【ラブライブ μ's物語 Vol.3】 雪の中の闇 作:スターダイヤモンド
「それじゃあ…雪穂の話を聴かせてもらえるかしら…」
と絵里さんは私に向かって微笑む。
「えっ…あ…はい…」
その表情につられて、つい、そんな返事をしてしまった。
「…笑わないでくださいね…」
「わかったわ」
「私は…その…私は…花陽先輩のことが好きなんです」
「うん、知ってる。さっき聴いたもの」
声には出していないけど、絵里さんの顔はニヤついていた。
「それも…ただの好きじゃなくて…多分、恋愛感情に近い…好き…かと」
「そう…」
「驚かないんですか?」
「予想はしてたし…それに女子校あるある…でしょ?別に珍しいことじゃないわ。私たちの世代でも、あちこちでそういう話は聴いたし」
「はぁ…」
「なるほどね…あっ?もしかして、あなたは花陽にそのことを伝えたえちゃったとか?」
「…はい…」
私は、先日の夜の公園での出来事を話した。
「ハラショーね」
「えっ?」
「立派じゃない。素直に自分の気持ちを伝えられるなんて…」
「えっ?…まぁ…はい…」
「それで?」
「はい?」
「花陽の返事は?」
「そのあと、LINEでメッセージが届いて…『気持ちは嬉しいけど、今すぐにはお返事できない』って。『少し時間をください』って」
「そう…花陽らしいわね」
「それを見て、返事をもらったことが嬉しかったのと同時に、すごい迷惑掛けてるんだろうなぁ…って思っちゃって…もう、どうしたらいいのかわからないんです!」
「穂乃果はこのことを知ってるの?」
「口が裂けても言いません!」
「うふふ…まったく強情ね」
「すみません…」
「亜里沙にも?」
「…本当は親友なら話しておかなきゃなのかも知れないんですけど…」
「…じゃあ、私と雪穂だけの秘密?」
「はい!だから他の人には…」
「大丈夫、言わないわよ」
絵里さんは、パチリと私にウインクした。
「そう…好きって言ったのね…」
「はい…」
「青春してるわね…」
絵里さんは、ふと遠い目をした。
「えっ?」
「ううん…別に…って、まだ私も老け込む歳じゃないんだけどね…」
「はい…まだまだ、そんな…」
「でも、雪穂…」
「はい」
「そのことを凛たちが聴いたら、なんて言うかしら…」
「えっ?」
「だから…凛や真姫たちが聴いたら…」
「今、言わない…って…」
「そうね…だけど花陽が彼女たちに言う可能性はあるんじゃない?」
「あっ!」
「ね?」
それは…そうだ…。
自分のことしか考えていなかった。
そうだよね…
「『ねぇ、ねぇ…凛ちゃん、真姫ちゃん…実は花陽…雪穂ちゃんから付き合ってくださいって言われちゃったんだけど…なんて答えたらいいのかなぁ?』」
「あ、ありえます…」
「『にゃ?許せないにゃ!』」
「『そうね、雪穂のくせに生意気ね』」
「う…うぁ…」
花陽先輩たちの真似した絵里さんの口調は、あまり似てなかったけど、そのセリフは余裕で脳内再生できた。
「『へぇ…雪穂ちゃんがねぇ…ウチを差し置いて、そんなこと言ったんや…』」
「『にこを敵に回すとは、いい度胸してるわね』」
「『でも私は雪穂ちゃんに負けない自信はあるけどなぁ…』」
「えっと…最後のは誰の真似ですか」
「…ことりのつもりだったんだけど…」
「ですよね…」
「物真似のクオリティーが低いことは認めるわ」
絵里さんが少し眉をひそめた。
「すみません、そういう意味じゃなかったんですけど…」
「でも…そういうこと」
「?」
「つまりあなたは、彼女たちに宣戦布告をしたってこと」
「あ…そうですね…」
「どう?かなり厳しい戦いになると思うけど…」
「むろん、覚悟の上です!」
「そう…なら、なにがなんでも押し切ればいいんじゃないかしら」
「えっ?」
「あなたのその気持ち」
「押し切る…ですか」
少しの間、頭に疑問符が浮かんだ。
「さっきも言ったけど…『花陽をシェアする会』の掟では、一応、彼女が卒業するまでは抜け駆けは許されないことになってるわ」
