デビルサマナー 人修羅事件譚   作:烈襲

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第二章 不思議の学校の怪談 その五

 ◆

白うさぎは一時休息をとっていた。アリスは侵入者と『遊ぶ』のに夢中だ。今、自分を追いかけるものはいない。と、思っていた。

 いきなり急に目線が普段より遥かに高くなった。どうやら何者かに首元を捕まれ、持ち上げられたらしい。

 自分を持ち上げたのは妙な人間臭さを感じる強大な悪魔だった。

「人形を持っているのはお前か?」

 悪魔が自分に尋ねる。人形とは自分が隠し持つ、マグネタイトが封じ込められた赤と黒の人形のことだろう。「これをこの悪魔に渡してはいけない」と感じたうさぎはしらを切り、首に横に降った。

「そうか。ところで、うさぎって鶏肉みたいな感じで美味いらしいな。調理法は……そうだなミートパイ辺りが絶品らしい」

 ミートパイになったのは不思議の国のアリスの白ウサギではなくピーターラビットの父親のはずだ。しかし、悪魔の目はマジである。

「お前が人形を持っていないであれば、長期戦になるだろうからな。それに耐えれるよう腹ごしらえしたいわけだ。逆にお前がしらを切っていてホントは持っている人形を俺に渡してくれるのなら俺の目的はさっさと終わるから、多少の空腹ぐらい耐えて家でガッツリ飯を食おうと思う訳だ」

 悪魔より悪魔的な二択である。この悪魔にしらを切ることが間違いだったようだ。

 □

限界が近くなっていた。いや、これがもう限界だろう。恐らく、この戦闘でオベロンとティターニアの魔力は尽き、アリスの放つ強力な呪殺魔法を防ぐ術は無くなり、アリスから逃走することは不可能になる。

「すごいね! ここまで逃げ続けたのはみんなが初めてだよ!」

 アリスの素直な称賛も満身創痍である俊哉と綾乃には皮肉にしか聞こえなかった。

俊哉と綾乃はオベロンとティターニアの力を借りて、アリスに対して一切の戦闘を行わず、『逃げ』に徹した。しかし、アリスの作る結界により、トラエストストーンは使えず、ティターニアの逃走魔法(トラフーリ)を使用してもアリスとの距離を気休め程度にしか離せなかった。従って、俊哉、綾乃、オベロン、ティターニアはアリスと戦闘、離脱を幾度と無く繰り返すこととなった。

