第5話
携帯のアラームが鳴った。8時を知らせる合図だ。
「う~ん・・・あと10分・・・」
スヌーズボタンを押そうとした時、目覚ましの画面が着信画面へと変わった。
着信:杉下京香
またか・・・
渋々俺は通話開始ボタンを押す。
「なんすか~?」
「神沢くん!今すぐ駅まで来て下さい!」
「なんですか?学校にならバスで言ってくださいよ」
「そのバスがジャックされたんですよ」
俺はベッドから飛び起きた。
「なんだって!?」
「減速したら爆発する。恐らくメールで回ってきている武偵殺しと思われます」
「10分で行きます!」
俺はすぐに着替えて1階へと降りる。ゆりかもめの駅へと全速で向かった。
交差点前で待っていると京香が乗ってきた。
「フジテレビ方面へ直進していきました。此方から見える範囲では爆弾を発見できませんでした」
「了解!」
6000回転でクラッチを繋ぐ。4駆のパワーが地面へと伝わり加速のGが二人に掛かる。
ホテル日航の前を曲がると先にバスが見えた。通常では絶対に出さないであろう速度で走っている。すでに道路は封鎖されおり、一般の車が巻き込まれることは無さそうだ。
「これからどうするんですか?」
「バスの真後ろまで行って下さい、爆弾を探します」
「分かりました」
加速しようとした時、バックミラーに1台のオープンカーが見えた。
「一般車ですかね?」
そのオープンカーはインプレッサとの差をどんどん詰めてくる。サイドミラーで確認した時、その車にある違和感を覚えた。車内には誰も乗っていなかったのである。
「神沢君!減速して下さい!」
「はっ、はい!」
俺は咄嗟にブレーキを踏む、と同時だった。
ダダダダダダダダ―――
突如運転席から遠隔のサブマシンガンが飛び出して俺達に向かって発砲したのだ。
もう少しブレーキが遅れていたらその弾丸はサイドウィンドウを貫いていたかもしれない。
「クッソ、武装仕様かよ・・・」
軽量化の為に俺のインプレッサは完全な防弾仕様ではない、一応内張りに防弾繊維を仕込んではいるが命の同等の車を傷付けたくない。
前に出たスパイダーは尚も銃口を此方へ向けている。蛇行して射線が定まらないようにしているがどれだけ続くか・・・
「神沢君、銃を貸してください」
「え?杉下さんの銃を使えばいいじゃないですか?」
「私の物では歯が立ちそうにないですから」
俺はホルスターからHK45を取り出して京香に渡す。
「既にチャンバーには入っています。45口径なんで反動は強いですよ」
「分かっています」
京香は窓を開けて身を乗り出す。そして前を走るスパイダーに向かって―――
ダンッ!
1発発砲する。
リヤがバーストしてバランスを崩したスパイダーはスピン、壁に激突した。
「お見事・・・」
驚いていたのも束の間、複数台のスパイダーが猛追してくるのが見えたのだ。
すぐさま京香が2発発砲、ラジエーターを破壊して2台を無力化
「あと1台!」
するとスパイダーはスピードを上げて俺達の横へ接近、そして―――
ドンッ!
