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平成二四年 七月一六日
事務所保管用
間薙探偵事務所 所長 間薙 進
旧鎌川市立岩船小学校の異界調査に関する報告書
旧鎌川市立岩船小学校校舎の異界化について調査及び処理が完了したので下記の通り報告する。
一 依頼者及び依頼内容
依頼者
鎌川市(注一)
依頼内容
旧校舎に発生している異界の調査及び処理。
また事前調査に当たっていた職員二名解体業者六名が行方不明の為、彼等の安否の確認(注二)
二 対象
旧鎌川市立岩船小学校校舎(以下岩船小校舎)内部
三 日程及び参加人員員
第一回
平成二四年 七月一四日 午後五時開始
参加人員 多川綾乃 間薙進(※) 周藤俊哉 鷹島紗香(※) (五十音順、敬称略)
※ 鎌川市市長汚職事件(詳細は別紙にて)の捜査に協力のため別行動を取っていたが応援の為、後に合流
第二回
平成二四年 七月一五日 午前九時開始
参加人員 間薙進
四 依頼結果
第一回
異界を構築していたのは『魔人アリス』だった。所長間薙進により『魔人アリス』を岩船小学校校舎より魔界に帰還(注三)させることに成功。異界の消滅の確認は第二回に。また異界に迷い込んでいた周辺地域在住の児童五名を保護。第一回調査終了後、県警に身柄を引き継ぐ。
調査終了後、異界消滅に伴うものかどうか不明だが、岩船小校舎が崩落。崩落理由については考察にて。
第二回
異界の完全消滅を確認。また校舎跡から鎌川市の事前調査時、行方不明となっていた鎌川市職員二名、解体業者六名の遺体を発見。『屍鬼ゾンビ』化していたが『魔人アリス』の撤退と異界の消滅により、
調査終了後、病院にて入院していた解体業者二名死亡が確認されたと連絡あり、校舎解体の事前調査に入った鎌川市職員及び解体業者計一〇名全員の死亡が確認された。
五 考察
(一)病院にて治療を受けていた解体業者二名について。
『魔人アリス』は児童小説『不思議の国のアリス』『鏡の国のアリス』になぞらえた悪魔を生み出していた。事前調査後救出、入院していた解体業者二名は発田、兵屋と名乗っているということだったが、恐らくこれは『不思議の国のアリス』に登場する『イカレタ帽子屋(マッドハッター)』『三月兎(マーチヘア)』になぞらえたものである。
発田の方は水銀中毒症状が見られるということであるが、『マッドハッター』という存在が『帽子屋の様に狂っている』という英語の成句からきており、これは一八世紀から一九世紀にかけて帽子に使うフェルトには水銀化合物が使われており、帽子屋はその中毒症状なってしまうという俗説から生まれた言葉であるため、そのようのな症状が見られたものと思われる。
同じく兵屋の方は『マーチヘア』という存在が『三月の兎の様に狂っている』という英語の成句によりものであり、これは野うさぎの繁殖期とされる三月の雄兎の様子を揶揄したものであり、女性看護師に対する暴行未遂はこの成句になぞらえたものものと思われる。
(二) 校舎の崩落原因について
校舎自体が非常に古く、老朽化も激しかった為、既に建物が限界を迎えていたと思われる。それが異界によって辛うじて保っており、異界の消滅に伴い崩壊したものと考えられる。(注四)
六 反省
知らなかったとはいえ新人二名を『魔人アリス』がいる異界に送り込んでしまったことは事実。一歩間違えれば迷いこんでしまった児童五名だけでなく多川綾乃、周藤俊哉の二名も帰らぬ人となってしまう大惨事もあり得た。次回以降、依頼の難易度と各員の力量をきっちり推し量り、実力に見合った依頼を回していきたい。
また己一個人の実力についても突発的に『魔人』と相対し、十分な対処が出来なかったことは反省すべき点である。
七 備考
(一)富岡幸三氏に加担し、岩船小学校を異界化させたというダークサマナーは現在、ヤタガラスが捜査中。
(二)この依頼の結果、新人二名を次回の依頼(別紙参照)に参加させることに決定
以上
注一……厳密には鎌川市長富岡幸三氏と鎌川市教育委員長根本和昭氏だが、便宜上自治体からのもの依頼とする。
注二……富岡氏からの依頼書には含まれていないが、独断で調査内容に加えた。
注三……撃破に非ず。スライム化していた『魔王ベリアル』と『堕天使ネビロス』により魔界に帰還さてもらうことに成功。