ただ逃げるだけなら、もう少し負担は軽かったのかもしれない。

「それは、どうも」

 俊哉はアリスの言葉に返答しつつ、自分たちの後ろに居る子供たちの様子を見る。彼等の顔には疲労に色が色濃く出ていた。それも肉体的なものではなく精神的なものである。

「(不味いかな……。こうも緊張状態が続くとそっちも限界が近いね)」

 そして俊哉と綾乃は目を合わせる。

 どうやら綾乃も同じことを思っているようだ。

「ねーねー。鬼ごっこはもう終わり? 終わりなら、そろそろ死んでよ」

 アリスは笑顔を崩さずこちらに話しかける。

「伝言! 伝言! さまなーは兎狩りに成功、文字通り一直線でここに来るって!」

 どこからか黒い丸で目と口を顔を構成している、可愛らしい子どもの悪魔が現れる。

「あれ? 君はトゥイードゥルディくん。どうしてここに? それにトゥイードゥルダムくんは?」

 アリスがいきなり現れた悪魔に話しかける。

「それは言えない。でも、これから此処にスゴイ奴が来る!」

 アリス自分たちの間の間を割って入っている、小さな悪魔はアリスの前にでも臆すること無く、堂々としている。問題は話を聞く限り他力本願だということぐらいか。

「あの者は二体一組の悪霊『ポルターガイスト』の片割れ。ずっと私達と行動を共にしておりました」

「え?」

 ティターニアの言葉を綾乃が聞き返す。

「あの者は言わば『新入り』。ずっと安全なところで隠れていたあの者が、わざわざ姿を表してああいう、ということは」

 緊張で張り詰めていたオベロンの顔が少し緩む。

「と、いうことは……」

 俊哉は大体察したよようだ。

「っ!?」

 その瞬間、背後から恐ろしい気配を感じた。

「(この感覚を僕は知っている……。学校でペルソナを使って彼奴等を殺そうとしたときのあれと同じだ。だけどあの時よりもっと恐ろしいのに、凄く安心できる)」

 後ろの方から猛スピードでこちらに何かが近づいてくる。そしてそれは俊哉と綾乃が振り向くよりも先に彼等を追い抜いていく。

「『烈風破』!」

 俊哉達を追い抜いた『それ』は両手を交差させ暴風を生み出し、アリスを吹っ飛ばす。

 もう、それが誰なのか、彼に一度も有ったことがない子供たち以外には全員分かった。

「「先生!」」

「悪ィ! 遅くなった!」

 アリスをふっ飛ばした一陣の風は間薙進だった。進は目線はアリスを離さず、声だけでこちらに話しかけてくる。

「済まなかったな。こいつが居るんだったら最初っから俺が出張るべきだった。だが、まぁ、よく全員生き残らせた。取り敢えず一旦退くぞ。 ティターニア!」

「御意! トラフーリ!」

 進は吹き飛ばされたアリスが体制を立て直す前にその場にティターニアに残された最後の魔力でトラフーリを使いその場から逃走した。

 

「ま、すぐにここも見つかるから単刀直入に言う。俺が時間を稼ぐからお前らは出口を目指して逃げろ」

 進は一時的ではあるが、アリスから確実に逃げ切れたのを確認し、俊哉と綾乃に言う。

「えっと……。ニーちゃん、ネーちゃん。この人は?」

「俺は間薙進。こいつらの……まぁ、師匠みたいなもんだ」

「師匠? それにしちゃあニーちゃんやネーちゃん比べると小せぇな」

「……」

 確かに今の進の体格は十五歳のときのものである。人修羅の力を完全開放すると、彼が人修羅になった時の年齢の姿になってしまうという欠点がある。

「えっと……。取り敢えず、わたし達はどうすれば……?」

 綾乃が、何か言い返そうとして必死に我慢している進に恐る恐る尋ねる。

「ああ。オベロン、ティターニア戻れ」

 進は消耗著しい、妖精王夫婦を帰還させ、改めてシキオウジとパールバティを召喚する。

「ほう。我を呼ぶか……」

「お呼びに預かり光栄よ、我が王」」

「おう。これからアリスと接触次第、お前らはこいつらの異界からの撤退の援護。それが終了次第、俺の元に戻ってこい」

「御意」

「かしこまりましたわ」

「頼む。つまり、俊哉、綾乃。俺がアリスと交戦を始めたら一目散に出口に向かって逃げろ」

「戦い始めたらですか?」

 進は綾乃の問いに答える。

「ああ」

 わずかであるが魔人の気配を感じる。進はその方角を見る。

「今、ここでお前らを逃がすとアリスが俺を無視してお前らに狙いを定めていた場合、シキオウジとパールバティじゃお前らを守るのは難しい。こいつらは戦いに『勝つ』ことに特化しているからな。だから俺がアリスを確実に足止めしたのを確認出来る状況じゃねぇと……」

「えっと……先生は残るんですか?」

 綾乃が進に尋ねる。

「ああ。正直今の俺でもアリス相手に『誰かを守りながら戦う』のは無理だ」

「わかりました」

 俊哉と綾乃は進の言葉を理解した。もしかしたら今まで進が話には聞かせたことがあっても、一度も見せたことがない完全覚醒状態の姿を合流した時から見せ続けていたことで、理解せざるを得ない状況なのだと感じたのかもしれない。

「あの……」

 ナオヤと呼ばれていた男の子が進に話しかける。

「なんだ」

「あの……あの娘を……アリスちゃんを殺しちゃうんですか?」

「本当は殺さなきゃいけない。じゃないとここに居るみんなが死ぬことになる。でも、正直今の俺でアリスを殺せるかどうか分からない。だから今回は殺さなくても良い方法も用意している。……この答えじゃ不満かい?」

「本当ですか!?」

「ああ。約束する」

 殺さなくても良い――この言葉に子供たちの顔が僅かながら明るくなる。

「(本当は殺したくても殺しきれないってのが本音。せめて、あとセイテンタイセイとエルマを呼べればまだこいつらを守りながら戦えるんだがな……。だが、エルマは紗香と一緒だし、ダムをあのスライム共の元に人形を持たせて走らせている今セイテンタイセイを呼べる枠がない。だから――)」

