◇◇◇
合宿、最終日。宿の一階廊下。
「ふふ~ふふ、ふんふふんふん~」
なんだか普段より目覚めが良い。
早朝からスキップする程、気分が爽快であった。足取りも軽い、軽い。
欠伸をしながらアシマリも付いてきた。
宿の食堂で早めの朝食だ。
「………あれ?」
食堂に到着した。
其処には珍しく大人組全員が集合していたのだ。ただ、彼の姿だけはない。
その中でもククイ博士が私の存在にいち早く気付いた。
「スイレン!!ちょうどいい所に来た。今さっき、呼ぼうとしてたんだ。こっちに来てくれ!!」
「ククイ博士?皆も………どうしたの?」
誰も答えてくれなかった。
いや、ククイ博士を除いた全員が私と同じ立場であるようだ。
「よし、全員揃ったな」
「あの………ソウさんがまだ来てないようですが………」
リーリエが恐る恐る発言をする。
この時、私は嫌な気配を感じた。言葉にし難い、変な胸騒ぎのようなざわめき。
ククイ博士は小さく頷く。そして、深刻そうに暗い顔で告げた。
「ソウに関してだが………その前にこれだけは言わせてくれ。今日の合宿は中止だ」
「なっ!?どうしてですか!?」
「カキ、落ち着いて。今からククイ博士が説明してくれるんだよ?」
「そ、そうだな………」
「サンキューだ、マーマネ。他の皆も落ち着いて聞いてほしい。
今朝未明にこの島に不審者の目撃情報が出回った。その真偽を確かめる為にソウが出動しているって訳だ」
「不審者って、え?でも、なんでメレメレ島に?」
「それは俺にも分からん。ただ、まだ確定では無いが一つだけ言えるのは………どうやら、
「―――っ!?」
「スイレンさん?」
胸騒ぎの原因はきっとこれだ。
ポケモンハンター。此処まで追ってきたとなると目当ては彼の守るマナフィで間違いない。しつこすぎる。私の嫌いなタイプ。
そして、今の彼は単独で外に出たとククイ博士はさっき話した。
誰にも迷惑を掛けたくない。私達を巻き込みたくない一心で、建前では不審者の調査と言いつつ、実際は正々堂々と立ち向かったに違いない。
「問題が解決するまで皆には子供達を守っておいて欲しい」
「で、でも博士!!ソウさん一人だと無謀過ぎます!!誰かが応援に―――」
「スイレン?いきなり何の話を―――お前、もしかして、ソウから………」
「―――っ!?」
そうだ。私しか知らないのだ。
ククイ博士も詳しい事情までは把握していない。私の幼馴染達はもっと無関係な話なので知る由もない。
いつにも増して胸が苦しい。
「無謀?ソウの強さだと大丈夫だと思うけど………」
「それほどヤバイのか?不審者ってのは」
「分かりません。ですが、今はソウさんを信じることだけしか私達には………」
―――今すぐにでも、
「おい!?スイレン!?」
ククイ博士の呼ぶ声を無視して、食堂を飛び出した。
昨晩に話した内容がたった一夜過ぎたたけで現実になるなんて嘘に違いない。彼の単なる思い込みによる勘違いがオチになるに決まっている。
でも、心配だった。彼が隣に居ないだけでも。
きっと私ごときが参戦しても、彼の足手まといになるのは不変の未来。それでも、困り果てて助けを求める人には救いの手を差し伸べるアローラ魂に嘘は付けない。
何より私の心が彼に会いたいと叫んでいた。
「アシマリ!!場所、分かる!?」
呼吸が荒ぶる中、そう呼び掛ける。
ちゃんと私の動きに付いてきていたアシマリが軽く"オゥ!!"と鳴いた。
鼻の指す方向は正にいつもの海岸へ向かう道だ。道中にある森を突破さえすれば、砂浜が広がっているはず。
目指すは――"海"。
◇◇◇
砂浜へと続く森林の道。
「アシマリ、おいで」
アシマリを抱っこして、再び歩き出す。
この異常事態にアシマリと離れ離れになるのは嫌だった。
それにしても―――周りが静か過ぎる。
