第三章 ぼくらのマヨナカ戦争
◇
例えばの話である。一般的に国内旅行と言えば海を渡るようなことでもないかぎり列車か自家用車だろう。最近は長距離バスなんてもんあるらしいがこの際、置いておこう。
じゃあ、俺達はどうだろうか。俺達は荷物が非常に多い。当然だ、俺たちは遊びだけでなく仕事で彼の地に行くわけだからそれ相応の装備や道具を用意しておく必要がある。従って必然的に荷物を多く載せることができる自家用車で目的地に向かうことになる。と、なるとだ一般道では時間が掛かり過ぎるので多少料金が掛かってもいいから高速道路を使っての長距離走行になるわけだ。
で、少し話は変わるが一般的に自動車の運転手は二時間に約十五分程度の休憩を挟むの良いとされているのは知っているな? 特に先ほど話に上がった長距離バスのドライバーやトラック運転手はその業務上二時間走行したら休憩を取るのが義務とされている。彼等、プロがそうなんだ、ましてや免許を持っているだけの素人である俺が……え? 何? 要はなにが言いたいかって? つまり――
◇
「そろそろ運転変わってくれねぇか? 紗香」
「嫌」
必死の――周りくどいとも言える――説得も虚しく車を運転する進の頼みは即座に拒否された。
「なんで……?」
「一般ならいいんだけど、高速はまだちょっと怖いもん」
「……」
留学する直前にわざわざ国際免許発行してもらって渡米していたのにこれである。アメリカは日本以上の車社会では無かったのか。
「俊哉、綾乃」
「「はい!」」
進にいきなり話を振られ、驚いた様子で綾乃と俊哉が返事をする。
「お前ら誕生日早いのどっちだったっけ?」
「えっと……。私だよね。確か俊哉くんが二月の早生まれで、私が十一月の四日」
「そうか……」
二人共比較的後のほうで進は露骨にがっかりする。
「まぁ、仕方がない。綾乃、俊哉もだが十八歳になったら即行で普通自動車免許取れ、所長命令だ。金は俺が出す」
「え? いいんですか?」
「ああ。それぐらいいいだろ? 紗香」
「まぁ、進が自腹切るならね」
「え……?」
どうやら事務所経費では落としてもらえないようである。
「ええぇ~……。この文明社会で悪魔を倒せるような物騒なもん持ち運ぶには車運転できねぇとダメだろ!?」
「デビルサマナーとしてはそれが正しいのかもしれないけど、事務所の経理担当としては一人頭約三十万の支出はそう簡単に首を縦に振れないわよ」
「それは、あれか。運転手は俺一人で大丈夫だ言いたいのか」
「人修羅なら大丈夫でしょ?」
「体は悪魔でも心は人間だから精神的疲労は蓄積するんですけど……」
後部座席で二人の姿を見ていた俊哉と綾乃は後に語る。あの二人の姿はは完全に子どもに玩具を買ってあげるか否かで揉める夫婦のそれだった、と――。
◇
時は八月の頭。無事に前期試験を終えた進は仲間である鷹島紗香、多川綾乃、周藤俊哉の三名を連れ、とある地方にある一都市、八十稲羽へと向かっている。が、現在。あと全工程の半分というところで進の希望によりサービスエリアで休憩をとっている。紗香、俊哉、綾乃が各々買い物やらやらお手洗い等に寄っているなか、進は一人ベンチに座り、考え込んでいた。
ヤタガラスからは昨年八十稲羽で発生した連続誘拐殺人事件が妙な臭いがするので調査するように、そしてその事件を解決に導いたと思われる人間の一人である白鐘直斗からは最近八十稲羽を嗅ぎまわっている『カルト組織』の調査協力を依頼された。
「(真面目な話、狙ってるよな……)」
この場合、ヤタガラスがである。以前の直斗の言葉を信じるとすると、直斗は進のことを調べていた。しかし、直斗の言葉を信じるならば特にこれといった情報が出なかったようである。
「(そりゃそうだ。幸か不幸か俺の背後にゃ、ヤタガラスがいる。どんなに優秀な探偵でも一介の高校生が調べられる規模の話じゃねぇ。むしろ、逆に白鐘の方が足が付かれる可能性がある。いや、