 進の目が、表情が、一人の戦士のそれとなる。

「(早くココに来い! アリス!)」

 その瞬間、その場にいる全員が死の気配を感じる。

 全員が身構える。否、進だけは違った。完全にそれを捕捉(とら)えていた。

 進は自らの右側の壁をを魔力で作った光剣で貫く。

 何もない筈だった。しかし、そこに何かが居た。

「すごーい。よく、アリスが此処に出てくるって解ったね」

 進は自らの背後に現れた死の少女の言葉を聞き終わる前に、腕を後ろに伸ばし、手掌から『破邪の光弾』を放つ。アリスはそれをジャンプして避ける。

「今だ! 俊哉! 綾乃! 行け!」

 俊哉たちは進の言葉に頷き、アリスから逃げ出す。

「逃がすと思う?」

「ああ。俺が逃すんだ」

 進はアリスの追撃を止める。

「さぁ、アリス。彼奴等を追いかける前に俺と遊んでくれるか?」

 アリスは『お友達候補』を逃してしまった落胆の顔から新しい玩具を見つけたような子どものような笑みを浮かべる。

「うん、いいよ! お兄ちゃんと遊ぶのも楽しそうだから! それに……」

「それに?」

「あの子達は別の子が遊んでくれるから!」

「何?」

 進はアリスの言葉を聞き、自らの後方をちらりと見る。

「(まさか……追手が別に居るってことか。たのむ逃げ切ってくれよ)」

 進は焦りを隠せなかった。

 皆が皆、走って逃げていた。シキオウジとパールバティが殿を努め、俊哉と綾乃が前を走る。

俊哉はちらりと後ろを走る子供たちの方を見る。此処に来ての全力疾走は子供たちには些か酷なことなのかもしれない。しかし、さっきまでの逃亡劇とは違い、アリスに怯える必要がない、ということだけは皆の精神的な負担は少し軽くなったかもしれない。

 俊哉と綾乃の二人は『これで、大丈夫だ』という安心した気持ちが生まれる。しかし、二人は気が付かなかった、今の状況ではそれが『安心』ではなく、死を招く『油断』であることに。

俊哉が顔を前に戻した時、何者かが俊哉前を横切る。その瞬間、俊哉の腹部は横一文字に切り裂かれる。

「がっ……っく……」

 俊哉は声にならないうめき声をあげ、その場にうずくまる。俊哉は自らの腹を必死の抑える。辺りには止めどなく血が溢れでていた。

「俊哉くん!」

「俊哉殿! パールバティよ、治癒魔法を!」

「言われなくても!」

 そのとき彼等の前に俊哉の腹を切り裂いた何かが現れる。ようなそれな赤い大きな獣の姿をしていた。

「ちっ! 今の一撃で貴様の体を真っ二つにするつもりじゃったのに運の良い奴め」

 違った。

「赤の女王……」

 ナオヤが怯えた表情で呟く。そう、確かにそれは先ほど俊哉が倒したはずの屍鬼『レッドクイーン』だった。

「でも、なんか違う……」

 サツキが震えた声で続く。

「きっちり倒しきったつもりだったんだけどね……」

 パールバティの治癒魔法で傷は塞いだものの今だ脂汗が止まらない俊哉が悔しそうに口を開く。

「無理もないよ……あんな風になっても動くなんて普通は予測しないもん」

 今の俊哉達の前に居るのは確かに先ほど俊哉が一刀両断にしたレッドクイーンだった。しかし、彼女の体はは上半身だけしかなかった。 

「彼女はね、変わったの。この異界の性質、『出る』学校という噂によって」

 どこからか声が聴こえる。

「だ、誰! っていうか何処から!?」

 綾乃は辺りを見渡す。

「ここ」

 すると綾乃の耳元からやたらと艶っぽい声が聞こえてきた。

「っ!」

 綾乃が驚いて、声がした方から離れる。

 そこには先ほど綾乃がペルソナで倒したはずの口裂け女が居た。しかし、彼女もまたレッドクイーンと同じように全く別の何かに変わっていた。

「さっきはやってくれたわねお嬢ちゃん」

 耳まで裂けた口がニヤリとした笑みを浮かべているのは変わらないものの、目はまるで猫の様に鋭くなり、上半身は白衣の代わりに白と黒の縞模様の毛らしきもので覆われていた、そしてなにより頭に猫耳がついていた。