「はい、聴きました…って言っても、イマイチよくわからない話ですけど…」
「まぁ、これは『花陽だから』って限った話じゃないけど…μ'sの不文律みたいなものかしら」
「不文律?」
「活動中に…『誰と誰かがくっついた』…とか『誰と誰が離れた』とかがあると、色々面倒なことになるじゃない」
「まぁ…」
「その辺はだから…なんとなくみんな理解していたって言うか…」
「空気を読んだ?」
「そういうことね」
「…それはμ's内の恋愛禁止…ってことですか?」
「にこに言わせれば、そもそも『アイドルは恋愛禁止』らしいけど」
「確かに…」
「でも…絵里さんは…その…誰かと付き合ったことはないんですか?さっき、そういうことは、女子校あるあるだって言ってましたし…」
「ないわ」
と絵里さんは、キリッとした顔で即答した。
「本当ですか?凄くモテたって聴いてますけど…。色々な伝説がありますよ?…入学初日に、何人もの人から告白されたとか、ラブレター専用の靴入れがあったとかなかったとか?」
「靴入れは嘘よ」
…最初のは実話なんだ…
「でも、モテたのは事実ですよね?」
「さぁ…どうかしら…」
絵里さんはトボケた顔をして、考えるフリをする。
「お付き合い…しなかったんですか?そういう人たちと…」
「そうねぇ…全部断ったわ」
「一度でもいいから、言ってみたいですね…そういうこと」
「雪穂だって、これからそういう時がくるわよ」
「絵里さんに言われても…気休めにもなりません」
「天の邪鬼ね」
「はい」
「ふふふ…」
「あの…どうしてお付き合いしなかったんですか?」
「誰だかよくわからない人に、いきなり付き合ってください…って言われても…ねえ?」
「それはそうですけど…」
「それに、あの頃の私に、そんな余裕はなかったわ。常に自分のことで一杯一杯だったから…」
「…」
…そっか…
…私はμ'sに入ってからの絵里さんしか知らないけど…
…その前は…
「話は変わるけど、海未も結構モテるんじゃないかしら…」
「海未ちゃんですか?そりゃあ、もう!亜里沙が夢中になるくらいですから」
「そうね」
と絵里さんは笑った。
「あとは真姫先輩かな…」
「ソルゲ組ね」
「えっ?」
「ううん、なんでもない…」
「?」
「まぁ、わからなくもないわ」
「どうしてもクールな感じの女性に惹かれるっていうのはあるみたいで…海未ちゃんも真姫先輩も人気が高いです」
「女子だもの…自分を引っ張っていってくれそうな人に惹かれるのは当然ね」
「はい…」
「そんな中…雪穂は…花陽?」
絵里さんの口元が緩んだ。
「その言い方は…先輩に失礼です」
「そうね…気を悪くしたなら謝るわ。でも、バカにしたわけじゃないの。あなたは見る目がある…って、そう思っただけだから」
「花陽先輩の魅力は、触れ合ったことの無い人にはわかりませんから」
「もちろん、私は理解してるわ」
「はい!」
そうなのだ。
花陽先輩の魅力は…わかる人だけわかればいい。
みんなにわかってしまう…イコール、私のライバルがもっと増えるになってしまうから…。
こんな話になった、ついでだ。
ここで私は、常々疑問に思っていたことを口にしてみた。
「あの…絵里さんは、希さんとは…そういう関係にならかったんですか?」
「えっ?」
「…だって、その…希さんも花陽先輩のことが好きなんですよね?」
「そうみたいね」
「凛先輩、真姫先輩、ことりちゃん…にこさん…まではなんとなく、わかります。でもどうして希さんがそこに加わるんですか?」
「希ねぇ…色々あったみたい…」
「色々…ですか…」
「希は花陽の存在が自分を救った…って思ってるみたいだから」
「自分を…救った…」
「あとは…直接本人の口から聴いた方がいいんじゃないかしら。私が説明するのも野暮じゃない…」
「はぁ…そうですか…。えっ…でも、それじゃ…絵里さんは希さんを盗られちゃったんですか?」
「盗られた?希を?」
そう言ったあと、しばしの間、絵里さんは物想いに耽った。
