金田一少女の事件簿~元祖高校生探偵と小さくなった名探偵~   作:ミカヅキ

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露西亜人形殺人事件 File12

 バッ………!!!

 深紅に染まった視界に、()()間に合わなかったのかとはじめの顔が悲痛に歪む。

 だが、その直後驚愕に目を見開いた。それは、桐江(きりえ)の行動を見ている事しか出来なかった周囲の者たちも同じく。

「「「「「!!!!?」」」」」

 ―――――ヒラリ…

「…?え……?」

 手のひらを(くすぐ)るような柔らかな感触と微かな甘い香りに、覚悟を決め固く目を(つむ)っていた桐江(きりえ)が、恐る恐る目を開く。

 ハラリ…

「バ……、バラ…?」

 いつの間にか握っていたナイフは消え失せ、代わりに手にしていたのはいくつものバラの花。

「ど…、どうしてこんなものが……?」

 当事者である(はず)桐江(きりえ)も、状況を理解する事が出来ずに目を白黒させていた。

「やれやれ…。この程度の事で死を選ぶとは…。桐江(きりえ)さん、あなたは犯罪者には向いていないようだ。」

 誰もが状況を理解出来ない中、不意に響いた艶やかな声に、はじめと白馬、そして幽月(ゆづき)がハッと声の主を振り返った。

「ローゼスさん…?!まさかあなたが………?」

「ええ…。―――――私は約束は守る主義でしてね。殺すと言った獲物は、たとえどんな障害があっても必ず仕留める…。その逆もまた(しか)り。少々不本意ではありますがね…。これ以上誰も死なないように手を貸す事…。それが、今回あなたと交わした“約束”だった…。―――――そうでしょう?金田一さん。」

 “スカーレット・ローゼス”のその言葉に引っかかるものを感じる間も無く、ゆっくりと外された仮面の下から現れたその素顔に、真っ先に気付いた有頭(ありとう)が叫ぶ。

「あっ!あんたは指名手配中の殺人犯!」

「そ、そうだ…!その顔ニュースで見た事がある……!!」

「嘘でしょ…。“地獄の傀儡師”、高遠(たかとお)遙一(よういち)……!!

 流石(さすが)、とでも言おうか有頭(ありとう)の叫びに真っ先に反応したのは、犬飼と梅園。

「な、何であの“地獄の傀儡師”がこんな所に……!?」

「はじめちゃん!もしかして最初から気付いて…?!ううん、それよりももしかして幽月(ゆづき)さんは高遠(たかとお)さんの正体を知ってて…??!」

「え?!それって“逃走幇助(ほうじょ)”ってヤツなんじゃ…?」

 はじめと最も因縁深い連続殺人犯の登場に、佐木と美雪の疑問が明後日(あさって)の方向に向かう。

「……いや、厳密に言えば“逃走幇助(ほうじょ)”っていうのは、拘置所や刑務所なんかの“法令において拘禁されている相手”を逃走させる目的で援助した場合にのみ成立するんだ。つまり、直接脱獄の手助けをしたという場合でない限り適用されない。既に逃走した後でその逃亡生活を手助けした場合は、“犯人隠避(いんぴ)罪”に当たる…。まぁ、幽月(ゆづき)さんがそれに該当するかどうかは知らないけどね……。」

「…幽月(ゆづき)さんは私の友人の1人ですが、出会ったのは逃亡生活を始めてからですよ。」

 佐木の言葉で周囲の者たちが幽月(ゆづき)に向ける視線が鋭く、疑惑に満ちたものに変化したのを感じ、はじめが気を逸らすように“逃走幇助(ほうじょ)”について説き、すかさず高遠(たかとお)が続ける。

 嘘は言わず、出会った時期のみを伝える事で巧みに周囲の意識を逸らしたのは、流石(さすが)奇術師(マジシャン)と言えた。幽月(ゆづき)が仮面の下の素顔を知らなかった、とは一言も言っていないのに巧みな言葉選びであたかも幽月(ゆづき)は何も知らなかったように聞こえる。

 実際、幽月(ゆづき)高遠(たかとお)と出会ったのは、逃亡後に公園でマジックショーを開いている時だった。記録に残るような付き合いもしていないので、警察も調べ切る事は出来ないだろう。

 高遠(たかとお)なりに幽月(ゆづき)を庇うだろう、と予測していたはじめも何も言わない為、白馬も薄々察してはいたものの口を(つぐ)んだ。

 その甲斐(かい)あってか、周囲が幽月(ゆづき)に向けていた疑惑の視線は、何も知らなかったのだろうという同情の視線へと変わっていた。

 (ちな)みに、はじめが珍しく法律関係の知識を正しく解説出来たのには理由がある。

 以前、真犯人の計略に嵌められて重要参考人として警察に追われた事があり、その時に友人知人に全面的に逃亡を手助けしてもらった際、はじめなりに色々と調べた結果である。

 

 閑話休題(かんわきゅうだい)

