◇◇◇
せせらぎの丘。
「お~い、マリー。あんまり離れるなよ~」
合宿三日目の早朝。
今朝もまた私と彼は試練の内容を練ようと現地を訪ねていた。
でも、流石にルアーの浮きは浮かぶけど、直ぐに名案は浮かばない。なので私からの提案で今日は湖の生体調査をすることになった。
「ソウさん、調子はどうですか?」
「今一つかな………ヨワシばっかだ」
現場を知る。
これが何かしらのヒントになればと考えた。
現実は甘くなく、だいぶ時間をかけて釣りをするがヒットするのは二人ともヨワシのみ。
まさか、ヨワシしか生息してないのかな。あ、でも、少なくともシズクモが昨日いたのは確認していた私。助けに来たあのシズクモは野生のポケモンなのだ。
退屈しのぎにボールから出された彼のアシマリがヨワシが湖から引き揚がる度に攻撃を繰り出していた謎の行為も、既に飽きているぐらい。
彼のアシマリはどうやらここ周辺を巡ってみたいらしい。私のアシマリを仲間に引き込もうと説得するが、成果はお察しの通り。
その時、釣竿がピクリと動く。彼は反射的にその竿を引いた。
いぇーい。ヨワシだ。
「またお前か。ほら、マリー」
「オゥ………」
主人に渡され、仕方無しに。
そんな風にアシマリはそのヒレを持ち上げた。
このアシマリ、実はとても弱い。
同じポケモンの私のアシマリにさえ、絶望的にぼろ負け。釣りの前に判明したまさかのこの事実に彼も苦笑いするだけである。
唯一、勝てるのはヨワシのみ。
だからこうやって少しでも経験値の糧になれば、と彼は配慮している。が、当の本人はもっと強い敵とバトルさせろと主張してくる。勝てないだろと彼に論破され、渋々諦めていたけど。
向上心だけは無駄に一人前。
「オゥ!!」
"体当たり"でヨワシを湖へ突き返す。
無情にも思えるが、見た目の割にダメージは小さいので特に心配はしてない。
また餌をつけ直し、釣りを再開。
ふとその最中に私は湖で気になる物を見つけた。
「ソウさん………」
「何か釣れたのか?」
「いえ、あそこ見てください」
「あれか?ん?」
発見したのは水面に見える黒い影。
「何あれ?」
「ポケモンでしょうか?」
「にしては丸いよな」
「え?………さっきより大きくなってる?」
彼とその正体を言い合ってると段々とその影が大きくなっていく。限界を知らず、遂には人のサイズを大幅に越える大きさに到達した。
彼の目付きに真剣さが増す。
「マリー、戻れ」
「オゥ!?」
「ソウさん?いきなりマリーを戻したりして、どうし―――」
―――刹那。
「スイレン!!」
「きゃっ!?」
彼が私を抱え、受け身覚悟で飛んだ。
すると先程まで私達がいた場所に半端ない量の水圧が通り抜ける。
あれは―――"ハイドロポンプ"。
危険な技を放つ正体はまさについさっきまで話題に上がっていた黒い影であった。
「湖にこんなのがいたのか………」
「い、いえ………あれはヨワシです」
「ヨワシ?」
「はい、一定の条件を満たすと大量のヨワシが一ヶ所に集まり、群れを作る習性があると聞いたことが………でも、私もあまり見たことないです」
「マリーがぼこぼこにしたせいかな」
本来のヨワシとは真逆の存在が私と彼を敵意に満ちた狂気の光る目で睨んでくる。
単体では敵わないから、ヨワシは群れる事で身を守ると知識にある私でさえ実物を目の当たりにしたのは初めて。
希少なのだ。ヨワシが群れる現象は。
詳細を解き明かそうと研究者が意気込むのだが、そもそも立ち会えないのと危険性が高いを理由に断念せざるを得ないと噂で聞いたこともあるぐらい。
危険性が高いのは肌を通じて感じている。
なんか、ごめんなさい。
「なぁスイレン」
「は、はい!」
「これ、使えると思わないか?」
「え?使えるって何に?まさか、試練に………ですか?」
思わぬ発想だった。
挑戦者は基本的にヨワシを下に見てしまう傾向にある。その裏をつくように、群れた姿でいきなり出現したとなれば―――
ぬしポケモンに相応しいかもしれない。
「こいつをぬしポケモンの候補にするとして、問題は二つ。まずはこの姿になる条件を明確にすること」
「は、はい………!」
「次に―――」
「あ、あの!!ソウさん!!」
「ん?」
「下ろして貰って………良いですか?………照れてしまいます」
「あっ、すまん」
夢中になるのは分かるけども。
でも彼の胸に抱えられていた私の思考は正直、目の前のヨワシどころではない。
異性との触れ合い自体、両手で数えられる私に不意をつく彼の抱っこは心に来るものがあった。
私の心臓はバクバクするし、意識せずに頬は熱くなってしまう。
彼に悟られるのも嫌で、つい誤魔化すように彼に話を急かす。
「それで、もう一つとは?」
「ヨワシのレベルだ。強すぎると試練自体、誰も合格しなくて成り立たないし、その逆もまた然り」
「なるほど………」
「相手もそろそろ動くかな。スイレン、ちょっと離れておいてくれ」
