黒龍伝説 ~The Legend of Fatalis〜   作:ゼロん

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4のミラボレアスの咆哮って、悲鳴に聞こえません?




絶望の産声

 

 騎士団がミラボレアスと激突し、

 

「——うぉぉぉっ!!!」

 

 わずか数秒。

 

 グリムの大剣は間違いなく黒龍の尾を斬りつけた。

 

「――!!」

 

 ——くそっ!! くそぉ!! なんでっ! なんで斬れないっ!?

 

 しかし返ってきたのは剣が黒の龍鱗に弾かれる音のみ。

 

「——てぇーーーーーっ!!」

 

 かけ声とともに大砲、バリスタが一斉に発射される。

 

『——ギャゥ!?』

 

 グリムに気をとられ、意表を突かれたミラボレアスは身を崩し、肘を床につける。

 

「よしっ、今のうちにたたみかけろ!!」

 

 怯んだ隙に、と高台から降り、騎士団近接戦闘員が武器を構える。

 

「!! よせっ!! 高台から降りるな!!」

 

 制止を聞かず、先ほどバリスタを発射した高台から団員が降り、ミラボレアスの元へ一人、また一人と集まり、近づいていく。

 

 ———ミラボレアスの攻撃の射程距離内に。

 

『……ググッ』

 

 すぐ近くにいるからわかる。こいつは……ミラボレアスは——笑っている。

 

『……シュァァァッッッ!!!』

 

 ミラボレアスはその巨体を『待っていた』とばかりに軽々と起き上がらせ、口から炎をちらつかせ、首を突っ込んできた団員にぶん回した。

 

「——避けろっ!!!」

 

 ……一瞬。

 ほんの一瞬だった。

 

「……っ」

 

 先ほどまでいた団員達が、ひと時の光と轟音と共に灰になったのは。耳鳴りが止まず、ミラボレアスの起こした爆発の衝撃を嫌と言うほど教えてくれる。

 

「ルイスっ!! 他の団員を下ろさせるな!! 囮は俺が引き受ける!!」

 

 俺は持っている大剣——輝剣リオレウスを握り、ミラボレアスの足を斬りつける。

 

「こっちだ!! こっちを見ろ、ミラボレアスッ!!」

 

 僅かだが切った感触がある。だが——致命的なものではない。

 

「どうした……。たかが人間一匹、払ってみせろよ!!」

『……』

 

 少しは知性のある生き物と思い挑発するも、ミラボレアスは俺のことなど意を返してもいない。ヤツはある一点の方向を、じっと鷹が獲物を捕らえるときの目をして見つめている。

 

「ま、待てっ!! やめろ!!」

『————』

 

 ミラボレアスは———塔の上で唖然とした兵がいるバリスタの高台を向いていた。

 

「こ、こっちに。こっちを向いてるぞ……!」

 

 団員が恐怖に満ちた悲鳴をあげて、高台から離脱しようとする。

 

「こいつ……!! さっき砲撃を飛ばした方向を——!」

『———ァァァァァッッォォォォッッ……ンンァァ!!』

 

 慌てて離脱するルイスとボウガン兵。先ほどまでにいたバリスタや大砲の発射台はミラボレアスの口から放たれた螺旋状の炎によって溶かされた。灼熱の吐息……ともいえる。

 

「なんてやつだ……リオレウスみたいな火球だけじゃない……あんな長距離射程の攻撃を……!!」

 

 完全に予想外だ。ラオシャンロンを屠った時は、炎の弾を吐くぐらいかと思っていたのに。

 ミラボレアスの灼熱のブレスは高台を焼き払い、先ほどまであったはずの大砲は、今となっては以前の原型を留めていない。溶岩に当てられたかのようにドロドロだ。

 

「粉塵爆発に、鉄をも溶かす灼熱の息……!! バケモノめ……!!」

 

『———グァァァッ!!』

 

『さて』と言わんばかりにミラボレアスはこちらを向いてくる。

 

「団長! どうする!? 隊の半分は全滅だ!!」

「このままでは!!」

「……っ!!」

 

 かなわない。

 

「……団長?」

「っ、くそぉっ……!!」

 

 弱点も、生態すら不明なこのバケモノに、勝つ手段などあるのか。

 

「…………ボウガン隊は」

「あ、あぁ、まだ残ってるが、何を」

「撤退だ」

「はぁっ!?」

「……撤退する。俺は、ここで時間を稼ぐ。お前らは王族の警護を」

「何を言ってんだ団長!! 俺らにも最後まで戦わせてくれ!!」

 

「王族を馬車でもなんでもいい!! ———逃がせ!! ボウガンなら距離をとりつつ奴を攻撃できる!! 奴が来たときは馬車からの遠距離射撃で少しでも奴との距離を稼げ!! いいな!?」

 

 今にもミラボレアスはこちらに向かってゆっくりと歩き始めている。俺達をじわじわと追い詰めてなぶり殺す気か。

 

「……たのむぞ」

「ま、待てっ!! 団長!!」

「ルイス!! 絶対に振り返るな!! ———走れっ!!」

 

 武器を一度鞘に収め、全速力でミラボレアスの懐に飛び込む。

 

「———!!」

『……?』

 

 すれ違いざまにミラボレアスの足と腹を斬りつけるも、唸り声どころか、悲鳴すらあげない。大して効いていない上にまだ奴はマルコムやルイスの方を向いたままだ。

 

 ———少しでもこちらに注意を逸らさねば。

 

