デビルサマナー 人修羅事件譚   作:烈襲

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第二章 不思議の学校の怪談 その三

 間薙ビル一階にある居酒屋『鬼退治』。

依頼の前日の夜、進はこの居酒屋の奥まったところにある個室で一人でいた。ある人物とここで会う為だ。

 しばらく待っていると「間薙さん、お待ち合わせの方が到着ですよ」と店員に案内されて一人の男が入ってくる。鎌川市の教育委員長の根本智充だ。

「待たせたな。間薙くん」

「いえいえ。取り敢えず何か頼みましょう、本日は車で?」

「いや。だが酒はよしておこう。烏龍茶を一つ」

「じゃ、俺もそれで」

 二人の注文を聞いて、店員は個室から出て行った。

「しかし、間薙くん。ここは人が多い。些か不用心ではないのかね」

 確かに週末の夜の居酒屋は非常に盛況である。個室内でも、非常に騒がしいのがよくわかる。

「ああ。大丈夫ですよ。今、この店内にいる客はほぼ全員予約のお客さんだそうですから、少なくとも盗み聞きするような怪しい輩が入る余地がない」

「しかし、店員を金で買収しているかもしれんぞ」

「……? ありえませんよ。この建物の大家は俺ですし、ここの店主は引退した元デビルサマナーです。どっちかといえば俺の味方ですよ」

「それならいいのだが……」

「で、富岡市長のことで話したいことってなんです? 店員を買収なんて物騒な言葉まで出てきたってことは碌な話題じゃないんでしょうけど」

 とは言うものの進はある程度、内容について察しがついていた。

「私はあの男に復讐がしたいのだ。君にも協力して欲しい」

『復讐』という単語に進は反応した。

「復讐なんてえらい物騒な目的ですね一体何があったんです?」

 その言葉を聞き、根本は口を開く。

 

 ◇

 

 根本の話は進の予想していた内容と大きな差は無かった。

温厚そうな鎌川市長の富岡幸三は裏では数々の汚職に手を染め、多くの人間に賄賂を送り、国政に進出しようと企てる真っ黒な政治家だった。そんな富岡市長を見過ごすことの出来なかった男が一人居た。鎌川市議会議員であり、根本智充の息子である根本和昭だ。しかし彼は一年程前、市内の河川で溺死体でいるのが見つかった。状況証拠しかないが恐らく根本和昭は富岡の汚職の決定的な証拠を握ることに成功したが、それに気がついた富岡に暗殺された。

この一年、根本智充は息子の意思を継ぎ、富岡を糾弾出来るだけの証拠をかき集めていたということだった。

「だったら、さっさと捕まえればいいじゃないですか。俺としては依頼をこなし、報酬をもらう、それだけで終わらせて欲しいのですが」

 根本の話を聞き終わり、進は特に顔色を変えることもなく淡々と言い放つ。

「ああ。独自に調べたり、探偵を雇ったりしたおかげで、今すぐにでもあの男を逮捕出来るだけの証拠はあるのだが……」

「『だが……』?」

「殺人罪を問える決定的な証拠がないのだ」

「なるほど……。賄賂や公金横領で逮捕できる証拠はあるけど殺人の教唆犯の証拠はねぇんだな」

「そうだ。せめて『和昭が死んだ日の前日に和昭が富岡と会っていた』という証明ができれば……」

 根本はそう言うと進の顔をじっと見る。

「(えらく限定的ない言い方をする。そういうことかよ……)」

 進は一年前に富岡から受けた依頼を思い出していた。

「だが、間薙くん。君は息子があの男に殺された日、あの男と和昭が接触していたと証明できるだろう?」

 根本のことば絵を聞き、進は頭を抱えながら「ええ」と答える。

 

 二〇一一年の秋口。進は自分の住む平崎市の隣の鎌川市の市長の富岡幸三からある依頼を受けた。依頼自体は至極簡単で富岡邸宅敷地内にある蔵で不可解な現象が多発したのでなんとかして欲しい、というものだった。