「分かりました。ソウさん、お気を付けて」
「了解」
彼が腰に手をやる。
ボールから新たに飛び出したのはお得意様のクチート。
群れた姿のヨワシはきっと強敵。
でも、私には不思議と相手がどれだけ強かろうが彼が負けるとは思えなかった。
だって―――
「さぁ!ヨワシ!行こうか!」
彼が楽しそうに笑ってるから。
◇◇◇
合宿三日目。昼の部。
「今日は皆に探険に出てもらおう!!」
今日は午前と午後を合わせて行う。
探険、と盛大に上げつつ、その中身は単なるスタンプラリーだ。
各スポットに置かれたスタンプを班員と一緒に巡り集めて、最後に宿に戻ればゴールとなる。
勿論、引率として私達が就く。
裏準備では、カキがリザードンを飛ばして、事前に打ち合わせで決めた場所にスタンプを配置してくれた。お疲れ様。
「それじゃあ………皆、さっき引いた籤に書かれた番号と同じ人同士で集まってくれ!」
「4番はこっちだよ!!」
「3番はここだ」
「2番は私の所ですよ」
「1番は俺のとこだぞ」
「5番は僕が担当するよ~」
私は6番の引率担当だ。
「6番の子はこっちだよ~!………恥ずかしい、これ」
若干の照れを隠しつつ。
無事に同じ番号の生徒達が集まる。全員、もう顔見知りの仲なので班での協力行動も心配なくいけそうだ。
「私達の出発は最後。それまではゆっくりしてて、大丈夫だよ」
はーい、と返事する班員達。
番号順に出発する予定なので、今頃は彼の率いる班が出発してる頃だろう。
「あれ?………」
ふと頬に触れた冷たい感覚。
雨の予兆だろうか。自然と上を見上げれば、そんな気配は微塵も感じさせない程、晴れ晴れとした天気が広がっていたのであった。
◇◇◇
班探険の道中。
「次で最後だね」
出発してから既に三時間が経過した。
紙に押されたスタンプに目をやる。
可愛らしいポケモン達のスタンプ姿が並び、右下の残り一つ最後の枠が空いていた。
これまでの過程では班員達にとって大きな試練が待ち構えていた。が、班員達は子供らしく元気よく楽しそうに順調過ぎるペースで乗り越えていった。
流石にガラガラのダンス対決は今思い返しても謎だったけど。
「スイレン先生~」
「うん?どうしたの?」
「雨、降ってきました!!」
「え?あっ、ほんとだ………」
ポツリ、ポツリ。
気づけば曇天の空が広がっている。天気予報では晴れのみと報じられていたが、単なる通り雨だろうか。
「ちょっと急ごうか」
私はそう注意換気をした。
これぐらいならまだ続行しても問題ないとは思うけど、余裕持っての行動に損はないから。
班員達を次のポイントへ。
「………結構、降ってきた」
「どうするの?スイレン先生~」
「うーん………」
不幸にも、本降りになった来た。
叩きつけるように降ってくる雨粒にこれ以上の続行は困難と判断せざるを得ない。
とにもかくにもまずは班員を宿へ無事に戻すことが最優先。
「最後のスタンプは一旦諦めて、宿に戻ろうか」
「えー」
「こーら。文句は言わない」
これは通り雨にしては本格的過ぎだ。
アローラの気候では異常気象レベルの降水量を記録する。
嫌な予感がした。島がぞわぞわと騒ぐ気配に敏感に私は反応してしまう。
「………アシマリ」
「オゥ?」
「皆も聞いておくように。宿に戻るにはこの林道を真っ直ぐ行くだけ。だから、皆は寄り道なんかせずにちゃんと先に戻っておいてね」
「え?先生は?」
「私はちょっと確認したいことがあるから」
アシマリに監督役を引き継がせる。
そして、私は駆け出した。
この地域一体は地盤が緩い印象があったようなそんな記憶がふと頭をよぎったのだ。
キャプテンとして。少しでも島の危険があるのなら黙って見過ごすわけにはいかない。
「はぁ………大丈夫そう………かな」
偵察回りに勤しんだ結果、異常無し。
あの嫌な予感は単なる気のせいだとなって、心が少しホッとした。
―――その瞬間だった。
「え?」
揺れた。
地震ではない。地面全域が引き摺るように動いている。
全身が一気に恐怖に包まれた。
原因はすぐに分かった。"土砂崩れ"だ。
「―――くっ!!」
幸いにも、私は山の下部にいた。逃げる時間にある程度の猶予があったのだ。
発生現場も私の現在位置と被っていたのは少しだけだったようで精一杯の走りだけでどうにか難だけは逃れた。
走ってきた道を振り返れば、既に道なんて物は失せている。これに巻き込まれそうになっていた自分に思わずゾッとする。
こんなの、無事どころでは済まされない。
さて、来たルートを土砂で覆い被さる形で土砂が襲ってきてしまった。帰ろうにも帰れない事態に陥ってしまった自分に気付く。
連絡手段は無い。手持ちのポケモンもアシマリ以外は生憎、宿の部屋に置いてきてしまった。
大雨は降り続ける。
つまり、状況は最悪を辿る一方。
「どうしよう………」
目の前の惨状に私はただ嘆くのであった。
-9- へ続く