第2話
杉下京香、この変人女と出会ったのは半年前のことである。
俺は悩んでいた。
「くそぅ・・・こんなクエスト、受けるんじゃなかったぜ」
パソコンの画面を睨みながら俺は愚痴を漏らす。そこそこの報酬に目が眩んで受けてみたものの、どん詰まりだった。
「交通事故の原因捜査かと思ったら強盗事件が見えてきたとは・・・しかもそれも捜査しろだなんてよぉ」
とある交通事故の原因、それの究明は簡単だった。しかしその事故を起こした車が強盗事件の重要証拠だった。報告書に纏め上げると返ってきた答えは、その事件の真相究明もついでにやってくれって。
(お門違いだ・・・)
「はぁ・・・」
冷め切った紅茶を啜る、あんま美味しくないな・・・
「よぉ!暇か?」
後ろから声が。この嫌味ったらしい言い方はアイツしかいない。
「小野寺、俺は今忙しいんだ。あっち行け、シッシッ!」
探偵科の
「なになに~強盗事件?車輛科のお前がどうして探偵科のヤマなんか調べてんだ?」
「元は交通事故、その車が別の事件の重要証拠だった。ついでに捜査してくれと」
捜査資料をサラッと流し見し、小野寺はニヤニヤしながら「ふーん」と呟く。
「協力したいのは山々だがこっちも大きなヤマ抱えてんだよなぁ」
「マジかよ、お前に手伝ってもらおうと思ったんだが・・・」
「だから俺は無理だ、これから容疑者の尾行だ。じゃぁな!」
無情にも手を振って去ろうとする直前、小野寺は振り返る。
「あぁ、そういえば・・・いつも暇そうにポケーっとしてる奴が探偵科棟に居てだなぁ。そいつなら取り合ってくれるんじゃねぇかな?安心しろ、腕は確かだ。腕はな・・・」
□
「えぇと、探偵科棟2階の16号室・・・」
俺は小野寺から教えてもらった場所へと向かっていた。探偵科では実力があると認められた武偵には個室が与えられる。膨大な捜査資料を保管しておくためだ。
探しの16号室へと行き着いた。俺は静かに3回ノックする。
「どうぞ」
「しつれいしまーすって、えぇ・・・」
中は本棚だらけだった。あらゆる学問、専門書、その他多言語ののよく分からない本がジャンル、サイズごとにきちんと分類されてある。
それに紙の匂いに紛れて紅茶の良い香りが漂う。
「おや、珍しい来客ですねぇ」
穏やかな口調な少女のが奥から聞こえてきた。
茶髪のショートボブ、長めの前髪の奥には優しい顔立ちが見える。俺と同級生と聞いていたがその細縁の眼鏡も相まって年上に見えるな。
「車輛科がどうしてこんなところに?」
「!?」
いきなり俺が車輛科って事を見抜きやがった。表情で察したのだろうか、彼女は説明を始める。
「その靴、一見コンバットブーツに見えますが作業靴ですね?シワ、ヨレから見るにケブラー等の防弾繊維が使用されているように見えません。」
彼女の言う通り。この靴はミドリ安全の作業靴、作業に運転、此方の方が動きやすいからだ。
「それだけですか?」
「いえ、オイルです」
「オイル?」
俺は自分の制服の匂いを嗅ぐ。クルマを弄る時は作業着を着ているから、油は付いていないと思うが・・・
「普段は作業着を着ているのでしょう、ジャケットやシャツ、ズボンには付いていませんので安心してください。」
「じゃぁどこに?」
彼女は俺の腕を指差した。
「腕時計ですよ。カシオのG-SHOCK、作業の時にも着用しているのではありませんか?デフオイルの独特な匂いが残っていますよ」
「・・・その通りです」
「よく手入れされていますがバンドの付け根に少しだけ残っていますよ。この武偵校内でデフオイルを使う学科は一つだけ、そういう事です」
俺は思わず拍手していた。一目見ただけでそこまで見抜く、小野寺の言った通りの評判だ。
「いやぁ、お見事です。俺は神沢恵亮、車輛科2年です」
「自己紹介が遅れてしまいましたね、杉下京香です。どうぞ、お掛けになって下さい」
俺は京香に促されソファへと座る。とてもフカフカで素人目に見ても上質な物だと分かった。金持ちなのか?
