【ラブライブ μ's物語 Vol.3】 雪の中の闇 作:スターダイヤモンド
偶然会った絵里さんと、亜里沙のもとへと歩いていく。
私の中で絵里さんは、μ'sのメンバーで言うと『花陽先輩の次に好きな人』…としてランクインしている。
1番は花陽先輩、2番が絵里さん…3番が海未ちゃんで…あとは横並び。
…最下位はお姉ちゃん。
ランクインしている理由には…亜里沙のお姉ちゃん…ということも当然ながらある。
私の入学と同時に卒業していった希さんやにこさんと同様、直接、交流することはできなったけど…その2人と違うのは『亜里沙の部屋に遊びに行けば、大抵顔を合わす』こと。
こんな風に1対1はないにせよ、そういう意味ではわりと話す機会は多い。
1日1日の出来事を『目をキラキラさせながら』詳細に語る妹。
でも絵里さんは、面倒な素振りもせず、いつも聞き役に徹して、彼女の話を微笑みながら見つめている。
そんな関係が羨ましい…と思うことも多々あった。
もちろん、こんな人がお姉ちゃんだったら…って…それはあるけど…『絵里さんクラス』になると恐れ多いと感じてしまう。
いや、花陽先輩とか、憧れていたことりちゃんが下だ…って言ってるわけじゃない。
ほら…もう、ダメダメなお姉ちゃんもイヤだけど…何もかも完璧過ぎちゃう姉…ってのも…なかなかプレッシャーに感じちゃうでしょ。
先輩たちは「絵里?意外と抜けてるところがあるわよ」…なんて言うけど、私はそんなところ見たことないから。
もしかしたら、私はお姉ちゃんが高坂穂乃果で、少なからず救われてるのかも知れない…なんて思ったりして…。
たわいのない会話をしながら…でも、少しだけ緊張しつつ、歩道を歩く。
暖冬だとはいえ、冬は冬。
日陰に入ったところで、二回続けて小さなくしゃみをした。
「あら?風邪?」
「大丈夫です。たぶん、お姉ちゃんが海未ちゃんに『雪穂がさぁ…』とか愚痴ってるんじゃないかと…」
「くしゃみが1回だと良い噂、2回だと悪い噂…3回目だと風邪…って、こと?」
「あ、はい!よくご存じで」
「確か…前に希から聴いたんじゃなかったかしら」
「絵里さんは、やっぱり、寒さに強いんですか?」
「さぁ…あんまり人と比べたことがないから…でも、まぁ…μ'sの中ではそうかも」
「絵里さんが…おこたで、ドテラ着て、ミカン食べてる姿…なんて、想像つかないですし…」
「そう?確かに、それはしたことがないけど…これでも私、日本人の血の方が濃いんだけどね…」
と笑った。
そう、勘違いしがちだけど、絵里さんはハーフじゃなくて、クォーターなんだよね…。
「雪穂はロシア人って笑わない印象がある?」
「えっ?」
「私、μ'sに入る前、同級生から『冷たい女』と思われてたみたいで…実際、心を閉ざしていたのは確かなんだけど…」
「はぁ…」
「希が言うにはね…『やっぱりロシア人だもんね』…ってみんな思ってたみたいなの」
「まぁ…何となく、表情が険しい印象はあります」
「なるほど…そうなのね…」
「それがなにか?」
「ううん、さっきの寒さに強い?で思い出しちゃっただけなんだけど…どうしてそういう風に思われてるか…っていうと」
「はい」
「諸説あるけど、そのうちのひとつが…昔は社会主義国家だったから、アメリカが映画とかで、そういう国だと印象付けた…っていうのが有力で」
「実際はわからないですけど、国自体が、そういうイメージがありますものね」
「冷戦時代の産物?っていうのかしら」
「印象操作って怖いですね…」
「だけど、もうひとつ、物理的な理由があって」
「物理的な理由ですか?」
「『寒すぎて顔の表情が変えられない』…っていうのが、あるみたい」
「あぁ、凍る…じゃないですけど」
「そうそう!」
「あるかもですね!」
「…」
「あれ?どうかしましたか?」
「ううん、自分で話を振っておいて、こんなことを言うのもどうかと思うんだけど…みんなに出会ってなかったら、ずっと『笑わない、冷たい人』って見られてたのかな…『だって、ロシア人だもんね』…なんて」
