Pixivにあげていたものをこちらにも投稿させていただきました。
弦巻こころちゃんが野球をする、お話です。
福岡県福岡市中央区に位置し、両翼100m、中堅122m、ドーム球場の広さでは日本一を誇る、福岡ヤフオク!ドーム。
グラウンド内はロングパイル人工芝を使用しており、天然芝に限りなく近い。現在、そのグラウンド内で地元のプロ野球チーム、福岡ソフトバンクホークスの練習が行われていた。
金属音や、速度を持った白球を革で受け止めた小気味良い音が鳴り続け、選手の近くには常にコーチや専属のトレーナーが張りついている。まさしくプロの本気の練習風景。
そんな渦中に颯爽と踏み入る、一人の少女。
格好は、上はユニフォームをくびれの位置で留めており、綺麗な曲線美があらわになっている。下はチームカラーの黄色や橙色を基調とした短めのスカートを穿いている。もちろん黒のスパッツを着用しているため下着が見える心配などは皆無だ。腰まである金色の髪の毛を赤と青のビーズがついたヘアゴムで二つに結んでいる。顔は幼げで、綺麗よりも可愛いといった印象を受ける。何より特徴的だったのは、燦然と輝くその瞳であった。一点の曇りもない、宝石のような輝きは、真剣な面持ちで練習を繰り返す選手たちを捉えていた。
「……すっごく楽しそうね!あたしも混ざっていいかしら!」
弦巻こころの目は輝いていた。
大人気女子高生バンド5つとパ・リーグプロ野球チームの交流企画が決定し、挨拶と称してハロー、ハッピーワールド!のボーカル、弦巻こころは福岡ソフトバンクホークスに赴いた。8月23日の試合までまだ月日はあるが、本人の『一度プロ野球というものを見てみたいわ!』という希望により連休を利用し、練習、そして試合を見学することになっていた。のだが、
「あたしにもやらせてくれないかしら!」
と、早くも見学の枠をはみ出し始めた。
とはいえ、硬球を用いての練習なので危険が伴う。予想外の行動にコーチ陣が腕を広げこころの進撃を止めに入る。
その時、練習中何処からともなくこころを目掛けてボールが飛んでくる。「あぶない!」とコーチ陣、そして何処からともなく現れたいつもの黒服の人たちがボールを受け止めようとする。
すると、横からユニフォームを着た選手が走ってきた。かなりの俊足だ。
そのままこころに向かっていたボールを左手のグローブで押さえた。
「大丈夫?」
選手はニコッと歯を見せてこころに笑いかけた。
「ありがとう!あなた、とても足が速いのね!」
「ーーまあ、いつも良い部屋でゆっくりくつろいでいるからね。好調の秘訣だよ」
「そうなの?じゃああたしもいつも絶好調だわ!」
彼女の家は豪邸、もっと言えば宮殿であり、寛ぐには申し分ない。それどころな敷地内で花見ができるくらい庭も大きいのだ。好調どころではない、絶好調になるのも頷ける。
「何かっこいいとこ見せんとの、島宮]」
「外川さん……。別にカッコつけた訳じゃないですよ」
「そうか、すまんな。……君が今日練習を見学する弦巻さん、かな?」
「そうよ?でも見学だけなんてつまらないわ!」
「うーん、気持ちは分かるが……練習中にグラウンドにいるのは危ないぞ。大人しく見るだけにしておいた方が……」
「ーー良いじゃないですか、外川さん」
後ろからバットを持った選手が近づいてくる。
「柳沢……」
「こんな可愛い子と触れ合えるチャンスなかなか無いですよ。まるでアイドルみたいじゃないですか」
「あのなぁ……」
「ファン感謝デーとでも思って、たまには気抜きましょうよ」
と、島宮が笑いながら言う。
「それに、外川さん。あの子弦巻家の令嬢なんですよ。自家用ジェットフライヤーなんか持ってるし、外国に行ったら皆旗振って接待するくらいの大人物なんですから……」
「そ、それなら仕方ないか……」
その後、練習の休憩時間を使ってこころへの接待が始まった。
「まずは軽くノックでも受けてみようか」
「のっく?」
「バットで打ったボールをキャッチして、あそこの人まで投げれば良いからね。まずはお手本を見せてみるよ」
ショートの位置で島宮がコーチからのノックを華麗に捌く。一塁にいた外川のファーストミットにボールが収まった。
「分かったわ!ボールを捕ってあそこに投げれば良いのね!」
こころが左手にグローブをはめて構える。後ろにはボール拾いのために島宮と、不足の事態に備えての黒服の人が立っている。
コーチから打球が飛んでくる。スピードは全くないが、黒服の人たちは過剰に反応し、身構えている。
こころは打球をグローブに収め、左足を一塁方向に向け、サイドスローでボールを投げる。
ヒュッーーーーパァン!