「あら、珍しい。まさか死を象徴する魔人が自らの手で悪魔を変異させるなんて」

 パールバティが口裂け女に向かって言う。

「あら、判っちゃった?」

 口裂け女はそう返すと闇の中に溶ける様に消える。そして上半身だけで今まさにこちらに飛びかからんとする赤の女王の隣に現れる。

「そう、今のわたしはチェシャ猫。アリスが元々クチサケだったわたしを変異させた悪魔よ」

 自らをチェシャ猫と呼ぶ悪魔は耳元まで裂けた大きな口を開いて嗤う。

「そしてこの娘はレッドクイーンから下半身を失ったことでテケテケとかいう悪魔になっちゃったの」

「テケテケ……。よく都市伝説で聞く上半身だけの女の亡霊……」

 テケテケと化した女悪魔は俊哉に威嚇するように息を荒立てる。

「(ま、狙いは僕だよね……)」

 俊哉はゆっくりと立ち上がり、腰に差した剣に手をかける。

「決して気を抜くなよ。恐らく魔人を抜けばこの異界で最も手強い悪魔だろう」

 シキオウジが俊哉と綾乃に注意喚起する。

「子供たちは私達が守ります。後方はお気になさらず」

 パールバティが子供たちの安全を約束する。

 進の仲魔の言葉を聞き、俊哉と綾乃は最後の大一番へと赴く。

 アリスと進の戦いは長期戦の様相を呈していた。進としてはもっと戦い易い場所に誘導したかったのだが、この学校の異界そのものが本来魔人が創りだした世界の一部である。そんなことができるわけなかった。さらに言うならば時間を稼げば稼ぐほど進とアリスの戦いは進に有利になる手筈だが、先ほどのアリスの言葉を信じるならば俊哉と綾乃と子どもたちが危ない。だからといって自ら建てた策を無視して短期決戦に持ち込むのはこの異界の支配者であるアリス相手にそれは難しいだろう。事実アリスは、ひたすら進の攻撃の回避に専念している。

「ねぇ、お兄ちゃん! 良いのかなぁ、あの子達追いかけなくて? もうすぐ別の子達が遊び終わっちゃうよ?」

「そりゃ、どうも。だが、あいつらそんな簡単に遊び終わる程ヤワじゃねぇ」

 とは言うものの、進の状況は非常に悪いものになっていた。進にしてみれば時間を稼ぎたい。しかし、アリスは隙あらば俊哉達の元に行こうする。出来る限り力を出し惜しみせずアリスをこの場に釘付けにしておきたい。

「ふーん。じゃ、いいや。アリスもお兄ちゃんと遊ぶの楽しいし」

「さすがにそこまでの余裕はない!」

 その瞬間、進の伸ばした右腕から青い光弾が発射される。

「『破邪の光弾』」

 アリスはそれ光弾をさらりと躱す。しかし、進はアリスを追いかけるように光弾を連発する。

「『ムドオン』」

 アリスはカウンター気味に呪殺魔法を繰り出すが進はそれを腕を振ってかき消す。

「効かねぇよ!」

 進は距離を詰めるべく、アリスのもとに突っ込んでいく。アリスも近距離では不利と思ったのか『メギド』を撃つ。

 進は万能魔法による爆発を躱すべく再び距離を取る。此処は学校の廊下だ。範囲攻撃を躱すには左右への回避は限られる。無論、普段であればダメージ覚悟で突っ込んでいくところだが、回復手段の乏しい現状、無茶な事はできない。

「ならば……」

 進は足から紫電を放ち、ローリングソバットを繰り出す。足先より紫電は無数の槍となってアリスを襲う。

「『ジャベリンレイン』」

 手応えは有った。

「あれ? 思ったより痛くないね」

 アリスの体からは生体マグネタイトの一種である負の感情エネルギー、マガツヒが流れていた。

「まぁな。だが、今の一撃は魔人相手にも効くようにきっちり極めたからな。今のお前、魔法使えないだろ」

「本当だ魔力が封印されてる……。お兄ちゃん面白い技使うね」

「そりゃどうも」

「でもアリスの使う技には気が付かなかったんだね」

「何?」

 その直後、進はやたらと体が重くなり、思わず膝をつく。

「くっ……、エナジードレインか!」

 アリスはその性質から生命エネルギーをコントロールする能力に秀でている。進も似たような能力は使えるがアリスのそれとはステルス性、吸収量が段違いである。恐らく進の技に対し、カウンター気味に吸収したのだろう。