 進がその蔵を見に行くと、すべて下等なものではあったが大量の悪魔がその蔵に住み着いていた。進は依頼の遂行中は依頼主である富岡市長と自分以外は家の敷地内に入れない様に頼んだ。と、いうのも倒すべき悪魔が多く、倒しきれず逃げられて他の誰かに見られたり、襲ったりした場合、対処しきれない可能性があったからだ。

 しかし、その条件は満たされることは無かった。進が依頼を遂行している間、富岡宅に来客があり、あまつさえ富岡はその来客を招き入れた。依頼完了し、富岡に報告したとき、進は来客に気付き、何者か尋ねるが富岡は一切答えるようなことはしなかった。そのため進はこっそりと富岡とその来客が会話している姿と来客の乗ってきた車の写真を撮り、車のナンバーを控えた。もし、万が一のことがあった場合、個人を特定できないと対処しようがないからだ。

しかし、その翌日、事態は急変する。次に進が富岡宅に来た来客の顔を見たのは翌日の朝のニュースだった。

『鎌川市会議員、根本和昭。水死体で発見』というニュースで見た顔は間違いなくその日の前日に、富岡市長の元を訪ねてきた男だった。

 進は自らの過失の可能性があるかもしれないとして、独自でその件を調べた。すると、進のもとに富岡市長から電話がかかってきた。内容は、報酬を倍にするから、先日の一件は他言無用にしてくれというものだった。

 そういう連絡が掛かってくる、ということは酒によって川に転落したことにによる事故死として処理された根本和昭の死に富岡は心当たりがある、ということは明白だった。進が独自に調査した内容と照らしあわせても、根本和昭の死は悪魔によるものではなく、事故もしくはそれに見せかけた事件である、という結論に辿り着いた。

 しかし、進はそれ以上踏み込まなかった。進は富岡の言葉通り、富岡から受けた依頼の話を一切口にしなくなった。金に目が眩んだ訳ではない。基本的に進は好奇心や正義感のみで動くことを良しとしない。さらに言えばデビルサマナーの政治的な介入は避けるべきだと考えている。だから、進は口を噤んでいた。

今回もそのつもりだった、今、眼の前にいる男が話を切りださなければ。

 居酒屋の個室の中では重苦しい空気が漂っていた。

 進が根本の言葉を肯定したとき、飲み物と料理が来て、話が遮られてしまったが今の進にとっては救いだった。

「俺が」

 沈黙に耐え切れなかった進は話を切り出す。

「俺が以前に富岡市長の個人的な依頼を受けていたのは何処から?」

「私の雇っている探偵は非常に優秀でね。一週間近く使って調べ上げたそうだ」

「ご苦労なことで……」

 進は意を決して口を開く。

「残念ながらご協力は出来ません」

 進はきっぱり答えた。

「何故かね!」

 根本は身を乗り出して、進に理由を糾す。

「簡単です。俺がデビルサマナーだからです。俺は悪魔やそれらに関わる者が公に影響するようなことをするのは避けるべきだと考えています。」

「……」

 淡々と答える進に根本は黙りこくる。そして進は烏龍茶で口を濡らし、続ける。

「確かに俺はあなたの息子さんが亡くなる日の前日、彼が富岡が会っていたという証拠をまだ持っています。しかし、それはあくまで俺自身の身の潔白の証明のためです、そしてそれを掴むことが出来たのは俺がデビルサマナーだからです。恐らく一部の政治家や警察関係者は我々(デビルサマナー)の存在を知っているでしょう。もし、その証拠を富岡を糾弾するためだけに使ったとしましょう。たった一度だけでもそれは彼らがデビルサマナーの、悪魔の力を借りる為の前例となる。前例があれば人間は際限なく繰り返す。そしてどんなに正しいことのために使っていても、何度も何度も使っているうちに本来の目的からは外れ、悪用され始める。間違いなく碌なことにならないでしょう」

