金田一少女の事件簿~元祖高校生探偵と小さくなった名探偵~ 作:ミカヅキ
やっと折り返し…。
ご感想、評価ありがとうございました。
―――――推理小説家‐山之内
――――――しかし、最初の夜、候補者の1人であるミステリー評論家の
依頼を受けた当初から不穏な気配を察していたはじめは、それ以上の被害を防ぐべく残った4人の候補者に部屋の施錠を徹底させるが、その甲斐も無く、新たに2人目の犠牲者が現れる―――…。
―――――
「っぐ…!」
身動きする度に襲ってくる頭痛と
「頭痛い……。」
おまけに、頭の一部が霞みがかったようにぼんやりとしている。
(昨日、いつ寝たんだっけ……?)
部屋に戻り、
ただ、その後で強烈な睡魔に襲われ、シャワーを浴びる前に少し横になろう、と服を着たままベッドに寝転がった後の記憶が完全に跳んでいた。
確かに部屋に戻ってきたのは0時を過ぎており、遅い時間ではあったが、いつもならゲームやらネットやらで起きている時間である。
その時間にあれだけの睡魔に襲われた、というのがまずおかしい。
(もしかして、夕食に何か…。)
睡眠薬でも混ぜられていたのだろうか。
この頭痛とはっきりとしない思考もそれのせいだとすれば納得がいく。
「っ…!宝田さん……!!」
そこまで考えて、ハッと気付く。
本当に睡眠薬を盛られていたのだとしたら、候補者たちの身が危ない。おまけに、暗号文に見立てられているというのなら、2番目に小さいのは“チェロのエミール”。宝田の担当楽器はチェロ。
ガバッ…!
怠い体を無理やり起こし、髪を結ぶ手間を惜しみ、干してあったブーツを履くのももどかしく、
バンッ…!
宝田の部屋は、はじめの隣の部屋である。
「宝田さん!聞こえますか、宝田さん…!!!」
ドンドンドンドンッ!と激しくノックするが、応答は無い。
「せ、先輩~…?どうしたんですか、一体……。」
けたたましい騒音に、はじめの向かいの部屋の佐木が顔を出す。いつも通りビデオを回してはいるが、やはりどこかぼんやりとした様子だった。
「はじめさん…?宝田さんに何か…?!」
ほぼ同時に、宝田の部屋の向かいだったらしい白馬が、同じくどこかぼんやりしたような精彩を欠いた顔で顔を出す。しかし、探偵を名乗るだけあってはじめの様子から瞬時にある程度の状況を悟ったらしい。
すぐに同じく部屋から飛び出してきた。
「宝田さんが応答しない…。この体の怠さと頭痛が睡眠薬か何かによるものだとしたら、犯人が夜のうちに何か仕掛けたかもしれない…!」
「!この時間なら、既に田代さんは朝食の準備をしている
「ああ!」
「あ、ま、待ってくださいよ…!」
白馬の言葉と共に走り出す2人の後をビデオを構えた佐木が追い掛ける。
(宝田さん……!)
白馬の後ろを追い掛けながら、はじめが祈るが、既に死神の鎌は容赦無く振り下ろされた後だった――――…。
「た、宝田さん…!?」
マスターキーを手にした田代を連れ、宝田の部屋の前へと戻ったはじめたちが目にしたのは、ベッドの上で全身を滅多刺しにされ、首を切り落とされて事切れている宝田の姿だった。
血を吸い込んだシーツは黒く変色し、殺害されたのが夜のうちだった事を暗に示している。
「う、うわあああああ!!!!」
その惨状と、
「な、何?!どうしたんですか?」
「今の悲鳴は一体……?!」
その悲鳴に、はじめの逆隣の部屋の美雪と、白馬の隣の部屋だった犬飼が顔を出す。
「来るな、美雪!」
「犬飼くん、君もだ!見ちゃいけない!!」
宝田の死に、思わず呆然としかけたはじめだったが、幼馴染の声に意識を取り戻し、咄嗟に声を張り上げた。白馬も、すかさず犬飼に声をかける。
「佐木…。昨日借りたカメラがあたしの部屋のベッドボードにあるから、持って来てくれない……?」
「は、はい!!」
遣り切れない思いに震えそうになる声を抑えながら告げるはじめに、呆然と部屋の惨状を録画していた佐木が弾かれたようにはじめの部屋へと走った。
その時、
「これで
「ローゼスさん…!?」
血の臭いを忌避するでも、死に恐怖しているでも無い平淡な声で告げる“スカーレット・ローゼス”に、白馬がわずかに引いているのが分かる。
