「こんな噂を知っているかい?」
塚口はオールマイト事務所で事務作業を行なっている、
異形型個性のような見た目。
残虐なファイトスタイル。
叩きのめすようなやり方でヴィランを潰す。
ひと昔前のヒーローの姿をした、その
世間を騒がせる、ヒーロー殺しと対になっている存在。
八木俊典は書類の束から顔を上げ、眼鏡の奥で少しだけ目を細めた。
「……“ヴィラン殺し”か」
低い声で繰り返すと、塚口はニヤリと口角を上げた。
「そうそう。ネットの闇掲示板とか、匿名アカウントのスレで最近ちょいちょい名前が上がってるんだよ。オールマイト事務所の事務スタッフがこんな噂話してるのも妙な感じだけどさ……どう思う?」
八木は一瞬、視線を窓の外へ逸らした。夜の街が、事務所の高い階から見下ろせた。ネオンと個性の光が混じり合って、まるで生き物のように脈打っている。
「…………噂の出どころは?」
「最初はヴィランの残党が泣きながら喋ったって話。『黒い影が現れて、仲間が一瞬で肉塊になった』って。で、そこから芋づる式に情報が拡散してって感じかな。特徴がまたエグいんだよ」
塚口はスマホを取り出して、スクロールしながら続ける。
「異形型の個性っぽいシルエット。背中から何本も棘みたいなのが生えてるらしい。戦い方がもう……残虐っていうか、徹底的に『潰す』ことに特化してる。骨を砕いて、内臓を潰して、気絶じゃなくて『機能停止』させる。プロヒーローですら近寄りがたいってさ」
八木の手が、ペンを握ったまま微かに止まった。
「……それで?」
「でね、一番ヤバいのがこれ」
塚口は声を潜めた。
「そいつ、ヴィランだけじゃなくて……『偽物のヒーロー』も狙ってるって噂なんだよ。金と名声目当てで動いてる奴とか、裏でヴィランと癒着してる奴とか。そういうのを『粛清』してるって」
八木の表情は変わらない。だが、眼鏡の奥の瞳が、ほんの一瞬だけ鋭く光ったように見えた。
「ヒーロー殺しステインの……鏡写しみたいな存在、ってわけか」
「まさにそれ! 世間じゃ『ヒーロー殺し』と『ヴィラン殺し』が対になってる、みたいな詩的な言い回しまでされてるよ。どっちも『偽物』を嫌う正義の執行者……みたいな」
塚口は笑いながら肩を竦めた。
「でもさ、正直半信半疑なんだよね。こんな派手に暴れてたら、もうとっくにプロか警察が動いてるはずじゃん? なのに未だに『影』でしかないってのが……なんか、作為的っていうか」
八木は静かに息を吐いた。
「……作為的、ね」
彼は立ち上がり、窓際に歩み寄る。背中越しに、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「もしその“ヴィラン殺し”が本当に存在するなら……それは、誰かが意図的に『見せている』可能性もある」
塚口が目を丸くする。
「え? どういうこと?」
「世の中には、混乱を望む者もいる。ヒーローとヴィランの境界が曖昧になればなるほど、秩序は崩れる。……誰かが、その隙間を突こうとしているのかもしれない」
八木は振り返らず、ただ夜の街を見下ろしていた。
「それとも――」
一拍置いて、静かな声が続いた。
「――本当に、誰かが『本物の正義』を、血で塗りたくってでも守ろうとしているだけなのかもしれない」
塚口は言葉を失い、スマホを持ったまま固まった。
事務所の中は、書類のめくる音と、エアコンの低い唸りだけが響いていた。
八木俊典は、もう一度小さく呟いた。
「……面白い噂だな」
その声には、どこか懐かしさと、僅かな――危険な熱が混じっていた。
==
Mt.レディの事務所は、オールマイトのそれとはまた違った空気を持っていた。
派手なポスターとスポンサーグッズが壁を埋め、スタッフの声がいつも少し大きめで、どこか華やかさを保とうとしている。そんな喧騒の中、昼休みの短い隙間に、ハジメはいつものように書類の山を抱えてエレベーターに乗り込んだ。
目的は、隣のフロアにある「共有資料室」。