「盗られてはいないわね…」
「盗られて…ない!?…希さんは二股掛けてるってことですか?」
絵里さんと希さんの関係性は、お姉ちゃんから聴いている。
だからその答えは私にとって意外なものだった。
「ハラショー!…どうしてそうなるのかしら」
「?」
「不思議そうな顔をしてるわね」
「はい…聴いていた話と違っていたので…」
「もう!私と希の関係ってどんな風に伝わってるのよ」
と、半分笑いながら、頬を膨らませた。
「周りがどう思っていたかは知らないけど…少なくとも希に『恋人』って感情を持ったことはないわ」
「えっ…」
「希との関係を…例えて言うなら『戦友』ってとこかしら」
「戦友…ですか?」
「そうね…きっとその言葉が一番ピッタリくるわ」
「戦友?…」
「高校入学時は…お互い人見知りっていうか、人付き合いが苦手なところがあって…今で言う『コミュ障』っていうのかしら…そんな感じで…お互い孤独と戦ってきたの」
「…」
「あなたのお姉さんと出会って、その閉ざされていた世界からは開放されたけど…だから希は『お互い倒れないように支えあってきた仲間』って感じかしら。恋人に抱くような…そんな気持ちが1%もなかったか…って言われると嘘になるかもしれないげど…うん、やっぱり希をそんな風に見ることはできないわね…」
「そうなんですね…」
「多分、臆病なんだと思う。…依存しすぎてダメになる…ってわかってるから、それ以上踏み込まなかった…」
「大人の会話ですね…」
「だから亜里沙もそうだけど…雪穂みたいにストレートに『好き』って想える人がいるって、うらやましいかも」
「…恥ずかしいです…」
「いいんじゃない?それはそれで…」
「は…い…」
「でも…あなたも難しい相手に恋したものね…」
「えっ?…あっ!…はい…」
「ライバルに打ち勝つには容易じゃないわ」
「ですよね…どうしたらいいですか?」
「それは…わたしには答えられない」
「?」
「だって、私もあなたのライバルの1人なんだから」
「!!」
「あら、さっき言わなかったかしら?」
「聴きましたけど…聴きましたけど…あれは冗談かと…」
「ふふふ…」
「絵里さん…」
「それは置いといて…」
…あれ?…
…ってことは本当にそうなの!?…
「雪穂は花陽に気持ちを伝えちゃったんだから、あとはあの娘がどう出るか待つしかないんじゃないかしら」
「…」
「その気があるなら、いい返事をくれるだろうし…そうじゃないなら…」
「はい…そうですよね…ダメならダメで仕方ないです…」
「さっきはあんなこと言ったけど…花陽はそういうことを内に秘めたまま考えこむタイプだと思うの。たぶん凛にも真姫にも相談しないと思うわ」
「…だと思います…」
「これは私の予想だけど…『ごめんなさい…今はまだ、そういうことが考えられないの…』って言われる可能性が高い」
「一番、ありそうです」
「その時、雪穂はどうするのか…ね」
「どうするか?」
「そこで諦めるか…それでも押すのか…」
「…」
「彼女たちに勝つ自信がないなら、身を引いた方がいいわ」
「!!」
「その程度の気持ちなら、それは単なる『憧れの延長』で好きだ…って言ったに過ぎないわ」
「…」
「でも…本当に花陽と付き合いたいなら…正々堂々勝負して、みんなから奪ってみればいいんじゃない?」
「絵里さん…」
「ふたりが付き合うことで、誰かが泣くことに泣くもしれないけど…誰かを気遣っていたら、永遠に自分の幸せなんて訪れないんじゃないかしら」
「…深いですね…」
「…なんて…偉そうなことを言ったけど…私は花陽に自分の想いを伝える勇気はないわ…フラれることに慣れてないから、断られたらメンタル崩壊しちゃいそうで」
「フルことは慣れてても…ですか?」
「ふふふ…そうね」
と絵里さんは悪戯っぽく笑った。
~つづく~
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