「はい、岳山先輩。乗っ取らない。前回、不穏な言動を見せていたヴィラン。まさか、あの夜に出会った変な奴が」
「ねえ、もうちょっと私を見て感想とかないの?」
「10年来の腐れ縁で?貴方の嫌なところは散々見せられたので、惚れたくもないですね。まあ、綺麗なんじゃないですか?知りませんけど。世の男性の趣味は」
「ちょっと!?あんまりなんじゃないの!?」
「さあ、どうなる。今回」
「無視しないの!」
その日、穂波は一軒の店を訪ねていた。
そこは、かつて穂波を拾った恩人の経営する喫茶店であった。
木製の家具と特徴的な照明、お洒落な雰囲気のその店の名をハカランダと言い、その恩人親子で営んでおり、特にその看板娘である恩人の娘が作るパスタが名物として有名だ。
今日は穂波の非番の日、穂波を弄りに来る優と顔を合わさないで済む事が何よりの救いであり、穂波はこの店で過ごす時間が何よりも好きだった。
少し治安の悪い、この町から外れた場所に位置していて町を一望できる。特に夜景の眺めは最高であり、花火大会の日はかなり繁盛すると聞いた。
「よ、いらっしゃい。って、ハジメじゃないか。ちゃんと来てくれたんだな?……で、なんだ?その巻き方は。俺にやらせな、こういうのはきっちりしなくちゃあ意味が無い」
穂波を名前で呼ぶ数少ない人物、それがハカランダのマスターの
ちょっと癖っ毛気味な髪型と長身のモデル体型に加え、サングラスを鼻の上に載せるように掛けており、営業中はそこにお洒落な帽子を被ってエプロンをつけている。
どんなときもクールに決める、というのが彼の信条であり、入店した穂波の姿を見つけるや否や少しズレている穂波のネッカチーフを正しく巻き直した。
今日の穂波の服装はシャツにスラックス、首に巻きつけたネッカチーフは黒と赤、ヴィジランテとしての彼自身、仮面ライダーのカラーリングだ。
「
「奥でパスタ茹でてるよ。あいつめ、父親の俺よりも上手くなりやがって。父親としちゃあ娘の成長を喜ぶべきかねえ。だが、ハジメにはやらねえぞ?相変わらず、なんて目をしてやがる」
「ただパスタ褒めただけだろうに。なんで、そんなにも目の敵にするんだ……」
美音は蛇島の娘である。
イケおじ、という表現が正しい父親の蛇島の性格が誰にでもするりと入り込めるのに対し、彼女は人見知りな性格であった。
“あの夜”、あの場所を脱出した時に穂波を拾ったのは他でもない蛇島である。
『そんな顔してどうした?いつまでも濡れ鼠でいるつもりか?』
自らの変貌してしまった姿を水溜り越しに初めて知り、泣いていた穂波を傘の中に入るように促したのは彼だった。
そうして、彼の店であるハカランダへと案内され、穂波より六つも年下の彼の娘と出会い、蛇島を後見人として穂波は学校に通うこととなる。
蛇島真紅という男は穂波にとっては、姉と兄ともいえる男を喪った後は親代わりであり、恩人である。
「八つ当たりだ、ざまあ見ろ。後な、お前の話を毎日のように聞かされる、俺の気持ちにもなってみろ。……おっと、これは秘密だったな」
パスタの話と言うのは、穂波の誕生日に蛇島の娘が作ったパスタを穂波が褒めたことにはじまる。
誕生日と言うものにに良い思い出どころか、トラウマを残されてしまった穂波が心から楽しめるようになったきっかけでもあるのだが。
「まだ聞き足りないの?なら、いくらでも――――えっ、ちょっと待って。いつ来た?いまきた?なぜ言わなかった?」
ひょっこりカウンターから顔を出した、濃い茶髪のロングヘアの少女。
父親とよく似た顔立ちをしていて、端正なのが分かるが、大きなレンズの眼鏡をしていることで彼女の長所を打ち消しているようにも見える。
白地の何かがプリントされたシャツの上に『Jacarannda』と店名がプリントされたエプロンのサイズがあっていないのか、プリントされたシャツが見えそうだ。
今もパスタを作っているのだろうか、とてもいい匂いがする。
「急に休みが出来たんだ。だから、来た」
「メールでもすればよかったのに。そしたら、凄く美味しいのを――――」
「それ、他の客がいるときは言うなよ?美音」
