【ラブライブ μ's物語 Vol.3】 雪の中の闇   作:スターダイヤモンド

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来訪者

 

 

 

 

「先輩…どうしてここに?」

 

 

 

店の中にいたのは…花陽先輩…だった。

 

 

 

「お団子を買いに…しばらくご無沙汰してたから」

 

「そうねぇ…おばさんも花陽ちゃん見るの、久々かしら」

 

「すみません」

 

「いいの、いいの!忙しいのはわかってるし…それに、ほら、みんな、穂乃果を気遣ってのことでしょ?」

 

 

 

にこさん、希さん、絵里さんは卒業したし…お姉ちゃんは受験生の上、生徒会も忙しく、部活にもそんなに顔を出していない。

必然的に、みんなが『私の隣の部屋』に集まることが少なくなった。

 

来るのは海未ちゃんくらいかな…。

 

今のことりちゃんは、圧倒的に花陽先輩といるときのほうが多いから。

 

 

 

「期待に応えてくれればいいんだけどねぇ」

とお母さんは、どこまで本気かわからないような、のんびりとした口調で先輩に訴えた。

 

「海未ちゃんが付いてるから、大丈夫だと思いますけど」

 

「でも、結局は本人のやる気次第だから」

 

「ま、まぁ…それは…」

 

さすがの先輩でも、それは大丈夫とは断言できずに、苦笑いして誤魔化した。

 

 

 

「それにしても花陽ちゃんは、一段と、女っぽくなったねぇ」

 

「ふぇ?」

 

「ここ…一回り大きくなったんじゃない?」

とお母さんは自分の胸元を指差す。

 

ボンッ!という音が聴こえそうなくらいの勢いで、先輩の顔が赤くなった。

 

 

 

…絶賛、発育中らしいっス…

 

 

 

もちろん、誰にも聴こえないよう、心の中で呟いた

 

 

 

「少しウチの娘たちに分けてくれないかしら」

 

「お、お母さん!余計なこと言わなくていいから」

 

慌てて私がツッコむ。

 

 

 

「ぜ、全体的に…太ったのかも…です…」

 

 

 

「ふふふ…そうかしら?」

 

 

 

そうじゃないことを、私は知っている。

誰かさんと違って、プロポーションの維持に、相当気を遣ってるんだから…。

 

 

「あ、そうそう…花陽ちゃんが太鼓判を押してくれた『柚子味噌団子』ね、いまやウチの看板商品なのよ!」

 

「良かったですね!あっ…でも私は特に何も…美味しかったのは確かですから」

 

「アキバのお米クイーンの宣伝効果は抜群よ!ありがとう」

 

「いえいえ…それは雪穂ちゃんがしたことだし…」

 

「あ、それで雪穂に用があったんだっけ?ごめんなさい、邪魔しちゃって…」

 

「用ってことのほどでもなかったんですけど…」

 

 

 

「私が先輩を呼んだの」

 

返答に困っている先輩に助け舟を出した。

 

 

 

いや、その言い方には語弊がある。

はっきり言って、おこがましい。

私が呼んだのではなく、先輩が来てくれたのだ。

 

買い物が目的などではない。

私にはわかる。

 

ひょっとしたら、ことりちゃんとのデートを早めに打ち切って、お店に来てくれたのかも知れない。

 

 

 

だけど

「あら、そうなの?」

とお母さんは、なんの疑問も持たずに、その言葉を受け入れた。

 

 

 

「あっ、どうぞ!狭いところですけど上がってください。お母さん、お茶お願いね!」

 

はいはい…というその返事を待たずに、私は先輩を家の中へと誘った。

 

「あ…はい…じゃあ…お邪魔します…」

 

先輩は店の奥で靴を脱ぐと、勝手知ったる我が家のように階段を上がった。

 

ただその先はいつもと違う。

私が招いたのは、お姉ちゃんの部屋ではない。

 

 

 

「失礼しま~す…」

 

海未ちゃんとことりちゃんは別として…そのふたり以外の人が入るのは初めてだ。

 

 

 

もっとも…間違って『覗かれた』ことはあるけど。

思えば、あの時が先輩とのファーストコンタクト。

できれば、忘れたい…そして先輩の記憶から消して欲しい『忌まわしき想い出』…。

 

 

 

「あ…どうぞ…この辺に座ってください」

 

