◆
「あの人いったい何者なんすか?」
順平は周藤の身柄をシャドウワーカーに引き渡した後、真田明彦を問い詰めていた。結局場のノリやら何やらで、すっかり聞き忘れていた、間薙進の正体についである。
「ほう。ということは見たのか、あの姿」
「ええ。なんか急に体に黒い線が浮かび上がって……あの周藤くんを何もさせず……」
「へぇ。あの男が人間に対して使ったのか。相当腹に据えかねていたのか。いや、あいつなら相手を威圧するためだろうな。大概の奴はあの姿を見ればビビるからな」
「あの、真田先輩? 一人で納得していないで教えてください」
「ああ、すまん。あいつはな、ああ見えて半分人間じゃない」
「え?」
「あいつは人修羅と呼ばれる。半分人間半分悪魔の存在だ。正確にはあの刺青のような模様が入っているほうがあいつ本来の姿らしい」
順平は言葉を失っていた。とはいえ、そこまでショックではなかったようだ。なにせ彼の旧友にはシャドウそのものがいたりしたからだ。
「さらにあいつは、なんか混沌王という悪魔の分身みたいなもので、いざとなればそいつから力の供給を受けられるらしい。下手すればこの世界で十本の指に入るような実力者だ。ワクワクするだろう?」
「いや……むしろ、おっかないすよ!」
ほんの数時間前まで話していた相手が世界で十本の指に入る実力者と聞いて胸が踊るわけがない。むしろ、失礼がなかったかビクビクするレベルの話である。
「でも……、そんな人がなんで力を持つことに恐れを持たせるようなことをするんでしょうね……」
その言葉を受け、明彦も考え込む。
「確かにな。俺も昔『力はあくまで手段。お前は力の果てに何を求めているんだ?』と言われたことがあるよ」
順平は「でも、その言葉はあの人じゃなくてもそのうち誰か言っていたと思いますよ」という言葉を飲み込み、次の言葉をつなげる。
「なんか、あったんすかね」
「だろうな。しかし、俺達の思っているより事は大きくなっていそうだな」
「ええ。もう既に一人ペルソナ使いになっていますもんね」
「情けない話だが、今のところあいつの行動に期待するしか無いな。順平、お前ももう今日は休んでいいぞ。助かった」
「了解。俺っちはもう帰りますわ」
順平はシャドウワーカーの待機所から退室していった。
「半人半魔、か……」
順平は周藤俊哉に対し、容赦の無い洗礼を浴びせた進の姿を思い出し、ぽつりと言葉を漏らす。
◇
進はとある事務所の一室で待っていた。部屋は豪華な装飾品で飾られている一方、部屋に出入りしているのはアロハシャツに態度の悪い青年や高級そうなスーツを着崩した男達ばかりで、それ以外は時折その男たちに連れられて水商売をしているのであろう女性が入ってくるぐらいである。紛うことなきヤクザの事務所というやつである。
進は昨晩有った麻薬のブローカーがまだ自分に話していない事があると伝えると、この事務所で一番地位の高い男であるタヤマは進に事務所で待っているように伝え、若い男を組の人間を何人か連れ部屋を出て行った。一応、警察やヤタガラスなどと言った、社会の秩序を守るべき組織と繋がりの深い進がそういう反社会的な職業をしている人間との接触は不味いだろうと、タヤマが配慮したのだろう。
手持無沙汰にしている進の前に、組の下っ端の人間であろう青年がお茶を持ってきてくれた。
「ああ。ありがとう」
「いえいえ。むしろ、気が回らないウチの若い衆の落ち度ですわ」
そう言って、進の前に座ったのはこの事務所でもそこそこの地位の有る人間だろう。進にお茶を持ってきてくれた青年はもう下がっている。
「タヤマさんはもう少し時間がかかると思います。申し訳ありません、もう、ちとお待ちください」
「構わない。むしろ、昨日の今日でここまで早く動いてくれるのは助かるよ。今日なんかブローカーの居るところさえ教えてくれればそれでよかったのに……」
「いえいえ。お気になさらんでください。もともと、このあたりのヤクのバイニンは新しいブツを入荷したら、こちらに話をいれておかんとイカンのですわ。先生にはお世話になっていますし、このようなことで借りを返せるならいくらでも、という話でさ」
