哉と綾乃がそれに続いて座る。
「うむ、間薙くんこの鎌川市内に岩船小学校という小学校があったのは知っているかね?」
「いえ、残念ながら……」
「あ。私、知ってます」
綾乃が小さく手を上げて答える。
「クラスメイトの出身校がそこだって言ってました。確か三年前、隣の山成小と合併して山成中央小学校になったって」
「ああ。その学校だ。現山成中央小の校舎は旧山成小のものを使っていて、旧岩船小の校舎は非常に古い建物で解体が決まっていたのだが……」
「が?」
富岡の歯切れの悪い言葉に進が思わず聞き返す。
「彼処は昔から『出る』学校として有名なのだ」
富岡に変わり、根本が進の質問に答える。
「『出る』、ねぇ……。所謂『学校の怪談』ってやつですか。ですがそういうのは大抵与太話です。わざわざ我々が動くようなことでもないのでは?」
「あの学校の解体を請け負った業者の人間に不審死が相次いだのだ」
富岡が痛々しい表情で答える
「不審死……ですか。偶然の可能性は?」
一人静かにしていた俊哉がそこまで聞いて富岡に尋ねる。
「私達も最初はそう思った。だが先週、その業者が建物の状態を調査するために市の職員と一緒に校舎に入ったのだ……」
富岡はそこまで言うと、まるで此処から先は言いたくない、と言わんばかりに口を閉じる。
俊哉と綾乃はわかっていないようだが、進はすでにその校舎の中で何があったのか検討がついていた。
「言いたくないようならば、こちらから単刀直入にお伺いします。『何人戻って』来ましたか?」
富岡は重い口を開き、進の質問に答える。
「二人。市の職員二名、解体業者八名の計十名校舎に入り、うち帰ってこれたのは解体業者の人間二名のみ。しかも両名とも身体や精神に異常を来し、現在も入院中で話を聞ける状態ではないらしい。残りは今も校舎内で行方不明だ」
その言葉を聞き、進は頭を抱え、ため息をつく。横を見ると、俊哉と綾乃が体を強張らせていた。
「実質全滅か……」
進は一人呟く。
「君たちには何があったのか調査してもらいたい。そして問題が発生していたのならば可能な限り処理してもらいたいのだ」
富岡の言葉を聞き、進は軽く考える。
「報酬はこれだけ出そう」
富岡はダメ押しと言わんばかりに、報酬が書かれた紙を進に渡す。そこにはかなりの金額が書かれていた。
「(この市の財政状況がどうなっているのかは知らんが、ケチらなきゃ出せる金額か……。問題は内容についてだ。
進は俊哉と綾乃を見て、意を決した。
「分かりましたやりましょう」
「おお。やってくれるかね」
「ええ、ですがご協力していただきたいことと、ご了承していただきたことが有ります」
「ん? 何かね」
「まずご協力していただきたい点ですが、現在も入院している調査から生還した二名に面会を、不可能ならば詳しい状態が書かれたカルテか何かがあると助かります」
「わかった、今、手配させよう。で、了承して欲しいことというのは?」
「話を聞く限り、かなりの大物となるでしょう。私の手に負えず依頼の達成が不可能と判断する場合があります。その点についてはご了承ください。無論、報酬は全て成功報酬で構いません」
「それについてもわかった。何があろうとも人命が第一だからな」
「お気遣い感謝します」
「じゃあ、今から手配してくる。君たちは少しここで待ってくれ」
そう言うと富岡は会議室の外に出て行った。
「人名が第一、ね。その言葉が本心ならいいけど」
進は誰にも聞こえないように独り言を漏らす。
◇
「入院している二人のうち、一人は自らを本名とは違う発田と名乗り、定期的に精神錯乱状態になるほか中枢神経疾患の疑いが有り。もう一人も本名とは違う自らを兵屋と名乗り、身体には異常がないものの、普段から落ち着きがなく、時折女性看護師に対する性的な暴行未遂など問題行動が多い。また、双方ともに『お茶が欲しい』というので与えところ、不可解な発言は続くものの問題行動はなくなり、ずっとお茶を飲み続ける」