 体が思うように動かなくなっていた進にアリスが近寄る。

「もう終わり? じゃあそれそろ死んでくれる?」

しかし、その瞬間進は何かに気が付き、その顔に笑みが浮かんだ。

進の様子にアリスは疑問を感じた。

「なぁ」

 進は冷や汗を流しつつも笑みを浮かべたまま、口を開く。

「なぁ、アリス。自分が誰かを追いかけていると、実は自分が誰かに追いかけられているってことって忘れちまうんだよな」

「? 急にどうしたの?」

「楽しい時間はもう終わりだってこと」

 その瞬間、アリスの背後から二体の悪魔が現れる。

片方は赤い鱗にを持つ体に三叉槍を持つ赤おじさんこと『魔王ベリアル』

もう片方は顔に黒と白のペイントに施した赤い頭巾の黒おじさんこと『堕天使ネビロス』。

「おじさん!」

 アリスはを振り向く。

ベリアルとネビロスはアリスに穏やかな笑顔を向けると、悪魔の姿からそれぞれ赤いマントの貴族風な大柄な男と黒いタキシードを着た細身の男の姿に擬態する。

「さぁ、アリス。もう帰る時間だ」

「えーっ!」

「えーっ、じゃありません」

 人間の姿に擬態したベリアルが優しく諭す様にアリスに話し、そしてそのままアリス抱きかかえる。

「(わかっちゃいたけど実際目の当たりにするとわけわかんねぇなこの光景)」

 地獄の軍団の少将にして総監督官とソロモン七十二柱序列六十八番目の王が幼い少女の子守をしているのだ。

「人修羅よ、助かった」

 ベリアルは進に話しかける。

「それはこっちのセリフだよ。これでこっちも大分楽になる」

 進は重たくなった体を何とか動かして壁に寄りかかり、そのまま座り込む。

「ふ~……疲れたぁ……」

 双子のポルターガイストの片割れ、『ダム』がフラフラと宙を漂いながら進の近くに寄る。

「よくやったダム、お前ら仲魔にしてよかったわ」

 その言葉にどこからか飛び出した『ディ』と『ダム』は誇らしげである。

「我らが去った後、この異界も力が弱まるでしょう。無論、完全に消え去るわけではありませんが」

 アリスを抱えたネビロスも進に言う。

「わかった。っつうコトは俺は急いで彼奴等の援護に行かなきゃ拙い訳だ」

「待て」

 重い腰を上げようとした進をベリアルが引き止める。

「なんだ?」

「礼だ持っていけ」

 ベリアルは進に一本の剣を投げ渡す。その剣は座り込んでいる目の前に突き刺さる。

「これは?」

「この異界が……正確にはにはこの異界が生み出した悪魔によってだが……創りだした剣だ。今のお前には物足りないかもしれんがそれなりの業物だ」

 進はその剣を抜く。確かに良い剣である。

「礼なんて言われるようなことはしてねぇよ」

「いいえ。今の貴方でも、周辺への影響を無視すればアリスを十分を倒せたでしょう? だが、貴方は徹底して我々の到着を待った」

「買いかぶり過ぎだ。見ての通り結構ギリギリだよ。それに……」

「それに?」

「アリスを殺さないって約束しちまったからな」

 ベリアルはその言葉を聞きフッと笑う。

「では、我らは行く」

「おう、俺の本体に会ったら宜しく言ってといてくれ」

「ふ、それは無理だ。混沌王に合えば殺しあいが始まってしまう」

「ええ。そしてもし我らも次に貴方に会うことが在ればその時は間違いなく敵となるでしょう。さ、アリスさよならしましょう」

「うん。バイバイ。お兄ちゃん」