「なるほどね。あと先生はやめてくれ」
確かによくヤクザもんの用心棒とかは先生と呼ばれるらしいが、どうも座りが悪い。
「いえいえ。一応そこんとこは礼儀なんで……」
これである。とはいえ、そういう礼儀がしっかりしているのは嫌いではない。
進が阿修羅会の依頼を受け、そしてそれ以降も関わりを持っているのは彼らが少なくとも仁義や任侠を解っているからだ。彼らは弱者を利用するが、決して使い潰すのではなく、利用したらした分、手厚く保護する。だからこそ進は信頼こそしなくても信用はしている。
「ただいまっと」
そうこうしている内にタヤマが戻ってきた。高級なスーツ、豪華なアクセサリー、そしてサングラスにオールバックの髪型どう見てもそっちの人間にしか見えない。しかし、そのカリスマ性と威圧感は本物であり、圧倒こそされないがそれでも一定の緊張感は持ちつつけねばならない。外部の人間であり、彼と対等――年齢とそれに付随する経験は向こうの方が遥か上だが――以上に話せる進ですらこうなのだ。彼の部下はもっと激しい緊張感に襲われているだろう。
彼は進と対面の位置にあるソファに座る。先ほど進と話していた男は既に脇に立っている。
「悪いんだけどちょっと冷たい飲み物持ってきてくれるかなぁ」
タヤマは下っ端に指示する。言われたチンピラはすぐに行動する。
「で、どうでした?」
進は早速、タヤマに結果を尋ねる。
「ダメだよ、シン君。交渉するときは例え相手が嘘をついてないとわかっていたとしても相手の言葉を疑わないと」
いきなり駄目出しを受ける。
「と、いいますと?」
「嘘をついてなくても、言葉が足らない可能性がある。君がまた聞きに行ってもまた肝心な所を話さない可能性が有ったからねぇ」
なるほど、と進は言葉を漏らした。お伽話に出てくる悪魔の常套手段じゃないか。嘘はついてなくても、言葉が足りない。その可能性をもっとじっくり考えるべきだった。
「勉強させて貰います」
「幾千もの悪魔をも屠る人修羅が人間相手に手古摺るなんてねぇ」
そう言ってタヤマはニヤリと笑う。
「いえいえ。そういう交渉は悪魔より人間の方が上手ですよ、じゃなきゃデビルサマナーなんて職業が生まれるわけがない」
「言うねぇ。まぁいい。結論から言うと、その薬を購入したのは二人……それも両方市立南高校の生徒だね」
それを聞いて進は本気で頭を抱えた。消えたと思った線が再び浮かび上がったのだ。そう、教師殺害事件の犯人がペルソナ使いの可能性が、である。
「一体、どんな生徒が?」
タヤマはタバコに火を付けながら言葉を返す。
「答えてもいいけど、ちょっと質問というか、忠告というか……」
「質問か忠告?」
「ああ。あの薬、桐条グループから盗まれたもんだろう?」
進は驚いた。こちらは薬の出処についての情報は一切漏らしていない。進は知らぬ存ぜぬの態度を通した。否、通したつもりだった。
「減点その二。そこで真顔に戻って黙っちゃダメだよ。相手に肯定だと捉えられちゃう」
進は痛い所を突かれ目線を逸らすがタヤマはそのまま、話を続ける。
「ま、答え難いだろうから、こっちで勝手に話すよ。安心しな、お前さんはちゃんと情報を隠せていたよ。あの薬、つまりPEAだろ? あれが外部に流出したのは今回が初めてじゃないのさ」
「初めてじゃない?」
進は視線を戻し、タヤマに尋ねる。
「そう。先々代桐条グループ会長が『滅び』の研究をしていたのは裏の世界じゃ有名な話だ。そして十二年前のシャドウ流出事件。あの事件をきっかけに桐条の研究成果が裏の世界のあちこちにばら撒かれた。そのうちの幾つかがこっちに回ってきたのさ」
「……」
「で、あの薬は、かつて大惨事を引き起こした薬に酷似しているんだが……」
「大惨事?」
「ああ、大正時代末期にある陰陽師の末裔が帝都にある薬を清涼飲料水に混ぜたことで引き起こした大事件」