帰りの車中、運転手である進に代わり、綾乃が先ほど富岡より貰った、二人の生存者についての資料を読み上げていた。入院している二人は面会謝絶らしいので、医師の所見が纏められた資料が進達に渡された。
「何があったんですかね?」
「ま、それを調べるのが俺達の仕事なんだが?」
「あ、それとなんか最後にメモが書いてありますね。えっと……『カラスと書き物机が似ているのは何故か?』。なにこれ?」
「知らん」
「さぁ、僕も……」
「まぁいい。で、調査開始は明後日の夕方の予定だが、お前ら二人でやってみろ」
「え!? 僕達だけですか!?」
「ああ。無論、解決しろなんて言わねぇよ。不味いと思ったらすぐに退け」
「で、でも……」
「でもじゃねぇ。やれ」
「わたし達、修行はじめてからまだ一ヶ月しか……。そりゃ、先生が何個か簡単な依頼に連れていってくれましたが、今回は流石に……」
「期間なんか関係ない。普通、この世界にぶち込まれる奴なんか練習なし、一発目からぶっつけ本番だ。有名な奴じゃ七日間で超一流のデビルサマナーになった奴だって居るんだぞ」
「そこまで言われたんじゃやるしか無いわけですね……」
綾乃は諦めた様に言う。
「わかりました。精一杯頑張ります」
「まぁ、今言った通り、解決しろとはいわない。重要なのは今の自分の力を把握し、どこまで出来るか判断出来るか、だ。ビビってりゃ何もできねぇし、過信すりゃ死ぬ。その間を見極めろ。いいな」
「「はい!」」
「良い返事だ。健闘を祈る」
◇
俊哉と綾乃をそれぞれの家まで送った後、進は事務所へと戻りパソコンや資料が先ほど貰った資料を纏めていた。
「シン、あとどれくらいで終わる?」
一緒に部屋に居た紗香が進に尋ねる。
「ああ。もうすぐで終わる。道具とかきっちり揃えてやらねぇと俊哉も綾乃も辛いだろうからな」
「ねぇシン。そのことなんだけど……。この依頼、あの二人に任せるには荷が重すぎない?」
「ああ。重いだろうな」
「じゃあなんで?」
「理由は二つ、まず、この依頼であの二人を篩にかける。難易度はともかく、内容、場所共にスタンダードな依頼だ」
「なるほどね。依頼を受けることそのものに慣れさせるのね」
「もうひとつはこれ」
そう言って、進は紗香に昨日ライドウから貰った資料を紗香に渡す。
「これ、昨日の夜、言っていた、ヤタガラスからの依頼?」
進は紗香にはライドウから受けたヤタガラスの依頼について説明してある。
「ああ。あの二人をこの依頼に参加させる。だから多少の無茶をさせてでも経験を積ませないと……」
「留守番させないの? せっかくの温泉宿なんだから二人でゆっくりしながらでいいじゃないの?」
「俺も最初はそのつもりでいたんだが……」
「何かあったの?」
「昨日もらった資料の中にどうやら公安から『彼奴等』にスパイを送り込んでいるらしいって情報があった。そいつが、ね」
「ん? どうしたの?」
「朝のニュースに出てた奴だったんだわ……」
進は苦笑いで答える。
「あ、そういえば朝、『こいつか!』って叫んでいたわね。確か……高校生探偵の……」
紗香は今朝、進がテレビを見て絶叫していたのを思い出す。
「探偵王子の白鐘直斗だ」
「そうそう! その子! その子! えっ!? じゃあ、あんなテレビに出るような子が!?」
「そう。調べてみたら白鐘はあの事件にバッチリ関わっていた」
「うんうん」
紗香は続きを促す。
「それで『彼奴等』に関わっているって言うことは十中八九……」
「ペルソナ使いってことね」
「そういうこと。おそらく、彼処にはまだペルソナ使いが何人か居るだろう。だったらこっちもペルソナ使いを出したほうがいいだろう?」
「なるほどね。そういう考えがあるなら仕方がない、か。つまりこれが事務所が四人体制になって初めて総出の仕事になるわね」
