これだけ憂鬱な昼下がりがあっただろうか・・・
俺は前を歩く京香の後を追った。彼女の足取は心なしか軽いように見える。
どうして車輛科の俺が探偵科の捜査に付き合わねばならんのだろうか。まぁ、俺が持ってきた事件なんだから一緒に行くのは当たり前の話なんだろうけど。
「ところで神沢君」
京香が振り返って尋ねる。
「なんですか?」
「さっき部屋を出るときの言い方からすると、君はこの案件を私に丸投げするつもりではなかったのですか?」
キグッ!
と言う心の声が京香へ届いたのかどうかは不明だが、彼女は「はぁ・・・」と溜息をする。
「だって、強盗事件の捜査に車輛科の俺が付いて行ったって何の役にも立たないじゃないですか・・・」
専攻を決める際、参考にする試験が行われた。強襲系はそこそこ、兵站系、特に車輛科は優秀、残りは目も当てられない散々な結果だった。
そんな人間が付いて行ったところで、足を引っ張るだけだろう。
「自分をそんな役立たずみたいに言わないで下さい」
「え?」
(意外だな、俺を励ましてくれるのか?)
意外と人間味溢れる人だったんだな。俺は彼女に対して変なイメージを持っていたようだ。
「貴方は私の足という立派な仕事があるではないですか」
「なっ、あ、足って・・・」
前言を撤回しよう。
「私はバスや電車など、人が多い窮屈な場所は苦手なのです。とはいえ車を持っていませんし、丁度良かったです。」
(なんだよコイツ、タクシー扱いかよ・・・)
「はいはい分かりましたよ。何処へなりともお連れしますとも、ご主人様」
俺は皮肉で言ってやったつもりだったのだが。
「ご主人様ですか、そう呼ばれたのは初めてです。悪くないですね」
(コイツ、Sのケがある)
「そこの倉庫へ車を停めてあります。行きますよ、
「おや、ご主人様とは呼んでくれないのですか?別に私は構いませんよ」
俺は他の人に彼女を何と紹介したら良いのか。賢くて綺麗で、淹れる紅茶が美味しい。それとドS・・・
「お断りします!あれは皮肉で言っただけです!」
「知ってます」
「なっ!?ぐぬぬ・・・」
澄ました顔で歩いて行く彼女を俺は睨むことしか出来なかった。
□
「これは中々、渋い趣味をお持ちで」
京香が俺のクルマを見て一言目に言った言葉だった。
「R33のスカイラインGT-Rですよ。父親が乗っていたものを譲ってもらったんです」
俺のクルマを眺めながら一周する京香。時折「ほぅ・・・」と声を漏らす。クルマの事を少しは分かるらしい。
「かなり手が入れらてますねぇ」
「小さい時から弄ってましたから。さて、乗ってください」
京香を助手席へと促し、俺は運転席へと座る。
キーを回してエンジンスタートし、アクセルを煽って発進。凄まじい加速のGが二人を襲った。
荒い運転に京香が俺の方を睨む。いい気味、さっきのお返しだ。
「君はいつもこんな荒々しい運転をしているのですか?」
「時々ですよ、時々ね・・・」
急停止、ギヤを1に入れて急発進、慌てて京香は窓の上とドアの手摺を掴む。スカイラインGT-Rは武偵校の私道を抜けて首都高へと入った。
□
「ここが強盗があった宝石店ですね」
事件のあった店舗は鑑識科と探偵科が撤収した後、放置となっていた。
捜査が終了次第、店主に返されるのだろうが、営業再開は難しいだろう。
「ここが入り口、犯人達はいま神沢君がクルマを停めている所と同じ場所に停め、袋を持って侵入、カウンターの前に立って天井に向けて発砲。合ってますね?」
京香はカメラの映像を一人で再現している。これが彼女なりの捜査方法なのだろう。
「はい、しかし天井に弾痕はありません。銃口から大きな火花が出ていた事からも、映画やドラマの撮影などで使用される発火モデルガンだと思われます。」
「本物とモデルガンの違いは一般の人には区別できないでしょうからねぇ。」
「しかしですねぇ」
矛盾が生じてしまう。
「証拠品として45口径弾の空薬莢が回収されていると言う事です、発火モデルガンは実弾を模したダミーカートリッジが排莢されます」
