Alchemiastory 【故郷を忘れた2人の秘密の冒険記】 作:rekko
「は?逃げる?」
「おん。お前といるのがしんどくなって嘘ついて逃げたとかな」
「いやいやそんなわけ……」
レッコが一瞬不安げな表情を見せたのをボルシチはしっかりと目で捉えていた。
「ほんまか?あいつはお前のこと嫌いやったかもしれんで?」
「嫌いだったらここまで一緒にいない。冒険にも誘わなかったはずじゃん」
ボルシチにとってラトとレッコの2人はついさっき呼び出されたばかり。思い入れもなければ思い出もない。全くの赤の他人だ。当然動揺するレッコへの言葉も感情はない。自分に変な名前をつけた仕返しと言わんばかりにレッコのメンタルをえぐろうとする。自信満々な信頼も全て否定してみよう。少しニヤニヤしながらからかいの言葉を投げつける。
「ほら。なんか心当たりないんか」
「心当たりとかそんなもん……!」
『ない』。そう言う前にレッコは口を閉じた。本当にないと言うのならラトはあんな不自然な別れ方をしなかったはずだ。そういえばハンカチを落としたと言っていた時、わざとらしいような言い方をしていたのを思い出す。それと同時に今まで迷惑をかけてきた記憶がじわじわと湧き上がってきた。何も考えず敵に突っ込んで行き、先に死んでラトを教会まで走らせた事、成功する確証などないのに「行ける」「大丈夫」と言い無茶をさせた事、余計な事に首を突っ込みラトを面倒事に巻き込んだ事、エトセトラ。
逃げたくもなる要素は抜群に揃っていた。
「心当たりしかない」
「それはそれでどうなん?」
てっきり「そんなことは無い」と返される事を予想し煽る予定だったボルシチだったが、予想は外れ煽る前から気分を落とされ調子が狂う。最後まで反発した末に為す術がなくなり子供のように涙目になる。それをゴールと考えていたボルシチだったが、これでは準備していた煽り言葉とシチュエーションが全ておじゃんだ。どうたち直すか考えているとどんどんレッコのテンションが下がる。
「いやこれは……逃げられて当然……かもしれない……」
「急に自信なくすな」
道のど真ん中で不安げに立ち尽くす彼女の肩に止まり、自慢のモコモコの羽毛を押し付けるも特に効果はなし。「ワイの最上級のもこもこ羽毛になびかんとはお前正気か」などと一瞬ふざけてみるもレッコは何も言わない。
「なあ、とりあえずここ邪魔になるからちょっとこっち寄ろうや。な?」
「邪魔?やっぱ私ラトにとって邪魔?」
「お前そんなネガティブ思考ちゃうやろ」
力の抜けたレッコの体は、ボルシチがちょっと肩を掴んで横へ羽ばたくだけで簡単に誘導できた。このメンタルだと下手したら泣きそうだと考えたボルシチはどこか人目が気にならない場所を、首をキョロキョロさせ探す。ちょうど桜の木への階段付近に路地裏を見つけたので、急いでそこまで誘導する事にした。
俯いたまま抵抗することもなくボルシチと共に路地裏へ入っていく様は、誘拐に近い動きに見えた。
「なんか犯罪してる気分になったわ。お前のせいやぞ……」
「やっぱ私のせいか……」
「そろそろめんどいぞお前」
ストン、と地面に腰を下ろし3角座りで俯くレッコ。レッコの杖、星夜銀漢杖はその弾みでシャラシャラと音を立て地面に転がる。「あぁあぁ貴重な杖が」とボルシチは杖を壁にかけるがレッコは全くその様子を見ない。彼女のこの姿はきっと公国で楽しそうに話す人は疎か辺りを見渡しながら歩く人も見つけられないだろう。レッコの足元で彼女の顔を見上げるようにボルシチが座った。膝に顔を埋めるレッコにボルシチは仕方なしに声をかける。
「なあマジで悪かったって。はよあいつ探しに行こうや」
「ほんとに嫌われてたらどうすんの……探しに行ってラトの迷惑になるのも嫌なんだけど」
顔は伏せたままで少し泣きそうな声で何とか会話を続ける。こんな時でもボルシチは煽りを忘れない。
「お前アホや思ってたけどそこまで頭回るんやな」
「ぶっ殺すぞ」
「元気やんけ」
暴言を履いた瞬間鋭くつり上がった目だけをボルシチに向ける。ボルシチは怯えも謝りもしないがそこまでの暴言が出るなら今は大丈夫だろうと一旦彼女を不発弾の如くそっとしておく。
「(こいつは今使いもんならんし……ワイだけであいつ探しに行くしかないか……でもこいつ勝手に動いたら困るし……)」
可愛らしいフクロウが地面をぺたぺたと歩き回る。路地裏から大通りを右、左、右、上へ少し飛んで右、左、右、とその場からわかる景色は全て目を通したがラトが見つかることは無い。変な被り物を被っている人や、おそらく知恵をつけた魔物の一種であろう者、子供に遊びを教える老人に酒場に向かうオヤジたち。ボルシチの目から見ても青年と思えるラトはその中にはいなかった。
「(と、なるとまだ市場の方やな……)」
ボルシチとしては今すぐ市場を見に行きたいところだが、それには下でうなだれて使い物にならない小娘を置いていくか連れていく必要がある。
ボルシチは感情では動かない。効率の良い方を取ろう。
じっくりと考えるためレッコの頭の上にぽふ、と乗り脳みそをぐるぐる回し始める。
連れていけば合流する時にわざわざ戻る必要はないし、うろちょろと動かれる心配もない。だが起こすのが面倒だ。置いていくことを選択すれば起こす必要はないし、1匹でささっと飛んで終わりだ。だが前者でのメリットがひっくり返りデメリットとなる。
「(どっちもどっちか)」
貧乏ゆすりしていた足の下ある黒髪の頭を見下す。動かない。とんとんと可愛らしい足がリズム良く頭を叩いているのに全く反応しない。
「(こいつ……流石にすぐには動かんやろ……)」
貧乏ゆすりのリズムに合わせて頭を蹴り、ボルシチは羽ばたいた。うぐっ、といううめき声が聞こえた気がするが無視していいだろう。脳筋女だし。
「(ワイがささっと飛んで、見つけて、戻ってそれをこいつに言えばええか)」
後のことは知らん。見つけたらそれだけ伝えよう。
結局、ボルシチはレッコを置いていくことに決めた。広い公国を滑空しながら素早く静かに飛び回る。もし音が聞こえたとするならばそれはボルシチを運ぶ風の音だろう。
右、左、右、左。上から見える路地裏、桜の周り、教会の周り、一般人の開く出し物、最後に大きな市場。
5分もしないうちにボルシチは空から見える公国全てを見回った。そして市場を見たあと、滑空するスピードに重力を合わせ弾丸のごとく路地裏へと帰っていく。
結論、ラトは市場にいた。下取りをしてもらった店とは違う店で買い物を済ませていたようで小さな紙袋を受け取り、店員に「ありがとうございます」と言っていた。店員は「最近冒険者を狙った野盗が出没しているので人気がない場所には行かない方がいい」と注意を促していた。別にそこまでは良かった。それだけなら良かった。だが運が悪かった。
フクロウは耳もいい。だから聞こえた。
桜周りでは、冒険者を狙った盗賊は武器が目当てという事。教会の周りでは盗賊が路地裏に入っていくのを見たものが不安げに神父に相談していたこと。そして一般人の出し物がある場所で聞いた。
「今狙われているのは杖だ」
という事。