「ま、そういうこと。ま、そのうち埋め合わせはするよ。それより今受けている依頼の方だ。ただの異界の処理で終わるなら、彼奴等だけでなんとかなるだろうけどな」
「それって。どういう……」
そのとき、部屋にエルマが入ってきた。
「マスター。根本と名乗る方からお電話が……」
「やっぱり来たな……。今行く」
エルマの言葉を受けて、進は部屋を出て行く。
□
二日後の午後五時。俊哉と綾乃は岩船小学校に来ていた。
前日、下見ということで俊哉と綾乃は、進と共にこの学校に来たが、今日は二人だけである。装備している武器を隠しながら、公共交通機関を使って目的地に行くのも修行の内だと、進に言われたためである。とは言え、拳銃は懐に隠しておけばそれで問題ないうえ、刀剣類は竹刀袋に入れてしまえば誰も中に本物の刃物が入っていることなんて気付かれない。要は堂々としていればそれで問題無いわけである。
「案外、あっさり行くもんなんだね」
「そうね。それにしても今は夕日に照らされてすごく良い感じだけど、この学校、真っ暗になったらすごく不気味そうね」
綾乃の言葉に俊哉は同意した。岩船小学校は住宅地のはずれにあり、俊哉と綾乃が居る正門こそ住宅地側だが、体育館がある裏手の方は鬱蒼とした木々が並ぶ雑木林となっている。そのため夜になれば周囲からの明かりが一切ない暗闇の地になることは容易に想像できる。
辺りに誰も居ないようなので俊哉と綾乃は装備や道具を確認する。
「取り敢えず、魔石とか傷薬なんか二人で分けよう。僕も多川さんも回復魔法使えないもんね」
「そうね。で、武器はあたしが銃とナイフ」
「僕が片手剣だね」
「本当は薙刀が使いやすかったからそっちが良かったんだけど持ち運びすることを考えるとね」
「そうだね。ましてや今回は屋内だから取り回しやすいものが良いだろうし」
俊哉と綾乃はそれぞれ思い思いの武器を装備し、道具をリュックサックからポケットやウエストポーチなどの取り出し易い所に詰め替える。
「さ、行くわよ!」
綾乃が勇ましく校舎に向かおうとするが、よく見ると足が震えている。
「うん。でも、大丈夫?」
「だ、大丈夫よ!」
「いや、でも足が……」
「大丈夫だって言ってんでしょ! さっさと終わらせましょ!」
綾乃は一人で走って校舎に向かっていく。
「あ! 多川さん!」
俊哉も急いで後を追いかける。
□
俊哉が昇降口に着いたとき、綾乃はすでに校舎内に入っていた。
「ちょっと、一人で行くと危険だよ、多川さん」
開いている扉を挟み、俊哉は綾乃に声をかける。
「遅いよ、周藤くん。早くいこ!」
綾乃が振り返り、俊哉を向き、中に入るように促す。
「あれ、そういや鍵が開いている昇降口ってこっちの左側のだっけ?」
俊哉は中に入ろうとして一歩、足を進めようとするがあることを思い出して、その動きを止める。
一昨日貰った資料には、岩船小学校の校舎正門側には二つの昇降口があり、西側、つまり正面から見て左側の昇降口は鍵が閉まって入ることができず、鍵が開いていて入れるのは駐車場に近い東側、つまり正面向かって右側の昇降口と書いてあった筈である。
「あれ、確か……鍵が開いてるのは駐車場に近い右側……」
綾乃も今現在自分が置かれている状況に気がついたようだ。つまり今、綾乃は鍵が開いてないはずの扉から校舎内に入った、ということになる。
「どういうことなの……?」
そのとき、俊哉と綾乃の間にあった鉄製の引き戸が恐るべき速度で一人でに閉まった。
「ちょっ、ちょっと! 何なのこれ! 扉が勝手に閉まったわよ!」
綾乃は軽いパニック状態である。
「多川さん! 落ち着いて! 取り敢えず、僕の声は聞こえる?」
「周藤くん? うん、聞こえる!」
綾乃は落ち着くために一度、大きく深呼吸をする。
「周藤くん! 扉開きそう?」
「くっ! ダメだ! 開かない!」
俊哉は扉を開けようとするが、ビクともしない。
「多川さん! 中からも開けらられない?」