所在無さげに部屋の片隅に立ち、グルッっと周りを見渡している先輩に、私はクッションを差し出した。

 

 

 

「キレイなお部屋だね」

 

社交辞令であっても、先輩にそう言われると嬉しい。

 

 

 

「まぁ、お姉ちゃんの部屋と較べれば…みんなそう見えますよ」

 

なんて照れ隠しで言ってみる。

 

 

 

「あはは…」

 

少し前までの先輩なら「そんなことないよ…」なんて言っていたかも知れないけど、今は否定もせずに笑っている。

良い意味で、μ'sのメンバー間の距離が近いことがわかる。

 

 

 

「海未ちゃんがね…『なんで私が穂乃果の部屋で、本の整理をしなくちゃいけないんですか』って、いつも言ってるもんね」

 

「ですよねぇ。海未ちゃんがいなくなっちゃたら、ゴミ屋敷になっちゃいますよ」

 

「あれ?そういえば、今日、穂乃果ちゃんは?」

 

「その海未ちゃんの家で、受験勉強です。それこそ『穂乃果の部屋だと、勉強以前に片付けから始めないといけませんから!』ってことで」

 

「あぁ…目に浮かぶね」

 

そう言って先輩は、またクスクスと笑った。

 

 

 

そんな話をしていると、部屋のドアがノックされて、お母さんがお茶とお饅頭を運んできた。

 

「どうぞ、お構いなく…」

 

「いいのよ、遠慮なんてしなくて…お饅頭なら『売るほどある』んだから」

 

「あはは…すみません…では、ご馳走になります」

 

 

 

穂むら伝統のギャグを放って、お母さんは部屋を出て行った。

 

折角だから…と先輩は出されたお饅頭を口に頬張り、お茶を啜った。

 

 

 

そうして一息ついたあと

「ところで…本当はどうしてここに来たんですか?」

と訊いてみる。

 

怪訝そうな顔をしながら先輩は

「ん?あれ、さっき言わなかったっけ?お団子を買いに…」

と答えた。

 

「ってことは、口実で…実は私の様子を見に来た…」

 

「!?」

 

「正解ですか?」

 

「…うん…まぁ…そんなところかな?…なんとなく…ね…その気になったから」

 

 

 

…嬉しい…

 

…わざわざ、私の為に…

 

 

 

…いや、違う…

 

…迷惑掛けてるのに、喜んじゃいけない…

 

 

 

「さっきは…変な帰り方しちゃって、すみませんでした。なんか逃げるみたいになっちゃって…」

 

 

 

…みたいじゃなくて…

 

…逃げました…

 

 

 

「でも、ほら…先輩、ことりちゃんとお出掛けって言ってたから…あの…その…お気持ちはありがたいですが、別に…何でもないですから」

 

「そっか…それならいいけど…」

 

「はい」

 

「あ!…でも、お勉強のほうは?」

 

「それは…まぁ…」

 

 

 

…口から出たでまかせです…

 

 

 

「もし花陽でよければ、見てあげるよ」

 

「本当ですか!?」

 

「真姫ちゃんみたいには教えられないかも…だけど」

 

「あ、ありがとうございます!…って、時間、大丈夫ですなんですか?」

 

「全然、全然!」

 

「よろしくお願いします!」

 

「何から始めようか?」

 

「じゃあ…」

 

 

 

 

……

 

………

 

 

 

「う~ん、そこは花陽だったら『三筒』切りだね!」

 

「えっ?そうしたら『混全帯么九』の目が消えますけど」

 

「でも東場一局目の北家だし…無理する場面じゃないよね?『二筒』は既に2枚切れてるし」

 

「あっ…」

 

「ね?ここは一旦『一向聴』に後退するけど、まずは振り込まないようにするのが、先決だと思うよ」

 

「なるほどです」

 

「そうすると…ほら『一筒』!これで張り返した!」

 

「わぁ!」

 

「…からの…『自摸』!」

 

「うひゃあ!!」

 

 

 

………

 

……

 

 

 

 

「ただいまぁ…あぁ、お腹空いたぁ…え、花陽ちゃんが来てるの!?」

 

階下で聴き慣れた大きな声がすると、バタバタと音がして、私の部屋のドアが勢いよく開いた。

 

 

 

「おぉ~花陽ちゃん!いらっしゃい!!」

 