「え?」
島宮とコーチが頓狂な声を漏らす。
「こんな感じかしら?あ、もっとボールは早くても良いわ!」
コーチが今度は強めのゴロを打つ。
それもこころは捌き、送球はファーストミットに乾いた音を鳴らす。
「……もしかして野球経験者だったりする?」
「え?今日がはじめてよ?」
島宮の問いにこころはぽかんとした顔で答える。「マジかよ」と島宮が呟いた。
彼女、弦巻こころはどの分野に関しても天賦の才能を持っており、さらにはお金持ち、黒服の補助や広大な屋敷まで付属するほどのチート少女であった。
「次はバッティングをやってみようか。まずはティーバッティングを……」
カァン!
「止まってるボールなんて、打てて当たり前じゃないのかしら?」
「じゃ、じゃあトスバッティン……」
パカァン!
「さっきとあまり変わらないわ?」
「じゃ、じゃあちょっと危ないけどバッティングマシン使ってみて……」
カァーーン!
「うーん、もっと速いのは無いのかしら?」
140km/hのボールを平然と弾き返した野球部でもない女子高生がきょとんとしながら首をかしげている。外川は笑ったまま「すごいな……」しか言えなくなり、こころのバッティングに様々なものを用意していた柳沢は開いた口が塞がっていない。
「し、仕方ない……、千波!甲斐田!ちょっと来てくれ!」
「ーー勝負、ですか?」
「ああ。こころちゃん、どうやらとんでもない子だったらしい。まるで異空間から来たみたいだ」
マウンド上、選手たちは動揺を隠せない様子だ。
ちょっと女子高生と触れ合おう、なんて思っていたが予想を遥かに上回る運動神経と野球センスはホークスの選手に火を点けたらしい。
「よし、今から俺たちと勝負してみようか。ヒットを打ったら君の勝ち、凡退したら俺たちの勝ち。プロの本気、見せてあげるよ」
島宮がこころに言うと、守備に散っていく。
「面白そうね!」とこころは心を躍らせている。黒服の人たちは心配そうな面持ちだが。
投手はちょうどローテーションでここ2、3日は登板予定のない千波が務める。世界大会でも目覚ましい活躍を見せた有望株だ。
千波の手から、一球目が放たれた。
スパーーン!
「ストライク!」
こころの振ったバットは空を切った。さしもの異空間もプロの本気のボールは打てないか。そう柳沢が思った瞬間、金属音が鳴る。
「ファール!」
千波の二球目をバットに当てていた。コーチ陣や選手の面々からは驚きの声が溢れる。まさかこんな女の子がプロの、しかも世界に通用する千波のストレートにバットを当てるなど、信じられないことであった。
とはいえツーストライク。甲斐田はミットを構える。
千波は左足を踏み出し、ミットに向かってボールを投げ込む。
ーーカァンッ!
ボールは三遊間を転がっていく。島宮が横っ飛びでグローブを伸ばすが、届かない。そのままボールは外野まで転がっていった。
「ーーそれじゃ、今日は楽しかったわ!また会いましょう!」
こころは手を振りながら、黒服の人たちと共に球場を去っていく。その姿を何人かの選手で見送った。
「いやぁ……可愛かったな、こころちゃん」
「も○クロと良い勝負なくらい可愛かったな」
「運動神経も良くて活発で……。これならイベントも成功しそうで良かった」
「まさか千波が打たれるとはな~……」
「……そっすね」
外川の言葉に千波が返す。
「なあ、千波。なんで変化球投げなかった?お前のそのフォークは何よりの武器だろ」
「サインが出なかったんですよ」
「よく言うよ。俺が構えたところと違うところに投げやがって。全部ど真ん中だったじゃねえか」
「ま、怪我でもさせたら悪いしな。ただ負けたことで調子狂った、なんて言うなよ?」
「島宮さんこそ。最後わざとスタート遅らせましたよね」
「……なんのことだか」
ーー8月23日は、すぐそこだ。