「ダメ! こっちもビクともしない!」
「ダメか……。多川さん、下がって! ペルソナ!」
俊哉は目の前に現れたペルソナカードを握り壊す。すると彼のペルソナである『クロウ』が現れる。
「クロウ!」
クロウは手に持った刀で扉を切りつけるが、傷一つかない。
「多川さん! 合わせて!」
「ちょっと待って、周藤くん!」
「どうしたの!」
「奥から悲鳴が聞こえた!」
「え? 悲鳴!?」
「あたし、ちょっと見てくるね!」
「あ、ちょっと多川さん!」
綾乃が足音が少しずつ遠ざかっているのを俊哉は感じた。
「行っちゃったな。どうしよう……。とにかく僕も中にはいらないと」」
俊哉はと、鍵が開いている筈の東側の昇降口へと向かう。
□
俊哉は東側昇降口近くに来たとき、あるものが目に飛び込んできた。校舎二階の窓が開いていたのだ。
「(なんで窓が開いているんだろう。嫌な予感がする)」
俊哉は更に辺りを見渡す。特に目を引くような物は無かっだが、妙な胸騒ぎを感じ、その場から少し離れて駐車場のほうに行ってみた。
「っ!? これって……」
駐車場の校舎に近いところに四台の自転車が停まっていた。
「大きさとかを考えると小学生かな?」
俊哉は学校の敷地内を走り回り、自転車の持ち主達が居ないか探しまわる。しかし、この学校の屋外に俊哉以外の人影は一切無かった。
学校の敷地を思いがけず走り回ることになってしまい俊哉は肩で息をしながら、昇降口へと戻ってきた。
「ハァハァ。ヤバイ、誰も居ない。そうなるとつまりさっき多川さんが聞いた悲鳴が少なくとも、本物だったってことだよね……」
更に言うならば、何か恐ろしい目、少なくとも悲鳴を上げるようなことがあったのだろう。
「(これ、今の僕達の手に負えないかもしれない……。いや、弱気になっちゃダメだ。でも、万が一ということもある)」
俊哉は現状の報告と救援を求めるため、進に電話をする。しかし、進が電話に出ることは無かった。
「(でない……。事務所で待っているって言っていたはずなのに……)」
俊哉の心に焦りが生まれる。すでに綾乃も含め少なくとも五人は校舎の中に入っているのだ。
「(電話に出るまでなんか待っていられるわけがない!)」
俊哉は急いで、駐車場に行き、持っていた携帯で自転車の写真を撮る。そしてそれを「中に恐らく小学生らしき子ども達が四名が入っている可能性アリ。多川さんとも分断されてしまったので僕もこれから入りますが、一応の救援をお願いします」という文と共にメールで送る。その後、俊哉も東側昇降口から校舎の中に入っていく。
■
「ハァハァ。多分この上だと思うんだけど……」
俊哉が外で自転車の持ち主を探して駆け回っている頃、綾乃は急いで悲鳴が上がった方へと向かっていた。
一階から二階に上がる階段の下についたとき、階段の上の方から綾乃の前に三人の小学生ぐらいの子供が現れた。
「きゃあぁあああ!」
「いやっ……」
「うわぁあああ!」
三人は綾乃の姿に驚き、悲鳴を上げる。
「きゃあああ!」
綾乃も一緒に驚く。しかし、すぐに「この子たちがさっきの悲鳴の主だろう」と思い落ち着く。また「あ、お化けじゃ……ない?」と金髪の外人っぽい少女が言ったのを皮切りに、活発そうなな少年と気の強そうな少女も落ち着いたようだ。
「良かったぁ」
「ふぅ、驚かせやがって」
「何よ、ショータ! 一番初めに逃げ出した癖に!」
「う、うるせぇ、お前だって悲鳴がすんげぇ煩かったじゃんかよ!」
と、落ち着いたと思ったところで、活発そうな少年と気の強そうな少女は口論を始める。
「はい、そこまで」
綾乃は二人の仲裁に入る。
「えっと……お姉さんは?」
金髪の少女が綾乃に尋ねる。
「え。あたし? 多川綾乃。綾乃でいいよ。えっと君たちは?」
金髪の少女は綾乃の質問に「私、アリス」と答える。後の二人もそれに続き、綾乃に自己紹介する。