 進の言葉を聞き、根本は再び口を開く。

「なるほどな。君の懸念はもっともだ」

 根本の言葉は進を驚かせた。

「(思ったより食い下がってくると思ったんだけどな。いや、違う! このオッサンまだなんか掴んでんのか、俺を動かすことのできる何かを……。まさか……!)」

 根本には進の考えていることがわかっているようだ。

 進は根本の表情を見て、口を開いた。

「岩船小学校を異界化させたのは富岡市長自身ですね」

 根本は頷く。

「私自身、異界化というものがどういうものかは知らないが、あの男の息のかかった者があの学校で何らかの工作をしていたのらしい。そしてそれ以後、明らかに『そう』いったものの目撃談が増えたのは確かだ」

「と、なると不審な死を遂げた人間や行方不明の人間はやっぱり……」

「先日、あの学校に調査に入った市の職員は反富岡勢力傘下の人間だ」

「で、死者と行方不明者を多数出した解体業者があの学校から手を引けば、富岡に賄賂を渡した業者が入るって訳だ」

 進の言葉に根本は頷く。

「君の気が付いていたのだろう? あの男が依頼の中に『行方不明者の救出』が無かったことに」

「ええ。無意識で言い忘れたんでしょうね。最初っから殺すつもりで向かわせたんだから、助ける必要がないってね」

「恐らくな……」

 進はしばし黙考し、再び口を開く。

「富岡が……何故、今回の依頼を頼んだと思いますか? 」

 進は根本に尋ねる。

「前にも聞いたと思うが、あの学校の異変を何とかしようと言い出したのは私だ」

「ああ。そういえばそうでしたね」

「だが、それを許可し、君を紹介したのはやつだ。そこにどんな意図があるか、までは掴めていないな……」

「なるほど……。俺があなたに協力してもいいと可能性が一つ生まれましたよ」

「というと?」

 鉄面皮を貫いていた根本の顔がわずかに緩む。

「簡単です。富岡が岩船小の異界を利用して俺……俺達に対し何らかの害を加えようとしているなら協力しましょう」

「どういうことかね?」

「降りかかった火の粉を振り払うぐらいことはする、ということです。あの男が用済みの異界を何とかしたいがために俺に依頼をしてくるのであれば、決して俺に対し余計なマネはしてこないでしょう。それだと俺は富岡に手を出す理由はない

「逆に富岡が君が握る『和昭殺し』の証拠にビビって、口封じに来るならば……協力してくれるということかね」

「ええ」

 根本は進のその言葉を聞き、目を閉じてしばしうつむく。

「この返答じゃ、満足いただけませんか?」

 根本は進の言葉に「いや、十分だ」とだけ答える。

進は根本自身から目線を外し、机の端にある割り箸が入った箱に目をやる。そして何かに気がついたらしく、小さく舌打ちをする。

 ◆

 

 進から満足のいく答えを貰った根本は早々に席を立った。

そして居酒屋『鬼退治』から少し離れた所に駐車場に止まっている車に乗り込む。運転席ではない、後部座席のほうに、だ。

車の中には既に二人の人間が居た。一人は運転席に座る薬師寺という男。もう一人は根本よりも先に車の後部座席に座っていた男装の女子高生探偵、白鐘直斗。

彼女は根本が富岡を糾弾するために雇った探偵だ。

「取り敢えずの目的は達成ですね。根本さん」

 ラジオのような機器につながっているヘッドホンを外す。

「ああ。だが、これで良かったのか?」

「ええ。今、根本さんがすべきことは終えました」

「しかし、いきなり『盗聴器を設置してこい』などとかなり無茶を要求するものだな君も」

 根本はそう言うと溜息を一つ入れる。

「そこは申し訳ありませんでした。どうやら、間薙進は昨晩より前からあの席を予約していたらしいんです。つまり、間薙進はもともとあの居酒屋のあの席で誰かと会う予定だった、ということです。その『誰か』が万が一、富岡派の人間だった場合、逆に一気に我々の立場は不味くなる」