そこまで聞いて進は気付いた。
「コドクノマレビト事件の丸薬か!」
十四代目葛葉ライドウが解決した、倉橋黄幡率いる秘密結社コドクノマレビトが起こした大事件である。
「そう。PEAはあの事件に使われた薬と同じように大量の生体マグネタイトが含まれていた。ま、それ以外の差は専門家じゃないからわかんないけどね」
「で、なんでそれをわざわざ?」
「言ったろ? 忠告って。あれとコドクノマレビト事件の丸薬の効果との最大の違いは悪魔化させるかシャドウを生み出すかの違いじゃない。あれを一度に大量に摂取すると、厄介な副作用が起きるんだよ」
「副作用?」
「そう。あの薬によって体という器以上に供給されたマグネタイトはまるで汗のように全身から発散する。そして、そのマグネタイトに誘われ多数の悪魔が集まる。それに加え、空気中のマグネタイトは濃くなるということは……」
進はそこまで聞いて背筋に冷たい物が通るのを感じた。
「異界化する」
「ああ。屋外なら一度に何人もの人間が何錠も摂取しないと無理だろうが、このビルぐらいの建物なら一度に一人で三錠服用すればほぼ間違いない無く」
進はタヤマの意図が読めた。
「そういう話をするってことは、もう一人薬を買った生徒は一人で何錠も買った、って解釈でいいんですね?」
タヤマは肯定だ、いわんばかりに頷く。
「失礼しやす!」
急にチンピラが部屋に入ってきた。
「ん? どうした?」
タヤマは話を遮られたことによる不機嫌を隠さず応対する。
「いや、それが……どうも俺等の事を嗅ぎまわっている女子高生が噛み付いてきたもんで、取り敢えずふんじばって連れきたんですが……」
タヤマに威圧されたのだろう。やや声が震えている。
「バカヤロウ。まったく……そんなことで未成年の女の子連れてきちゃだめだろう。で?」
怒鳴ってはいないが明らかに怒っている。
「で? って……?」
「いつも言っているだろう。何か問題があったらその対応策も考えて、報告すんだよ。例えば、ちょっと怖がらせて解放するとか、ちょっと不味い情報を握っていたのでどっかに沈めるとか……。ホントにやらなくてもいいから、考えておくんだよ。俺の仕事は改善案を出し、責任を持ってそれを実行させることなんだから、余計な手を煩わせるな」
「は、はい! すいません!」
「それと、今は来客中なんだから、そう大きい声で報告しないこと。じゃ、ふんじばったもんは仕方が無い、連れてきな」
そう命じられたチンピラすぐ部屋の外に出て行った。
「悪いねぇ。ちょっと時間取らせるよ」
そう言い、タヤマは席を立とうとする。
「あー……。流石に女子高生がヤクザに拉致られて、無視出来るほど割り切れる男じゃないんで、ここに連れてきて貰っていいですよ」
進は頭を掻きながらタヤマに告げる。
「お人好しだねぇ」
そして、再びタヤマは席につく。
◇
チンピラに連れられて入って来た女子高生を見て進は頭を抱える羽目になった。
「ちょっと! アンタ、昼間の探偵じゃない! なんでここに……」
そう、部屋に入って来た女子高生は朝、市立南高校で出会った、多川という女子高生だった。
「探偵の情報源にヤクザがいても何も問題はないだろう? なんでここにっていうのはこっちのセリフだ」
「おや、顔見知り? ま、いいや。ともかくお嬢さん、なんで俺達みたいなアブナイ人達の事を調べていたのかなぁ?」
「四日前、この辺にあたしの親友が来たのよ!」
「ほぅ、親友。それがなんで俺達と何の関わりが?」
「知らないと言わせないわよ! あんた達の傘下で薬を売っているって奴がその親友と会ってるのを最後に行方不明になっているんだから」
丁寧な口調ながらも非常に威圧感たっぷりなタヤマに物怖じせず、噛み付いているあたり、この多川という高校生は相当肝が据わっているな、思ったがよく見ると足が震えている。
「(そりゃ、そうだわな。それにしても――)」
親友が阿修羅会とか関わりのある人間と会って以来、行方不明。進の心の中に何とも言えない嫌な感覚が渦巻いていた。
