……おっと、既に今日だったようです
巨躯の怪物の二体がアインに襲い掛かると、その突進攻撃を最低限の動作で回避すると勢い余って建物の壁を破壊する。
アインがカブターのほうを見やると、いつの間にかベルトの脇に止まり木のようにしていた。
「凄いだろ?“死神”のお兄さん。このパワー、スピード。どれを取っても一級品だ、まぁ頭が回らないことはこっちが指示を出せば済むことだけどさ」
「……だが醜悪な怪物だ。こいつらを使ってどうするつもりなんだ?」
「へえ?」
死柄木はアインの問いに目を丸くする。
噂通りの死神であれば、そのような問いをするとは思えなかったからだ。
“死神”はヴィランを問答無用で切り捨てる、まさしく、“死神”のような人物であると聞いていたからだ。
そんな男が自分に、あまつさえ、“ヴィラン”に目的を尋ねている。
どういう風の吹き回しか知らないが、死柄木はその手のアクセサリーの下の顔に笑みを浮かべられずにはいられなかった。
先ほど、“死神”が誰かと話しているのが聞こえた。
もしかしたら、その誰かに“死神”はヒーローを装うとしているのではないかと思うと笑いがこみ上げてきて仕方がなかった。
あの初めて邂逅した夜、あんなにも現在のヒーローや社会に不満を漏らしていた男が今更ヒーロー気取りとはお笑い種だ。
「だけど、それを聞いてどうするんだ?」
死柄木が出て来い、と建物の壁に突っ込んでいった怪物を呼ぶと怪物は大きく拳を振るう。
瞬時にアインはライダーサイズで防御しようとするが、二体の怪物による同時攻撃は大きく風圧を起こし、ライダーサイズに亀裂を起こす。
『嘘……、だろ……!?ライダーサイズだぞ!?最大限に硬度を高めたはずなのに!』
カブターからオラクルの悲哀の声が聞こえる。
自慢の仮面ライダーの武器として発明したもの、それがライダーサイズなのだから、亀裂を入れられてしまったのであれば、ショックを受ける気持ちも分かる。
「決まっている、」
反撃の機会が見えずとも、死柄木の問いに遅れてアインは答える。
ライダーサイズが追撃の一撃を与えようと、俊敏な動作で怪物の蹴りが飛んで来たのであれば、そのうちの一体に刃を首に引っ掛け、鉄棒の要領で腕の力を使い、大きく地面を跳躍する。
「いつも通り、
ライダーサイズを怪物がその握力で破壊し、バラバラに砕け散ってしまう。
カブターからかつてないほどの怒号が漏れる。
『あー!?アインの馬鹿!ライダーサイズが壊れたぞ!?ちゃんと回収しておけよな!?』
「分かってる」
もしも、このカラダに表情筋と言うものがあれば、きっと少しは緩んでいるのではないかと思い、アインは二体の怪物の頭部を掴み、空いた下半身を捻って蹴りを叩き込む。
一回目の蹴りを入れた後に間髪入れずに回し蹴りを叩き込めれば、怪物の頭部に脳震盪を与えることができるのでは、と思った試みだ。
ワン・ツーパンチならぬ、ワン・ツーキックと言ったところか。
アインは怪物のことを“ニンゲンであるかもしれない”といった可能性を考えていないこと、そもそもヴィランとして見做しているからこそ、行なえる攻撃と言ってもよく、その思った以上に容赦のない攻撃に死柄木は親指の爪を噛む。
「……けっ、いちゃいちゃしやがって。脳無、立て」
どこのどいつだか知らないが、あの“死神”のベルトから聞こえてくる声は自分と同い年かいくつか離れた少女と分かる。
その様子からおそらく、それなりに関係は深いのだろうが、自分の事をほとんど気にかけているようには見えない“死神”の対応はイライラする。
アインは怪物――脳無二体を蹴り飛ばし、死柄木のほうにぶつけてやろうと近づいたとき、足首を掴まれる。
『気をつけろ、アイン!そいつ、まだ意識を失ってないぞ!』
「ッ!」
形勢、逆転。
アインを仰向けに倒せば、今度は反対に脳無が立ち上がり、アインを地面に叩きつける。
遅れてきたオラクルの解析、帰ったらオラクルに文句を言ってやらなくては、とアインの足首をつかんでいない方の脳無に殴られ、その頑丈なはずの肌を切り裂かれてよろよろと立ち上がる。
