◇◇◇
砂浜。
「あぁ、ようやく………ようやくですか」
握り締めた拳を天に上げる。
その仕草は何処か狂喜に満ちているように思えた。
「それはこっちの台詞だ。お前を倒しさえすれば、俺の勝ちとなる」
「成る程。お互い様………という訳ですね」
両者、一歩も引かない睨み合い。
己の信念、欲望に忠実に従った結果が二人を敵同士へと仕上げあげた。イカロスが地獄の果てまで追い詰めるぐらいにしつこい理由は不明。
―――こういう関係。私は好きになれない。
アローラでは全員が家族のような関係。そこに敵対する関係など存在しない。私にとってそれが普通なのだ。
眼鏡をクイッと上げたイカロスは威風たる態度で彼の前まで歩み寄る。
彼はじっと動かない。私を背中に隠し、イカロスの動向を一時も見逃すまいとしている。
「無意味だとは思いますが………」
彼のすぐ目の前に立つイカロス。
「
―――何を、とは誰も問わない。
彼もイカロスも絶対に口にはせず、状況を見守る手下も沈黙を守りぬく。
きっと事前に彼からあの話を聞いていなければ、私はこのやり取りを理解していなかっただろう。
"マナフィ"。海の王子。
イカロスが要求する唯一の目的。
ギロリ、とイカロスの瞳が向けられるが本人である彼はケロリとした風にシンプルに返答を返す。
「やだね」
ふっ、と鼻で笑ったイカロス。
それ以上の追及は意外とせずに、踵を返した。彼は手下のリーダーらしき人物の隣を通る去り際、そっと肩に手を乗せる。
次にそっとその人の耳元で呟いた。
「―――やりなさい」
プツン、と何かが切れる。
イカロスが去ると同時に手下の引き連れているポケモンが臨戦態勢へ移行。
溜め込んだ戦闘欲が剥き出しに。
全方位からポケモンの遠距離攻撃が発射されようとしていた。
「逃げるぞ、スイレン」
「えっ!?で、でもどうやって!?」
絶体絶命。
それを象徴するかの状況に彼は至って冷静に判断を下していた。
対して、私は半分パニック状態。
と、彼が空に向かってこう叫んだ。
「"ティア"!!」
「え………!?」
あの記憶が一気に甦る。
あの子が嫌いとか苦手とかではない。ただ、その背中に乗った後のあれがどうも好きになれないだけで。
彼の呼び声に呼応して、独特な返事が帰ってくる。
―――ドッシャーーン!!!
「あいつ、"竜星群"撃ちやがった」
まさかの衝撃級一言。
「うわっ!?なんだ!?隕石か!?」
「上に何かいるぞ!!」
「今すぐその場を離れろ!!只じゃすまされんぞ!!」
容赦なき鉄槌の嵐。
私と彼がいる中心を基準に、円形状に次々と落下していく隕石の攻撃。ドラゴンタイプ最強の奥義が無双していた。
辺りを見回す。ハンター側に混乱が生じている様子。この包囲網を突破する絶好のチャンスと言えた。
「スイレン!!こっちだ!!」
彼に呼ばれる。
気づけば、彼は既に着陸していたラティアスの背中に乗っていた。
私もすぐにラティアスの背中へ。
乗る時にはよろしくねと声をかける。前回のラティアスと比べ、姿と体の色が微妙に変化しているように見えて、疑問に思いつつも無事に定位置に辿り着けた。
正直、これから起こる事に関してはどうも苦手。我が儘を言ってる場合ではないけど。
「ティア、頼むぞ」
可愛らしい鳴き声と共に。
天井から押される感覚が来た。急浮上による副作用だ。
彼の背中にしがみつき、ひたすらじっとしする。
すぐに圧迫感はさっぱり消え去り、一瞬の浮遊感を味わいながらもどうにか堪える。
最後にここから離脱するだけ―――
「きゃっ!?」
ぐらり、とラティアスの体勢が揺れる。
ちょうど私の力を抜いた瞬間と重なり、私の身体は大きく傾いた。
このままでは―――落ちる。
元に戻す暇もなく、重力に地上へと押されていく。
精一杯の抵抗とばかりに手を伸ばすも届かない。
諦めかけた、その時に。
「スイレン!!」
彼が懸命に手を伸ばす。
ゆっくりと、ゆっくりと時間がスローになる。彼の手の先が徐々に私の手へと近づく。
やがて、両者の手が重なる。
ぎゅっと私の手を強く握り締めた彼は渾身の力を引き絞り、私を引き付けた。
気付けば、彼の胸元にすっぽりと収まる私。
何が何やら、困惑するだけ。
「あ、ありがとうございます………」
ぼそっと呟くだけになってしまった。
何故か安心する空間にすっぽり飲まれた私に抵抗する術は何もない。
「ティア、いけるか?」
「ッ!!」
はっ、とする。
