仮面ライダーは改人である   作:ふくつのこころ

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変身


彼女にとってのR/長い夜の終わり

ハジメはヴィランの死体を路地の奥深くの廃棄コンテナに放り込むと、フードを深く被り直した。

緑色の血はもう乾き始めていて、掌の傷跡は薄い線一本だけを残して消えていた。

改造人間の体は便利だ。

便利すぎて、時々自分が「人間」かどうかを疑う。

 

ステインの言葉が頭の片隅で反響している。

 

『偽者だな。ヴィラン殺し』

 

「……偽者か」

 

呟きながら、ハジメは夜の街を歩き出す。

事務所まではまだ距離がある。

美音が寝ている部屋の灯りは、もう消えているはずだ。

あの子の寝顔を見ると、今日みたいな夜のことは全部忘れられる。

だからこそ、こうやって一人で歩く。

 

角を曲がったところで、ふと足を止めた。

 

路地裏の暗がりに、誰かが立っている。

 

いや、立っているというより……「佇んでいる」といったほうが正しいかもしれない。

 

黒いコート。

長い髪。

そして、目だけが異様に光っている。

 

「岳山優……か」

 

低く、抑揚のない声。

 

ハジメの体が一瞬で硬直した。

 

「Mt.レディ……いや、岳山先輩の先輩、ってわけじゃないよな」

 

相手はゆっくりと顔を上げた。

顔の半分を覆うマスクの下から、鋭い眼光が覗く。

 

「俺は……ヒーロー殺し、ステイン」

 

さっきの男とは別人だ。

いや、さっきの男こそが本物だったのかもしれない。

でも今目の前にいるこの男の気配は、明らかに違う。

もっと……重い。

もっと……本気だ。

 

「さっきの男は……俺の偽物だ。

お前を試すための、囮」

 

ハジメは息を詰めた。

 

「試す?」

 

「そうだ。

お前が本当に『仮面ライダー』を名乗る資格があるかどうか。

俺が認める価値があるかどうか」

 

ステイン——本物のステインは、ゆっくりと刀を抜いた。

刃に月光が反射して、冷たく光る。

 

「お前は、昼はヒーロー事務所で事務をし、

夜はヴィランを狩る。

だが、そのどちらも中途半端だ。

ヒーローでもなく、ヴィランでもない。

ただの……『怪物』」

 

ハジメは静かに拳を握った。

 

「怪物でいい。

それで、美音や岳山先輩を守れるなら」

 

「守れるか?」

 

ステインが一歩踏み出す。

 

「俺はな、ヒーローという名の偽善を許せない。

だが、同時に……偽りの正義を振りかざす自警団も、許せない」

 

次の瞬間、ステインの動きが消えた。

 

ハジメの視界の端で、刀が閃く。

咄嗟に後退し、異形の姿へと変身する。

赤い複眼が夜を切り裂くように輝いた。

 

「仮面ライダーアイン……!」

 

大鎌は持っていない。

今夜は素手だ。

でも、それで十分。

 

ステインの刀が、アインの胸部装甲を浅く削る。

火花が散った。

 

「速い……!」

 

「まだだ」

 

ステインの舌が伸び、ハジメの血を舐め取る。

——瞬間、ハジメの体が硬直した。

 

「麻痺か……!」

 

「俺の個性だ。

血を味わえば、相手を凍りつかせる」

 

だが、ハジメは動いた。

改造された体は、麻痺を強引に押し切る。

 

「ぐっ……!」

 

拳がステインの腹にめり込む。

ステインは後退しながらも、笑っていた。

 

「面白い……!

お前は、俺と同じだ」

 

「違う」

 

ハジメは低く唸る。

 

「俺は、誰かを殺すために戦ってるんじゃない。

誰かを守るために、戦ってる」

 

ステインの目が細まる。

 

「守る、か。

なら、答えろ。

お前が本当に守りたいものはなんだ?

事務所の目立ちたがり屋か?

それとも、あの……カブトムシの少女か?」

 

ハジメの赤い瞳が、一瞬揺れた。

 

「……両方だ」

 

ステインは小さく笑った。

 

「欲張りだな」

 

そして、再び刀を構える。

 

「だったら、証明しろ。

お前が『偽者』じゃないことを。

俺を……倒してみせろ」

 

夜の路地に、二つの影が交錯する。

 

一方、喫茶店の二階。

美音はベッドの上で、むくりと起き上がった。

 

「……ハジメ?」

 

カブトムシ型のサポートアイテムが、ピピッと警告音を鳴らす。

画面には、夜の街で交差する二つのシルエット。

 

美音の瞳が、みるみる鋭くなった。

 

「ハジメ……危ない」

 

彼女はベッドから飛び起き、

引き出しから自分の変身ベルトを掴む。

 

「待っててね、お兄ちゃん」

 

小さな体に、決意の炎が宿る。

 

今夜は、まだ終わらない。

 

 

「……待って」

 

アインJr.が肩でピピッと抗議するように鳴く。

画面では、ハジメの赤い複眼がステインの刀に何度も弾かれ、火花が散っている。

美音の胸が、ぎゅっと締め付けられるように痛んだ。

 

