──都市、サスナー。
ここは、その外れにあるとある市街地。
俺は役所での用事が済み、家路を辿っていた。
「…………」
今日は昼頃から雨が降っていて、この道を通る人々は皆、慌てた様子を見せている。大方、コートを忘れたのだろう。地面に溜まった雨水が跳ねるのを気にせず、そそくさと駆けてゆく。
俺はコートを深く被り、その人らを横目に再び歩き出した。
「まだ、早いだろ……レナ……」
ふと、
何度と通ったこの道も、彼女がいなくなった途端に色褪せてしまうのだ。俺はまだ、彼女がいないとダメらしい。
そうして灰色の道を、フラフラと歩いているときだった。とある家の外壁を背にして座り込んでいる、白い人影を見つけた。
──その面影に既視感を覚え、気付けば足が動き出していた。
そこにいたのは、まだ年端もいっていないであろう、一人の少女。白く長い髪は土で汚れ、身に纏うものは茶色の布切れ一枚で、それもボロボロになっている。これでは、秘部を隠すので精一杯だろう。
俺は項垂れている彼女の目線の高さまでしゃがみ、彼女の目を覗き込んだ。彼女の薄紅色の瞳は一点を見ておらず、心ここに在らず、を見せつけているようだった。
「……大丈夫か?」
彼女がこちらを捉えたのをきっかけに、彼女の体調を問いた。
問いかけを理解したのか、彼女が顔を上げる。そして、掠れた声で、しかししっかりとした口振りで応えた。
「……大丈夫です」
「……そうか」
彼女が顔を上げたことにより、首元に六芒星のような形の薄れたアザを見つけた。
俺の記憶が正しければ、これは『奴隷に刻まれる魔法陣の刻印』。つまり、この魔法陣がしっかりと刻まれているのならば、《それ》は誰かの奴隷ということになる。
だが、彼女はその魔法陣が掻き消え、治りかけの火傷跡のようになっている。
これが示すのは──。
「……お前、捨てられたのか」
「…………」
彼女の目線が左へ動く。どうやら間違いではないらしい。
だが、彼女の現状を把握したところで、俺にはしてあげられることが無いのが現実。
しかし、そのまま立ち去るのは、後々で罪悪感を覚えることになりそうだ。
「……これを被れ」
「……え?」
俺は羽織っていたコートを脱ぎ、彼女の肩に掛けた。
彼女は相当驚いたのか、俺の事を見上げている。
「これがあれば、雨を凌げるうえに肌を隠せる」
「……いいの?」
「ああ。俺には、もう必要のないものだ」
そうだ。俺にはもう、必要のないもの。
奴隷から解放された未来ある彼女の救いになるならば、俺はそれで満足だ。
「お前は、もう奴隷じゃない。自分の思うがままに生きる権利があるんだ」
「……ホント?」
「ああ。お前の首元にある刻印、消えてるぞ」
彼女の刻印が消えているのは確かだが、鏡でもない限り彼女がそれを確認することなど出来ない。彼女が困惑するのも無理はないだろう。
「……ホントに、私は自由なの?」
「そうだ。お前は自由だ」
「そう、なんだ……」
彼女は嬉しそうな、されども困ったような表情を浮かべている。
俺がしてやれることは、もう無いだろう。
「じゃあ、俺はこれで」
そうして立ち上がり、踵を返す。早く帰って、
そうして数歩進んだところで、腕を掴まれた。
「……どうした?」
「……あのっ」
腕を掴まれたので足を止める他なく、俺は彼女へ向き直した。
「わた……私、その……」
「…………」
掴んだその腕をそのままに、彼女は言葉を紡ぐ。
「私、お兄さんについていっちゃ……ダメ?」
「なんでまた──」
「私、なんでもするから! お部屋のお掃除とか、荷物運びとか……夜の相手、とか……とにかく、なんでもするから……だから……!」
俺は、その必死なまでの懇願をする彼女に、再び既視感を覚えた。この既視感は、恐らく──。
──俺は、どうするべきなのだろうか。
「私もついていきたいの!」
「なに……?」
「私には、行く場所なんて、無いから……」
「ッ……!」
俺の腕を掴む彼女の手は、満身創痍の兵士の様に震えている。
──こんなことになるなら、見て見ぬふりをすれば良かった。
なんてセリフが頭を過ぎるが、俺には
「……わかった。来たいなら来い」
「いいの!?」
「ああ」
「嘘じゃ、ないよね……!?」
「こんなことで嘘ついても、仕方が無いしな……」
彼女は腕を離し、その場に膝から崩れ落ちた。
「良かった……良かったよぉ……」
その表情には『恐怖』などなく、そこにあるのは『安堵』によってもたらされた微笑みだけだった。
──この子は、どうしてそこまで俺の事を信用しているのだろうか。
なんて、無粋な追求はしない。
俺に、
「取り敢えず、さ。濡れるから、早く行こうか」
「うん……うん!」
俺は彼女の手を取り、雨の中を駆けた。
拾うからには、しっかりと面倒を見なければ、と決心しつつ。
こうして俺は少女を一人、拾った。
──亡き妻によく似た、ボロボロの少女を。
多分続かない。