いくら反社会的組織とはいえ、只の高校生を拉致監禁するような組織ではないと進は阿修羅会を信じている。今回、多川を連れて来たのは、多川自身が下っ端に噛み付いてきたのと噛み付かれた下っ端の独断専行だろう。いずれにせよ多川の親友は、『行方不明』になるだけの『何か』があるということである。進の心のなかに渦巻いている嫌な感覚とは詰まる所、このタイミングで高校生が抱えているその『何か』の答えである。
「タヤマさん。PEAを買った二人の高校生、一人は既に解っている。もう一人は……」
進は「何か」の答えをタヤマに尋ねる。
「ああ。三島友紀、その娘が君の親友なんじゃないかい?」
タヤマは大河に尋ねる。
「ええ! 何処に居るの!」
「彼女はここにはいないよ。ウチの傘下の奴から何かを買って、それまでだ。行方がわからないのは彼女の意思で、行方を眩ましているんだろうね」
「そんなの!」
どうも彼女は信じられないようだ。
「こいつらは『嘘は』つかない。言葉は足りないかもしれないがな」
進が補足する。
「タヤマさん。彼女の身柄、俺があずかります。いいですか?」
「ああ。構わんよ。しっかり教育してやれ」
「訴えられたくないので余計なことはしません」
「ちょっ、ちょっと勝手に!」
「無事に帰りたいならそのお兄さんの話をちゃんと聞いたほうがいいよ?」
多川は抵抗するが、タヤマの言葉を聴き黙る。
「じゃあ。タヤマさん、色々と有難うございます」
「ああ、構わないよ」
そして進は多川を連れ、外に出る。
◇
「まったく……なんであんな所に……」
多川を車に乗せ、進は国道を走っていた。当然彼女の家の位置は聞いてある。
「さっきも言ったでしょ。あたしの親友が行方不明なのよ」
「それは聞いたよ。誰からそんな事を聞いて、行動に移したのか、と聞いているんだ」
「じゃあ、あたしからも同じ質問させてもらうわよ。一体どんな情報が欲しくてヤクザの事務所なんかに? 秋吉先生と繋がりがあるとは思えないんだけど?」
どうやら、彼女はまだ、進が秋吉幹彦の事件の件で阿修羅会を頼ったと思っているようである。あながち間違いではないのだが。
進は話すべきか悩んでいた。最悪の場合であるが、彼女の親友だと言った三島友紀は既にペルソナ能力に目覚め、あまつさえ人を一人殺している可能性があるのだ。だからと言って彼女にまったくの出鱈目を話すわけにもいかない。
「俺は……」
進は意を決した。
「俺は、秋吉幹彦が殺された事件は直接は調査はしていない」
「えっ!?」
「ある企業の依頼で、その企業が盗難された薬物の回収をしていた。で、その薬物が、あのヤクザ……阿修羅会を通して市立南高校の生徒に流れたという情報を得たんだ」
「それで、朝の学校に?」
「まぁな。話を聞くとどうやら君の親友が……」
「友紀はそんな物を買う娘じゃない!」
多川は進の言葉に怒りを露わにする。
「だが、実際買ったらしい。さて、俺は答えたぞ。探偵が情報を漏らしたんだ、そっちもちゃんと話してもらわないと困るんだが?」
「……友紀は、四日ほど前から学校を休んで、連絡も一切取れないの。母子家庭なんだけど、友紀のお母さんも、友紀がここ数日帰ってないんだって言ってて、今日こそ学校くるんじゃないかって、集会サボって……」
そう語る彼女の様子はどことなく暗い。
「なるほどね。だが、それがなんで阿修羅会と接することに?」
「あ! そうだ、他にも友紀のことを探している人がいて、その人からヤクザと会っていたって聞いたんだけど、その人も探偵だって言ってた!」
「探偵?」
「そう。名前はまで聞けなかったんだけど、前髪を立てていて、紫のYシャツに高そうな白いスーツの人なんだけど……」
そこまで聞いて進は背筋に冷たいものが通るのを感じた。そんな恰好をしている探偵を進は一人しか知らない。
「(キョウジが動いている? だが、葛葉は要請が無い限り動かないはずでは? いやそれとも別件か? だとしたら、何故三島友紀を追う?)」