注四……俺が『至高の魔弾』で風穴を開けたからではない。決して無い。
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居酒屋『鬼退治』。昼時ではあるが、此処のランチタイム時の定食は値段の割に美味しいと評判であり、老若男女問わず多くの客が入っていた。
そこで進は一人、ある人物を待っていた。
「お待たせしました」
店員に案内され、姿を見せたのは白鐘直斗だった。
「どうも。いやこっちも対して待っていない。此処はこの時間いつも混んでいる。この席に座れたのは俺もついさっきだ」
「しかし……また此処ですか」
進の対面に座った直斗は店内を見渡し、進に尋ねる。
「(『また』ね。やっぱり根本さんに盗聴器を仕掛けるように指示したのはこいつか)」
進はそんなことを思いながら直斗の言葉に答える。
「ここの昼定食美味ぇからな」
「いや、そうではなく。こう……誰が聞いているか分からない場所では……」
「大丈夫だよ。飯食っている時に隣の客が何を話しているか、気にするか? 普通」
「……いえ」
「だろ? それにこの混雑に騒がしさだ。遠くの席で会話に聞き耳を立てるなんざ非常に難しい。よく言うだろ? 木の葉を隠すなら……」
「森の中、ですね」
「そういうこと。取り敢えず此処は俺が出すか何か食うか? 昼、まだだろ?」
「いや、確かにまだですが、出してもらうなんて……」
「俺大学生、君高校生」
年齢にことを持ちだされて少しムッとしたのか直斗は「いいですって!」と強く断ろうとする。
「素直に奢られとけ。俺も持ってる金で言えば俺の方が上なのに、年上の方に何度もご馳走になったことがある。その恩があるから俺も年下の人間には出来る限り飯は奢るようにしている。お前もそういう風にすればそれでトントンだ」
進にそう言われ、思うところが有ったのか直斗は「……お言葉に甘えさせてもらいます」と答える。
食事を終え、進は「で、あの後どうなってんだ?」と直斗に富岡のその後に着いて尋ねる。
「黙秘を貫いていますよ。ですが、いろんなところから富岡の不正証拠が上がっています。問題は……」
「何だ?」
「数々の不正が富岡個人がやった事として処理されているんです。今回の富岡の失脚で芋づる式に多くの政治家の不正を暴けると思ったんですが……」
「トカゲの尻尾切りでも食らったんだろうな。ま、そういうもんだろ」
「覚悟はしてましたけどね」
直斗は遠い目をする。
「で、次の市長の最有力候補は根本さんか……」
「ええ。まぁ彼の人柄を考えると立候補もしないでしょうね」
「だろうな。俺は鎌川市民じゃねぇから気にしねぇけど。あ、そういえば子供たち件、有難うな、今の時代、俺らが家まで送って行くと逆に怪しまれちまうからな」
「いえ、礼には及びませんよ。むしろその件は根本さんに礼を言ってください」
「君がそう言うならそうさせてもらう」
ふと、直斗は進の顔をじっと見る。
「? どうした俺の顔に何か付いているか?」
「いえ……そういうわけでは無いんですが……。尋ねないんですか? 僕が貴方のことをどこまで知っているのかとか……」
進は直斗の言葉を聞き、答える。
「それを知ってどうすんだ?」
「え?」
「俺がデビルサマナーだからなんだ? 俺を警察に突き出すのか? 確かに俺は銃刀法に反した武器を持っているし、俺の持っている国家資格には非合法な形で手に入れたものもある。剰え何人もの人間を殺している。はっきり言って富岡なんかより遥かに多くの罪を犯しているよ、俺は」
直斗は進の迫力の押されている。
「だが、たかだかお前なんぞが調べても何も出ないようになっている。今、俺の発言を元にお前が俺の事を調べても、俺が何かしたって証拠があるわけじゃないからな」
進はそこまで言うと一度卓上のお冷に口をつける。
直斗は黙りこくってままである。恐らく実際に直斗が進のことを調べあげても碌な情報が出てこなかったのだろう。だからこそ直斗は根本を使い、進の口から直接富岡との関わりを聞こうとしたのだ。
「そのようですね。でなければこんなところでそんなことを話すわけがない」
直斗は再び店内を見渡す。賑わっている。
誰も自分たちのことを気に留める人間なんて居ない。
「で、君はそんなデビルサマナーである俺にどんな仕事を依頼しようと言うのかい?」