ふと首筋に冷たい感触を感じた
「フゥェア!」
進の口から普段からは一切想像できない奇声が飛び出た。
「いやに悩んでいるわね」
振り向いて声の主を確認すると、イートインでアイスコーヒーを買ってきた紗香が居た。首筋に感じた感触は彼女はそれを当てたからだというのはすぐに分かった。
「なんだよ、急に」
大真面目に考え事をしていたのに横槍を入れられた進はやや呆れ気味に答える。
「別に。でも、考えても仕方がないことってあると思うよ」
紗香は進の隣に座る。
「まぁな。少し前の俺だったら確かに後回しにしていただろうな。だが今は無理だ。いや、違うな、それじゃダメなんだ」
「俊哉くんと綾乃ちゃんね?」
「ああ。岩船小学校の一件で痛感したよ。俺は彼奴等の命も預かっているんだって。だから出来る限り危険や障害は想定して動くようにしていきたんだ」
「そうね。わたしも協力するわ」
「そうしてくれると助かる」
「でも、今は」
「今は?」
「事務所の経理担当として、しっかり仕事をこなして貰えるものをしっかりと貰うこと」
「はい……」
「ま、この一件をきっかけに少しは落ち着いてもらえると有り難いんだけどね」
「ん? なんか言ったか?」
「なんでもない」
「ま、いい。コーヒーありがとな」
そう言って進は紗香の持ってきたアイスコーヒーを受けとる。
◆P4◆
鳴上悠は戦友《仲間》達がいる八十稲羽で夏休みを過ごしたいた。とはいえ高校三年生、つまりは受験生である。遊んでばかりは居られない。
大分日が傾いてきた夕暮れ、悠は夕飯の買い物がてら商店街の本屋に立ち寄り参考書を探していた。幸いお目当ての参考書はすぐに見つかった。思えば商店街にある四目内書店は以前から小さい店ながらも妙に品揃えが良かった。
「おっ! 悠じゃねぇか、買い物か?」
買い物を終え、外に出た悠に声を掛けてきたのは相棒の花村陽介だった。
「センセイ、こんばんわクマ!」
隣にはクマ(熊田状態)の姿もある。
「陽介、クマ。ああ、ちょっと参考書を探しにな。二人は?」
「ホームランバー買いに来たクマ!」
「で、偶には俺も付き合うってやるかことでな。しかし、参考書か……。そうだな俺らもそういう時期だもんな」
「遊んでばかり居られないからな」
「俺としてはもっと遊んでいてぇけど」
「気持ちは分かるけど、今が一番頑張らないといけない時期だからな」
「わぁってるよ。だけどな、俺もお前も、天城や里中だって志望校は別々だろ? あと半年ちょいでバラバラになっちまうこと考えると、な」
「確かに。陽介は志望校受かったら八十稲羽離れるんだろ?」
「ああ。交通の便とか考えるとな。そしたら念願の一人暮らしだ」
「えっ!? ヨースケ、此処を離れることになったら誰がクマの面倒みてくれるクマ!?」
「うるせぇ! お前はもうちょい自立しろ! 妙に静かだと思ったらなんだよそれ!」
「だってヨースケとセンセイ難しい話でクマ付いていけないだモン」
「まぁ、クマのことも考えないといけないな」
二人のやりとりを見て、悠は思わず笑いだす。
「ヨヨヨ……。センセイは優しいクマ……」
「あの……ちょっと君たち良いかな?」
いきなり大学生ぐらいの若い男性に声を掛けられた。
「あ、はい」
この辺りでは見かけない人間だ。一年ぐらい前なら『事件』関係の取材にきた人物だろうが。
「君たちこの辺りの人間だよね。申し訳無いんだけど、ここから天城屋旅館ってどうやって行けばいいのかな?」
どうやらこの男性は天城屋旅館に行きたいらしい。
「あ、ああ。そこだったらそこの大っきい道をずっといけば案内の看板出てるんで……」
そのまま陽介が応対する。
「最近、いろんな人が来るクマね」