 武器にありったけの力を込めて振り下ろす。再びわずかに斬った感触が刃から腕に伝わる。足なら、尾ではなく足になら攻撃が通じる。

 

『——!』

「……やっとお気づきか、そらもう一発っ!!」

 

 再度大剣を横に薙ぎ払い、ミラボレアスの態勢を崩す。案の定、ミラボレアスも少しは身体をぐらつかせてくれた。

 

『——ォォ!!』

 

 煩わしく思ったのか、体のすぐ横に炎を吐き出した。吐き出された火球は俺のすぐ横で炸裂し大地をへこませる。ビシビシとタイルが砕け散り、燃え上がるのが見えた。

 

「さすがにその巨体じゃ懐に炎を吐くのは難しいだろう!?」

『……』

 

 目の前に立てば奴の炎をまともに喰らってしまうリスクが大きすぎる。注意してミラボレアスの正面に立たないように気を払いつつ、足元に攻撃を加える。

 

(このまま真横から攻撃を加えれば、いつかはダメージの蓄積で……!!)

 

 身を崩すはず。そう思った瞬間。

 ミラボレアスは不快そうに眉をひそめると、今度はその翼を広げる。

 

 ———闇があった。

 

 空をも覆いつくす黒い翼膜。それはまるで、暗黒と絶望の象徴だった。

 

『————キェェェェェェェィァァァォォォォォォォォッッ!!!!!!』

 

「——!? なっ」

 

 ———絶叫。

 この世の憎しみと恐怖、悲鳴。

 その全てが詰まったかのような咆哮に、大地も連動するかのように泣いている。

 

 

「——!!」

 

 

 ミラボレアスは翼のはためく音を立てて宙に舞い上がった。

 低空飛行をはじめ、少しずつ後ろに後退しながら炎を吐いてくる。

 

「なるほど……!! 考えやがったな……!!」

 

 迫るいくつもの火球を紙一重で避けたと思いきや、俺は足元に広がる炎に囲まれていた。ジリジリと俺の身長の半分以上ある火の壁が全身を炙っている。

 

「……こんがり焼いていただこうってか」

 

 相手が死角に入ろうとするなら、その死角を無くす。

 ミラボレアスの風圧に負け、動きを封じられ、奴の正面にムリヤリ立たされた。

 

「———だがっ!!」

 

 図らずも、先ほど吐かれた炎によってできた踏み台に向かって、走り、地面を蹴り跳躍する。狙いは──

 

 

 

「————下げた頭が隙だらけだぁッ!!!」

 

 

 ──頭。

 

『———ギャゥゥ!?』

 

 奴のこめかみに向かって大剣を振り下ろし、命中した瞬間、ミラボレアスの頭から大量の血が噴き出る。急所を斬りつけられた激痛で驚いたのか、ミラボレアスは翼を閉じ、地に降りる。

 

「……!! やはりヤツの頭……!! そこさえ」

 

 しかし。やっとの思いでつけた傷はみるみると回復していく。

 

「……回復力も、伊達じゃない、か」

 

 モンスターの再生力は異常だ。その中でも、古龍種は特に並外れた再生力を持っている。そうとわかっていても……つけた傷がすぐに治ってしまうのは正直ショックだ。

 

「だが、それもいつまでもつかな」

 

 わずかでも勝機はあると、大剣を構えなおしたが、

 

「——!? なっ!?」

 

 ミラボレアスの長い尾が、俺の足を払っ———!?

 

「しまっ!!」

 

 ミラボレアスの頭を見上げると、やつはとっくに次の攻撃に移ろうとしていた。

 口を牙が見えるぐらいに大きく開け、灼熱の炎球が形作られている。

 

「ぐっ……!」

 

 立ち上がろうとするも、ヤツの尾に今度は頭を殴られる。

 

「嫌な奴だな……!!」

『……ゴルル』

 

 ミラボレアスの口元がニヤリと笑っている。しまいには鼻で笑われる始末だ。奴は尾で立ち上がるのを妨害して確実に俺を殺す気だ。

 

『———コァァァァッ……!』

「くそぉっ!! ぐぅあ!!」

 

 ミラボレアスの腹から喉へ、そして開けた口へと赤い炎が昇っていく。

 焦り全身から汗が噴き出る。背筋にゾッとする悪寒が走る。

 逃げられない距離ではない。五体満足。足もまだ動く。だが、

 

 ———立ち上がる度に尾が、何度も足や胴体に衝撃を加えてきやがる……!!

 

 避けさせてくれないのだ。

 

『———ゴァッ!!』

 

 ミラボレアスの放つ火球は、その炎がもつ地獄のような業火の温度をジリジリと肌に伝えながら迫る。俺の目には迫るそれは、ゆっくりに見えていても、周りにとってはほんの一瞬の出来事なのだろう。

 

 

 ———もう、ここまでか。

 

 

 火球が太陽に見えるくらいに近くなったあたりで、グリムは目を閉じる。

 脳裏に浮かんだのは、騎士団の団員達、死んでいった戦友たち、マルコムにルイス。

 そして最後に……笑う『彼女』の姿があった。

 

「……セシリア」

 

 ——俺の最後は君の隣に———

 

 

 

「——————団長ォォォォッッ!!!!!」

 

 

 

 俺の目の前に飛び込んできたのは、見慣れた新兵の背中で。

 

「———マルコ……!?」

 

 彼に声をかけ終わる瞬間、黒くなっていく視界と共に俺の意識はそこで途絶えた。

 

 

 


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