 各々の言葉を残し、アリスと赤男爵と黒男爵は闇の中へと消え去って行った。

「……そういえばお兄ちゃんなんて何年ぶりに言われたかな? つか、混沌王(俺の本体)何したんだよ。俺が知らないってことは俺が生まれてからの話だよな……」

 ベリアルの残した剣を杖に進は立ち上がる。

「俺も行くか……。ダム、ディ、戻れ。召喚『セイテンタイセイ』」

 進は双子のポルターガイストとセイテンタイセイを入れ替える。

「おいおい、サマナーどうしたんだ? そんな情けない姿で」

「仕方ねぇだろこっちは準備なし援護なしで魔人とタイマンしてんだから」

「へいへい。で、お前の弟子ら助けに行けばいいんだろ?」

「ああ。で、それなんだが……」

「ん? なんだ?」

「俺のこと、おぶっていってくんねぇ?」

「ジジイじゃねんだから……」

 テケテケは凄まじいスピードで俊哉の下半身を切り裂こうとする。幸い、テケテケの狙いが『俊哉の体を上下真っ二つにする』の一点である。狙いが分かっていれば躱すの容易い。俊哉のこれまで消耗に目を瞑れば、であるが。

 それでも、ただひたすら早いというだけのテケテケはまだ良い。綾乃が相手するチェシャ猫は闇の中を消えたり現れたり、神出鬼没である。

「そっちは大丈夫?」

 俊哉は綾乃と背中合わせで次の攻撃に備える。

「大丈夫って言いたいところだけど、結構厳しいかも……」

「回復アイテムは?」

「無くちゃった? 俊哉くんは?」

「僕も」

「先生の仲魔の力は借りられるかな?」

「いや、彼奴等以外の悪魔からナオヤくん達守ってくれてるから難しいと思う」

「それなら仕方ないよね」

 俊哉の前方から『テケテケテケテケ……』とその名前の由来にもなった独特の移動音が響いてくる。

「来た!」

「気をつけて!」

 俊哉は迎え撃つ為、音のする方へと向かう。

「(来い! 今度はお前を斬る番だ!)」

 テケテケの姿が俊哉と目視できるまで近づいてくる。

 俊哉はテケテケの顔に剣を突き立てるべく、剣を後ろに引く。

「(体力的に次はない。落ち着け僕!)」

 テケテケが俊哉に飛びかかる。

「(来た!)」

 しかし、飛びかかってきたテケテケは物理的にあり得ない――悪魔に物理法則が通じるのか分からないが――真横にに吹っ飛ぶ。

「え?」

 よく見るとテケテケの手には矢が刺さっており、それによってテケテケは壁に打ち付けらていた。。

「発想は悪くない。でも、それをやるんだったらもうワンテンポ早く動かないと」

 矢を放ったのは鷹島紗香だった。

「鷹島さん……?」

「や! 危ないところだったね」

 紗香は弓を構えたまま、俊哉に声をかける。

その直後、俊哉の後ろの方が銃声が鳴る。

 ■

 綾乃は闇の中を姿を晦ましているチェシャ猫の気配を必死に捉えようとする。

「(残弾数が少ない。なんとかしないと……)」

「何処見ているの?」

 耳元に吐息がかかる。綾乃はすぐさまそこから離れる。しかし、チェシャ猫の姿はない。

「(何処? 何処? 何処?)」

 綾乃は姿の見えない敵に完全にパニックになっていた。

 しかし、それは致し方ないことなのかもしれない。多川綾乃という少女が悪魔と戦う様になって一ヶ月経ったかどうかのキャリアである。それも必要に迫られて剣を取ったのではない。むしろ同じ条件であそこ覚悟が決まっている周藤俊哉という少年の精神力が異常なだけである。

