夢の中で、彼は『虫』だった。
美音やマスターが「仮面ライダー」と呼んでくれる、あの姿と比べるともっと醜悪なバケモノの姿。
口は裂け、手には鎌があり、それは美音が作ってくれた鎌より生々しく、その生々しい感触は手に取るようにわかる。
否、もともと、それが身体の一部であるというのであれば、血が通っているのは当然のことだろう。
『近づくな!バケモノ!』
『助けて、ヒーロー!!』
その姿を見た人々は怯え、ヒーローに助けを求める。
しかし、騒ぎ立てる人々を鬱陶しく思った虫の怪物はその得物を無慈悲に振り下ろし、その鮮血を浴び、黒いボディを赤く染め上げる。
断末魔を聞き届けた後、迫ってくるヒーローや人々の罵倒をモノともせず、殺していく様はバケモノそのもので。
『お姉ちゃん、こわいよ……』
『大丈夫、必ず来てくれるわ』
幼い弟と、弟を抱きしめて宥める姉。
その存在に気づけば、怪物はその2人に近づいていく。
ああ、自分を化け物と呼ぶのであれば。
この鎌で切り伏せてやろう—―!
「おい、そこまでだ!」
見慣れた顔、聞きなれた声の主が現れる。
男だった。
「大丈夫か、二人とも!」
その男は、大切な家族であろう二人に優しい言葉をかけ、怪物に対して向き直る。
怪物は男の目を通し、今のジブンの姿と相手の姿を捉えることができた。
己への罵倒を煩わしく思い、斬り捨てていた時と比べ、今は周囲の音や状況が耳に入るようになっていたからだ。
「来い!
怪物が殺そうとしていたのは、他でもない
そして、それに気づいた怪物は―――。
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「そちらの調子はどうだ?見えているか?」
『もっちろん!感度も視界もともに良好!準備は万端だ!』
その夜は、穂波と美音の———仮面ライダーのデビュー戦だった。
明確には美音のヴィジランテデビューなのだが、“二人で一人の仮面ライダー”でありたい美音としては今夜を本当の仮面ライダーのデビューとしたいのだとか。
仮面ライダーの周りを飛び回る小型のドローン、昆虫を模した姿は美音が大好きなテレビ番組・週間天の道でマスコットを務めるカブトムシ、カブトくんのオマージュらしく、美音なりのこだわりであるらしい。
穂波が変身した姿というのは、本家・仮面ライダーの飛蝗でもカブトくんのモチーフであるカブトムシでもなく、カマキリであり、カブトムシの小型ドローンがカマキリのような姿に変身している自分の周りを飛んでいるというのは仮面ライダーとしては些かシュールに感じられた。
「それで、やることは覚えているんだろうな?遊び感覚なら、降りてもらうぞ」
『……お、覚えているに決まってるだろっ!突貫制作で作った、仮面ライダー支援ドローンの性能を見せてやる!』
美音の声が震えている、図星だったのだろうか。
あのあと、優が店を出て行ってから、美音は夜に備えて昼寝をし始めた。
翌日のJacarandaの業務に差し障りがないかと思っていたが、「アニオタには大切なことなんだ」と美音が胸を張っていた。
そんな娘に対し、それじゃあ背が伸びないぞと茶々を入れた蛇島は美音にぽかぽか殴られていた。
仮面ライダーが地面を蹴って移動を始めると、カブトムシ型の小型ドローンが仮面ライダーと併走してくる。
いつ移動速度のデータを提供したのか思い当たる節がないのだが、仮面ライダーのファン一号を名乗る彼女のことだから、どこかで入手していてもおかしくないだろう。
「そのドローンには名前があるのか?」
仮面ライダーの変身バックルのことはライダーベルト、伸縮自在の鎌のことはライダーサイズと美音がつけた名前のことを思い出しながら、ふと仮面ライダーは気づいた。
『ほえ?名前?うーんと……、カブター!』