「アリスちゃんにユカちゃんにショータくんね。どうしてここに? それに何があったの?」
綾乃の質問にショータという活発そうな少年が答える。
「俺達、グラウンドでサッカーしていたんだ、そしたら、ボールが何故か開いていた校舎の窓に入っちゃって……」
「サッカーって三人だけ?」
次にユカが答える。
「ううん。あとナオヤって言うのと、あたしの弟のコウと女の子のサツキの五人で遊んでいたんだけどはぐれちゃった」
「えっと……。じゃあ、アリスちゃんは?」
「アリスは一人でここに来たの。アリスのお人形この学校の何処かで失くしちゃって、探してたの」
「なるほどね。あれ? でも、なんでお友達とはぐれちゃったの?」
「そう! さっき、ボールが入っちゃった教室に言ったらそこにお化けが……」
「お化け?」
悪魔のことだろうか。
「それってどんなの?」
そのとき、再び階段から誰かが降りてきた。
「き、来た!」
三人は明らかに怯えている。しかし、降りてきたのは白衣にマスクの女性だった。
「どうしたの三人共? 普通の女の人だよ」
綾乃は自分の後ろに隠れた三人に言う。
「みぃ~つけた。あれ、一人増えているわね」
「えっと……あなたは?」
この学校に勤務していた保険の先生だろうか。白衣にマスクをした妙齢の女性である。
「ウフフ。あなたにも聞いてみようかしら……。わたしきれい?」
そう言うと女性はマスクを外す。そのマスクの下の口は耳まで裂けていた。綾乃はこの女性を知っている。一昔前に都市伝説で有名になった。口裂け女である。
「いやーーっ!」
綾乃と三人の小学生は必死で逃げる。しかし、手に鋏を持った口裂け女は恐るべきスピードで四人を追いかける。
「あっ!」
最後尾を走っていたユカが足が縺れたらしく転んでしまう。それに気づいた綾乃、アリス、ショータは立ち止まり、振り返る。
口裂け女は倒れたユカに対し、無理やり口を開けさせ、手に持った鋏をユカの口の中に入れようとする。
「ユカ!」
ショータがユカを助けようと口裂け女に体当たりをしようとするが、軽くあしらわれる。
「ショータ君!」
綾乃は叫ぶ。
「(あたし、何逃げてんだろう。先生も言ってたじゃん『目に見えている相手ならペルソナでなんとか出来る』って!)」
綾乃は逃げるのを止め、口裂け女と対峙する覚悟を決める。
「(あたしはまだ俊哉君みたいに召喚はできない。だけど……!)」
綾乃はリュックサックに入っていた二丁の拳銃のうち片方を取り出す。こちらの銃には弾薬は一切入っていない。
「ぺ」
綾乃はその弾の入っていない銃の銃口をこめかみの辺りに当てる。
「ル」
引き金にかけた指が恐怖と緊張で震える。
「ソ」
綾乃は恐怖を乗り越え、引き金を引く。
「ナ」
弾薬はない。そのため銃声を起きない。しかし、綾乃の中でまるで何かが割れるような音が鳴り響く。
「ギンチヨ!」
女武者の姿をしたペルソナは口裂け女を切りつける。
切りつけられた口裂け女は一撃で切り倒される。真っ二つとなった口裂け女は死体を残すことなく、生体マグネタイトの霧となって霧散する。
「やった……!」
初めてだった、たった一人の力で悪魔を一体としたのは。まして、『誰かを守る』ために力を振るったのだ。喜びも大きい。
「お姉ちゃん凄ぉい!」
隣で見ていたアリスが叫ぶ。
「すっげー! 一撃で倒しちまったぜ!」
それに続けてショータも興奮した様子で叫ぶ。
綾乃はペルソナで悪魔を一撃で斬り伏せたのを見て、子ども達が怯えてしまうか心配だったがこの様子では心配なさそうである。
「なぁ! お姉さん、何なんだ今の!」
ショータが興奮した様子で綾乃に尋ねる。
「あれはね、ペルソナっていうお姉さんの超能力みたいなものよ。取り敢えず、はぐれてしまったっていう君たちのお友達を探して、ここから逃げましょ!」
綾乃は恐怖で腰が抜けてしまい、立つことのできないユカに手を貸しながら三人に言う。あまり一般人に力のことを話すのは良くないとは言われているが、この際仕方がない。