地図を見合わせたり、道を指さして説明をしている陽介をみて、クマが言葉を漏らす。
「そうなのか?」
「ユキちゃんも、リセちゃんも、カンジもジュネスのお客さんも言ってた」
「まぁ、去年の悠がいた頃よりは観光客は増えているな」
説明を終えた陽介が戻ってきた。
「おかえりヨースケ」
「悪いな陽介。任せちゃって」
「いや、いいって。慣れてるしな」
やはりジュネスで働いている以上、ああいったことを聞かれるのだろうか。
直後、隣のガソリンスタンドから一台の車が出て行った。今の男性が運転する車だろうか。陽介はずっとその車を目で追う。
「どうした?」
「ん? いや、ちょっと妙だったなと思って」
「妙?」
「ああ、車ん中みたら大学生位の綺麗な女の人と俺らと同い年位の男女だったんだけど……」
「それが、どうかしたのか?」
悠は『大学生位の綺麗な女の人』という言葉に反応したクマを抑え、尋ねる。
「いや、それ自体は問題ねぇんだが、車にカーナビが積んであったんだよ。それで俺らに態々、道を聞くか?」
「確かに妙だけど、考え過ぎじゃないか? 借り物の車で使い方が分からないとかあるだろうし」
「そうだな。『事件』や五月の連休のことでいろいろ疑心暗鬼になっているのかもな」
「答えてもらえるか分からないが最悪、天城にどんな客だったか聞けばいい」
「それもそうだな。んじゃ、俺らは帰るわ」
「おう、じゃあな」
悠は「どれくらいの美人だったクマ!?」と聞き続けるクマとそれをあしらう陽介の後ろ姿を見送っていった。
陽介には「気にしすぎでは」と言ったが、悠も悠で先ほどの男性に妙な違和感を感じた。
「(あの人は俺たちをみて『この辺りの人間だよね』と尋ねた。明らかに日本人離れした容姿をしたクマを見ても、だ)」
それは、この地を離れ、彼らと別れを経験した彼だからこそ抱くものだった。
◇
「なんで態々道聞きに行ったんですか。カーナビあるから道は分かっていたのに」
後部座席座っている綾乃が進に尋ねる。俊哉も同じ疑問を抱いているようだ。
「まぁ、貴方達に気づいてって言うのは難しい話しよね。私も最初はそう思ったもの」
紗香が口を開く。
「え? 気付くって何をですか?」
「あの三人のうち……」
進が口を開く。その顔は『仕事』しているときのそれである。
「金髪の小柄な奴いたろ?」
「居ましたね。遠目から見た感じ凄く外人っぽい……」
「アイツ、十中八九人間じゃねぇ」
「「ええっ!」」
車内が驚きの声でいっぱいになる。
「そ、それって悪魔ってことですか?」
俊哉が身を乗り出して進に尋ねる。
「いや、アレは悪魔じゃないわね。ペルソナに凄く似ていたけど……」
「シャドウの一種じゃねぇかな……? とはいえ俺自身、実際にシャドウに出くわしたのなんて片手で数えられるくらいしか無いから断定はできねぇが」
「それって例の『事件』に関係するんですか?」
「分からん。それ言い出したら、この天気も大分怪しいからなぁ。どう思う、紗香」
「そうね私も詳しい訳じゃないからなんとも言えないけど……。言われてみれば、確かに加持祈祷の類で晴れにしたって感じはする」
「えーっと、それはつまり……」
「下手すりゃここの土地神クラスの奴が何かしているってことだ。となると、自分で言うのもなんだが俺のような大悪魔がやって来たってことにも気が付いているかもしれん。うあー……そう考えるとすごく面倒なことになりそうな気がしてきた」
そう言う進の顔は露骨に嫌そうである。
「大丈夫じゃない? 白鐘くんも『事件』の関係者何だから話は通っている可能性が高いんじゃない?」
「だといいけどな。ん? どうした俊哉」
進はバックミラー越しに俊哉が言いたそうにしているの気付いた。
「あ、いや、完全にそれ、フラグですよね……」
俊哉の言葉に車内の空気が一気に冷え込んだのは言うまでもない。
?
