就業後のの喧騒が遠のいた夕暮れの繁華街。
岳山優――Mt.レディは、いつもの派手な私服ではなく、今日は珍しく地味めの黒いパーカーにジーンズという「完全にオフ」の格好で、ハジメを引っ張って路地裏の小さな居酒屋に入った。
「ほら、入んなさいって。今日は私が奢るからさ」
「いや、先輩……本当にいいんですか?スキャンダルとか……」
「ばか。あんたのそれ聞いたら、仕事終わったなって感じるわ。まあ、ウーロン茶でいいよね?」
ハジメは苦笑いしながら小さく頷いた。
カウンター席に並んで座ると、優はビールジョッキを一気に半分空けて、大きく息を吐いた。
「はぁ……やっと息ができる。現場ばっかでさ、最近マジで息抜きできてなかったんだよね」
ハジメは黙ってウーロン茶のグラスを両手で握っていた。
視線はグラスの中の氷が溶けていく様子に落ちている。
優は横目でそれを見て、軽く肘で小突いた。
「で? どうしたのさ、ハジメ。
今日の顔、めっちゃヤバかったよ。
なんか……『もう全部終わりにしたい』みたいな目してた」
「……そんな大げさな」
「大げさじゃないって。
私、人の顔見るの得意だから。
特に、あんたみたいな『我慢してる系』の子はすぐ分かる」
ハジメは唇を噛んだ。
グラスを置いて、膝の上で拳を握る。
「……先輩」
「ん?」
「俺……仮面ライダー、なんです」
一瞬、時間が止まった。
優はジョッキを置く手を止めて、ゆっくりとハジメの方を向いた。
「……は?」
「なんて、言ったら、笑いますよね」
優はしばらく固まったあと、突然吹き出した。
「ぷっ……あはははは! 何それ! 急にカミングアウト!?」
「いや、笑わないでくださいよ……!」
「だってさ、急に『俺、仮面ライダーなんです』って言われたら誰だって笑うって!
しかも真顔で!」
優は笑いながら涙を拭い、しかし、すぐに表情を真剣なものに戻した。
「……で、嘘でしょ?」
「……」
ハジメは答えられなかった。
「もしそうだとしたら、先輩は軽蔑しますか?」
「……なんで?」
「先輩は、Mt.レディでしょ。
正真正銘の、プロのヒーロー。
俺みたいな……血まみれで、ヴィランを『殺し』ちゃうような、化け物みたいな姿で戦うやつが、 『先輩と同じ側にいます』なんて言ったら……気持ち悪いだろうなって」
優はしばらく黙っていた。
やがて、ゆっくりと新しいビールを注文し、一口飲んでから言った。
「……バカ」
「え」
「バカだよ、穂波」
優はハジメの頭を軽く小突いた。
「私だってさ、最初は怖かったよ。
デカくなったら、人間じゃなくなっちゃうんじゃないかって。
街を壊しちゃうんじゃないかって。
でも……誰かを守りたいって気持ちが、全部上書きしてくれたんだ」
彼女はジョッキを置いて、ハジメの目を見た。
「あんたがどんな姿になってもさ。
どんなに血まみれでも、どんなに恐ろしくても。
生意気で一言多いけど、私の可愛い後輩よ。
間違えたら、捕まえて更生させてやる。
あんたのナンバーワン、空いてんでしょ?」
ハジメの目が、じわりと潤んだ。
いつかの日、自分や姉を守ると言ってくれた義兄と同じ言葉だ。
『俺が音々やハジメくんを守るよ』
「……命を奪うような化け物でも?」
優は静かに頷いた。
「なら、尚更、私が更生させる。
あんたが自分を好きになれる、人間になれるまで」
ハジメは息を飲んだ。
優はハジメの肩に、そっと手を置いた。
「あんたが自覚してるってことは、まだ間に合うってこと。
完全に壊れてたら、そんなことすら思わないから」
彼女は小さく笑った。
「私はヒーローよ。
あんたのお姉ちゃんも、おにいさんも、あんたには幸せになってほしいって思ってる。
前にあんたが連れてきた、あの女の子も。
だから……穂波、あんたもあんたの幸せ諦めんな。
らしくないぞ?こいつめ」
ハジメは俯いたまま、震える声で呟いた。
「……先輩」
「ん?」
「俺……先輩の、背中……追いたいです」
優は一瞬驚いた顔をして、それから照れくさそうに笑った。
「は? 急に何だよそれ。恥ずかしいこと言うなよ」
でも、彼女の手はハジメの肩から離れなかった。
「いいよ。
追ってきな。
……ただし、ちゃんと私のところに帰ってきなさい。
無断欠勤なんてしてみなさい?私があんたの家の扉、キャニオンカノンでブッ壊すからね。
仮面ライダーだろうが何だろうが、私の可愛い後輩なんだから」
ハジメは、初めてこの夜、ほんの少しだけ笑った。
「……勘弁してくださいよ。修繕費、請求しますからね」
居酒屋の提灯の灯りが、二人の影を優しく揺らしていた。
莫がコードナンバーセブンとして、万津莫の人生を捨ててしまいましたね。
未だ人であろう、莫。
改造され、人でなくなったハジメ。
彼らは一体どうなってしまうのか。