進は口では「知らないな」と言いつつ、頭の中ではあれでもないこれでもないと、考えていた。
「やっぱり……秋吉先生を殺したのは、友紀なのかなぁ……」
多川は再びうつむき、言葉を漏らす。
「ん?」
「刑事さんが、友紀の事、あれこれ聞いてきたから、さ」
「なるほどね」
進は後で米山に聞くべきだろうと、心に留めておいた。
「えっと……間薙さん……よね。間薙さんはどう思う?」
「なんとも言えないな。周藤君だってここ数日学校に来てなかったらしいね」
進は昼間遭遇した、ペルソナ使いの高校生の名前を出す。
「え? ええ」
「じゃあ。そういうことさ。行方不明だから怪しい。それは事実だ。だからといって犯人だと言って決め付けるの早計だ」
肯定も、否定もしない。しかし、進の本心からの言葉。
「とにかく、今は親友である君が無事であること、そして無実であることを一番信じてあげないといけないんじゃないかな?」
「そうね。そうよね」
そうこうしている内に、彼女の家に近くについたようだ。
「あ、ここで良い……です」
急に敬語になった事に進は少し驚いた。
「なんか……ずっと……タメ口だったけど、普通に間薙さんのほうが歳上なんですよね。なんかすいません」
「あー……まぁ俺もまだ二十一だからいいんだけどね。ま、いいや。それより、三島友紀って娘の写真はあるかい? 俺の方でも少し探してみる。あと、連絡先も教えてくれ。なんかあったらすぐ連絡してくれ」
「あ、はい! じゃあ、ちょっと待っててください」
そう言って、多川は小走りで近くの家に入って行った。
しばらくして、多川は恐らく昨年の文化祭か何かであろう、多川とのツーショットの写真を持ってきた。件の三島友紀はメガネを掛けた大人しそうな女子生徒だ。そして進と多川は連絡先を交換する。
「じゃあ、多川綾乃さんだね。写真、確かに借りるよ」
「はい。友紀の事よろしくお願いします」
そして進は多川に何か有ったら連絡するよう念を押し、帰路に就く。
「ああは言ったが、まぁ、間違いなく三島友紀だろうな……」
進はぽつりと呟く。
◇
明応大学。進の通う大学である。
昨晩、あちこち調査に回ったが、進展は無かった。
進は、深夜に帰宅し、学校をサボる気満々で寝ていたが、幼馴染で同級生である橘千晶に電話で「学校に来なさい」と叩き起こされ、結局出席する羽目になった。
「ふぁ~あ。終わったぁ……」
そして授業は終わり、進は大きな欠伸をしながら背伸びをする。
「もう、殆ど寝ていたじゃない」
そう話しかけてきたのは進を学校に来るように言った橘千晶だった。黒髪ロングヘアで清楚な印象を受ける女子生徒だが、その実、、負けず嫌いでプライドのかなり高いお嬢様である。
「しょうがねぇだろ、仕事なんだから」
千晶には進の仕事は探偵である、とだけしか知らない。
「仕事でしょうが、何でしょうが、私達は学生なのよ? 学生の本分はちゃんと授業に出て、勉強すること。あの娘がいない間、進がしっかり授業に出るように監視を頼まれているんだから」
「はいはい」
進はそう、生返事を返し、コーヒーでも買おうと考え、鞄から財布を取り出そうとするが、そのとき机の上に置いておいた手帳に鞄がぶつかり、昨晩綾乃から貰った三島友紀の写真を落としてしまった。
「いっけね」
「あれ、何この写真」
千晶が写真を拾い、進に尋ねる。進はあれこれ考え「依頼人と探し人の写真」と答えた。嘘はついていない。
「へぇ。どっちの娘を探しているの?」
「ん? 左の娘」
千晶は何故か写真を凝視している。
「ん? どうした」
「この娘どっかで見た事がある気が……」
「ああ。市立南高の生徒だからな、そりゃあな」
幼馴染である以上、進と千晶の家はわりと近い、従って千晶の家からも南高は近所である。
「いや、ウチの近所で見たことがあるの。どこだっけなぁ……」
「近所? 友達でもいない限り、あの辺と接点はないと思うんだが……」
三島友紀の家は多川綾乃の家の近所であり、進や千晶の家からはそれなりの距離はある。