はじめがゆっくりと振り返ると、口元に笑みさえ浮かべた“スカーレット・ローゼス”が腕を組んで白馬の部屋の扉にもたれかかっていた。
「―――――どうやら、あの暗号文に見立てて犯人が殺人を行っている、という金田一さんの仮説は残念ながら的を射ていたらしい…。」
「…今の問題は、この密室の中犯人はどうやって出入りしたか、です。」
どこか面白がるような口調に苛立ち、声に感情を乗せる事無く視線を逸らす。
「先輩!カメラです!!」
「サンキュ…。白馬、現場撮影するから撮影が終わるまであたしが妙な真似をしていない、って事を後ろで見ててくんない?」
佐木からカメラを受け取り、白馬を振り返る。
宝田がはじめの依頼人であり、個人的な関わりがある以上、形式的なものでも必要な処置だった。
「え、ええ。分かりました。」
白馬もそれは承知しており、承諾する。
「田代さん、すみませんが他の人たちも一緒に食堂で待機していてもらえませんか?遺体が傷まないうちに軽く現場検証しておきたいので…。それから、あなたも何か温かいものでも飲んだ方が良い…。
「は、はい…。分かりました。」
田代が佐木たちを促し、食堂へと向かうのを見送るが、動く気配の無い男に目を移した。
「…あなたは行かないんですか?ローゼスさん?」
「別にあなた方の邪魔をするつもりはありませんよ。私も助っ人として来た身ですからね。依頼主の身に危険が及ぶ可能性がある以上、その犯人の手がかりになるようなものは見ておきたいんですよ。」
「…良いでしょう。その代わり、あたしと白馬が良いと言うまで絶対に部屋の中には入らないでください。」
「ええ、分かりました。」
“スカーレット・ローゼス”の正体を知る白馬が、2人のやり取りにハラハラしているのが分かるが、それに構っていられる程の余裕は今のはじめには無かった。
“スカーレット・ローゼス”の視線を背中に感じながら、その存在を無視して白馬を促す。
「入るよ。」
「は、はい。」
はじめと“スカーレット・ローゼス”の顔を見比べていた白馬だったが、一切手出しをする様子の無い“スカーレット・ローゼス”に、現場検証を優先させる事に決めたらしい。はじめの後を追う形で宝田の部屋へと足を踏み入れた。
宝田の遺体とその周辺を撮影した後、遺体の状況を確認する。
「この出血量から見ると、やっぱり首を落とされたのは死後みたいだな…。」
「死因は、滅多刺しにされた事による失血死といったところでしょうか…。掛け布団に複数の穴が開いているという事は、掛け布団の上から刺したようですね…。」
「ああ…。」
宝田の遺体は、ベッドの上に横たわり、掛け布団をかけたまま事切れていた。その首は、悪趣味にもサイドチェストの上に無造作に置かれている。
「よいしょっと…。」
「はじめさん?!何を…!?」
「背中側にも傷があるな…。この傷口の大きさと合わせて考えると、凶器は少なくとも幅5cm程度で刃渡り20cm以上…。」
「表側に比べると、背中側の傷はやや小さいですね。となると、ナイフというより包丁のようなもので殺害された可能性が高い。」
はじめの言葉を補足するように呟く白馬に、はじめが頷く。
「かもね…。」
一通り部屋の中を見て回り、白馬が窓の施錠を確かめる。
「……窓の施錠は問題ありませんね。特に細工されている様子も無いし、針金を通せるような隙間もありません。おまけにここは3階。窓の外に足場になるようなものもありませんし…。」
「となると、ドアの方…。いや、マスターキーを型取りするか何かして、合鍵を作ったのか……?」
「いえ、それは無いでしょう。この館の鍵は、マスターキーは勿論、僕たちに渡されている鍵もコピー出来ない特殊なものだと聞いています。」
しっかりと鍵のかかった部屋へと犯人が出入りした侵入経路を探す2人に、後ろから深みのある艶やかな声がかけられる。
「もっと単純な事だと思いますよ。」
その言葉に、はじめが後ろを振り返った。
「…どういう事ですか?ローゼスさん。」
「こういう事です。」
そう言うなり、“スカーレット・ローゼス”が扉の外側に回り、屈み込む。
「?何を…。」
一体何をしているのか、とはじめが扉へと近付いた時だった。
――――――カタンッ!