「でも回収されたのは使用済みの空薬莢、それにダミーカートは発見されていない」
俺は京香の言葉を継いだ。これが良く分からなかったのだ。どうして空薬莢が出て来たのか、肝心のカートリッジはどこに行ったのか、それに、そうしてこんな回りくどいことをしたのかと言う事だ。
「答えは簡単です。内通者が居たとしたら?」
「え?」
俺は驚きを隠せなかった。その発想はなかった。
「ここに実際に来て分かりました。犯人が使っていたのはコルトガバメント、薬莢は右に排出されます。しかし空薬莢があったのは犯人から見て左側。犯人が去った後、店にいた客はカウンターを通らず、最短距離で店を出ている。誰かに蹴られたなんてことはないんですよ」
確かに、それだと話は通じる。犯人が発砲、強盗が立ち去った後当然客は店を出る、従業員は通報やらで慌ただしくなる。その隙にカートリッジを回収し空薬莢を置いたと。
(確かに筋は通る)
「弾薬の刻印は鑑識課が調べていますね、製造元がミズーリ州、製造年は2012年となっています。それにこれは弱装弾、よく観光客向けの射撃場で使われていますね・・・」
「つまり?」
「この店の従業員で2012年より後に海外渡航経験のある人物、それもアメリカです。これでかなり絞れるんじゃないでしょうか」
京香はスマホを取り出して誰かに電話を掛ける。
「もしもし、杉下です。はい、早急に調べてほしいことがあるんです。はい、強盗事件のですね―――」
彼女が電話をる。
「該当者が1名居ました。ここ数か月、家族、友人、知人以外の個人と頻繁に連絡を取っていたみたいです。」
だがこの事件にはまだ分からないことが幾つかあった。
「あの、どうしてこんな事をしたのでしょうか?」
「時間稼ぎでしょうか。犯人が銃を持っているとなると、万全の状態を準備しなければなりません。その間に逃げ果せるつもりだったのでしょう」
「事故を起こした車は?3日も投棄しなかった理由は?」
「それも従業員が共犯であるという裏付けになります。強盗を行った犯人達は声を聞かれています。そんな人がいつまでもこの東京に居るでしょうか、証拠のクルマはその共犯に処理させようとしたのです」
そこまで説明されて俺はようやく気付いた。
「つまり事故を起こした車を運転していたのはその共犯者?」
「そうです。事情聴取に時間が掛かったのでしょう、時間が開いてしまった。証拠を早く処理したい、その一心でついスピードを出してしまった。そして事故を起こした。」
「それで車は乗り捨てた訳ですか・・・」
こんな短時間ですべて分かってしまうとは・・・俺はこの女が心底怖くなった。
「さて、かえって報告書をまとめましょう」
□
「どうでしょう?」
数日後、俺は教務科棟に居た。
例の事件の報告書を探偵科担当の高天原先生に出しに来たのだ。高天原先生は俺の報告書を見て満足げに頷いた。
「うんうん、とてもよく出来ているわ」
「ありがとうございます。杉下に指導してもらいました」
杉下という名前に高天原先生が反応する。
「杉下さん、あぁ、成程ねぇ・・・」
「強盗事件の方は彼女が解決したようなものですよ」
事件は京香の鶴の一声で一気に進展した。従業員の中で渡米した記録があったのは一人、令状を手に家宅捜索すると例のカートリッジを始めとする共犯であったことを示す証拠が出て来たのだ。
それから芋づる式に犯人を逮捕、盗まれた宝石も無事、帰ってきたそうだ。
「ねぇ神沢君、出る杭は打たれるっていう諺、知ってる?」
「才能が目立ちすぎると叩かれるっていうアレですよね、でもどうして?」
しばらく高天原先生は何も言わなかった。が、いつもの笑顔に戻って・・・
「いいえ、何でもないわ。彼女の推理力には教務科の私たちも注目しているって事よ」
「そうですか、でもそれって意味違くないですか?しっかりしてくださいよ、現代文の先生。では報告書も出したんで自分は失礼します」
一礼して俺は応接室を出た。他に用事もあるしな・・・
「生徒に指摘されるほど私もまだ落ちぶれてはいないわ・・・」