脚力では負けていない自信はあるが、パワーに関しては完全に脳無二体のほうが圧倒的に上だ。
二体の脳無を従え、死柄木は夜空に向かって右手を挙げれば、人差し指を立てる。
「先生が言っていた。『ヴィランたる者、美学がなくてはならない』と」
「腐れヴィランが美学、だと?笑わせるな」
アインが口を――――クラッシャーと呼ばれる部分を――――開け、吐き捨てるとわざとらしく死柄木は肩を竦める。
「だけど、その腐れヴィランの目的が気になったのはどこのどいつかな?全然、強くないなぁ?“死神”。噂通りの容赦のなさ、見せてよ?退屈しちゃうと、手始めに」
近づいて来た死柄木はアインの腕に手で触れる。
「……ッ!」
アインがその手を引っ込めると、腕の崩壊は止まる。
そして、
もし、あのまま触れられていたら。
『細胞破壊の個性……!?』
オラクルの声色は恐れが含まれている。
前言撤回。
僅かな様子をカメラ越しから観察し、よくそこまでの答えに辿り着いたと彼女を賞賛してやりたかった。
さっきまで抱いていたJacarandaでお説教、というのは避けられたらしい。
オラクルはアインに対しては全てを肯定するほど盲目的でなく、気に入らない時や上手くいかない時はヘソを曲げることもある。
拗ねた時や機嫌が悪いときは決まって蛇島がそうであるように、食事が出てこないこともしばしば。
それは避けられたようだ。
「……ナイスだ、オラクル。やはり、触れさせてはならないというのは間違ってなかったらしいな」
初の邂逅の夜を思い出す。
あのとき、触れさせてはならないという予感は間違っていなかったらしい。
「頭脳専門の
「待て」
「おおかた、俺の個性については正解に辿り着いたから教えといてやるよ。“死神”、俺が従えているこいつ等は脳無。“死神”と同じ改造人間って奴?」
『アインと……、同じ……?』
そう、とオラクルの呟きに死柄木はにんまり笑う。
「先生とドクターが作り出した改造人間、
イラついた死柄木は再度、その腕を崩壊させようと手を伸ばすが、直前にアインは死柄木の手首を右手で掴み、左手で頭部を掴んで地面に叩きつける。
「おい!離せ!やれェっ!脳無!そいつの口を閉じろ!さっきから、イライラするんだよ……!」
「……どういうつもりか、だと?」
叫ぶ死柄木の命令、それに反応した脳無にアインは顔面を殴られれば、アインの身体を掴んだもう一体が羽交い絞めにし、アインのボディに重い一撃を入れる。
同時に死柄木に対するアインの拘束は解かれた。
骨が軋む音がするが、そこは先ほどのように個性の使用で活性化させた細胞分裂で何とか治療を行なう。
死柄木の持つ細胞を崩壊させるような相手でない限り、普通のヴィラン如きでは遅れを取らない。
それも、全て死柄木の言う先生とドクターに齎されたものであることは他でもない自分自身が良く分かっている事だ。
『な、なぁ……?もう、ボロボロじゃないか。かえろ?もう帰ろうよ』
じゃないと死んじゃう。
それは、悲痛なオラクルの声だった。
拾い上げたライダーサイズの刃を握り締め、アインは自分を拘束している脳無の露出している脳味噌に勢いよく突き刺すと、脳味噌が破裂し、その脳無の動きは止まる。
そして、その身体にドロップキックを叩き込むのは、流石に誰がどう見てもオーバーキルだった。
今夜、この戦いでボロボロになっている身体を何らかの方法でカブターのカメラ以外でも確認することができている美音のことだ。
きっと心配してくれているのだろうが、目の前にいるヴィランが明日の被害者を、第二の「ホナミハジメ」を生むのであれば。
「まだ帰れない。このバケモノを、このヴィランを倒すまでは……」
脳味噌からライダーサイズの刃を引き抜くと、血があふれ出し、アインの身体と周囲を赤黒く染め上げる。
「お前、お前、本当になんなんだよ……!」
闇夜に映える黒いボディを染め上げる赤、赤い複眼に手にする血塗れの刃。