「お邪魔してます」

 

「もう、ノックぐらいしてよ!いくらお姉ちゃんだとはいえ、プライバシーの侵害だよ!!」

 

「いいじゃん、いいじゃん!」

 

「良くないよ」

 

「それより、今日はどうしたの?雪穂と一緒なんて珍しいね」

 

「雪穂が先輩に、勉強を教えてもらってるんだ」

 

「わざわざ?花陽ちゃんに?」

 

「どなたかが、とても頼りないので」

 

「おぉ!なるほど…ごめんね、妹が迷惑掛けちゃって。まぁ、雪穂はやればできるタイプだから」

 

「あぁ、うるさい!今、いいところなんだから、静かにしててよ」

 

「はいはい。あ、じゃあ、ごゆっくり」

 

そう言って、お姉ちゃんは隣の部屋へと姿を消した。

 

 

 

「すみません、一気に騒がしくなっっちゃって」

 

「ふふふ…慣れてるから大丈夫だよ」

 

「あれ?…お姉ちゃんが帰ってきたってことは…もうすっかりこんな時間…全然気が付かなかった」

 

「それだけ集中してたんじゃないのかな?」

 

「はい、お陰さまで、この間までまったく理解できなかったことが、わかるようになりました」

 

「よかった」

 

「先輩、教え方が凄く上手だから…」

 

「そんなことないよ」

 

「いえ…勉強に限らず…ですけど…どうしてこうしなきゃいけないのか、どうしたらそうなるのか…を順番に教えてくれるから、本当にわかりやすくて。それに…私が間違っても、先輩イライラしないし」

 

「えへへ…そんなに褒めても何にも出ないよ」

 

先輩はぺロリと舌を出した。

 

「いえ、そうじゃなくて…むしろ、お礼をしなきゃいけないのは私のほうで…」

 

「無理しなくていいの」

 

先輩は笑いながら、小さく手を横に振った。

 

 

 

「じゃあ、私はそろそろ帰るね」

 

「あ、はい…」

 

「また明後日」

 

「明後日?…あぁ、残念会ですね!そう言えば、昼間、亜里沙に会ってきたんです」

 

「あ、そうなんだ!…どうだったかな?」

 

「もうすっかり元気になってましたよ」

 

「そっか、良かった」

 

「はい」

 

「じゃあ、明後日は1年生、みんな揃いそうだね」

 

「…ですね!」

 

 

 

「さてと…」

と言って先輩が立ち上がったときだった。

 

 

 

ドアがノックされた。

 

 

 

「はい?」

 

 

 

「今度はちゃんとノックしたからね?」

 

お姉ちゃんだった。

 

 

 

「いちいちそんな報告はいいよ…それで…なに?」

 

「あ、お母さんがさ、遅くなっちゃったから、ご飯食べていってもらえば…って」

 

 

 

「へっ!?」

 

先輩と私は同時に声をあげた。

 

 

 

「い、いいよ…まだ、そこまで遅いってわけじゃないし」

と先輩。

 

「でも、お母さん『今日はお鍋にするんだ!』って、もう準備始めちゃってるよ」

 

「あぅ…」

 

「そ、そうですね!ほ、ほら…私、何もお礼できてないから、せめてご飯くらい食べていってくださいよ」

 

「花陽ちゃんちと較べたらさ、お米はあんまりかも知れないけど…お鍋食べるなら大勢のほうが美味しいじゃん!」

 

「…ぅうぅ…」

 

「奮発して豪華食材を用意したとか…しないとか…」

 

「はぅ…」

 

「食べていく?」

 

お姉ちゃんがそう訊いた瞬間…

 

 

グゥ…

 

 

先輩のお腹が返事をした。

 

 

 

「うっしっしっ…花陽どの…カラダは正直じゃのぅ…」

 

「お姉ちゃん、下品だよ…」

 

「それで…どうするのじゃ?」

 

 

 

「い、いただきます…」

 

 

 

「さすが花陽どの!お主もなかなか悪じゃのう…」

 

 

 

…なにが悪なんだか…

 

 

 

そうツッコもうとした時には、お姉ちゃんはもう、転がるようにして階段を降りていったあとだった…。

 

 

 

 

 ~つづく~

 

この作品の内容について

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  • 普通
  • つまらない
  • 花陽推し、ウザい
  • 更新が遅い

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