「用心深いのだな」

 本来、根本は直斗では無く彼女の祖父に依頼をする予定だった。しかし、実際に依頼を請け負ったのは直斗だった。

 当初、根本はそういった経緯でやって来た直斗に対して良い感情を持っていなかった。もっとも、それは教育者としての彼が『そういう家の人間だとはいえ高校生が探偵をやっている』ということに対して良い感情を持っていないというのが正確だった。

 しかし、それを抜きにしても白鐘直斗という探偵は優秀であり、根本が信頼に値する探偵であることに間違いは無かった。

「ん? 誰かが間薙と合流したようですね」

 直斗は機械からヘッドホンを外し、根本にも盗聴器から届く音声を聞こえるようにする。

「『根本さんとの話は終わったみたいね、進』」

 機械から漏れてくるのは、若い女性の声である。

「『ああ。それより悪かったな半年ぶりに帰ってきたから二人で外食しようって言ったのに向こうが夕方以降を指定してきたもんだから』」

 続いて進の声が聞こえてくる。

「『ま、あんまり良い気はしないけど、今回は納得してあげる』」

「『今回はですか……』」

「どうやら、間薙進と交際中の鷹島紗香のようですね」

 直斗は杞憂に終わって良かったと言わんばかりの口調で言い切る。

「ま、彼も年頃の青年だということか……」

 根本も納得したようである。

「さて、白鐘くん。あまり長時間、ここに居るのも帰って怪しまれるかもしれない。我々は撤収しよう」

「いや、ちょっと待って下さい!」

 直斗は盗聴器からの音声に反応した。

「『条件は付けたが……。ま、ほぼ間違いなく条件付けた意味ねぇだろうな……』」

 恐らく先ほどの根本との会談の話題だろう。

「『別にいいんじゃない? 前の進だったら即答で協力で申し出てたと思うわよ』」

「『まぁな……』」

「『それより、あたしとしてはあたしに黙ってそんな不味い証拠握っている方が腹立つんだけど?』」

「『申し訳ない……。お前を巻き込むわけにはイカンと思って……』」

「フフ……、さすがの間薙君も恋人の前では形無しだな……。ただの恋人同士の会話じゃないか、白鐘君。君の反応するようなことは……」

「いえ、会話の内容ではなく先ほどからよく聞くと妙な音が……」

 確かに機械から聞こえてくる音声には時折、コツンという硬い物を叩いてるような音が聞こえている。

「『……なぁ、紗香。説教なんだが……』」

「『ん? 何?』」

「『この会話聞かれているから後にしてくれないか……』」

「『ん? どういうこと』」

「『これの中見てみろ』」

 するとスピーカーから何か硬い物を叩いた音らしい音が聞こえてくる。

「不味い! 盗聴器に気づかれてる!」

 直斗はそう叫ぶと回線を切り、車を出してもらおうとする。

 しかし、その直後、スピーカーから「『ま、十中八九聴いてんのは、根本さんが雇った探偵だろう? じゃあ、ぶっちゃけていいか。あんたらの賭けは十中八九あんたらの勝ちだろうよ。どうせ、近日中に富岡の手の者が俺になんかしてくるだろうからな。まぁ、朗報を待っていてくれよ』」という進の声が聞こえてくる。そしてその直後スピーカーからはノイズしか聞こえなくなる。

「壊されましたね……。先程から聞こえていた異音は恐らく盗聴器に気付いて弄っていた音だったんでしょうね……」

「なかなか油断ならない男らしいな。ま、ああ言っている、ということは……」

「ええ。彼はほぼ我々に協力してくれる、もしくはせざるを得なくなると見て良いでしょうね。薬師寺さん、車を出してください」

 直斗はそう言うと、車は駐車場から離れる。

 その間、直斗はなにか思案にふける顔を崩さなかった。

 

 ◇

 