まさしく、今のアインは、通り名に相違なしの“死神”である。
思わず、死柄木の声からは恐怖と喜びが漏れる。
これほどに、“ヴィランらしいヴィラン”の素養が強い者は居ないのだと本人に言えば、我を忘れて殺しに来かねない言葉が浮かんでくるくらいには。
「俺は、」
アインは自らの言葉に詰まる。
それを後押ししたのは、
『仮面ライダー!』
力強い言葉で、他の誰よりも早く名乗りを上げたのは。
アインの
『私たちは、お前みたいなヴィランから人々を守るために!こうして戦ってる!だから、多少、グロいことも……おえっ、するけど!』
『私たちの信じる明日の為に戦う!』
台詞の中で、それも大切なところで嗚咽するんじゃないとオラクルに内心苦笑いしながらも、アインは、“仮面ライダーの片割れ”は、生き残っているもう一体の脳無に膝蹴りを下顎に叩き込み、露出した脳天にチョップを叩き込むと衝撃で頭部を破裂させた脳無はその場に倒れこむ。
「はは、ははは……」
死柄木の口から笑みが漏れる。
大切な計画に使う脳無を浪費しても、それでも、価値のあるものが手に入った。
もしも、この“死神”で“仮面ライダーの片割れ”のオラクルを殺させることが出来れば、それほど面白いことはないと。
そして、“死神”の“弱味”を知ることも出来た。
しかし、肝心の死神は。
『アイン!こいつを警察にスパイダーマンみたいに何とかグルグルにして突き出して、』
「それはなりません」
オラクルがアインに提案すると、現れたのは、黒い靄が服を着たような男。
「今夜は仮面ライダーに脳無を二体殺されている。死柄木弔、貴方まで今夜に失うわけには行かない。それに仮面ライダーも負傷していると来た。であれば、ここは両者共に引き上げるで手を打ちませんか?」
「……いいところだったんだけどな」
「行きますよ、死柄木弔」
死柄木が愚痴を漏らすと、それ以上の有無を言わさないとばかりに黒霧はその身体の形を変えて先に姿を消した。
その後には何も残らず、あるのは脳無の遺体だけだ。
『行っちゃった……、アイン!ライダーサイズの他の部品、忘れんなよな!』
「分かってる。……何も言わないのか?」
いつもと変わらぬ様子のオラクル、先ほどの威勢はどこに行ったのか、発明品のことを気にしている様子。
脳無を殺すときに見せたアインの行動、それは、仮面ライダーをヒーローとするオラクルにとっては認められないのではないかと言う疑問。
アイン――穂波は、オラクル――蛇島美音とのやり取りの中で改造されたことで得た力によって自分の中に生まれた“衝動”を忘れ、人間でいるかのような気分に戻ることができる。
『私はなんにも言わない!だけど、やりすぎは駄目だ!あと、ハジメ!ちゃんと人助けもして、人に憧れられるようなヒーローにならなきゃ駄目だぞ!』
「俺はヴィランを……」
『?違うぞ、ハジメ。ヒーローは誰かを助ける人だ。ヴィランをグロく処分することより大事だ!』
一瞬、マイクの向こうできょとんとしているオラクルが浮かぶ。
それから、まるで弟に言い聞かせるような言葉にアインは今は亡き姉を思い出した。
『私が仮面ライダーになったからには!私の意見も聞いてもらおう!』
得意満面な声色、その場を脅威の跳躍力で離れている最中、胸囲の期待値(低)を誇る胸を張るオラクルの様子がまた浮かぶ。
『だって、私たちは二人で一人の仮面ライダー!……ふっふっふ、悪魔と相乗りする勇気はあるか?』
どことなく、本人が作っているようなカッコイイ声色で尋ねられたのであれば、自分の怪我を徐々に再生させつつ、アインは人々も寝静まる夜に答える。
「あるに決まっているだろ」
その日、“二人で一人の仮面ライダー”が誕生した。
このあと、こっそり美音ちゃんが吐いたのは内緒。
グロ耐性はあるつもりだったけど、まさかカメラで直接見るとは思わず。
しかし、我慢したのは仮面ライダーとして戦っていくと約束したから。
戦闘描写が味気ないような気もしないでもない