軽やかな音と共に、扉の装飾部分が内側に開く。
「!隠し扉……?!」
「こんな所にそんなものがあったとは…!」
80cm×80cm程の隠し扉は、大人でも屈めば楽々通れる大きさである。
「恐らく、宝田さんを殺した犯人はここから出入りしたんでしょう。この館は元々ホテルだったそうですが、確かその最初のオーナーは、当時世界で名の知れた奇術師のユーリ・イワノフというロシア人だった
「それでは、こんな仕掛けが他の部屋にも……?!」
「その可能性は高いですね…。」
白馬の言葉に頷く“スカーレット・ローゼス”を見詰めながら、はじめが提案する。
「他の人たちも一緒に、各部屋を調べましょう。他にも抜け穴があるなら、いくら鍵をかけても全て無駄になる…!」
「それが無難でしょうね…。」
はっきり言ってこの男を頼るのは
(胃が痛い……。)
相反する思いに胃がキリキリと痛むのを感じながらも、今はこの方法しか無い、とはじめは無理やり自分を納得させた。
「それより金田一さん?」
「……何か?」
「そろそろ靴を履いた方が良いのでは?いつまでも裸足でいると危ないですよ。」
「…そうさせてもらいます。」
(そういえば、まだ裸足だったんだっけ…。)
ついでに髪も結んでこよう。
タイミングを外したままうっかりしていた。
―――――――そしてその後、各部屋で次々と仕掛けが見付かった。
梅園の部屋では、飾られた絵の裏に隠し金庫が。
犬飼の部屋では、照明器具を引っ張る事で壁が持ち上がり、アンティークドレスのコレクションが。
美雪の部屋には、姿見がマジックミラーになっており、はじめの部屋から美雪の部屋が覗けるようになっていた。
(気付かなかった…。)
はじめの部屋側には、マジックミラーを隠すように絵画がかけられていた為、気付けなかったのだ。
そして、
(ん……?)
佐木がいつも通りにカメラを構え、部屋の中を撮影しているのを確認し、後で見せてもらう事に決めた。
最後の
「さて…。私の部屋はもう自分で調べて、特に外から侵入出来るような危険な仕掛けはありませんでした。これで、各自内側から施錠すれば犯人から身を守る事が出来るでしょう。」
“スカーレット・ローゼス”の言葉に、はじめが田代に目を向ける。
「田代さん、確かキーストッカーの鍵は田代さんが管理されているんですよね?」
「ええ!一応そうさせて頂いていますが…。」
「合鍵は存在しないと聞きましたが、それは本当ですか?」
「その通りでございます。この鍵は、見た目こそ普通ですが、実はロシア製の極めて特殊な鍵で簡単に複製出来るものではありません。山之内先生にも、失くすとキーストッカー自体を壊さなくてはいけなくなるので気を付けろ、と言われておりました。なぁ、
「は、はい!あたしもそう聞いてます!」
それを聞きながら、館の入口付近のフロントを思い出す。
元はホテルだった、との言葉通りにホテル時代の名残であるフロントの奥に設置されているキーストッカーは、各部屋の鍵がそれぞれ部屋番号ごとに分けて保管されていたが、マスターキーを保管する部分のみ南京錠を逆さにしたような形の施錠式になっているのだ。
「そういえば、僕も山之内先生からそんな話をされた事があるなぁ…。」
「犬飼くんも?」
思い出したように呟く犬飼に、白馬が尋ねる。
「ああ。あれは確か、まだ先生が病気で倒れられる前の事だから、2年位前になるかなぁ…。」
まだ健康体だった山之内に誘われ、この館に遊びに来た犬飼はそのキーストッカーの前で問われた。
―――――何故このホテルを作った奇術師はキーストッカーに合鍵を作らなかったのか。
―――――これ程の細工を施しておきながら、鍵を失くしたが最後、マスターキーを外せなくなる、というのはホテルとして奇妙ではないかと。
「その時は、そうなったら1つ1つのマスターキーをリングにぶら下げている紐を切れって事なんじゃないかと思ってそう答えたんだけど…。後で聞いたところによれば、マスターキーをリングにぶら下げている紐は、細い金属と炭素繊維を組み合わせて織ったもので、鎖やワイヤーなんか目じゃないくらいに丈夫なものらしい。」
