【ラブライブ μ's物語 Vol.3】 雪の中の闇 作:スターダイヤモンド
「好きな人でもできた?」
「げほっ!」
先輩からもらって口にしていたコーンスープの粒が、気管に入った。
…いきなり核心を突いてきましたね…
「ど、どうしたんですか、急に…」
「なんとなく…かな?」
「なんとなく…ですか?」
「女子の悩みって言ったら…まずはそれかな?…って」
「なるほど…」
「それで?」
「先輩は…好きな人いますか?」
「へっ?わ、私?」
「はい」
…私はズルいなぁ…
…自分のことを訊かれてるのに、訊き返しちゃったよ…
「好きな人か…う~ん…まず凛ちゃんでしょ、真姫ちゃんでしょ…」
…やっぱり、そう言いますよね…
「すみません、質問を変えます!」
「?」
「憧れの人はいますか?」
本当は誰が一番好きか?とストレートに訊きたいけど、きっとそれは答えてくれないだろう。
だから、少し表現を変えてみた。
「憧れの人?A-RISEとか?」
「μ'sの中で…です」
「μ'sの中で?…う~ん…う~ん…」
…こんな突拍子のない質問でも、真剣に悩んでくれる先輩…
…やっぱり優しい…
「…全員…」
「ですよねぇ…先輩ならそう言うと思いました」
「本当だから」
「はい、わかってます。…でも…そこから敢えてひとりに絞るなら?」
「えっ?ひとりに絞るの?…う~ん…う~ん…う~ん…」
1分くらい悩んでた。
「う~ん…強いて言うなら…」
…出てきた名前を訊いて、私は滅茶苦茶驚いた…
…だってそれは、一番あり得ない人だったから…
「穂乃果ちゃん…かな?」
「穂乃果ちゃん?そんな人μ'sにいましたっけ?」
「お姉ちゃん、お姉ちゃん!雪穂ちゃんのお姉ちゃん!」
「あぁ、お姉ちゃんですか…お姉ちゃん?…ええっ!?お姉ちゃん!?」
「し~っ!公園とはいえ、夜だから、そんな大きな声出したらダメだよ!」
「す、すみません…あまりに意外な答えだったもので…」
「そうかな?」
「あっ!ひょっとして…私に気を遣ってます?先輩優しいから…。じゃなかったら、お姉ちゃんを憧れの人だなんて…」
「そんなことないよ」
「信じられません」
「そんなに穂乃果ちゃんのこと、嫌いなの?」
「嫌い…というか…なんというか…周りの人たちが凄すぎて、どうしても下に見えちゃう…っていうか…」
「う~ん…周りの人が凄すぎてって言うのは、私もそう思うけど、穂乃果ちゃんが決して下…ってことはないよ」
「でも、先輩も知っての通り、普段のお姉ちゃんはあんなんですよ?」
「あはは…確かに。でも、世の中、完璧な人なんていないし…みんなそれぞれ、なにかしらあるでしょ?」
「いやいや…」
「雪穂ちゃんは身内だから、見る目が厳しいんだよ」
「だからと言って先輩の憧れの人が、お姉ちゃん…っていうのは、悪い冗談にしか聴こえません」
「う~ん…」
「本当はことりちゃんですよね?」
「ことりちゃんかぁ…うん、ことりちゃんも憧れの人だよ」
「やっぱり」
「だけど『一番?』って訊かれると『今は』ちょっと違うかなぁ…って」
「今は?」
「なんて言えばいいんだろう?…今はすごく仲良くさせてもらってて…私にとっては、憧れの人を通り越して、本当のお姉ちゃんみたいな存在で…あぁ、うまく言えないなぁ…」
…私もことりちゃんに憧れてた…
…可愛くて、優しくて、女子力高くて…
…そのことりちゃんが、花陽先輩に夢中になっちゃって…
…その花陽先輩を私が好きになっちゃって…
…だけど、先輩のことを好きになったのは、ことりちゃんより雪穂の方が先なんですよ!…
「じゃあ…にこさんは?」
「…師匠…かな?」
「師匠?」
「憧れの人とは、ちょっと違うかも。…な~んて言ったら、にこちゃんに怒られちゃうけど」
「ぬゎんでよ!」と両の手を腰に当て、睨む顔が想像できる。
「尊敬する人」
「尊敬…ですか?」
「アイドル好きの先輩…っていう部分はもちろんあるんだけど…花陽的には、自分の信念を貫き通した精神力とか、価値観みたいなところが『尊敬に値する』って思ってるんだよねぇ」
「確かに…」
「普段、希ちゃんとか凛ちゃんとかにからかわれることが多いけど、ちゃんと自分の立ち位置をわかっていて…だけど締めるときは締める!…なかなかできないことだよねぇ…もし、履歴書に『尊敬する人物』ってあったら『矢澤にこ』って間違いなく書くと思う」
ことりちゃんがお姉ちゃんで、にこさんは尊敬する人。
だったら他の人は…と全員分訊いてみたいけど、さすがにそれは時間が許さない。
なにせ、先輩は家に帰る途中なのだ。
「だとしたら…なおさら、お姉ちゃんが先輩の憧れの人だなんて有り得ないんですけど…あんなに何も考えてない人なのに」
「だから…だよ」
「だから?」
「私はね…ずっと、周りを気にして、なるべく目立たないように、大人しく大人しくしてよう…って生きてきたの。きっと、凛ちゃんがいなかったら、どこかで引き籠ってたと思うんだ」