彼がラティアスに無事を確かめた理由。それは先程の大きな揺れにも繋がるかもしれない。
状況を確認すれば、ラティアスの左翼が明らかに負傷していた。これはポケモンの技によるもの。
次に地上をそっと覗く。
ハンターの混乱も随分と落ち着いてるがまだまだ時間はかかりそう。問題は少し離れた場所に立つ一人の人物。
―――イカロス。
眼鏡越しにギロリと鋭い眼光。
彼と私の空から脱出に成す術と言った感じの状況にも関わらず、イカロスは焦る仕草すら見せない。
その傍らにはポケモンが鎮座していた。
どぐうポケモン『ネンドール』。
イカロスの口元が微かに動いた。
そして、ネンドールがゆっくりと起動。分離した腕が何もない空間に真っ暗闇の球体を精製する。
あれは―――"シャドーボール"。
そっか。空高くにいる筈のラティアスが負傷したのもこのネンドールが遠距離狙撃したせいだと理解する。
「来る!!ティア、全速力!!」
彼の指示が飛び交う。
呼応したラティアスは流石の耐久力を見せ、その場を離脱。途中、ピンポイントで飛んできたシャドーボールも華麗に回避。
私と彼は無事に包囲網から逃げ出せた。
◇◇◇
海辺の洞窟。
「ふぅ………ひとまずはこれで」
あれから数分後。
私と彼はあの場から距離を置き、尚且つ人の気配がない場所を隠れ場として利用することに。
辺り一体岩盤地帯のその先端、海が洞窟の中まで広がる絶好のポイント。暫くはここで安息を取ることになった。
「大丈夫そうですか?」
「体力の消費が心配だけど、今は大丈夫かな」
「ッ~」
「ふふ、くすぐったいよ」
彼に応急手当を受けたラティアス。
私が側まで近寄るとその頬を私の顔まで近づけて、すりすりしてくる。可愛い。
メガ進化も解除されたラティアスは前と同じ赤い姿に戻っている。さっきまで私の感じていた違和感はメガ進化による身体の変化によるものだと分かった。
「にしてもシャドボ一発でこんなに削られてるとはな………」
ネンドールの"シャドーボール"。
ラティアスというポケモンは基本的に耐久に優れたポケモン。並み半端な攻撃では逆に返り討ちにされてしまう。
だが、タイプの相性、メガ進化による体力の激しい消耗、ネンドール自身のレベルの高さ。
様々な要因が重なった結果、ラティアスは左翼にダメージを負ってしまった。
「戦力を分散させるのは不味いかもしれない」
「私も居ます」
「うん。参考までに聞いておくけど、スイレンの手持ちは今どうなってる?」
「えっと………アシマリと………」
腰を探る。
アシマリのボールだけしかなかった。それと彼から授かったボールが一つ。
そして、私はふと思い出す。食堂から直接外へ飛び出してきたので肝心の手持ちの殆どは部屋に置きっぱなしであったと。
「アシマリだけ………です………」
「俺の渡したボールはある?」
「え?あ、はい。あります」
「なら、良い。そのまま持っておいて」
「分かりました………」
力になると名言しておいて、これだ。
アシマリだけではどうしても火力不足が目立ってしまう。バトルとなれば、下手に手を出せば逆効果にも。
考えても無駄、状況は変化しないとは分かっている。でも、無意識に悪い方に考えてしまう。私の悪い癖だ。
「では、スイレン。始めよう」
と、彼の様子がおかしい。
ラティアスの頭を優しく撫でながら、ジト目で行方を見守る。
「何をです」
「あれ?一気にスイレンが遠退いたような………単なる作戦会議だよ、作戦会議」
「成る程。てっきりまた変な企みでも考えているのでと思ってました」
「信頼ないな~。まぁ………当たり前っちゃ、当たり前だな。自分で言ってて傷つく」
「それで、ソウさんは何か作戦が浮かんでいるのですか?」
胸元を押さえていた彼は告げる。
「奴等の最終目標はマナの強奪、そして海底神殿に連れていき、マナの能力を利用することにある」
「はい」
「つまり、これさえ達成させなければ俺達の完全勝利―――って解釈で間違いはないと俺は踏んでいる」
マナの能力は強大である反面、使い道を誤れば自身にも被害が及ぶデメリットも存在する。
故に両者とも場面と時は慎重に選ぶ。
「さて、ここから具体的な解決策を上げていくぞ。主に俺が思い付いたのは三つ。でも、一つ目はぶっちゃけ無理だから、実質二つだけだ」
「二つ………はい」
「一つ目。俺がマナを連れて、アローラ島から完全に逃走する。つまり、このままスイレン達とはお別れとなる」
そ、それだけは!!
