黒龍伝説 ~The Legend of Fatalis〜 作:ゼロん
シュレイド王国。
世界にその名を轟かせた大国。
この世界は人と強大な力を持つ竜ーーモンスターとの共生によって成り立っている。
人間とモンスターの生息域はギリギリのバランスで成り立っている……とは言えど、人間は彼らと言葉を通わすことはできない。
人間と共に生活ができるモンスターは大人しい草食竜のみに限られている。
常に人間は肉食竜の脅威に晒されているのだ。どの村も街も、城も。強大な竜を狩る『ハンター』の存在がないこの時代では、どこも安全とは言えなかったのだ。
……大国シュレイドを除けば。
数々の撃龍兵器。訓練された兵士達。
そして……無敗を誇ったシュレイド騎士団。
この王国は他の国にはない、発達した文明と技術の粋が集結していた。今まで数々のモンスター達を討伐……または撃退し、向かうところ敵なしだった。
長年に渡り繁栄したこの王国は栄華を極め、いずれは世界をも統治する可能性を秘めていた。
そう、秘めていたのだ……滅ぶまでは。
『キョダイリュウノ
ゼツメイニヨリ、
デンセツハヨミガエル
数多の飛竜を駆遂せし時
伝説はよみがえらん
数多の肉を裂き 骨を砕き 血を
彼の者はあらわれん
土を焼く者、鉄【くろがね】を溶かす者、水を煮立たす者、風を起こす者、木を薙ぐ者、炎を生み出す者
その者の名は ミラボレアス
その者の名は 宿命の戦い
その者の名は 避けられぬ死
喉あらば叫べ
耳あらば聞け
心あらば祈れ
ミラボレアス
天と地とを覆い尽くす
彼の者の名を
天と地とを覆い尽くす
彼の者の名を
彼の者の名を
〜黒龍の伝説より〜』
これは世界に何百年と名を馳せ、わずか数日で滅んだ大国の知られざる物語。
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「……ふん! ……ふんっ! ふんっっ!!」
「グリムー! そろそろ休憩にしない? お茶が入ったわよ〜!」
「はい姫様! もうすぐで切り上げますので!」
俺は千二百回を超えたところで中庭での剣の素振りをやめ、シュレイド王国第三皇女 セシリア……もとい、姫様の元へ走る。
肩のあたりで切り揃えた赤毛が遠くからでも見えるからすぐにわかった。
俺が一歩ずつ彼女との距離を詰める度、彼女の赤い瞳と陽色に光るドレスが徐々に近づいて来る。
「姫様が直々にお茶を淹れてくださるなんて……光栄です」
「そんなかしこまらなくてもいいのよ、グリム。昔みたいにセシリアって呼んで?」
姫様、もといセシリアは俺にとって忠誠を誓う相手であり、平民育ちの俺と……訳あって幼馴染に当たる。彼女と俺の歳は十九歳、同じ歳だからか親近感があるのだろう。いつもセシリアは俺に砕けた感じで話してくれる。
「か、からかわないでください!」
「ごめん冗談。……半分だけ、ね」
セシリアは俺に笑いかけ、なぜか顔をこちらからそらす。相変わらず変なやつだ。
「もう少し一国の王女という責任を持ってください。もう自分達は子供ではないのですから」
「そう言ってるうちは私達もまだまだ子供よ?」
平民出の騎士団長ということもあり、俺は周りからはいつも嫉妬と軽蔑の目で見られるのが日常だ。
まぁ俺がもし貴族のボンボンであれば、皆納得をせざるを得ないのだろうが……
「はい、どうぞ。あなたは冷えた紅茶が好きだものね。あらかじめ氷で冷やしておいたわよ」
「あぁ、ありがとうセシ……いえ、姫様」
「ちぇ……あとちょっとだったのに。心配しなくても、ここには私以外誰も来ないわよ」
俺には平民出というレッテルを気にせず気にかけてくれる仲間もいるが……その分、敵も多い。幼少期から俺はそれを痛いぐらいに思い知った。奴らは些細なことであれ、口を出し俺を何とかして騎士団長から追いやろうとしてくるのだ。
俺はセシリアと共にいれるならどの役職でも仕事でもいいのだが……
「ダメです。いざという時に素が出てしまうと厄介ですから。これまで通り姫様でいかせてもらいますよ? 姫様」
「あぁ、前にもそんな細かーくて、誰が決めたのかわからない鬱陶しいルールで口を出してきたのよね。城のみんなも何か文句があるなら面と向かって一対一で言えばいいのよ。みんなの前じゃなくて」
セシリアは俺のそんな少ない味方の一人だった。彼女は相手が誰であれ裏表なく相手の立場に立って話せる……気さくで優しい人だ。
彼女がいなければ俺はここにいる理由も意味も無い。俺の昔住んでいたスラム街で腐ってくたばっていただろう。