進はそう言って直斗に本題に入るように促す。
◆
神楽坂、葛葉探偵事務所。
「良かったのかライドウ」
葛葉キョウジはコーヒーを淹れているライドウに尋ねる。
「何がですか?」
「間薙のことだ。結果オーライだが岩船小に魔人が出る可能性が伝えておくべきだったんじゃないか? それにあの地をガイアの連中が嗅ぎまわって居るって伝えるべきだろう」
「大丈夫ですよ。今の間薙君にはそれは必要なことですから……」
「必要?」
「ええ。気が付いているでしょう? キョウジ。彼が彼の持つ力に対して『身が軽すぎる』ことに……」
ライドウの言うことはもっともだ。間薙進はヤタガラスに対し、あくまで協力関係という立場にある。だが、属している訳ではないつまり、間薙進という男は自身の行動に『組織の成約』に縛られず、個人の判断により自由に動けるということだ。
「ああ。だが、それがなんの関係がある?」
「彼に弟子につけたのも、富岡幸三の汚職事件と岩船小異界調査の板挟みになるのも、彼を組織として動くようになってもらいたいからですよ」
「どういうことだ?」
「おそらく今回の一件で彼は自分一人でできることの限界を感じたでしょう。その結果彼は、先日自分の弟子となった多川綾乃と周藤俊哉を『使う』。その瞬間からこの一件は間薙進一人のものではなく、間薙探偵事務所という組織のものになる」
「ああ。なるほどね。えげつねぇなお前」
つまり、この男は組織に属そうとしない間薙を組織を作らせることで『組織の制約』で縛ろうとしている訳である。
「なぁ、一つ聞かせてくれ?」
「なんでしょう?」
「悪魔を憎むお前は半人半魔の間薙も憎悪の対象なのか?」
キョウジの質問にライドウは暫し、黙考した後「彼が人間の味方で居てくれるならば僕は彼を人間として扱いましょう」と答える。
その返答はキョウジには「敵になるならば容赦なく殺す」と言っているようにも聞こえた。
「(本来、幼少の頃から始めるべき葛葉の修行を一七歳ではじめ、にも関わらず里にいる尽くの人間を牛蒡抜きし、ライドウを襲名したこの男。やっぱ、おっかねぇ。)」
ライドウの放つ威圧感に『葛葉キョウジ』という男の中にいる魂は思わず気圧される。
「ま、鷹島紗香が居る限り、彼は人類に味方をするでしょう」
「なるほどな」
キョウジは間薙と鷹島の仲睦まじさを思い出し、自らも一人の女性の顔を思い出していた。自分がただの平凡な一人の男だった時の恋人――秦野久美子のことを……。
□
岩船小学校の調査から数日後の夕方俊哉と綾乃は間薙探偵事務所に向かっていた。
依頼を遂行していた翌日の日曜日、俊哉と綾乃は矢来区にあるクローバー・ジムというボクシングジムに進の紹介で行っていた。そこの経営者、三葉三平はオーラ整体により怪我等治療できるということでデビルサマナーやその関係者御用達の治療院となっている。その後は「せっかくだから顔売っとけ」ということで表向きは不動産屋だが裏で武器の密売を行う丸瀬不動産や米軍関係の放出品を扱うミリタリーショップ『セルフディフェンス』、サマナーが使うアイテムや薬を扱う金王屋と歯車堂本舗等に立ち寄っていた。
二人は間薙ビルの四階の事務所に入る。
「おはようございます」
「おはよーございます!」
一応、職場なので夕方であっても挨拶はこれだ。
「おぃーっす」
「あら、おはよ」
事務所の執務室にはには既に進と紗香がいた。
俊哉と綾乃は昨日に報告を簡単に済ませる。
「よし、挨拶は済ませたようだな」
執務室の島形にデスクの端側、つまり全体が見渡せる位置にある少し豪華なデスクに座る進が満足そうに答える。
俊哉と綾乃は自分たちに割り当てれているデスク――つい二週間ほど前に、俊哉と綾乃のために進がわざわざ増設してくれたものである――に座る。
「はい。次回から『こちら』向けの商品も出してくれるそうです」
綾乃の言葉に紗香が返答する。
「じゃあ、次から何か依頼を受けることになったら自分で必要な物資を調達してね。今の自分達に何が要るのか分析するのも一人前になるのに必要なことよ」
紗香はそこに「物によっては経費で落としたりできるから領収書も忘れないでね」と付け加える。
「あ、はい」
綾乃と俊哉が不思議にそうに紗香を見る。
「紗香は肩書は一応、副所長ってなっているが、実際はこの事務所の経理担当だ。金のことは主に紗香に聞いてくれ。例えば昨日のクローバー・ジムの治療費も後で請求するといい」