「(依頼も大事だけど、今はこの子たちを逃がすことが先ね。早いとこあたしも俊哉君と合流しないと)」
綾乃は心の中で次の行動を決める。
□
東側の昇降口から校舎の中に入った俊哉は階段を登り、三階へと向かっていた。
一階と二階の廊下の校舎を東西に半分ぐらいに分ける位置に瓦礫の山があり、通行ができなかったからだ。その瓦礫の山は丁度、教室と教室の境にあり、一階と二階は完全に東西に分断されている、ということになる。つまり、俊哉が綾乃と合流するには二階より上の階から回る必要がある、ということである。無論、三階にも瓦礫の山がないとは言い切れないし、何故か携帯が圏外なので綾乃と連絡を取り合うことができないので合流できる保証はない。
俊哉が三階に上がると目の前に可笑しな光景が飛び込んできた。まず、廊下を猛スピードで駆け抜ける二足歩行の白いウサギ、そしてそれに続く三人組の小学生ぐらいの子ども達、そして彼等を追いかけるスペードやクローバーの模様が入った服を着たゾンビ達にそのゾンビ達を束ねていると思わしきハートの意匠が入ったドレスを着た大柄な女性。
彼等は――必死に逃げているであろうウサギと小学生はともかくゾンビ達の集団でさえ――真横に居たはずの俊哉を一瞥もせず、俊哉の前を横切っていった。
「何……この……何?」
目の前の筆舌に尽くし難い光景をみて俊哉は呆然としていた。
「……ってボーっとしている場合じゃない!」
我に返った俊哉はたった今、通り過ぎた一団を追いかけていく。どういう形であれ、小学生の三人組がゾンビの集団に追いかけられていたのだ助けなければ不味いだろう。
俊哉がゾンビの一団を追いかけると、ゾンビの集団は急に静止していた。どうやら彼等も彼等で逃げていた子ども達を追い詰めていたらしい。
ゾンビ達を率いているであろう大柄な女性は今度は集団の先頭に居るらしく、俊哉のいる位置からは姿が見えない。
「(……どうやら僕に気がついていないようだね。じゃ、先手必勝。ゾンビは屍鬼だから……)」
俊哉は背負っているリュックサックからとある魔法が封じ込められている石を取り出す。
石から聖なる光が発せられ、ゾンビ達は全員昇天する。
「ゲームとかだと銃で薙ぎ払っていくのが普通だけど、それじゃ大変だからマハンマストーンで一掃でいいよね」
「な! 何事じゃ!」
一人の残された赤いドレスの女悪魔と、ゾンビ達に追い詰められていたであろう子供たちは何が起きたのかわかっていないようである。
しかし、その隙を、進をして『恐るべき精神力の持ち主』とまで言わせた俊哉が見逃す訳がなかった。
「クロウ! パワースラッシュ!」
俊哉のペルソナが赤いドレスの女悪魔を背後から一撃で切り捨てる。
「な……」
女悪魔は何かを言おうとするが、言葉にする前にその死体は消え去る。
「ごめんね。何か気の利いたセリフでも言いたかったんだろうけど、いちいち聞いてあげる余裕がこっちにはないからね」
俊哉は既に姿形のない女悪魔に捨て台詞を吐く。
「ゾンビ達、消えちゃった……」
「それどころか『赤の女王』まで……」
「助かったってことよね?」
一安心して腰が抜けてしまったのか、三人の子どもたちはその場に座り込む。
「大丈夫かい?」
俊哉は三人の元に近づき、手をのばす。しかし、三人とも小さく「ひっ!」と悲鳴をもらし、怯える。
「あー……怖がらせちゃったかな………?」
◇
とある人気のない漁港で進はなぜか後ろの扉が剥ぎ取られた高級外車の後部座席で富岡市長と共に居た。
富岡市長は恐怖で顔は青ざめている。その隣で進は右手に拳銃を富岡市長に突きつけ、左に手帳のようなものを持ち、誰かを待っている。
しばらく経つと、数台の車がやって来た。
「おっ! 来た来た。さ、年貢の納め時だよ富岡市長」
進はその車を見て、富岡に対しニコりと笑みを向ける。