いつもなら森ポケモン達の鳴き声が飛び交う雑木林の通り道。騒がしいが彼等の日常のはずだった。
それが、今は無音に近い。
木々の間を通り抜ける潮風でざわざわと揺れる葉っぱ。聞こえるのはそれだけ。
辺りを警戒しつつ私は足を動かした。ぎゅっとアシマリを抱き締める。
そして―――
「足音………!!」
ザクザク。落ち葉を踏み締める音。
彼はアローラに来てからずっとサンダルを着用している。でも、私が耳にしたのは革靴で踏んだような音。
つまり、確実に私の知らない誰かがいる。
音の根源は徐々に近付いてきていた。異様な緊張感に包まれる。冷や汗が出てきてしまう。
「今………人の足音が聞こえなかったか?」
「んや?気のせいだろ、こんな朝っぱらから。島民でも起きてないぐらいの早さだぞ」
「だな。にしても―――」
残念ですが、居ます。
獣道から離れた年期のある幹の根元に座り込んだ私。幹を背に隠れ、抱えるアシマリの口を抑えこむ。
単独ではなく必ず複数で行動する。
他にも彼から昨晩聞いたポケモンハンターの手下の特徴と何もかもが一致した。
「暴れないで………!!」
抵抗するアシマリ。
物音を少しでも立ててしまうと、居場所が感知されてしまう。それだけは駄目。
確認できたは男の二人組のみ。
人気のない早朝を意図しての行動から、あいつらは人に見られては不味い何かをしようとしているのは間違いない。
目的は事前に聞いていた情報から分かる。
十中八九、彼の守るマナフィ目当てだろう。
「あっ、息が出来ない………ごめんね」
抑えた掌を離した。
無言のまま、訴える視線を送るアシマリに私はその頭を優しく撫でた。
二人組の男の会話は段々と遠くなる。
ここは無難に危険を避けるべきだ。少なくとも彼が何処に居るのか判明するまでは。
「よし………」
そろそろ、頃合いだろうか。
茂みから顔を出した私は慎重に周りを警戒する。視界に人らしき存在は無い。
ばくばくした心臓を落ち着かせる。
私はその場をそっと立ち上がり、歩きやすい道へ移動しようと―――
「アシマリ?」
アシマリの様子がおかしい。
視線を一点に固定し、ぺちぺちと私の胸へ叩いて何かを知らせてくる。
その視線の先を追いかけた。
「っ!!」
そして、幹にしがみつくポケモンを発見。
周りのみに気を取られて、頭上の確認を怠ってしまったせいでここまで接近を許してしまったのか。
黄と紫で構成された縞模様の虫の脚。赤に染まった甲部、頭に立派な角が伸びていた。
あしながポケモン『アリアドス』。
今、絶対に目があった。
でも、この森で野生のアリアドスの目撃情報など過去に例がない。つまり、私を凝視するこのアリアドスは―――
―――
アリアドスがゆっくり口を開けた。
その一連の仕草に一瞬だけど、殺気を感じた私は懸命に回避行動へ移る。
糸が私の顔すれすれに通り過ぎる。
「くっ!!アシマリ、バブル光線!!」
攻撃を仕掛けられた。つまり、アリアドスは私達を敵と判断した。
こうなれば、四の五の言ってられない。
アシマリの勢いよく噴出された泡攻撃がアリアドスに襲い掛かる。
が、地の利は向こうが上。
器用に幹をジャンプしたアリアドスは素早い動きで私達の周りを動き続けた。
タイプの相性は普通。でも、アリアドスは森林がアットホーム。確実に現状のままだと此方が不利になってしまう。
「アシマリ、逃げるよ!!」
場所を変える。
その一心で私はアシマリにもう一度"バブル光線"を打つように指示。
移動した目の前の泡にアリアドスの動きを止めたその隙を狙った。
―――筈だった。
「な、何!………糸!?」
駆けようとした瞬間。
足首へ紐のような何かに引っ掛かり転んでしまった。
それは強固に張られた糸。
あのアリアドスが素早く動くと同時に獲物を逃さないように罠を張っていた事実に私はようやく気付いた。