「さて、これでいいだろ」

 進はそう言うと、指で潰した小さな機械を卓上の灰皿に捨てる。

「盗聴されてたのね……っていうかよく気が付いたわね……」

 進は紗香の疑問に頬杖をついて答える。

「そりゃあ、箱の蓋からアンテナが少しはみ出てりゃあねぇ……」

「それでも、あんな小さなもの普通は気が付かないわよ。あれ? ってことは今のあたしと進の会話全部聞かれてたってこと? ちょっとそれかなり恥ずかしいんだけど……」

「説教始まんなきゃ俺も黙ってんだがな……」

「なんか言った?」

「何も。まぁ、それはともかく俺は今日は帰らずに事務所に泊まるからそのつもりで」

「えぇ~、じゃああたしも泊まる!」

「ダメに決まってんだろ!」

「え~なんで!」

「富岡の手の人間が来るとしたら明日だろうからな」

「なんでわかるの?」

「俺が富岡に今週の土曜、つまり明日調査に入ると伝えてあるからだ。恐らく富岡は俺が握る根本和昭殺しの証拠と俺自身の命が目的だ。俺の命は岩船小学校の異界で狙うとして、証拠自体は俺の留守を狙う気だろう。だから俊哉と綾乃の二人を調査に向かわせ、俺は事務所で待機する」

「ちょっと! それじゃ!」

 紗香は進の考えに抗議しようとする。

「だから不味いと思ったらすぐ退けと指示したんだ。あの狸爺が今のあの二人では手がつけられないような異界を用意できるのであれば、既にヤタガラスが目を付けてると思う。で、特に何にもないってことは大丈夫のはずだ」

「……その言葉、信じていいのよね」

「俺の予想が外れても、すべて丸く収まるようにするさ。だから、多少の無茶は目を瞑ってくれよ?」

「そういう無茶をしないでっていつも言ってるでしょ!」

「大丈夫さ、大丈夫」

 進は自分に言い聞かせるように呟く。

 なおこの後、進は結局紗香に押し切られ、エルマも護衛に同席させることを条件に紗香の事務所待機を許す事になった。

 

 拝啓

 

 父さん、母さん。僕は今、偉い政治家先生のもとで働いています。こんな勉強もせず遊んで、親不孝なことばかりしていた僕でもこんな立派なところで働けると、喜びに満ち溢れて居ました。でも、仕事は犯罪まがいの汚れ仕事ばかりで、世間の厳しさの黒さに揉まれる毎日です。そして今、この仕事を初めて、命に危険を感じています。もし、僕の身にないかあればそのときは先立つ不孝をお許し下さい。

 敬具

 

「何、遺書書いてんだよ……。ちゃんと富岡の所に連れて行ってくれれば、命()保証するって言ってんじゃねぇか」

 そう言って車の後部座席に座る間薙進は身を前に乗り出し、助手席に座る男の一人携帯電話を見て言う。

現時刻から一時間ほど前、富岡の手先である二人の男が間薙探偵事務所に侵入しようとした。しかし、こじ開けようとした扉の鍵は開いており、留守で無人だと思っていた事務所内には三人も居た。進、紗香、エルマの三人である。

 襲撃者二人は即座に制圧され、既に人修羅の姿となり臨戦態勢だった進に命は助ける代わりに富岡のもとに案内するように言われ、今に至るわけである。

 車内は緊張が続く、それもそのはず、進は二人の襲撃者から取り上げた拳銃二丁を座席の後ろから押し当て、いつでも発砲できる状態にしているからである。無論、進はあくまで脅しのためであり、本当に発砲するつもりはないのだが、そんなことを二人は知る由もない。

「あ、あの……」

「ん? なんだ?」

 襲撃者の内、車を運転している方が口を開く。

「本当に富岡サンんトコに案内したら逃してくれるんですよね……?」

「? いつ俺が逃がしてやるつった?」

「え? 話が違……」

「命『は』助けるって言っただろうが。警察にはきっちり引き渡す。逃げたければ逃げてもいいよ、地獄まで追いかけてやるけどな」

「ですよね……」

 襲撃者達は、進の人修羅としての姿を見ているので「地獄まで追いかける」という言葉に必要以上に真に受けてしまったらしくたださえ縮こまってしまっていた身体が更に小さくなってしまった。