「…」
「だから、一見『無鉄砲』に見えるかも…だけど…こう!って決めたら、パッと動き出せる穂乃果ちゃんが本当に羨ましくて」
「いえ、本当にバカなんだと思いますよ」
「でも、本当にそうだったら…海未ちゃんもことりちゃんも、こんなに長くお付き合いしてこなかったと思うし、μ'sのみんなもリーダーにしなかったと思うよ」
それが、不思議でならない。
お姉ちゃんは決して外面(そとづら)がいい訳でもなく、学校でも家と変わらない。
百歩譲って…μ'sに関して言えば、発起人だからリーダーというのはわかるけど…。
「本人が意識しなくても、自然と人が集まってくる…勢いで行動してるように見えても、ちゃんとみんな付いてくる…それが高坂穂乃果なんだよ」
「…誉めすぎです…」
お姉ちゃんは幸せものだ。
本人は何もしていないのに、こんなにみんなに慕われるなんて。
ましてや、今は生徒会長まで務めている。
私からすれば、全員騙されてるとしか思えないけど、でも、それだけ人を惹き付けられる魅力みたいなものがあるのは事実らしい。
世間ではそれを『人たらし』と呼ぶ。
『人を誑(たぶらか)す』という意味で、元々はあまり良い意味ではなかったが…今では『コミュニケーション能力が高く、輪の中心にいて、上からも下からも愛される人物』のことを指すようだ。
…確かに、その通り…
…裏を返せば、私にはその能力がないということ…
…つまり…
…お姉ちゃんへの反発心は…
…嫉妬!!…
…そうか…
…そういうことか…
これまでモヤモヤと漠然としていた嫌悪感…その理由が今、氷解した。
…だからと言って、お姉ちゃんの性格とか行動を、すぐに受け入れられる…にはならないけど…
「…私にその質問をした…ってことは…当然、雪穂ちゃんもそういう人がいる…ってことでしょ?」
「あっ!」
…本来の目的は、それを打ち明けることだった…
「えっと…まぁ…はい…」
…それは目の前の先輩です…
「雪穂ちゃんの憧れの人かぁ…っていうことは、やっぱり歳上の人だよね…。それでわざわざ花陽に相談するってことは…ことりちゃん…だね?」
…残念…
…ことりちゃんへの憧れは過去形になっちゃいました…
…むしろ、今は、ライバルだと思ってます!!…
「あれ?違う?」
先輩は私の表情から、それが不正解だと察したようだ。
「間違いではないです。でも、憧れ度で言ったら70点くらいで…MAXではありません」
「70点って結構高いと思うんだけど…その上がいるんだ…」
「…はい…」
「だとしたら…海未ちゃんだ!決まりだね!」
「海未ちゃんは…50点くらいです」
「へっ?50点?そんなに低いの?」
先輩が驚くのも無理はない。
絵里さんが卒業指したあと、音ノ木坂の女子生徒の人気No.1は海未ちゃんなのだから。
頭が良くて、運動もできる。
まさに文武両道。
そして、可愛い…というよりは、綺麗で…凛々しい。
男っぽい…というのではない。
古き良き時代の大和撫子。
日舞の家元という良家のお嬢様でありながら、決して高飛車になることもなく、お姉ちゃん以外には、人当たりも良い。
そして極めつけは、ステージで見せる犯罪級の笑顔と投げキッス。
このギャップに、女子が萌えないハズがない。
ちなみに亜里沙は、お姉ちゃんの絵里さんを差し置いて、海未ちゃん推しである。
「憧れの先輩であることは間違いないんですけど…今は、お姉ちゃんの保護者にしか見えなくて…」
「あはは…」
そう、お姉ちゃんは色んな人に迷惑を掛けている。
海未ちゃんも、そのひとり…被害者だ。
本人はそう思ってないかも知れないが、私からそういう気持ちが消えない限り、お姉ちゃんをいつまで経っても受け入れることができないだろう。
「じゃあ…絵里ちゃん?」
「85点です」
「そうなんだぁ…絵里ちゃんでもない?」
「ちょっと、次元が違うというか…本当言うと、憧れを突き抜けちゃってるんですよねぇ」
「あぁ、わかる!わかる!私もそうだったから」
「どうやっても、あのスタイルとブロンドヘアにはなれないですし…」
「だね!」
「だから、その分がマイナスポイントなんです。現実味がないので」
「ふむふむ…えっ?じゃあ…雪穂ちゃんの憧れの人って…真姫ちゃん?いや凛ちゃんかな?…それとも…」
「…先輩…です…」
「えっ!やっぱり、真姫ちゃん?凛ちゃん?」
「…花陽…先輩です!!」
「は、花陽?」
「はい。今、私の目の前にいる…花陽先輩です!」
「わ、私?」
「はい。私が憧れているのは…小泉花陽先輩です!先輩のことが…大好きなんです!!」
…ついに言ってしまった…
…ダッシュで家に帰りたい!…
…でも、脚が震えて動かない…
先輩はビックリした顔で私を見ていた。
だけど
「…ありがとう…」
と言ってニッコリと微笑んでくれたのだった…。
~つづく~
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