「拙い! すまぬ、救援に行く」

 見かねたシキオウジが綾乃の救援に行く。

「ス キ ア リ」

だが、チェシャ猫はそれを見逃さない。そもそもチェシャ猫はこれが狙いだったのだから。

綾乃の首元を大きな口がかぶりつこうとする。

「ひっ……」

 その瞬間、綾乃は何者かにより引っ張られる。そして綾乃を助けるためにチェシャ猫から引き離した人物は銃を構え、闇に浮かぶチェシャ猫の目を撃つ。

「落ち着いてください、綾乃様。此処で恐慌状態になられては敵の思う壺です」

 綾乃を助けたの進に付き従う造魔、エルマだった。

「エルマちゃん!」

「おお! 造魔よ助かった!」

「シキオウジ様! 此処は私にお任せを!」

「承知!」

 エルマの言葉にシキオウジは子供たちの守護に戻る。

「エルマちゃん、ゴメン。有難う」

「いえ、それよりも落ち着きましたか?」

「うん……」

「見えない相手もしくは目では追いづらい相手、しかし『何処を狙ってくるのか』分かっているなら手段は簡単です。どうやら俊哉様は既に答えを見つけられたようです」

「え……? あっ!」

 綾乃はなにかに気がつく。そして銃を自らのこめかみに当てる。勿論、ペルソナ召喚器の方だ。

「(さっきからチェシャ猫はわたしの首元を狙ってくる。きっとそれは相手を殺す方法がそれ以外に無いということ。……ならば!)」

 綾乃は空砲を鳴らす。

「ペルソナ!」

 雷剣を持った女武者が綾乃のすぐ後ろを切りつける。

「(何処を狙ってくるのか判れば、そこに攻撃を置けば良い!)」

 綾乃のペルソナはチェシャ猫の体をしっかりと捉えていた。

「フギャアァァァァァ!!」

 チェシャ猫の断末魔の叫びが響く。だが殺し切れなかったようだ。しかし――。

「もう、貴方は怖くなった!」

 綾乃の中でまた一つ超えるべき壁を乗り越えた。

 □

 俊哉、綾乃、紗香、エルマは子ども達の元に合流する。

「あら、奥さま、エルマちゃんご到着?」

 周囲の安全を確保したパールバティが紗香に話しかける。

「久しぶりね、パールバティ。いま来たトコ。で、シンは?」

「これは久方ぶりで奥方。サマナーは魔人アリス相手に殿を努めております」

「はぁ、やっぱりね。全く……すぐ無茶なことするんだから……」

 紗香と進の仲魔の会話を聞いて、綾乃は俊哉に耳打ちする。

「ああやってナチュラルに『奥さん』って呼ばれてるってことは間薙先生、仲魔に外堀埋められているってことよね」

 俊哉は綾乃の言葉に全面同意した。

「やるじゃない……」

「許さぬぞ……」

 テケテケとチェシャ猫が再び俊哉達の前に立ちはだかる。それでもテケテケの手には矢が刺さったままであり、チェシャ猫には綾乃のペルソナによる切り傷が残っている。

「行ける? エルマちゃん?」

「大丈夫ですが……」

「昔の自分を見ている感じ?」

「はい、少し……」

「まぁそうよね。じゃ、一発で決めましょ『マハンマオン』」

 破魔の力が込められた結界がチェシャ猫とテケテケを取り囲む。そしてその二体は破魔の光によって昇天する。

「すごい……」

「一発!?」

 俊哉と綾乃は目の前に光景に驚いていた。

「さ、逃げるわよ。どうせシンのトコには行かせてくれないんでしょ?」

 紗香の言葉にシキオウジとパールバティは頷く。

「さすが間薙先生の恋人というか……」

「これぐらい出来ないとあの人にはついていけないってことよね……」

 

 □

 紗香とエルマの案内により、俊哉たちはなんとか校舎の外に出れた。校舎からある程度離れたところまで逃げ切ったあと子供たちは全員その場に座り込んでしまった。心身共に限界だったのだろう、仕方がない。

「ねぇ、あれ何?」

 ユカが校舎にある部分を指さす。そこには何故か大穴が開いていた。

「ああ。シンが馬鹿なことしたんでしょ」

 紗香が呆れた様子で答える。

「多川さん、あのときの地震ってアレのせいだよね」

「そうね多分アレのせいよね」

 綾乃と俊哉はジャバウォークと戦っている時の地震のことを思い出していた。

「あれ? なんか様子可怪しくねぇ?」

 ショータの言うとおり、校舎に開いた大穴の周りに入ったヒビが、少しずつ大きくなっている。

「これってもしかして……」

 ナオヤの言わんとすることは理解できる。

 そしてついに岩船小学校校舎は大穴開いた部分から轟音と共に崩壊していく。

「僕達もう少し、逃げるの遅れていたら巻き込まれたいたよね」

 コウが安堵した様子で口を開く。

「あれ? お兄ちゃんとお姉ちゃんの先生ってまだ逃げてないよね」

「「「「「「あ!」」」」」」

 サツキの言葉に俊哉、綾乃、ショータ、ユカ、ナオヤ、コウらの声が重なるが、「大丈夫かと」「大丈夫だろうな」「大丈夫でしょう」「ていうか大丈夫じゃないと困るんだけど」と紗香と進の仲魔が口々に答える。