つんつん、と両手の人差し指を突くいじらしい様子は微笑ましい。
美音は人前に出るのがあまり得意ではないため、厨房の方で料理を作っていることが多い。
このハカランダ、美音が料理をはじめるまでは名物らしいものがなかった。というのも、蛇島が名物としたがった特製コーヒーがあるのだが、それに問題があったのだ。
そこに穂波が美音の料理の腕を褒めたことと彼女の個性である“瞬間記憶”でめきめきと上達していき、今では店の看板料理がいくつも増えた。
そうして潤っているおかげか、美音の趣味である“創作”につぎ込まれるのがいくらか。
彼女が着ているTシャツは仮面ライダーの姿をシンボルのようにしたもので、彼女もまた仮面ライダーの正体を知る一人だ。
シャツの事を言えば、きっと恥ずかしがるだろう。
「だって、ハジメには美味いものを食べて欲しいんだっ。お父さんもそうだろ?コーヒーまずいけど」
「俺だって好きで不味いの淹れてないんだよ、美音ちゃん。……そこは美音ちゃんの素敵個性で助けてくれない?パパのためと思ってさ?ところで、そろそろ、その口調辞めない?」
幼少期を穂波と過ごしてきたからか、美音の口調はどことなく穂波に近しいところがある。
兄のように慕っている、身近な異性と共通点を作りたかった幼い少女がその産まれ持った個性もあり、模倣するようになるのは遅くなかった。
蛇島の特製コーヒー問題、それはかなり不味いことだった。
どこをどうすればコーヒーを不味く淹れられるのか、そして料理も上手くないという致命的な点がある。
そのため、彼が素敵個性と呼ぶ娘の生まれ持った力にこれまでに何度も感謝し続けている。
Allways、そしてこれからも。
個性の違法使用と言うのは、違法行為に当たるはずだ。
悪質なものであれば罰金、最悪の場合は刑務所に入れられる事だってあるし、ヒーロー案件でもある。
なんて、ヒーローの事務所で事務職をする傍ら、ヴィジランテとして個性を使っている自分は世間ではきっと違反者なのだろうけど。
「べーっ、止めない。私のアイデンティティ。……おっとっとっと、ナポリタン焦げる。ハジメハジメ、ナポリタン食べるか?」
焦げそうになっているのか、またフライパンと向かい合っているのだろう。
美音の話すときのリズムやイントネーション、声色は穂波を不思議と落ち着かせるものがある。
庇護欲とでも言うのだろうか、守ってやりたいと思わせるものが彼女から溢れ出しているのだ。
だからこそ、彼女の父親はあっかんべーを料理中にでもしてしまう娘を溺愛しているのだろう。
一応、確認してみたが、今のところは客は一人もいないようだ。
「もらうよ。ちょうど腹が減ってたんだ」
「ちょっと美音ちゃん?それ、お父さんのお昼ごはんじゃない?」
「今はハジメがいるからハジメに食べさせるんだっ。……大丈夫、こんなこともあろうかと量は多いからさー」
任せときなさい、と美音がその薄い胸を叩く様子が見えた。
本人は自分のスタイルの事を気にしているようで、
火を消した後、大皿にナポリタンをトンガで掴み、盛り付けている彼女はとても楽しそうだ。母親がおらず、穂波が来るまでは親子二人であったためか、穂波が来るのを彼女はいつも楽しみに待っている。
ボリュームたっぷりのナポリタン、そのたまねぎとソーセージの量やいかに。それだけでなく、丁寧に刻まれたピーマンの緑が良い具合に主張している。
今日も彼女の料理はとても美味しそうで、良い匂いがしてくる。腹の虫が食事をほしがる音がした。
自分の変身後の姿を思えば、腹の虫と言う言葉も冗談では済まないのだけど、と一人で内心自嘲した。
「うわっとぉっ!?」
美音の態勢が崩れかかる。
このままでは美音が後頭部を打つのと、ナポリタンの載った皿がひっくり返ってしまう。
こういう不注意を娘がしてしまったとき、蛇島は穂波がいるときは心配しなくて良いと思っている。
「大丈夫か?料理は盛り付けが大事、そう言ったのはどこの誰だったかな?」
「う、うん。週間・天の道で天道が言ってるやつだっ!ハジメ、覚えてたんだな?というか、前の回は見たか?」
それは、穂波がその仮面ライダーとしての身体能力をフルに使って美音を支え、なおかつパスタの載った皿を受け止めるからだ。