時刻は少し前に遡る。
稲葉市の隣の沖奈市にあるホテルの一室。
「ほお、あの男が八十稲羽に向かっていると?」
「ええ。現段階においては断定とまで行きませんがおおくの情報を照らし合わせますとその可能性は十分に高いかと」
「あなたは私の優秀な同士です。信頼しましょう。ですが、弱りましたね。あの男は私を知っている」
「そういえば先の一件ももう少しのところであの男とヤタガラスに邪魔されたんでしたね」
「ええ、忌々しいことに」
「どうしましょう?」
「ふむ、そうですねぇ……。あの『世界』は私一個人としても組織としてもまだ調べたいところ」
「それこそ力づくであの地を掌握してもよろしいのでは?」
「それができれば既にやっていますよ。情けない話ですが今の我々にはそれができる同士の数が足りない。ましてあの男があの地に向かっているのであるならば尚更慎重策を取らざるをえません。君はご存知ないかもしれませんが我々だけでなく、憎きメシアも彼によって多くの辛酸を舐めさせられていますからね。ましてやメシアは彼の妹に手を出したばっかりに……フフっ。おっと、少し話がそれましたね」
「? そういうのであればしかたがないですね。彼等を利用するのは如何でしょうか? 彼等の中に我々を嗅ぎまわっている者が居るようですし」
「なるほど、それはいいですね。そいつを使って彼等とあの男を相争わさせる。あの男を殺せないまでも力を削ぐことはできるでしょう」
「では、そのように」
「ええ。では貴方にその件は貴方に一任するとしましょう?」
「お任せください」
「では、私は研究に戻ります。あとはお願いしますよ」
「かしこまりました。……行ったか、博士は何故あんな男を恐れる? 悪魔合体の技術が進歩している今、半人半魔なぞ珍しくもない。一体あの男に何があるというんだ……」
◇
お盆の行楽シーズン前と言えどさすがに老舗旅館。天城屋旅館には他の旅行客も多く見える。
進達が通された部屋は一見広めの一部屋だが襖によって二部屋に分けられる部屋である。案内してくれた旅館の女将曰く、どうしてもこの部屋しか開かなかったとのことだが、男女四人で泊まる分には問題ないだろう。
進は窓際で外の景色を見ながら、緑茶を啜っていた。
「疲れた……」
集合場所の事務所からおよそ半日。進の疲労は限界に近くなっていた。車に三人を載せ、長時間高速道路を走った疲労に人や悪魔の差は無い。
「(さすがこの辺りで一番の老舗旅館。細かな気遣い行き届いている)」
進が飲んでいる緑茶は部屋の置いてあった茶葉とお湯で入れたものだ。
「ええええええぇぇェェェェェェ!」
「ちょっとおおおおおぉぉぉぉぉ! 『ていっ!』じゃないでしょおおぉぉぉぉ!」
部屋を二間に分ける襖の奥から絶叫が聞こえる。
「熱っ!」
そしてその叫びながら驚いた進は思わずお茶を零す。幸い湯のみに残ってるお茶の量が少なかった為、着ているTシャツ以外には被害は無かった。
「なんだ? どうした?」
すると、俊哉と綾乃が襖を開け、部屋から飛び出す。綾乃は部屋の隅に行き、青い顔で小さくなって震えている。そして俊哉は進の元に駆け寄る。
「せ、先生! ちょ、ちょっと、いいんですか!? あれ!?」
俊哉が珍しく慌てた様子で後ろを指差し進に捲し立てる。
「どうしたんだ?」
進は俊哉と指差した方を見る。そこには紗香が居た。しかし、よく見ると手には縦長の紙が握られていた。
「何それ」