 

「まぁ、それはともかくとして金田一さん!これで“約束”は果たしました…。私はここでお(いとま)させてもらいます。ちょうど、夜も明けてきたようですしね…。」

「何を…?!」

 そう言って暖炉に飛び乗り、その上の窓を開け放つ高遠(たかとお)に詰め寄ろうとした白馬だったが、それは横から伸びてきた手に押し留められた。

「はじめさん……?」

「追うな。―――――それが、今回の“約束”だからね…。」

 眉を(ひそ)めながらも口を開くはじめに、クツクツと高遠(たかとお)が笑みを漏らす。

「そう…。これ以上誰も死なせないように全面的に協力する事に代わり、私の逃亡を黙って見送り以後24時間は警察に通報しない。これが、今回私たちが交わした“約束”です。―――――覚えていてくださって嬉しいですよ、金田一さん?」

「……お前相手に口先だけの誤魔化しは意味が無い。みすみす寿命を縮めるのと一緒だからね。“約束”は守るさ。だが、今度会ったらその時こそ逃がしはしない……!!!」

「やはり、あなたこそが私の唯一…。ただ1人認めた“平行線”だ。私の事を良く理解してくださっているようですね――――――…。」

 はじめの強い決意が宿った眼差しに、ニィと高遠(たかとお)が愉悦に満ちた笑みを浮かべる。

 その2人のやり取りに、見守るしかない周囲が思わず息を呑む。

 特に、間近で()()を目の当たりにした白馬の衝撃は大きかった。

(希代(きたい)のサイコキラーが、唯一執着する“名探偵”―――――…!噂には聞いていたが、これが2人の……!)

 危うい。何と危うい関係性か。

 間近にいるからこそ感じる緊張感に、ツ…、と白馬の頬を汗が伝う。

「――――(いささ)か名残惜しくはありますが、そろそろ行くとしましょう…。そうそう、桐江(きりえ)さん。」

 呆然と座り込んでいた桐江(きりえ)が、高遠(たかとお)からの呼びかけにハッと顔を上げる。

「探偵にちょっと追い詰められたくらいで簡単に死を選ぶようなあなたでは、冷徹な犯罪者には到底なり得ません。あなたはたった今、1度死んだ。生まれ変わる気があるなら、次はもう少し自分のあるべき姿を見詰め直してみる事ですね……。」

 その言葉に、桐江(きりえ)が目を見開くが、彼女の反応に一切構う事なく高遠(たかとお)がポケットから取り出した小さいリモコンのような物を操作する。

 ピッ…!

「――――さて、私は夜明けの美しい湖に浮かぶ壮麗なロシア建築でも眺めながら、空の旅と洒落(しゃれ)こませてもらいますよ。」

 その言葉と同時に、窓の外から浮かび上がってきたのは巨大なアドバルーン。

「「「「「「!!」」」」」」

 予想外の物体の登場に驚くはじめたちを尻目に、高遠(たかとお)がアドバルーンから伸びるワイヤーを掴んだ。

「それでは皆さん、また会うその日まで―――――。Good(グッド)Luck(ラック)!」

 言うや否や、窓際からアドバルーンに飛び移った高遠(たかとお)を苦々しく見送ったはじめの耳に、不意に嗚咽(おえつ)が響く。

「う……、うう………。」

 他の者たちも、ほぼ同時に気付き振り返った。

「うっ…、うっ……。うあ…、ああああああ―――――――!!!」

 耐え切れぬ嗚咽(おえつ)を洩らしていた桐江(きりえ)が、遂に感情を爆発させたように床に座り込んだまま泣き伏せる。

 桐江(きりえ)の過去と動機を知った者たちが、かける言葉を見付けあぐねて二の足を踏む中、はじめがゆっくりと桐江(きりえ)へと歩み寄った。

「―――想子(そうこ)さん。お願いがあります。」

「はじめさん…?」

 (おもむろ)に切り出したはじめに、何を言うのかと白馬が訝し気な声を上げるが、はじめはそれに反応する事無く、桐江(きりえ)だけを見詰めていた。

「あなたのお父さん、白井雄一郎さんが書いたこの“露西亜(ろしあ)人形殺人事件”を出版させる許可をいただけませんか?」

「っ……?!」

 はじめの予想外のその言葉に、桐江(きりえ)がバッと伏せていた顔を上げた。その頬には、幾筋もの涙が伝っている。

 呆然とはじめが掲げる原稿を見上げる桐江(きりえ)に、はじめが原稿を差し出す。

「…この原稿は全て読ませてもらいました。トリックは勿論、伏線や登場人物の機微(きび)、文章構成、全てが素晴らしかった。これが発表されていたら、ベストセラーは間違い無かったでしょう。山之内なんか足元にも及ばない、素晴らしい才能です。――――――これを読めば、本当の作者がどちらであるのかは一目瞭然(いちもくりょうぜん)だ。」