左にはパスタの大皿、右手で美音の細い腰を支えるが、長身の穂波の顔が近いので小柄な美音は心臓の鼓動が高まるのを感じる。
その父、蛇島。自分でも眉を顰め、口元がきゅっとなっていくのが感じられた。この青年、穂波はこういうところがあるから、同じ話を何度もされるのである。
特にパスタの話は数え切れないほどにされ、しかも早口で捲くし立てられるのだから、頷くことしかできない。
蛇島、脅威の親心である。
「そのときは仕事だったから。見れてなかった」
「じゃあ、私の部屋で見よう!ハジメ、泊ってけ!ていうか、もうハカランダに住め」
「それはパパが決めることだからね、美音ちゃん。いつまでもいちゃつかない。……可愛い娘はハジメには渡さないからな?」
楽しい時間を過ごすんだ、と幸せそうな娘の様子を歪めたくなかったものの、見たくないものは見たくない。
重い腰を上げ、厨房へと入れば、拾ってきた青年と愛娘に取り皿と飲み物を持ってくるように告げ、淹れるコーヒーが不味いマスターはパスタの大皿をテーブルに持っていくのであった。
「えーっ。ハジメ、もう、うちの子だろ?ハカランダのハジメだろ?」
「だってなあ、こいつ、職場から遠いからって俺が持ってるアパートに住まわせてるんだぞ?もうこれ以上、何を差し出すんだよ。俺がもう至れり尽くせりしてるんだから」
「お父さん、至れり尽くせりなのはハジメだからなっ」
唇を尖らせ、カウンターの向こう側で席に座り、コーヒーをいつの間にかコーヒーカップに注いでいる父親に美音は異議を申し立てる。
使う言葉の意味が違っていると指摘すれば、「ニュアンス伝われば、なーんだって良いんだよ」と手をヒラヒラさせて我関せずと言うばかりだ。
「あっ、これはいい感じにいけたんじゃないか?ハジメ、飲め」
小皿とお冷の入った水差しをテーブルに置けば、神妙な面持ちでコーヒーを淹れる蛇島。
豆を焙煎し、抽出したコーヒーは、香りが良い。普段は非常に不味く、飲めたものではないが、今回はどんな出来だろうか。
「ハジメ。私の勘が告げている。それは飲まないほうが良いと」
「今日は大丈夫さ、きっと」
「お、流石はハジメだ。俺のことを信じてくれる優しい子だよ、全く。美音ちゃんにも見倣って欲しいね」
「それは、お父さんの日頃の――――」
今日は大丈夫、と蛇島から受け取ったコーヒーカップに口をつける。
香りも良く、確かに蛇島が言うように自信作というのは頷けそうだ。
さて、お味のほうは――――?
「まずっ……、水……」
「だ、大丈夫かっ!?お父さん!そんなに不味いのしか淹れられないなら、高いのかっちゃ駄目だ!勿体無い」
美音からお冷の入ったグラスを受け取り、一気に飲み干す。
今日も猛烈に不味かったコーヒーだった。
「えーっ、自信あったんだけどなあ。……ハジメ、遅れたけど、おかえり」
「おかえり、ハジメ!」
だけど、悪い気はしない。
「ただいま、二人とも」
『家に帰ってきた』という安心感があるから。
ハジメと言えば、ハカランダ。
詳しい人はきっと分かるはず。
名前の由来もさることながら、モデルは石動惣一。
穂波を救った恩人であり、四十代の男性であることは確か。今は喫茶店ハカランダのマスターだが、前職ははてさて?
原作のように娘がいるが、ほとんど頭が上がらない様子。
それでも、美音が生き生きとしているのはとても嬉しい子煩悩な父親である(にっこり)。
個性:瞬間記憶
名前の由来は石動美空から。年齢十六歳。
濃い茶髪のロングへアにレンズの大きな眼鏡をかけた、ハジメっぽい口調を真似し、それ以降使っているが、どことなく変なイントネーションや言葉遣いが目立つ。
個性の瞬間記憶は一度見た物をすぐに覚え、理解することができる優れもの。
キャラクターのモデルはペルソナ5の佐倉双葉。
父親と共に穂波をハジメと呼ぶ数少ない人物の一人であり、兄のように慕いながらも、料理を褒めてくれた彼に懐いている様子。
得意料理はパスタ系だが、それ以外にも作れるとのこと。料理上手。
高校に通っておらず、一応はハカランダの従業員。
趣味は“創作”。