進が紗香に尋ねる。
「そこに貼ってあったお札」
紗香は何事も無かったように尋ねる。
「ちょっとこれ、いろいろ不味くないですか!?」
俊哉曰く、荷物を運び入れたときに紗香が部屋に貼られているお札を発見。怯える綾乃をよそに紗香は部屋を見回した後、お札を睨み、「ていっ!」と悪戯をするようなテンションでお札を剥がしたのだと言う。
「ああ、紗香が大丈夫だと思ったなら大丈夫だろ」
進は何事も無かった様に流す。
「え?」
訳がわかならなさそうしている俊哉に紗香が答える。
「さっきの天気のこともそうだけど一応あたし、魔術と呪術的な力場を視認することができるの。神社の生まれだからどうかわからないけど」
「そして霊感も強い。まぁそんな能力を持っているからガイアに狙われちまったんだけどな」
進は自分で自分の地雷を踏み抜いてしまったらしく少し遠い目している。
「被害者の一人のあたしが気に病まないでって言ってるんだから自分で言って落ち込まないでよ……」
「ああ、スマンスマン」
「で……大丈夫何ですか……?」
部屋の隅で震えていた綾乃がおそるおそる尋ねる。
「ええ、大丈夫よ。あのお札自体には何か力が有ったわけじゃないし、この部屋周辺に何か悪影響を及ぼすような悪霊は存在しないわ」
「そ、それならいいんですけど……」
綾乃は少しほっとしたような顔をする。
「失礼致します、何かございましたか?」
部屋の入口の襖が開き着物の若い女性が現れる。どうやら先程の悲鳴を聞いて旅館の従業員が様子見に来たようだ。
綾乃がいきなり襖が開いたことに驚いて竦み上がったのを無視して進が「大丈夫です。驚かせてすみません」と答える。
「なら、いいのですが……。何かご不都合なことが在れば遠慮なくお申し付けください」
若い従業員は非常に丁寧な接客である。
「ええ。ありがとね。あと貴女……女将さんのご家族?」
紗香が急に尋ねる。言われてみれば若干だが女将に顔立ちが似ている。勿論美人だ。
「え? ええ。女将の娘の天城雪子と申します。まだ若輩者ではありますが精一杯のおもてなしさせて頂きます」
「いいえ、こちらもお構いなく。ごめんネ、引き止めちゃって」
「いえ。では失礼させていただきます」
雪子という女将の娘――つまりは若女将に当たるのだろうか――は退室していった。
「と、まぁ。今のも紗香の能力の一端だな」
進はいきなり解説を始める。
「「へ?」」
「生きている人間の霊を視ることである程度の血縁関係を見ることができるの。といっても詳しい関係が解るわけじゃないんだけどね」
「つまり、天城雪子さんが女将さんのご家族だって気がついたのが……」
「そういうこと」
「よし、じゃあ全部丸く収まったところで温泉でも浸かりに行くか」
進の提案に全員賛同する。
各々温泉に行くための準備を終えて戸締まりの為、俊哉と綾乃に先に出るように促した進は紗香が部屋の隅にあるテレビを何か不思議そうな目で見ているのに気がつく。
「どうした?」
「いや、なんで「なんでもないは無しだ」……最後まで言わせてよ」
「細かいところかもしれねぇが違和感があるなら言ってくれ。杞憂で済みそうならそれはそれでいいから」
「そうね。この部屋、去年の連続誘拐殺人事件で殺された山野アナウンサーが泊まっていた部屋でしょ?」
「そうだな。割りといい部屋なのに最後まで客を入れなかった。それにあのお札だ。ほぼ間違いないだろ」