「紅茶をお持ちします。お口に合うかは分かりませんが・・・」
「あ、どうも・・・」
これまた高そうなティーポットに茶葉を淹れる京香、すげぇ、とても本格的だ・・・
沸騰したてのお湯を注ぎ布を被せ蒸らす、そしてポットと同じ柄のティーカップ注へぐ。腕を伸ばして高いところから大胆に注ぐ独特な注ぎ方、しかし紅茶は全く飛び散っていない。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
カップ一つとっても高級なものだとわかる。早速一口、これは・・・
「すごくおいしいです!」
高いところから注いだ為か熱過ぎず、猫舌の俺でも味がとても良く分かった。それに空気を多く含んでいるため茶葉の香りがとても広がる、それに色も透き通った綺麗な琥珀色、味覚、嗅覚、視覚で楽しめる紅茶だ。
「それは光栄です。父が紅茶好きでして、父の淹れ方を真似てるんです。とはいえ、まだまだ到底敵いませんが」
「自分も紅茶が好きなんです。ぜひ一度お味わってみたいものです・・・」
カップの半分ほど空けたころ、俺はここに来た本当の理由を思い出した。
「あぁ、忘れてた。今日ここに来たのは美味しい紅茶を飲みに来たワケでは無いんです」
鞄から例の捜査資料とUSBメモリを出す。テーブルに広げ終わる前に彼女は封筒の紐を解き、目を通し始めた。しかも紙を捲る間隔は異常に早い、本当にちゃんと読んでるのか?
最後の1枚を捲り終るとテーブルの上でトントン、と整え封筒に仕舞う。
「なるほど、1月16日、目黒で交通事故を起こした片方の車が1月13日に新宿で起こった強盗事件の重要証拠だったわけですね」
ちゃんと読んでたし・・・
「はい、交通事故の方は現場の状況からして、証拠の車の方がスピード違反と信号無視で交差点に入ってきたのが原因って分かったんですが、強盗事件は専門外でして・・・」
「それで私に?」
「はい、小野寺がアイツならいつもポケーっとしてて暇そうだからって」
「ポケーっとしている、とはいささか失礼な気もしますが・・・まぁそれより、写真の方を見せてもらえますか?」
俺はUSBメモリをMacBookに繋いで画像を表示させた。
「鑑識科が撮った写真と店内の防犯カメラがあります。それと音声ですね」
京香は俺のMacBookを手に取って写真をスライドして見る。時折画面にキスするんじゃないかと思う程間近で凝視している、絶対目に良くないぞそれ・・・
「成程・・・ありがとうございました」
京香はMacBookをテーブルに置いた。
「なにか、分かったんですか?」
「いえ、現段階では何も・・・」
(なんだよ・・・)
俺は心の中で呟いた。まぁ流石に写真と資料を見ただけじゃぁ無理もないか。
「ただ、気になった事は幾つかあります」
「ほう・・・是非、聞かせてください」
京香は防犯カメラの画像を表示させ、シークバーを移動させる。写っていたのは犯人達が逃走する直前の場面だった。
そして店の外に止めてあったワゴン車を指差した。
「これが事故を起こした車ですね?」
「はい、白の日産キャラバン。間違いないです」
防犯カメラに写っていた方には偽装のため、企業のロゴと名前が張り付けられていた。試にその企業を調べてみたが空振りだった。
「事件は13日、事故があったのは16日、どうして犯人は犯行に使われた車を直ぐに捨てに行かなかったのでしょう?」
「それは、緊急配備に引っ掛からないように隠しておいたんじゃないですか?」
俺の回答に京香は「うーん・・・」と唸る。
「しかしですよ?緊急配備はそんな長時間行いません、犯人が既に逃げたと判断するからです。ナンバーを照合したところこの車は盗難車、事がバレる前に山なり、海なりに投棄するのではないでしょうか?」
「まぁ、それはそうでしょうけど。そんなに気にする所ですか?ただ単に逃走の準備に手間取ったとか・・・」
「細かなところまで気になってしまうのが私の悪い癖なんです。」
すると京香はソファから立ち上がりコートを羽織った。出掛けるのだろう。
(主のいない部屋に残るわけにもいかないし、俺もお暇しますか)
「では、何か分かったら知らせて下さい。じゃぁ俺はこれで・・・」
帰り支度をする俺を見て京香は疑問の表情を浮かべる。
「何言ってるんですか?貴方も行くんですよ。私、移動手段ありませんから」