「えっ!?だ、だ、だ―――」
彼は静かに私の口に指を添える。
「大丈夫。この案は殆どボツだ。ティアがこのままじゃ負担が大きいし、他のメンバーも回収しないといけない。それに………黙って消えちゃうと色んな意味で後が怖いから、な?スイレン、ちゃんと落ち着いて。俺は君の側に居るから」
「は、はい………」
「二つ目に行くぞ。これが最有力候補」
ごくり、と息を飲む。
「ひたすら逃げる。以上」
「え?」
「逃げる」
「ちょっと何言ってるか分かりません」
「………ぼちぼち通報もされて、国際警察がアローラに急ピッチで来るはず。そうなれば、奴等も諦めて身を引くだろうし、それまではひたすら逃げる」
正直、拍子抜けでもあった。
彼の案は凄くシンプルに構成される。ハンターからマナを守るように逃げて、逃げて、逃げて。その一手のみを行使するだけ。
時間がかかれば、その分、自然と発生する騒ぎは目立つし避けられない。ククイ博士辺りが既に警察に通報していると踏んで、ハンターが退散する時間まで逃走を続けるのだ。
「不安な部分は勿論ある。イカロスの残り戦力が未だに不明だったり、俺の今の手持ちがティアとロー、それにクーちゃんだけで………」
「ソウさん?」
唐突に途切れた彼の声。
私の目には片膝を地面につき、頭に手のひらを添えて、苦悶の表情を浮かべている彼の姿だった。
「だ、大丈夫ですか!?」
「あぁ………軽い目眩がしただけだ。気にする程でもない」
そう言い、彼は立ち上がる。
「スイレンもこの案で異論はないか?」
「えっと………質問があります」
「ん。どうぞ」
「三つ目の案を私は知りたいです」
「そっか………そうなのか」
実行は不可能だとしても。
聞くだけ聞いて損はないと思っての発言であった。
彼は少し困ったように考え込む。
「あくまでこれは最終の最終手段なのだけど………マナを誰にも手が届かない場所に還すんだ」
「そんな場所が存在するんですか?」
「あるにはある。でも、残念ながら人が辿り着ける場所ではない」
「………」
「海の何処かにあるとされる"海底神殿"。そこにマナ―――マナフィの住み処があると海の末裔から聞いたことがある。探そうにも範囲が広大過ぎだし、万が一見つけたとしても俺には入る資格がない」
「入る資格………とは?」
「海の神様に選ばれし者のみ海底神殿に踏みいる事が許されると伝承にある。その者はいつ現れるか不明だし、そもそも現実にいるかすらも分からない。不確定要素が多すぎる」
海底神殿………そう言えば、夢に出てきた。
あれがきっとそうなのだとすれば、私に出来る事があるかもしれない。
「私………見ました」
「な、何を?」
「マナちゃんと触れたその夜に夢で見たんです。海底神殿のようなものを!」
「嘘だろ?………どんな夢だった?」
「水中、海の暗い底にありました。夢なので私も自由に呼吸できて、初めはびっくりしましたけど近づいて………海底は暗いはずなのに其処だけキラキラ光ってて………中に入れば、とっても広い道が続いていて………奥に進むと何か台座のような物が見えて………私が見えたのはここまででした」
そして、私は彼を見る。
彼は言葉には出さずとも表情に隠しきれていないぐらい驚いていた。
「いや………だからか。スイレンにマナがなつくのも、むしろ本能的に感じていたからだったとすれば………」
「ソウさん?」
「スイレン!!」
「はい!!」
私はびくり、と起立してしまう。
彼はゆっくりと私の近くまで歩み寄って来る。意図の読めない行動に私の心拍数もばくばくと跳ね上がる。
「あ、あの………!!」
そして―――私はハグをされた。
「ソ、ソウさん………?」
「此処で会えるとは思っていなかった。運命なんて信じて無かったけど、俺は今その運命に導かれているようだ」
「く、苦しい………ですぅ」
ぎゅっと絞められる。
私に抵抗する気力はない。むしろもっと堪能していたいと心の悪魔が囁くぐらいに。
そっと彼は離してくれた。名残惜しいからもっとやれと次は心の天使が呟くが無視を貫く。
「あの夢を見るのは選ばれた
「海の巫女?………私が?」
「スイレンだけにしか果たせない役目。マナを海の元へ還す事が出来るかもしれない………」
「どどどどうすれば!?」
重圧が一気に降りてきた。
役に立てるのは嬉しい。だけど、此処まで大事になるとはだれが予想しただろうか。
と、つかの間に。
彼の言葉に段々と張りがなくなりつつある事実にこの時の私は気付いていなかった。
そして―――
「ソウさん!?」
―――彼の意識が急になくなった。
-18- へ続く。
◇◇◇〔ソウの手持ち、現在の様子〕
・ブラッキー(ロウ)
→彼、スイレンと行動を共にしてる。
・ラティアス(ティア)
→彼、スイレンと同行中。逃走の際に悪条件が重なり、怪我を負ってしまう。
・クチート(クーちゃん)
→彼、スイレンと同行中。メガ進化しながらの連戦により疲労の色が目立つ。
・ラグラージ(ラージ)
→森林地域で戦闘中。特に苦戦することなく、優勢な状況にある。
・ツタージャ(タッちゃん)
→海岸付近で変わらず戦闘中。バトルを終えれば、得意のスピードで戦線を離脱する予定。
・アシマリ(マリー)
→………。