「しかし、お前らもなんでまた富岡なんかに付き従っているんだ?」

 進は後部座席に座り直し、シートに当てていた拳銃を下ろす。

二人は急に話を降って来た進に驚く。進なりに緊張をほぐすために気を使ってくれているのだろうか。

「あの人は俺達にとって恩人なんすよ……」

 二人の内、車を運転している方が口を開く。

「ほう」

「まぁ、自業自得な面もありますけど……、色々ヤンチャしてヤクザに追われてたところをあの人に救って貰ったんすよ」

「なるほどね……。まぁ、あのオッサンもいろんなところで受け皿になっていたわけだ」

「ええ。俺らみたいな境遇のやつは結構居ますよ」

 助手席に座っていた方の男が答える。

「ふ~ん。ん? お前らを追い詰めていたのってホントにヤクザか?」

 進は何かに気が付いたように尋ねる。八部連合阿修羅会から通じてという枕詞が付くが進は周辺地域の暴力団の勢力図に詳しい。

「え、どういうことですか?」

「確か、鎌川市は暴力団の排除に成功していたはず。お前ら、なんて組に追われていたんだ?」

「天堂組だったかな?」

「ああ、そうそうそれそれ。おっかなかったなぁ……」

「んな馬鹿な! 天堂組は十三年前の抗争で壊滅してんだぞ!」

 進は抗争という言葉を使ったが、実際は違う。天堂組は構成員が全員悪魔と化し、葛葉キョウジに制圧された。無論、進はそれを口にはしなかったが。

「えっと……。つまり、どういうことですか……?」

「富岡がバックに付いて天堂組を再興させたか、最初っからでっち上げなのかは分からんが、お前ら全員嵌められたことだろうよ。お前らは全員富岡の駒になるべくしてなったということだ」

 車内に沈黙が続く。

 信号待ちで車が停車した時、襲撃者二人はお互いの顔を見合わせる。

 恐らく冷静に考えれば思い当たる節が有ったのだろう。だが、多くの悪行に手を染めて彼等は「富岡は恩人である」と思わないと、罪悪感に押しつぶされてしまったのかもしれない。