「やっぱり、私にはできない」

 

彼女は小さく呟いた。

 

改造された血の匂い。

緑色の血。

人間じゃなくなっていく感覚。

 

美音はまだ、自分が「人間」でいられる時間を、できるだけ長く残しておきたかった。

ハジメが一人で背負っているものを、自分まで背負いたくなかったわけじゃない。

ただ——

ハジメが「怪物」になるのを、二人で一緒に進むのは、怖かった。

 

「アインJr.、通信だけ繋いで」

 

カブトムシ型アイテムは一瞬躊躇うようにアンテナを震わせたが、すぐに従った。

美音の耳に、ハジメの荒い息遣いと、金属がぶつかる音が直接流れ込んでくる。

 

「証明しろ……俺を倒してみせろ」

 

ステインの声。

 

美音は唇を噛んで、事務所の窓を開けた。

夜風がパーカーの裾をはためかせる。

 

そして、思いっきり叫んだ。

 

「ハジメ!!」

 

声は路地まで届かない距離だったはずなのに——

ハジメの動きが、一瞬だけ止まった。

 

赤い複眼が、喫茶店の方角を向く。

 

「……美音?」

 

その隙に、ステインの刀が横薙ぎに閃く。

ハジメは咄嗟に腕を交差させて受け止めたが、装甲に深い傷が刻まれる。

緑色の血が、ぽたぽたと地面に落ちた。

 

「集中が乱れるぞ、死神」

 

ステインが嘲る。

 

でも、ハジメはもう、ステインを見ていなかった。

 

彼の視線は、遠くの事務所の窓に向けられていた。

そこに、小さなシルエットが立っているのが見えた。

 

「……来るなって、言っただろ」

 

呟きながら、ハジメはゆっくりと拳を握り直す。

 

「でも……ありがとう」

 

ステインが眉をひそめる。

 

「何を……?」

 

ハジメは低く笑った。

初めて見せる、どこか優しい笑いだった。

 

「俺は、偽者かもしれない。

ヴィラン殺しの怪物かもしれない。

でも——

少なくとも、あの子にとっては、本物でいられる」

 

次の瞬間、ハジメの体から赤いエネルギーが爆発的に噴き出した。

 

「ライダーパワー……フルパワー」

 

装甲の隙間から、赤い光が漏れ出す。

改造された体が限界を超えて暴走し始めている証拠だ。

このままでは、数分後には動けなくなるかもしれない。

 

それでも、ハジメは構わなかった。

 

「美音が、見てる」

 

彼はステインに向き直り、ゆっくりと両腕を広げた。

 

「だったら……ここで、終わらせようぜ」

 

ステインの目が細まる。

 

「……馬鹿な」

 

だが、その声には、ほんの少しだけ——敬意のようなものが混じっていた。

 

二人が同時に跳ぶ。

 

ステインの刀が、ハジメの胸を狙う。

ハジメはそれを敢えて受け止め、左腕で刀身を掴んだ。

 

「ぐっ……!」

 

血が滴る。

緑色の血が、ステインの刃を伝って落ちる。

 

「血を……!」

 

ステインが舌を伸ばそうとした瞬間——

ハジメの右拳が、ステインの顎を捉えた。

 

「ライダー……パンチ!」

 

衝撃波が路地を震わせ、ステインの体が後ろに吹き飛ぶ。

壁に叩きつけられ、コンクリートにひびが入る。

 

ステインはゆっくりと立ち上がったが、

すでに左腕がだらりと垂れ下がっていた。

 

「……お前……」

 

ハジメは息を荒げながら、変身を解いた。

人間の姿に戻った彼の腕からは、まだ緑色の血が滴っている。

 

「俺は……殺さない」

 

ステインは小さく笑った。

 

「偽善者め」

 

「そうだな。

でも——それでいい」

 

ステインは刀を地面に突き立て、支えにするようにして体を起こす。

 

「……次に会うときは、殺しに来る」

 

「そのときは……俺も、本気で殺しに行くよ」

 

二人はしばらく、無言で見つめ合った。

 

やがて、ステインは背を向けて闇の中に消えた。

 

ハジメは膝をつき、地面に手をついた。

体が震えている。

フルパワーの代償が、急速に体を蝕み始めていた。

 

遠くから、小さな足音が近づいてくる。

 

「……ハジメ」

 

美音が走ってきて、ハジメの前にしゃがみ込んだ。

 

変身していない。

ただの、泣きそうな顔の少女。

 

「馬鹿……」

 

美音はハジメの傷ついた腕を抱きしめるようにして、額をくっつけた。

 

「変身しなくて……よかった」

 

ハジメは弱々しく笑って、美音の頭を撫でた。

 

「うん。

お前は……人間のままでいてくれ」

 

二人はそのまま、しばらく動かなかった。

 

夜風が、緑色の血の匂いを運んでいく。

 

事務所の灯りが、遠くで優しく瞬いている。

 

穂波先輩はきっと、朝まで怒ってるだろう。

 

でも今は、それさえも悪くないと思えた。

 

夜はまだ深い。

けれど、二人の間には、もう何の偽りもなかった。

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