「カブター?それは、週間・天の道のマスコットのカブターのことか?」
美音が好んで視聴する、週間・天の道。
司会を務める男が祖母から聞いた言葉を紹介しながら、様々なスキルを見せ付ける趣旨で進む番組であり、たまにその道のプロフェッショナルと対決することもある。
特にカリスマ人気美容師との対決をはじめ、司会の多彩なスキルは見惚れるものがあることで人気だ。
ごく稀にゲリラでラーメンの屋台を出していることもあり、蛇島親子と食べに行ったこともある。
『そうそう!カブター!……この先にヴィランの反応があるよ!用意はいい?アイン?』
仮面ライダーの活動は、テレビで見るヒーローのような華やかな活動ではない。
見敵必殺、ヴィランを見つければ、瞬く間に現れる仮面ライダー。
しかし、ヴィランの探し方は何か毎回目星があるわけではなく、地道に足を使って探している。
今回、美音のサポートを受けるようになり、その初日から美音の能力の高さを体感することができている。
「……アイン??」
仮面ライダーは美音に問いを返す。
アインと言えば、確かドイツ語で一だったはずだ。
ドイツ語の数え方と自分の何が関係があるのだろうか、と穂波は疑問符を浮かべる。
『コードネームだよ。私たちは仮面ライダーだろ?なのに、お前を仮面ライダーって呼ぶのも違うじゃん。私のことはオラクルって呼ぶこと!いいだろ、アイン?』
カブターのカメラの向こうで美音がご機嫌なのが伺える。
美音が呼ぶようにと提案したオラクル、その意味は託宣である。
戦闘のできる個性を持たない彼女、せめて彼のサポートが出来るようにと志願した仮面ライダーに“なる”ということ。
アインの名前の由来は、もちろん、
肝心の穂波の方はと言うと、美音のコードネームが無難にナビで来るのではないかと思っていたが、ヒーローオタクであった美音はそういったネーミングにもこだわりがあるようだ。
「……いいだろう、相棒。オラクル、そろそろ、目標地点に到着する。カブターで周囲の様子を確認しておいてくれ」
『……!おっけー!』
声色から気分が弾んでいるのだ、と今の美音の様子を穂波は感じ取った。
やがて、目標地点へと到着する。
その反応が近づくと、カブトムシ型小型ドローンの目が赤く発光したので近くにやってきたのだろうと思い、ライダーサイズを大鎌ほどの大きさに衝撃を与えて変化させると、しっかりと握り締めて構えを取って接近する―――!
「こんばんは、お兄さん?いいや、
月明かりが相手を照らし出す。
ボサボサの髪に手首のようなアクセサリー、皺だらけのパーカーを着た青年・死柄木であった。
「……お前、やはりヴィランだったのか。俺が仮面ライダーだと、なぜ気付いた?」
「こっちには色々と情報網があるんだよ。だから、お兄さんが仮面ライダーってことを調べるのは容易いってわけ。あのさ、あの夜と同じ誘いを俺にさせてくれない?」
死柄木は顔面に貼り付けている状態にあるアクセサリーを外し、その手を差し出す。
「なんだと?……馬鹿なことを言うな、俺はお前とは手を組まない。お前の連れて来ている
「へえ?気づいてたんだ?来いよ、お前たち」
アインは死柄木の後方へと視線を向けると、死柄木は顎で合図を行なう。
すると、仮面ライダー以上の体躯に太い腕、口の裂けた脳味噌が露出している非常に大柄な怪物が二体現れる。
おそらく、ヴィランであろう。
ならば、容赦は必要ないと大きく地面を蹴ってバネのように跳ね上がると、死柄木は怪物達に迎撃を命ずる。
「だろうと思ったよ。さぁ、その虫野郎の頭を冷やさせろ。少し痛い目を見せてやれば、返事も変わってくるだろう?
奇襲をかけるどころか、爆弾を投下した死柄木は怪物二体を迎撃する仮面ライダーに対し、人差し指を向けて嗤っていた。