インプレッサへ体当たりしたのだ。
「うわっ!クソッ!」
ハンドルを握りしめて乱れる挙動を直そうと必死に制御する。しかし車体は進行方向とは反対に向いていた。
エンジンを掛けようとするも掛かったかと思ったらすぐにエンジンが止まる。
「ISCバルブか・・・こんな時に!頼むから掛かってくれ!」
アクセルを少し開けてなんとかエンジンが掛かったがバスは遥か向こうだ。
「神沢君、撤退です」
「でも・・・」
「これ以上は危険です、後はアレに任せましょう」
京香は上を指差す。そこには1機のヘリコプターが見えた。武偵校の車輌科が所有している人員輸送用のヘリコプターである。
「強襲科・・・分かりました・・・」
俺は歯痒い思いで追跡を断念した。
ハイジャック事件から数日後、遠山キンジは武偵病院の神崎・H・アリアの病室を訪れていた。
「個室かよ・・・さすが金持ちだ・・・」
病室には2つの花が飾ってある。1つはレキが持ってきた物、そしてもう一つは・・・
「杉下京香・・・」
探偵科に所属していたキンジも彼女の噂は耳にしていた。類い稀な推理力と人並み外れた観察眼によって様々な事件を解決してきたと聞いている。
中に入ると案の定、杉下京香が居た。それともう一人、神沢恵亮。
「あ、どうも・・・」
と言ったのは神沢の方だ。俺も頭を少し下げて応える。
「もしかしてバスを追跡していたインプレッサアンタか?」
「まぁな・・・でもルノーにぶつけられて調子が悪くなってな、追いかけられなくなった。済まなかったよ」
するとアリアが口を開いた。
「さっきも言ったでしょ?アンタ達が謝ることじゃないわ。責任は私達にある。それで?アンタは何しに来たの?」
「差し入れだ」
キンジはアリアの大好物であるももまんが入った袋を渡す。アリアは袋をすぐさま開いて子供のようにももまんを頬張り始めた。
「それと報告書だ。犯人が潜伏されていたホテルがわかった」
「それで?」
2つ目のももまんを頬張るアリアに促されてキンジは続ける。
「宿泊記録も改竄されてて痕跡はゼロ、理子や鑑識科が部屋を見てみたが手がかりになるものは無かったよ。武偵殺しは本当に狡猾なヤツだ。模倣犯がやることの範疇を超えてる・・・」
「だから逮捕されたのは犯人じゃないって言ってるでしょ?」
「資料の中には俺のチャリジャックのものもあるがそっちも駄目だった」
渡した資料をパラパラと捲るアリア。
「そんな資料、読むだけ無駄だわ・・・」
「そう思うんならゴミ箱にでも捨てちまえよ」
するとアリアは本当に資料をゴミ箱へと放った。鑑識科や探偵科が必死で捜査したものを無下に扱う彼女を見てキンジは苛立ちを覚えた。
「はぁ、もう帰っていいわ。契約も終了よ。アンタは通常通り、探偵科に戻っていいわ」
「お前は本当に勝手なやつだな・・・」
キンジの苛立ちはピークになった。なんだよ、我儘に付き合って成果が得られなかったから俺はもう用済みなのか?
「何?謝って欲しいの?それとも報酬?」
「おい、お前は俺を怒らせたいのか?」
怒りに声が震えているのが自分でも分かった。
「さっさと帰ってほしいのよ!」
こんな所になんてもう1秒でも居たくなんかねーよ・・・
「分かったよ、俺は帰る。じゃぁな」
キンジが病室を出ようとした時、アリアが呟いた。
「私はアンタに期待していたのに・・・現場に連れ出せば、あの時みたいに・・・」
「お前が勝手に期待してたんだろ、俺お前が思っているような人間じゃない!それに俺はもう武偵を辞めるんだ!」
「何よそれ!アンタが武偵を辞める理由なんか私に比べたら大した事ないでしょ!」
大した事ない、それが引き金だった。キンジは踵を返し、ベッドに両手をついてアリアを睨んだ。
「なっ・・・何よ・・・」
コイツに俺の何が分かるっていうんだ?何も知らないくせによくそんなことが言えるな。
兄の死、世間の目、責任、全くもって理不尽なんだこの武偵という職業は・・・
いや違うな・・・
俺は逃げようとしている。しかし彼女は何かに立ち向かおうとしている。それが分かっているからこそ俺は彼女に対してここまで感情的になっているのかもしれない。
キンジは後ろに二人が立っていることに気付いた。
「取り乱して済まなかったな、悪いが俺はこれで帰らせてもらうわ・・・・」
キンジは足早に病室を去っていった。
「悪かったわね、見苦しいところを見せてしまって・・・」
目の前の光景を黙って見ていた俺達にアリアは俯きながら言った。
「事件が進展しないんだ。色々思うところもあるだろうさ。お互いな・・・」
「そう言ってくれると有り難いわ。それで?話すことはもう話したと思うのだけど。まだ何か用があるの?」
「俺としてはもう帰りたいんだが・・・彼女がどう言うか・・・」
俺とアリアは杉下の方を向いた。さっきアリアがゴミ箱へ投げた資料を拾って熱心に目を通しているのだ。
そして一通り目を通し終わった彼女の目は輝いていた。と同時に俺はこの後の展開がなんとなく予想できた。
「この事件、私達で再調査させて頂けないでしょうか?」