「でも事前調査だと、遺体の発見現場と殺された場所は此処じゃないみたいなのよね」
「そうだな。で、事実お前には何も見えてないんだろう?」
こと霊視に関して言えば紗香の目は人修羅のそれより遥かに正確である。
「いえ、今少し見えたの。正確に魂の残光というか強い残留思念というか……」
「まぁ、遺品とかもあっただろうからな。少しぐらい残っていても不思議じゃねぇな」
「うん。でも問題は見えた場所」
そう言って紗香はある一点を指さす。
「テレビ?」
そこには大型の薄型テレビがあった。
「うん。アナウンサーだからテレビに未練が会っても可怪しくは無いんだけど、なんていうかその……このテレビ『そのもの』なんかありそうな見え方をしただったから……」
「なるほどね。気に止めとくよ。しかし、さっきは見えなかったんだろ? 今になってなんでだ?」
「さぁ、お札をはがしたからじゃない」
「かもな」
進は半笑いで廊下に出る。どうやら話を聞いていたらしく、またも綾乃が青い顔になっていた。
◆P4◆
「もしもし天城か?」
「もしもし、鳴上くん。珍しいね、どうしたの」
「いや、大したことじゃないんだけど、今日の旅館に大学生くらいの男女四人組の客が来なかった?」
「うん、来たけどなんで?」
「ああ、いや夕方、俺とクマと陽介が商店街で道を聞かれたからさ」
「なるほどね。無事到着してたよ」
「そっかならいいや」
「じゃあ、まだ手伝いがあるから切るね」
「ああ。お疲れ様、わざわざゴメン」
「ううん、大丈夫。それじゃね」
悠は雪子との電話を切る。特に気になる点はない。悠は部屋を出て、居間に降りる。
居間には愛しき妹分である従妹の菜々子がいた。
「あ、お兄ちゃん。お父さん今日も少し遅くなるって」
「今日も? わかった、じゃあ先に夕ごはん食べちゃおうか」
「うん」
ここ数日、叔父である堂島の帰りは遅い。そして仲間の一人である白鐘直斗も忙しなく何かを調べているらしい。無論、自分も含め皆が皆それなりに忙しない日々を過ごしている為、そのことを誰にも話せてはいない。
今、八十稲羽は盛り上がり始めている。平和を取り戻し、そした新たな一歩を踏み始めている。
「(だからこそ、なにか良くないものが裏にいる気がする)」
なぜそう思ったのかは分からない。
そのとき悠の携帯がなった。
画面には仲間の一人で後輩である巽完二の名前が映っていた。
「もしもし」
「あ、先輩ッスかこんな時間にスンマセン」
「別にいいよ。で、どうしたんだ?」
「先輩、今日直斗の奴と連絡とかしました?」
「いや、してないな。なんで?」
「いやぁ、夕方ぐらいから急に連絡取れなくなったんすよ」
悠はむしろ何の用事で直斗に連絡しようとしたのか聞こうとしたが。もしかしたらこの漢は覚悟を決めたのだとしたら茶化すべきではない。
「最近、何か調べているようだし、忙しいんじゃないか?」
「だと思うんですけどね。いや、今日久慈川とアイツと俺とで今度のキャンプの買い物行く予定だったんですよ」
『今度のキャンプ』というのは五日後に予定している自称特別捜査隊+菜々子と久須美鞠子ことマリーと行く予定のキャンプのことである。
「昼過ぎに行けなくなったって連絡が来たのはいいんですがそのあと夕方から俺も久慈川も全然連絡が取れなくて」
「なるほど」
「アイツのことだからまた一人で無茶な事してんじゃねぇか? ってちょっと……」
「心配か?」
「あ、あの、いや、その……はい」