「急いで、富岡のもとに連れていきます」

 この瞬間、二人の襲撃者は自分たちの意思で進を富岡のもとに連れて行くことを決意した。

「ここです」

 進が襲撃者二人に連れられてやって来たのは鎌川市内にある漁港である。

 辺りに人の気配はないが一台だけポツンと高級外車が止まっている。

 進は、根本に自分の位置情報だけをスマホで根本に送り、外にでる。

 事務所にやって来た男二人は、自らの罪を償う覚悟はできている。監視を置かなくても大丈夫だろう。

進は富岡が乗っているであろう車に近づく。窓にはスモークが貼ってあるらしく中を窺い知ることは出来ない。

進の腕に黒い線が浮かび上がる。

 人修羅の姿となった進は右腕を振りかぶり、拳を車の窓に叩きこむ。例え強化ガラスであっても半人半魔の拳には耐えられないらしく、進の拳は車のガラスを叩き割った。

「……~~~~っっっっ!!!!????」

 声にならない悲鳴が車内を包む。進はそのまま、窓が破壊されたドアに手をかけ、強引に引剥がす。

「こんにちわ、市長。酷いじゃないですか、俺はアンタが口止め料渡してくれた時点であの日のことは墓まで持っていくつもりだったのに」

 人の姿に戻った進はにこやかに、しかし剣呑な雰囲気は隠さず、富岡に語りかける。

「間薙!」

 運転手が懐から銃を取り出そうするが、進はそれよりも先に運転手に銃を突きつけた。

「くっ!」

「安心しなよ、殺しゃしない。ただし、アンタの態度次第じゃ生かしもしないけどな」

「……これで、どうだ」

 運転手の男は懐から拳銃を取り出し進に渡し、その後両手を上げ、正面に向き直る。

「GOOD!」

 進は車内のシートに散乱するガラスの破片を軽く払い後部座席に座り、富岡に銃を突きつける。

「ね、根本のさ、差金かっ、かかかかね」

 富岡の声は震えている。当然である。今、彼の隣にいる男は車の窓ガラスを素手で叩き割り、剰えドアを破壊して乗り込んできて自分に銃を突きつけているのだ。

「半分……もいかねぇな、三分の一ぐらい正解ってトコかな。根本さんに言われて来た訳じゃねぇよ。言っただろ? アンタが何もしなければ俺も何もしなかったって」

 進の態度はもはや敵対している人物へのそれへとなっていた。

「し、しかし……貴様は……あのヤタガラスとかいう……」

「おいおい、どっから仕入れてんだよその情報。まぁいい、俺はヤタガラスの人間じゃないし、ヤタガラスはたかが地方自治体の首長の汚職ぐらいじゃ動くわけねぇだろ」

「じゃ、じゃなんで根本和昭のことを調べた!!」

 富岡は少し落ち着いたらしく、進に居直った態度を取る。

「『お前が殺した』って言いがかりを付けられたくなかったからな。まぁ、そのままその情報を警察に渡しても良かったけど、そしたらアンタ確実に嫌がらせしてくんだろ? 俺の大切な人をそれで危険に晒すわけにもいかねぇからな」

「……確かにあの日、根本和昭を家に入れたのは君に罪を擦り付けようとは思ったからだよ。だが、君のアフターケアは万全すぎてそれは難しいというと判断せざるを得なかった」

「それはどうも。それはともかくはっきり言わせてもらうけどよ……」

 そう言って進はポケットから一冊の手帳を出す。

「アンタが今回何もしなければ俺はコレを破棄するつもりだったよ。アンタからの依頼を聞いた時点でそれは無理だと悟ったけどな。岩船小に調査を向かわせた人間は全員死なせるつもりだったんだろう」

「……ああ。依頼内容をああ言ってしまったのは私のミスだったな。やはり君に警戒をさせてしまったか。さぁ、根本からは息子の敵を取るように言われているのだろう? 一思いにやってくれたまえ」

 富岡は両手を上げ、降参だと言わんばかりのポーズを取る。

「は? 何勘違いしてんだ? 俺がアンタを殺すわけないだろう。まして、根本さんは一貫してアンタをとっ捕まえるために行動してんだ。アンタを裁くのは俺じゃない司法だ」

「な……」

 富岡の顔が一気に青ざめる。

「な、何故殺さない! い、いや私を殺してくれ! 頼む!」

「なぜ?」

 その必死な態度に進は思わず問わずには居られなかった。

「い、言えん!」

 その態度に進は苛立ちを隠さなかった。

「仕方がない。『原色の舞踏』」

進は一瞬だけ、人修羅の力を開放し、魔術スキルを使用した。

富岡を青白い蜃気楼のようなものが煙のようなが包む。

「な、なんだ今のは……」

「さぁ。それよりなんでそんなに死にたいんですか?」

「わ、私には息子がいる。い、今は国会議員秘書だが、い、いずれは選挙への出馬も考えている! ああ! なんで私は! 私がここで死ねば、私のしてきた悪行より、私の死の方が注目されるだろう。 い、いやち、違う! 何だ! だが、捕まってしまい私のしてきたことが明るみに出れば、息子の未来は……ああァァァァァ! 何故私はあぁァァァ!」

 富岡は半狂乱状態で叫び声を上げ続けている。

「『原色の舞踏』、相手を混乱状態にさせる技だ。あんまこの手は使いたくなかったんだがな……」

「私を殺せ! 殺せェェェええ!」

「うっさい、少し眠ってろ」

 進は富岡の鳩尾に裏拳を叩き込む。富岡はうめき声を上げ、そのまま気を失う。

「しっかし……息子の未来だぁ? 何人もの人間の未来を奪っといてよくもまぁ、そんなこと思えるもんだよな。なぁ、運転手さん」

 進は沈黙を貫いていた、運転手に同意を求めるが返事は無かった。

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