「犬飼さんのおっしゃる通りです…。1度、山之内先生が「1つ切ってみよう」とおっしゃって、ワイヤーカッターで切ろうとしたんですが――――――、紐にちょっと傷がついた位でビクともしませんでした。相当特殊な工具でも使わないと、切断するのは不可能でしょう――――――。」
キーストッカーの鍵を見せながら断言する田代に、佐木が尋ねる。
「でも、ハンマーか何かを使えば、キーストッカー自体を壊してマスターキーを奪えるんじゃ…?」
「ははは…。まぁ、乱暴ですが可能でしょうね。でも、キーストッカー自体に警報装置が入っていますから、けたたましいベルの音でみんな気付きますよ。」
「だったら、その鍵さえ完璧に管理しておけば、殺人鬼に寝込みを襲われる心配はなさそうね!ちょっとその鍵、あたしに預からせてくれない?田代さん。」
佐木の心配を笑い飛ばす田代に、梅園が無茶ぶりをした。
「えっ?!そ、それはちょっと……。」
「どうしてよお!それが1番安心なのよ!あたし!!」
たじろぐ田代に迫る梅園を見かねた
「それなら、私が預かりましょう!!弁護士の私は遺産相続権は無い訳ですし…。」
「ちょっとお!!弁護士さん!あたしが犯人だとでも言うの?!」
「そうではありませんよ!ただ。中立的な立場の私ならと……。」
「中立的立場…?本当にそうなんでしょうか…?」
「弁護士のあなたが、実は誰かに莫大な利益を密かに約束されていたとしたら…?――――殺意の動機は目に見えるものばかりとは限りませんよ。」
「しかし、そんな事を言い出したら誰だって怪しいって事になる!そういうあなただって……!」
「だからこうしてはいかがですか?この鍵は取り敢えず私が預かる――――。その代わり、私の部屋を外から決して開かないように封鎖してもらって構わない。どうでしょう?皆さん。」
周囲をグルリと見渡して尋ねる“スカーレット・ローゼス”に、真っ先に
「―――――そうね…。ローゼスさん!あなたなら取り敢えず安心だわ!」
「よろしいですか?金田一さん。」
次いではじめに視線を向けてくる“スカーレット・ローゼス”に、はじめもまた不敵な笑みを浮かべて見せる。
「――――ええ…。良い案かもしれませんね。」
「はじめさん……?!」
この中で唯一、はじめの他に“スカーレット・ローゼス”の正体を知る白馬が何を考えているのかとはじめを振り返った。
「ただし、美雪と部屋を交換してもらいます。美雪の部屋に外に出られるような仕掛けが無いのは皆さんもご存知でしょうから…。マジックミラーはありましたけどね。シーツか何かで鏡を塞げばプライバシーは守られる…。問題は無いでしょう?」
「え?!あたし!!?」
不意に振られた話に、美雪が驚愕を露わにする。
「やれやれ…。どういう訳か、あなたにはとことん信用されていないようだ…。まぁ、それで皆さんに納得いただけるというなら部屋を交換する位構いませんよ。では、私は夜になったらこの鍵を持って部屋に閉じこもります。それを確認してから、外から入口を閉鎖してください。」
はじめの要求を呑んだ“スカーレット・ローゼス”が、キーストッカーの鍵を一旦田代に返却した。
「それでは七瀬さん?部屋を交換していただけますか?」
「え、あ、はい!!」
何が何だか分からないうちに部屋を交換する事になった美雪が“スカーレット・ローゼス”の言葉に頷く。
「では、荷物を全て纏めて来てください。その後で鍵を交換しましょう。」
「はい!」
その言葉に、慌てて部屋に戻る美雪の後を小走りで追いかけた。
「待って美雪。1人は危ない。」
そう言って横に並ぶはじめに、美雪が小言を言ってみせる。
「もう!はじめちゃんったら勝手に決めちゃうんだから…!」
「ゴメンて。美雪の部屋が1番都合が良かったんだよ。」
余計な仕掛けが無く、はじめが見張る事の出来る距離。
「それにしたって、わざわざ部屋を交換なんてしなくても…。ローゼスさんの部屋に他に出入り出来るような抜け穴は無かったんでしょう?」
「本人の自己申告ではね。」
それに、正確に言えば“外から侵入出来るような危険な仕掛けは無かった”である。
あの口ぶりだと、中から外に出るような仕掛けはあったかもしれない。
念には念を入れておきたかったのだ。