「みんな姫様とお近づきになりたいのですよ。姫様は太陽の様に美しい方ですから」
「あら、上手い言い方ね。もうちょっと砕けて『お前が好きだ』って言ってくれてもいいのに」
「無礼すぎて言えませんよ」
「グリムのお堅物」
今の俺がいるのも彼女のおかげだ。彼女のためなら俺はこの身を犠牲にしても構わないとも思っている。
俺は受け取ったお茶のカップに口をつけ……
「ぶっッッ!! これ……すごい甘いです!! 砂糖入れすぎじゃないですか!?」
「あら、疲れた時には甘いものが効くと思ったのだけれど。私はいつもその倍は入れてるわよ?」
「太りますよ!?」
「えぇ!? ウソ!?」
セシリアは自分のお腹に肉がついていないか、つまんで確認する。
「……糖分はほどほどにしないとご病気になります。自分みたく食事に困る環境にいたならまだしも、王族が糖尿病とか洒落になりませんよ?」
彼女は自分の継承権が姉の第一皇女 ジーナ様や第二皇女 レイチェルよりも後だから、と言ってあまり玉座には興味がないが……もし彼女が女王の座につくならば、きっとシュレイドは今以上の素晴らしい国になるだろう。
「もう、グリムってば。お節介なんだから。けど……私はあんたの……」
セシリアは徐々に声を落としていくが、最後に何を言っているのか俺にはよく聞き取れなかった。
「団長!! 緊急事態です! すぐに高台の方へ!!」
平和な時間も束の間。騎士団の団員が肩で息をしながら目の前に現れたのだ。
「わかった! すぐにフル装備で高台に行く!! 他の団員にも万が一の準備をさせてくれ!」
「は、はい! 了解しました!」
「報告ありがとうマルコム!!」
報告をしに来てくれた騎士団員の一人は俺にお辞儀をすると、すぐに城の階段を駆け上がって行った。
「グリム……」
俺は心配そうな顔をするセシリアの肩に手を置き、にっと笑う。
「心配するな姫様。シュレイド騎士団は無敗の騎士団だ。前回は『空の王』の希少個体も討伐したんだ。それに俺がその指揮官だ。そう簡単にやられるものか」
セシリアは驚いたような顔をすると、ふふっといつもの強気な笑いを浮かべた。
「そうね。今日もガツンと決めてやりなさいよ!」
「おう! じゃあ、行ってくる!!」
「いってらっしゃい!!」
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俺は高台の上からもう一度望遠鏡で覗き込むと、小さな黒雲が見えた。
ーーがそれは黒雲ではなかった。モンスターの大群だ。百匹ほどでは済まない……二百いや、三百匹ほどか。
「あれは……ガブラスの大群か?」
「はい、ツベルシタイン博士にも確認を取ったところ間違いないようです。危険度は……どれほどでしょうか?」
この好青年の団員……マルコムはまだ騎士団に選ばれたばかりだ。モンスターの生態について知り得ないのも無理はない。
ーーガブラス。蛇に似た頭部と細身の体躯、そしてその身体には不釣り合いに見えるほど大きな翼を持つ小型の翼竜。
一匹だけなら口から吐く毒液以外はさほど脅威ではない。
「大群であれば話は別だ。飛竜一匹とまではいかないが、決して油断するな」
「は、はい! ではすぐに滅龍砲とバリスタの準備を……」
「待て。準備はいいが、まだ滅龍砲は使うな。騎士団にはボウガンとバリスタのみを使わせろ。念のため剣士の団員にも控えていてもらう」
「な、なぜ。あんな雑魚、滅龍砲を使えば一発で大半は……」
たしかに。ガブラスの大群程度ならば、滅龍砲一発でほぼカタがつく。
「マルコム。もうひとっ走り行ってもらっていいか?」
「は、はい? 一体何を伝えるので……」
「王に伝えてくれ。シュレイドの王族と民に避難の準備を、と」
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ーー今日は馳走だ。祝うべき日だ。
巨大な肉が歩いている。俺様から逃げようと必死になって歩いている。
ガブラス共が騒いでいる。ご馳走の時間だと。
ーー小賢しい奴らだ。強き者に媚び、一匹だけではロクに狩りもできない脆弱な者達め。俺様が奴らと同じ部類に考えられるなど想像するだけでも悍ましい。
貴様らはせいぜい、大きな肉が潰した小さな潰れ肉で満足するがいい。
俺様は貴様らよりもはるかに大きく偉大な存在を喰らうのだから。
俺様が喰らうはこの世の全て。全てを思うがままに燃やし尽くそう。たとえ相手がいかなる存在であろうとも。
さぁ、見せてくれ。
巨大な肉よ。お前の足掻きを。
そして、その最期を。