そこに、最近届いたばかりの「他事務所からの横流し資料」が山積みになっているらしい。Mt.レディ本人が「面倒くさいから誰か片付けて!」と投げ捨てた結果、ハジメが回収係に回されてしまったのだ。
エレベーターの扉が開くと、資料室の入り口で、意外な人物が立っていた。
八木俊典。
スーツの袖を軽く捲り、古いファイルキャビネットの前で何かを探している。眼鏡の奥の目は、いつもの穏やかさとは少し違う――集中している、と言うより、どこか「探している」ような鋭さがあった。
「……八木さん?」
ハジメが声をかけると、八木はゆっくり振り返った。
「ああ、ハジメ君か。昼休み?」
「はい。Mt.レディの資料整理で……って、八木さんこそ、こんなところで何を?」
八木は手に持っていたファイルの束を軽く叩いて、苦笑した。
「ちょっと、古い事件記録を引っ張り出してただけだよ。……最近、妙な噂を耳にしてね」
ハジメの眉がピクリと動いた。
「噂……って、もしかして『ヴィラン殺し』の?」
八木の目が、ほんの一瞬だけ細くなった。
「……君も知ってるんだな」
「ネットで話題になってますよ。匿名スレとか、ヴィラン側のDiscordサーバーとか……。Mt.レディの事務所にも、匿名で『気をつけろ』みたいな脅しDMが来てて。『偽物のヒーローは粛清される』って」
ハジメは資料の入った段ボールを床に下ろし、ため息をついた。
「正直、最初はただの荒らしだと思ってたんですけど……最近、実際に『行方不明』になった小規模ヒーローが何人かいて。表向きは『海外研修』とか『長期休暇』って処理されてるけど、なんか……臭うんですよね」
八木は静かに頷いた。
「臭う、か。……いい表現だ」
彼はキャビネットの引き出しを閉め、ハジメの方へ一歩近づいた。声は低く、しかしはっきりしていた。
「ハジメ君。君はMt.レディの下で働いてて、彼女の『表の顔』も『裏の顔』もよく知ってるだろう?」
「……まあ、かなりね」
「なら、聞きたいことがある」
八木はポケットから、一枚の古びた写真を取り出した。
それは、かなり昔のものらしく、角が擦り切れていた。写っているのは、まだ若い頃のオールマイトと――そして、その隣に立つ、見覚えのない異形のシルエット。背中から何本もの棘のような突起が生えている。
「これ……」
ハジメの声が震えた。
「見たこと、ある? この背中の形」
「……ない、です。でも……」
ハジメは目を細め、写真を凝視した。
「この棘の付き方……最近の目撃情報と、すごく似てる。ネットに上がってるぼやけたスクショと、ほぼ同じ配置」
八木は小さく息を吐いた。
「やはりか」
彼は写真をポケットに戻し、ハジメの目を見据えた。
「ハジメ君。悪いが、今日の昼休みはもう少し付き合ってくれないか」
「え……?」
「この資料室の奥に、古い監視カメラのバックアップデータがあるはずだ。……10年以上前のものだけどね」
八木はそう言って、資料室のさらに奥――施錠された鉄扉の方へ歩き始めた。
「もし……本当に『あいつ』が動き出してるなら」
背中越しに、静かな声が響いた。
「――私が、昔、助けられなかった誰かを、もう一度見殺しにするわけにはいかないんだ」
ハジメは一瞬、息を呑んだ。
八木俊典の背中は、事務員のそれではなく、かつて世界を救った男のものだった。
「……わかりました。付き合います」
ハジメは段ボールを脇に寄せ、八木の後を追った。
資料室の奥で、古いサーバーラックが低い唸りを上げていた。
まるで、何年も待ち続けていたものが、ようやく目覚めようとしているかのように。
気づけば、これ書き出した際にやってたジオウも終わり、令和ライダーも数人目。
シン・仮面ライダー見ていた時に続き書いてたら、影響だいぶ強そう。
ある程度、期間あけて良かった。
ちなみにハジメはなんだかんだでMt.レディこと岳山のことはちゃんと慕ってますし、もちろん、岳山はハジメのヴィジランテ活動は知りません。