「でも何回か見ているし、一昨日ぐらいにも見たのよね……」
「えっ、一昨日!?」
進は急に話に食らいつく。
「そう、最近。どこだっけな」
千晶は必死に思い出そうとしている。
「頼む! 思い出してくれ!」
「ちょっと待って、今思い出しているから……」
「オィーっす」
急に一人の学生が話しかけてきた。お洒落だが軽薄そうな印象を受ける男だ。彼は新田勇。進や千晶の高校からの友人である。
「ああ、もう何、勇! 人が必死になって思い出そうとしているのに」
「おいシン。千晶、どうしたんだ?」
「あぁ、まぁ、ちょっとな」
「ま、いいや。それより、一昨日ニュースでやってた、高校教師殺人事件、あれお前らの近所だろ?」
秋吉幹彦の事件のことだろう。
「ああ」
「思い出した!」
千晶が急に叫んだ。
「そう、秋吉さんの家よ!」
「秋吉って、あの事件被害者宅か」
千晶は写真の中の三島友紀を指さし、答える。
「そう! 何回か秋吉さんの家に入るのを見たのよ。それに一昨日も入る所は見なかったんだけど、秋吉さんの家の方に向かうのをみたわ」
「なんだって!?」
進も思わず叫ぶ。
近所に住んでいる千晶が何回か見ているのだ。他にも秋吉幹彦宅近くで三島友紀を目撃している人間が居ても可怪しくはない。
「こりゃあ完全に警察は重要参考人として行方追っているな……」
「お! まさかの千晶が容疑者目撃!? 警察に言ったほうが良くないか?」
勇が少し楽しそうに喋る。
「いや、警察は既にその情報は掴んでいるだろうよ」
進はきっぱりと言い切る。
「しっかし、なんで女子高生が、男の教師の家なんかに?」
勇の言葉を聞いて、進は周藤の言葉を思い出した。
「『男子に厳しく、女子に甘い糞教師』か。まさかな……」
「ん? どうしたの?」
「いや、正直外れてて欲しい推測だが、この三島友紀って娘と……」
そこまで言って進は言葉を紡ぐ。憶測で話すには周りの目が多すぎる、三島友紀と秋吉幹彦が不倫関係に有ったではないかとは。
「ちょっと! そこまで言ったなら言いなさいよ!」
千晶が、黙りこくってしまった進に抗議の言葉を申し立てるが、進はそれを無視して、荷物を纏め、帰ろうとする。
「悪い、ちょっと用事ができた」
些か苦しい言い訳だが、進はその場から離れる。
歩きながらではありながら、進は米山に連絡を入れるため携帯を取り出す。しかし、進が電話を掛けるようとしたところ、逆に電話が掛かって来る。ディスプレイに表示されている名前は多川綾乃だった。
◇
「友紀から、電話が来ました」
綾乃の第一声はそれだった。
「本当か!?」
「ええ。今、友紀と阪井駅前で待ち合わせているんですが……」
「判った! 阪井駅だな! 今俺もそっちに行くから少し待っていろ!」
進ははっきりとした口調で答える。
「あ、すいません。友紀が来ました。後でまた連絡しま……え、ちょっと待って友紀! なにそれ!? キャァぁぁぁ!」
電話の向こうから多川の悲鳴が聞こえる。
「おい! 多川! どうした多川! 答えろ! 多川ぁぁぁあ!」
電話はそこで切れる。
今の多川の電話口の声を聞く限り、おそらく三島友紀はペルソナ能力を使い、多川を襲ったのだろう。
「仕方ねぇ、車じゃ間に合わん、召喚!『スパルナ』」
進は自身の中に眠るマガタマと悪魔召喚アプリがインストールしてあるスマホを使い、巨大な鳥の姿をした悪魔、スパルナを呼び出した。しばしばインド神話のガルーダと同一視される神鳥である。
「お呼びに預かり光栄です。我が王」
「だからそれはやめろ。一応、俺は混沌王本人じゃねぇんだし」
「しかし、ほぼ同一の存在と言っても過言ではないでしょう? それで、御用は? 戦ではないようですが
……」
「ああ。ワリィがちょっと背中に乗っけてくれ! ちょっと上空から探したいもんがある」
「御意」
スパルナは自らの身体を進が背に乗っても大丈夫なくらいに大きくする。スパルナは伝承通り自らの身体の大きさを自在に操れるのだ。そして進はそのままスパルナの背に飛び乗り、大空へと駆けて行った。