進が捕捉する。俊哉と綾乃が意外に思ったのはそこではなく、「サマナーとしてのダミーの事務所って聞いてたけど、そういうところの金勘定はしっかりしているんだ」という点である。
「さて、本題に入ろうかね。まずは依頼の顛末なんだがな……ニュース等で聞いているとは思うが、岩船小学校の調査に入った解体業者八名と市の職員二名共に死亡が確認された」
進の容赦のない言葉に俊哉と綾乃は落胆の色を隠せなかった。
「僕達が入った時には既に……?」
「ああ。遺体の状況を見るに死後数日経って居たらしい。腐敗も進んでいたしな。で、病院に入院していた筈の二名は岩船小が崩落したのとほぼ同時刻に亡くなったということだ。ま、恐らくだが、ゾンビ化してたんだろうな……」
進の言葉に二人は黙ってしまう。
「あんまりこういうこと言うのも何だけど、この世界ではこういうことが日常茶飯事なの。これからそういう人の生き死に関わることがあるけど、ある程度割りきらないと辛いだけよ。気持ちは凄い解るんだけどね」
紗香が二人をフォローする。
「まぁ、暗い話になっちまったな。さて、明るい話に行こうか。紗香、アレ渡して上げて」
「はいはい、今回の報酬ね」
紗香が俊哉と綾乃に茶封筒を渡す。
「えっと……これは……?」
「今回の報酬。見ていいよ」
そう言われ、俊哉と綾乃は封筒を開け、中を見る。中に入っているのは通帳だった。どうやら進がそれぞれ自分たちの名義で口座を作ってくれたらしく、その際に一緒に作ったと思われる印章も入っていた。
「えっとこれは……?」
「ああ。現ナマだと高額すぎるんでな。で、それぞれ名前の漢字に間違いは無いよな?」
「え……あ、はい」
「僕も大丈夫です」
二人は明らかに違和感を感じていた。これまで進の仕事を手伝っていた時は現金をほぼ手渡しだったからだ。二人は顔を見合わせ、恐る恐る通帳を開く。
「「……!!!!」」
二人は先ほどとは違った意味で黙ってしまう。
通帳にはあともう少しで四桁万円に届きそうな数字が記帳されていたからだ。
「こ、これ高くないですか……?」
綾乃は声を震わせながら進に尋ねる。
「うん」
進の言葉は軽い。
「『うん』ってそんなあっさりと……」
「今回の依頼人は一応『鎌川市』だ。そもそもの段階で報酬はかなり高かった。それにまぁ、今回俺の落ち度でお前らを危険な目に合わせちまったからな、所謂危険手当込みって奴でお前らに分配率は高めにした」
「え、えぇ……」
俊哉も金額の大きさに動揺を隠せていない。
「進と私でそれぐらい渡しても問題ないって判断してるんだから大丈夫よ。それに俊哉君には特別ボーナスもあるから」
「え?」
紗香の言葉に呼応して進が何処からか一振りの剣を取り出す。
「今回、色々あってアリスを何とかしてくれたとある悪魔から剣を貰ったんだ。なかなか良い剣なんだが、俺にはもうヤタガラスから貰った八丁念仏がある。で、こん中で剣を使っているのはお前だけだからな。なにより、ジャバウォックの首を落としたのはお前だろう?」
俊哉は進から剣を受け取る。両刃で長さから見るにバスタードソードだろうか。
「これは……」
俊哉は剣を持った瞬間、具体的に何故なのか分からないがこの剣がかなりの業物だと気が付いた。
「『
「っ!?」
俊哉は進の言葉の意味が分かった。
「俊哉君、この剣知っているの?」
「うん……ゲームとかでよく見るけど実際に手に取ることになんて夢にも思わなかった……『ヴォーパルソード』!」
進が「正解だ」と言わんばかりに笑顔を俊哉に向ける。
「さて、暗い話、明るい話。シン、最後にする話は?」
やや強引な気がするが、紗香が話題を変えに来た。
「そうだな、次の仕事の話だな」
「次の仕事ですか?」
「ああ。実はヤタガラスと白鐘からの依頼で八月に一週間ほどある土地の調査に向かうんだが……お前らにも手伝ってもらいたい。予定開けられそうか?」
「僕は大丈夫です」
「私も大丈夫だと思います」
「だとよ。どうする紗香?」
「本当は二人でのんびりしたかったけど、白鐘君の言葉も気になるし手伝ってもらったほうが良さそうね」
「だな」
「で、何処に行くんですか?」
「ああ、スマン。良い忘れてたな。行き先は稲羽市八十稲羽。去年、殺人事件と誘拐事件になっただろ?」