ほどこうにも片足に複雑に絡み付いた糸。
粘着力もあって、身動きが取れない。
「オゥ!!」
「アシマリだけでも良いから逃げて!!」
せめて、アシマリだけは。
幸運にも捕らわれたのは私の足だけ。アシマリは無事。
「逃げて!!早く!!」
「オゥ!!」
私の叫びにアシマリは頑固として頷かない。
「なんで………!!」
脳裏を過る、大雨の日。
あの時もアシマリを先に安全な場所へ行かせた。そのせいで無駄に心配をかけさせてしまった。
アシマリは今度こそ、私と一緒に逃げようとしているのだ。
「アリ」
「っ!?」
「オゥ!!」
無情にもアリアドスが追い付く。
アシマリが"アクアジェット"で応戦した。突進するアシマリがアリアドスへ見事に直撃。
少しでも時間を稼ごうとしてくれている。
「あとちょっと………!!」
もがく。無心にむがき続けた。
「―――外れた!!アシマリ!!」
「オゥ!!」
罠も苦戦しつつ、解除した。
後はアリアドスの監視が外れる場所まで走りきるのみ―――
「逃がすかよ。"黒い眼差し"だ、ゴルバット」
背後から聞こえた男の声。
背筋が凍り付いた。そして、目の前の巨大な瞳の幻想に体が動かなくなった。
"黒い眼差し"。
バトル中、相手ポケモンを交代や逃がさないようにする技。一度受けてしまうと、どちらかが戦闘不能になるまで解除されない。
「さっきの、気のせいじゃなかったな」
「そうだろ?アリアドス、良い仕事をした。仕上げに糸で捕まえろ」
アリアドスが糸で私の全身を拘束。
すぐにアシマリも真っ白ぐるぐる巻きにされてしまった。
口も封鎖されてしまう。これではろくに助けすらも呼べない。
私の動きを止めたゴルバットも男の後ろで陣とっている。
「さて………」
「てかさ、No.13」
「何だ?」
状況は最善とは真逆。
地面に横たわる私の姿を見た片方の男が数字で相方を呼んだ。
組織内では番号順に区別がされてあるのだろうか。単純に考えれば、数が小さい程、階級は上。
「青髪にスクール水着姿、間違いない。俺らの探してた奴ってこいつじゃないか?」
「む?………ホントだ。全て、一致するな」
―――私を狙っていた?
分からない。
身体的特徴のみの情報を頼りに二人は目標の人物を探していたように見える。勿論、私に心当たりはない。
太り気味の男、ゴルバットの使い手が私の近くまで接近し、しゃがみこんだ。
「おい、お前。名前は?」
私は首を横に振った。
「まぁ当たり前の反応だろうな。となれば………」
せめてもの時間稼ぎ。
腰に付けたボールまでどうにか手繰り寄せる隙さえあれば。
男はゴルバットを呼んだ。
こうもりポケモン『ゴルバット』。
洞窟内を好むポケモン。アローラでも生息が確認されている。
得意技は―――
「んー!!」
「案外、察しが良い奴なのか?でも残念、大人しく俺の指示に従ってもらうことになるぞ」
―――"怪しい光"。
「ゴルバット………怪しいひか―――」
その瞬間だった。
「なっ!?」
―――閃光が走る。
一筋の槍が気付けば私の視界を横切った。
槍のような物体はゴルバットの側面へ衝突。そのままゴルバットの体ごと吹き飛ばす。
驚愕するゴルバットの使い手。
アリアドス使いの相方も予想外の乱入に慌てる。
よく見れば、槍ではない。
あれは………
「誰だ!?」
私から距離を取った男。あちこちに視界を巡らせるも見つからない。
乱入した正体は木の枝に乗っていた。
と、次の瞬間に華麗な回転ジャンプ。飛翔したその先は私と男の間に着地。
私にその小さな背中を向けた救世主が登場した。
蜥蜴のフォルムさながらに二足歩行。私に向けられた葉っぱのような尻尾がわさわさと揺れる。
そのポケモンは―――
「タジャ!!」
くさへびポケモン『ツタージャ』。
-15- へ続く。
*次回はオリジナルシステムが入ってくると思います。