「えぇ~……」

 直後、崩壊する校舎の昇降口から一つの白い塊のようなものがこちらに飛んでくるのがみえた。

よく見るとそれは白い雲でその上には進の仲魔のセイテンタイセイが乗っていた。セイテンタイセイというのは孫悟空のことだから、つまりあの雲はかの有名な筋斗雲だろうか。そしてセイテンタイセイに必死でしがみついている人間が居た。進だった。

「おう! 到着したぜサマナー」

 セイテンタイセイは俊哉達の近くまで飛んできて、筋斗雲から降りる。

「飛ばしすぎだ、馬鹿! もう少しの同乗者のことも考えろ! 確かに筋斗雲に乗れるなんて男の夢だよ!? だがもうちょいこう……あんだろうが!」

 セイテンタイセイにしがみついていた進は降りて早々、文句を言い出す。

「いや、普段スパルナの背中に乗っている奴が何言ってんだよ……」

「アイツは良いの! 何だかんだこっち気ぃ使ってくれてるから」

 下らない口論は続く。

「このバカシン!」

 いつの間にか進の後ろにいた紗香が進の後頭部を思いっきり矢筒でぶん殴る。

「痛! 誰だ! って紗香か……。来てくれたのか。なるほどこの様子じゃ俊哉と綾乃を助けてくれたのか。ありがとな」

「『ありがとな』じゃないでしょ! また一人で魔人相手に殿なんて無茶にほどがあるでしょ」

「いやだって、こうでもしないと……」

「だから言ったでしょ! 俊哉君と綾乃ちゃんじゃ荷が重いんじゃないって!」

「はい……」

「全く……いつも言ってるでしょ!」

 進の仲魔達は「また始まったよ……」と言いたげな様子で二人を眺めていた。

「あの……」

 綾乃が恐る恐る、進と紗香に話しかける。

「ん、なんだ?」

「向こうにパトカーが来てるんですが……」

「マジで? 取り敢えずお前ら戻れ」

 進は召喚していた仲魔を帰還させる。

パトカーから降りてこちらに降りてきたのは俊哉や綾乃と同年代ぐらいの美少年だった。いや、違う、あれは――。

「探偵王子、白鐘直斗!」

 確か、テレビで見たことがある。綾乃も気がついたようである。

 進が白鐘直斗の前に出る。

「わざわざこんなところに何のようだ?」

「間薙さん。根本さんから話は聞きました」

「ほう」

「そちらの子供たちは?」

「この学校に迷い込んでいたんだと。助けたはの俺じゃなく、俺の弟子というか仲間というか……とにかく助けたのは俺の身内だ」

「なるほど。では警察で保護しておきましょう」

「助かる。だが、それだけじゃなさそうだな」

「はい。少しお話が……」

「それはお仕事のお話かい?」

「ええ。こんな状況では落ち着いて話も出来ないと思いますのでまた後日ということで。取り敢えず今は、子どもを家に帰しましょう」

「ま、そうだな。よし皆! この……オネーサンに着いて行け。家まで送ってくれるそうだ」

「お、おう。あのえっと……さっきのお兄ちゃんだよな……?」

「さっきより大きくなってる……?」

 ショータが疑問に思うのも無理は無い。今の進の姿は人間時の普段見慣れた姿だ。

「ああ、そうだよ。あ、そうだ家に帰るに当って二つ程、約束してほしい事がある」

「「「「「?」」」」」

 子ども達の目線が進に向けられる。

「大人が入っちゃいけないって言っていたところには今後一切、立ち入らないこと。まぁ今回はこいつらが助けてくれたけど、いつも誰かが助けてくれる訳じゃないからね。死んでしまうならまだ良い。死ねばそこで終わりだから。でもこの世には死ぬより辛いことが一杯あるんだ。で、そんな事になっちゃうのは大体、入っては行けないって所に入ってしまったからなんだ」

 子ども達は進の言葉に静かに耳を傾ける。

「もう一つ。今日の夜、起きたコト見たモノは此処に居る以外の誰かに絶対に話してはいけない。誰かに話しても、きっと誰も信じてくれないし、頭の可怪しい子だと思われちゃう。本当なら忘れて欲しいって言いたいところだけど……」

 進は腰を曲げ子ども達と目線を合わせる。

「そんなの無理だよな。今日の夜、起きたこと見たものはここに居る皆の秘密だ。いいな」

 進は子供たちに笑みを向ける。その姿はまさに『先生』のものだった。

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