「そんなことないと思いますよ!」
「そうかしら…」
「はい」
「じゃあ、今日のところはそういうことにしておくわ」
「今日のところは?」
「うふっ、家に着いちゃったから…一旦、この話はおしまい」
そう言って、彼女は玄関のカギを開けると、私を中へと招き入れた。
亜里沙は…ラブライブ本大会へ進めなかったというショックが大きく、2~3日引き籠り状態だったけど…ようやく復活したらしい。
今日は元気な顔を見せてくれた。
…なにはともあれ良かった…
親友の落ち込む様子を、そう長くは見ていられない。
…かといって、どう立ち直るかは、本人の気持ち次第だ。
私たち外野で騒いでも、その効果はたかが知れている。
彼女は、きっと強い人間だ。
最後は自分の力で立ち直ったのだから。
私が残念会の開催を告げると、亜里沙は素直に参加を表明した。
もう、大丈夫だろう。
心配ない。
絵里さんが入れてくれた『極上のロシアンティー』を頂いた私は…ホッとしたのと相まって、少し気分が軽くなった気がした。
花陽先輩から逃げてしまった罪悪感が消えたわけじゃないけど…今日は今日。
また明日、仕切り直そう…そんな風に思えたのだった。
だが、この日はこれで終らない。
亜里沙と絵里さんから別れて、帰宅途中のことだ。
「あれ?雪穂!」
「あっ…織音…」
道端で遭遇したのは『天川織音』。
『あまかわ おりお』と読む。
私と同じアイドル研究部の1年生。
つまり、亜里沙以外の3人組…『une brise(ユヌ ブリーズ)』…のうちのひとり。
ちなみに残りの2人は『喜多見 那美(きたみ なみ)』『江藤 つばめ』…。
揃いも揃って芸名かな?ってツッコミたくなる名前ばかりだ。
それはさておき…
「今さぁ、東條先輩に会ったんだ!!」
と彼女は嬉しそうに報告した。
「へぇ…」
世界は狭い。
いや、私たちの生活空間が、狭いのか。
同じ場所で暮らしてれば、それはそういうこともあるだろう。
それにしても、今日は色々な人に逢う。
少し時間がズレていれば、希さんにも遭遇したわけだ。
「一緒に写真撮らせて貰っちゃった!」
織音は私にスマホを見せる。
画面の中の希さんは、一段と大人っぽさが増している気がした。
頭に来るくらいに。
「追いかければまだ、間に合うんじゃないかな?」
「あ…うん…」
彼女たち3人にとって、希さんとにこさん…そして絵里さんは、雲の上の人的存在。
あまり学校に顔を出すこともないから、偶然出逢ったものなら、まるでレアキャラでも見つけたかのような興奮具合になる。
それは私だって、今はそんなに簡単に会えるわけじゃないけど、そこは、ほら…知らない仲じゃないし…なんなら家に来たりするし…。
…まぁ、あんまり逢いたいとも思わないんだけど…ね…
…そんなことより「私は今、絵里さんとお茶してたんだよ」…なんて言ったら、殺されるかな…
「向こうにいたの?あちゃ~…逆方向だぁ、今から家に帰るとこだから」
ととぼけてみる。
「そうなの?勿体ない…せっかくのチャンスなのに」
…どんなチャンスよ!?…
…気持ちはわかるけど…
「織音はどっか行くところ?」
「ちょっと、野暮用で…」
「ほう…」
「なんて…新しいDVDを買いに…」
「あんたも好きだね…」
「一応、アイドル研究部の部員だから」
「ごもっともなことで」
と返答したが、μ'sのメンバーでそこまで研究熱心だったのは、2人しかいない。
かく言う私も、μ'sとA-RISE以外は眼中にない。
ひょっとして、こういう姿勢が、本大会行きを逃した原因なのかな…なんて、今、ここで反省してみたりする。
「ひとりで?」
「生憎(あいにく)、那美もつばめも用があるって」
「まぁ、いつもいつも一緒だとは思ってないけど」
「たまには、どう?そこまでだから、付き合ってよ」
「やめておく。慣れないことをして、雪でも降ったら困るし」
せっかくだから、一緒に行ってもいいかな?…なんて一瞬思ったけど、今日はなんとなく、そんな気分じゃない。
あるでしょ?