「「「「「「!!!」」」」」」

 はじめの最後の一言に、桐江(きりえ)だけでなく、その場にいた者たち全員が息を呑んだ。

「これまで、他人のアイデアとトリックを盗用し続けてきた偽りの作家に、()()()()()からの正当な復讐を。得るべきだった栄誉を、正当な資格者に返すべきです。」

「ち、父に、栄誉、を返す……?」

 しゃくり上げながらも、桐江(きりえ)がつっかえつっかえ言葉を(つむ)ぐ。

「これまで山之内が築いた財産を想子(そうこ)さんが得るのは難しいかもしれない…。でも、この原稿は正真正銘あなたのお父さんが書き上げたものだ。これが出版され、正当な評価を得る事が出来れば、それは山之内の築き上げた権威の失墜に他ならない。」

「……そんな事が、本当に出来る、っていうの……?」

 はじめの断言に、わずかに希望を見出した桐江(きりえ)(すが)るような目をはじめに向ける。

「あたしの知り合いに、顔が広いルポライターがいます。彼の伝手(つて)を頼れば出版までこぎつけるのもそう難しい事ではないでしょう…。何なら、彼に一筆書いてもらう事だって出来る。“旧友に全てを奪われた悲劇の天才作家”とでも銘打ってもらえれば、世間の関心を惹く事も出来る。……まぁ、これは想子(そうこ)さん自身の事に触れる事にもなりますから、本当の最終手段ですけどね…。」

「いいえ!あの男から父の栄誉を取り戻す事が出来るのなら、あたしの事は何て書いたって構わないわ………!!全てを明らかにしてちょうだい!!これ以上、あんな男にお父さんが得る(はず)だった栄誉を良いようにされるのは真っ平よ………!!!!」

「……分かりました。そこまで言うのであれば、知り合いに記事を書いてもらえるように本格的に頼んでみます。」

 山之内への怒りと憎しみで、再び桐江(きりえ)の目に光が戻る。

 彼女が、もう死を選ぶ気は無い事を見届け、はじめはこの一件の全てをいつきに頼んで記事にしてもらおうと心に決めた。

(これ以上、あの下衆(ゲス)野郎の思い通りにさせるか………!)

 

 ――――――その後、警察に通報出来る高遠(たかとお)との約束である24時間が過ぎるまでの間、桐江(きりえ)は元の美雪の部屋である、マジックミラーのある部屋に軟禁される事となった。

 桐江(きりえ)本人も心身共に疲れていたのもあるのだろう、桐江(きりえ)自身からの申し出によるものである。

 部屋には風呂場とトイレが備え付けられている為、数日なら生活するのも苦では無いだろう、とはじめと白馬もそれが最善と判断したのだ。

 水と、一先ず1日分は()つだろう食料品を渡した上で、部屋の外にはバリケードが築かれ、内側からは出入り出来ないようにして、他の人間は食堂に集まった。

 田代の入れてくれたコーヒーを飲みながら、いつ殺されるかも分からない緊張感から解放された反動か、皆先程までの驚愕からも徐々に冷め、口数が戻ってきている。

 そんな中、梅園が言い辛そうに口を開いた。

「ねぇ、ちょっと…。この場合遺産ってどうなるワケ…?」

「梅園先生!こんな時に…!」

 ぎょっとしたように振り返る犬飼に、梅園もバツの悪そうな表情を浮かべた。

「分かってるわよ…。でも、あたしにはお金が必要なのよ……!あんただってそうでしょう?!」

「っ…、それは……。」

 率直な梅園の言葉に、犬飼が咄嗟に言葉に詰まった。

「山之内先生が書き遺された遺書には、第2の遺書の在処(ありか)を突き止めた5人の資格者の誰かとなっておりますが……。今回の場合、暗号を解読し、大時計から遺書を取り出したのは金田一さんですから…。全額国に寄付という形になりますね…。」

「ああ、やっぱり…?」

 言いにくそうに口を開いた有頭(ありとう)の言葉に、梅園はやっぱりか、と肩を落とす。

「――――――仮に暗号を解読していたとしても、山之内が素直に遺産を譲ったかどうかは分からないけど。」

 遺産が手に入らなかった以上、今後の金の工面をどうやっていくか、と弁護士である有頭(ありとう)に助言を求める候補者たちの声にかき消されるように、ポツリ、と呟いたはじめの言葉を拾う事が出来たのは、隣に座っていた白馬1人。

「?それは一体どういう……?」

「いや、何でも無い…。」

 聞き返す白馬から目を逸らし、はじめはそれ以上は口を開かなかった。

 

 ――――――――そして、それから26時間後、駆け付けた地元警察によって桐江(きりえ)想子(そうこ)、本名は白井想子(そうこ)は拘束され、霧の立ち込める奇怪な露西亜(ろしあ)館を舞台にして起きた連続殺人事件は、晴れゆく霧と共に終わりを告げた……。

 

 




※エピローグあります。

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