「分かった。大丈夫だとは思うけど、こっちも連絡してみるよ」
「スンマセン、お願いします」
「構わない。じゃ、また」
「ウッス、失礼します!」
完二の電話を終えた後、直斗の携帯に電話をする。確かに出ない。
「また、後にするか」
すると再び電話が鳴る。今度は堂島だ。
「もしもし」
「悠か、菜々子はどうしてる」
菜々子はテレビに夢中になっている。
「テレビを見てます」
「そうかならいいが……」
堂島の声は妙に焦っている。
「本当は部外者に漏らすのは良くないんだが、お前にだから伝えておく」
「ど、どうしたんですか」
堂島の剣呑な様子に悠は嫌な予感を感じた。
「白鐘が行方不明になった」
◇
温泉も料理も満喫した進は旅館の遊戯室にあるビデオゲームで遊んでいた。昔、友人の家で遊んだことがある弾幕系シューティングだ。俊哉は別の筐体にある格闘ゲームで連勝街道を突き進んでいる。
旅館に付き物の卓球で紗香達と遊んでも良いのだが、人間時の姿でも人外染みた身体能力を持つ進では誰も相手が出来ず、根本的に運動が苦手な俊哉も遠慮したようだ。無論、綾乃と紗香はガッツリ卓球で遊んでいるようだ。
「……」
間薙進は本体である『間薙シン』と同じく、一度ゲームを始めると長時間のめり込むところがある。進は『間薙シン』がアサクサで『ゲッシュ』のマガタマを手に入れるため長時間パズルゲームをやっていたという記憶がある。そして現在、進がプレイしているゲームの筐体には百円玉の塔が三本ほど出来ている。
「遅い」
黙々とプレイする進は一人ごちる。
気が付くとずいぶん長い時間プレイしていたらしい。事実先ほどまで結構有った百円玉の塔は半分ぐらいに減っている。
「(白鐘は夜、天城屋旅館に来ると言っていた。が、実際は何の音沙汰もない)」
ミスが重なりゲームオーバーになったとき、進は周りを見渡すが、白鐘らしき人物が居る様子はない。
「(もう少し待つか……)」
進はコンテニューの為、筐体に百円玉を入れる。
そこからまたしばらくして、室内いるのは進は一人になった。既に俊哉は部屋に戻り、紗香と綾乃は卓球でかいた汗を流しに再び温泉に向かった。
「チッ」
もう何度目か分からないゲームオーバーに進は舌打ちをする。気が付くと進のスマホには一通のメールが来ていた。差出人の名は白鐘直斗である。
「申し訳ありません、今日はそちらに行けそうにないです。明日の十一時、此処に来て下さい」
メールには場所を指定する地図も添付されていた。
「(最初に落ち合う場所を指定したのは白鐘だ。が、結局この時間になるまで連絡無しのドタキャン。しかも連絡手段は電話ではなく、メール。そしてこの指定した場所、土地勘の無い俺ですらあまり人が近寄らないような場所だということが想像できる)」
そこから察するのは――。
「(どうやら白鐘は碌でもない状況に陥っているかもしれん。と、なるとこれは罠、か?)」
進は再び百円玉をゲームの筐体に入れる。
「(まぁ、本当に忙しすぎて連絡する暇が無かったという可能性も無きしも非ずだが、もしこれが本当に罠なら……)」
タイトル画面に僅かに反射している、真顔の進の口角が少し上がる。
「(いいだろう。誘われてやろうじゃねぇか!)」
その瞬間、進の操作する機体が敵に撃破される。
「チッ。こんな序盤で凡ミスかよ。まぁ良いクリアするまでゼッテー動かねぇからな俺は」
進の非常に非生産的でくだらない決意を聞く者は誰も居なかった。