タイミングみたいなものがさ。
「それじゃ、しょうがない。本当は『部長』に付き合って貰おうと思ってたんだけどね…」
「残念ながら、花陽先輩は今、ことり先輩とデート中だよ」
「知ってる、さっき電話して直接聴いた。…だから、ひとり寂しく、歩いてるわけよ」
「毎回、言うけど…部長、部長って気軽に声掛けすぎだよ」
「わかってるよ。わかってるんだけど…つい…。どうしても他の先輩たちを『μ'sのメンバー』って見ちゃって声掛けづらい…っていうか」
「花陽先輩だって、同じでしょ?」
「うん、同じなんだけどさ…なんていうのかな、親しみやすさが違うじゃん、部長。『μ'sでした!』っていうオーラを感じない…みたいな」
…ぶっとばしてやろうか!…
…とは、思わない…
…織音の言うことは、その通りなんだから…
…いや、凛先輩も真姫先輩も、そんなオーラを振り撒いてるわけじゃない…
…でも、後輩との距離感にまだ、戸惑ってる感は否めない…
…真姫先輩は元々人付き合いが得意じゃ無さそうだし…凛先輩もみんながいればバカな事をしてくれて盛り上げてくれるけど、ツッコミ役がいない時には、静かだもんね…
…彼女たち3人の意識が『普通に先輩』として見られるようにならないと、なかなか難しいよねぇ…
…これでも、それは、頭では理解してるつもりなんだ…
「あっ!それより、残念会の話、連絡来た?」
「えっ?あ、うん…その事を伝えに亜里沙のところに行ってきた帰りなんだ」
「あっ!そうなんだ!…で…どう?…良くなってた?」
「もう、全然普通、普通!」
「そっか…良かったね!!なんだかんだ言っても、5人揃わないと不自然だしさ」
「そりゃあ…ね…」
私たちはユニットは別々に組んでるけど、敵対してるとか、仲が悪いわけじゃない。
諸々、バックボーンが違うから、μ'sほどの団結力…絆は無いかも知れないけど…そこそこ適度な距離感でうまくやってるつもりだ。
だから、彼女たちが亜里沙を心配してくれていた気持ちは嘘じゃない。
素直に元気になって良かったと思ってくれてるのだろう。
「じゃあ、また…明後日」
「うん、じゃあ…」
「最後にひとつ、いいこと教えてあげようか?」
「ん?」
「さっき聴いたんだけど、部長、この間、東條先輩と焼き肉デートしたんだって!」
「あ、そう…」
「星空先輩は別として…南先輩と『そういう仲』なのかな…って思ってたけど…意外と部長も隅に置けないんだな…って。じゃあね!」
…あほ…
…凛先輩だけじゃなくて、真姫先輩とも、ことりちゃんとも、にこさんとも…みんなとデートしてるんだよ!…
…だから、私が悩んでるんじゃん…
織音め!
最後の最後に…本当に余計なことを言うんだから!
家に帰ったあと昼食を摂り、その後おやつの時間になっても、花陽先輩に伝えたいことが言えなかったことに対して、悶々としていた。
絵里さんに逢って、少し楽になったハズなのに…織音の話を聴いたら、またイラだってきちゃって…。
だけど…
そんな気持ちをさらに掻き乱すような出来事が、このあとやってきたのだ…。
階下から母の呼ぶ声が聴こえる。
「な~に~?」
「雪穂にお客さ~ん」
…お客さん?…
…誰?…
あわてて階段を降りると…その向こう…お店の中に立っていたのは…
「は、花陽先輩!」
私は驚きのあまり、今、降りてきた階段を、再び駆け上がりそうになったのだった…。
~つづく~
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