「まずは峰理子を探さないといけませんね、しかし顔認証システムもNシステムも使えません」
京香は顎に手を添えて考え込む。そういったシステムを使うにはまず教務科に申請する必要があるがそんな時間も無いしそもそも上にバレる訳にはいかない。
「任せて下さい、いい案があります」
俺は懐からスマートフォンを取り出してLINEを開いた。
「探偵科2年の峰理子を探して欲しい、最初に知らせてくれた奴にDefiの3連メーターを進呈する」
と車輌科のグループに書き込んだ。
車輌科の生徒には俺と同じようにチューニングしたスポーツカーを所有している者も多い、放課後にはそのクルマで都内に赴き女の子をナンパしたり高速道路のPAで集まったりしているのだ。
それに報酬の3連メーターはそういうクルマを持っている人にとってはかなりのお宝、愛車を見せ合うミーティングなどでドヤ顔出来るしヤフオクやメルカリに出品したらそこそこの値段で売却できる。
俺は元々付いていたそれを外してSTIGenome(スバル純正扱いのチューニングパーツブランド)のメーターが手に入ったので付け替えたのだ。
前々から寄越せ寄越せと言われていたので良い取引材料になるだろう。
数分後、チャット欄に改造ベスパで海岸通りを猛スピードで南下しているとの情報が入った。全く、Defi様々だ。
「方向からして恐らく羽田空港です、急ぎましょう!」
俺と京香は部屋を飛び出してインプに乗り込んだ。首都高を使えば15分と少しの距離である。
峰理子は飛行機内で神崎と対決する気だ。遠山を引き合わせる理由はまだ分からないがそれは本人に直接聞けば良いことだ。
飛行機の中なら逃げられる心配もないし此方にはSランク武偵の神崎と遠山もいる。
「東京羽田空港からロンドンヒースロー空港行きのANA600便、神崎さんが乗る飛行機は恐らくこれです」
羽田空港に向かっている間に京香が調べてくれた。出発時間からしてギリギリだがなんとか間に合うだろう。
俺はアクセルを踏んでギヤを1段上げた。スピードメーターを見ると・・・とっくに目盛りを振り切ってる。
高速道路を100キロ前後で走っている一般車は俺達にとって路上に置かれたパイロンも同然、それらを躱しつつ俺達は羽田へと急ぐ。
しかし・・・
空港まであと少しという時、カーナビの道路交通情報の音声を聞いて俺は驚愕した。
『この先、事故により5キロの渋滞です』
直後、渋滞で停車している一般車の最後尾が見えてくる。俺は慌ててブレーキを踏み込んだ。
急激な減速Gによって前へ行こうとする体を4点式のシートベルトが押さえ込む。
「仕方ない・・・」
俺はハンドルを左に切って再び加速、一番左端の路側帯を走った。
が、無駄な足掻きだった。事故現場はトラックが横転し車線のすべてを塞いでいたのだ。
なんとか転回して最寄りの出口まで戻り、高速を降りて空港へ向かうも、到着したときには出発時間は過ぎており、空港にANA600便の姿はなかった。
「クソッ!」
俺はハンドルを思い切り叩いた。
そんな俺達の気持ちを知ってか知らずか、暗い空からとうとう雨が降ってきた。雨脚はどんどん強くなって雷まで鳴る始末。
万事休す、か・・・
滑走路を横に途方に暮れる俺達。相手は空の上で此方は地上、もう手の打ちようが無くなってしまった。
何とも言えない気まずさと沈黙が車内に漂う。しかしその沈黙を破ったのは京香だった。
「神沢君、これを見て下さい」
「なんですか?」
差し出されたスマホを受け取る。Twitterに表示されていたのはさっきの高速道路上の事故のツイートだ。
『首都高でトラックが横転して渋滞がヤバイ!』
夕方の交通量の多い時間帯、それも都心の大動脈とも言える首都高での大事故ということもあり、ツイートは瞬く間に拡散されている。
それにコメントを見ていると・・・
『白のインプレッサが路側帯を暴走して行くの見たわ』
とか
『事故現場でUターンして逆走していったスポーツカー居た』
など、俺の事を書いている投稿も見受けられた。面倒なことになる前に神戸さんには報告しておく必要があるな。
「緊急事態だったんですから仕方ないじゃないですか・・・」
「いえ、コメントではありません。そのトラック、なにかおかしくないですか?」
「おかしいって」
画像を見てみる。そしてすぐに違和感に気がつく。
「タイヤ痕が無いですね・・・」
普通運転していて車が横転しそうになったらなんとかしようとする。その際に一般人が真っ先に行うのがハンドル操作かブレーキ操作だろう。
しかしそのトラックにはその痕跡がないのだ。
「もしかして、故意ですか?」
「えぇ、恐らく。それに荷台の中は空です。空港へ向かう運送トラックが空荷と言うのはいささか不自然では無いでしょうか・・・」
ということは俺達の追跡を見越しての妨害って事か。
事実、俺達は飛行機を逃してしまった。
「それだけ私たちに邪魔されたくなかったってことでしょうね」
京香は空港から離陸する別の飛行機を見ながら呟いた。
「これからどうしますか?」
「空に逃げられた以上地上から手出しをすることは出来ませんね、
「流石ですね・・・」
別に驚きはしなかった。
空港の駐車場に居ても何も出来ない、俺達は仕方なく武偵校へと戻ることにした。
激しい風雨の中、高速道路の流れも悪い。
遅い流れに乗って武偵校まで戻ってきた時、なにやら武偵校内が騒がしくなっている。
慌てて走り回っている生徒の中に同じ車輌科の武藤剛気の姿があったので呼び止めた。
「おい武藤、何があったんだ?」
「ハイジャックだよ!全日空の飛行機がハイジャックされた!」
普通ハイジャック事件で動くのは警察、それなのに武偵校の生徒が動き回るということはその乗客の中に身内が居たということ。
それにハイジャックされた飛行機は
「俺達も―――」
協力すると言いかけた時、京香が俺の言葉を遮った。
「神沢くん、行きますよ!」
と言って俺の腕を掴んでインプの方へと連れていく。
「私達は別件の調査があるので失礼します」
という強引な京香に武藤は
「お、おう・・・」
と呆気に取られるばかりであった。
「協力したほうが良かったんじゃないですか?」
先に乗り込んだ京香に尋ねる。
「ハイジャックの件は彼らに任せて大丈夫でしょう。しかし峰理子を逮捕出来るのは私達だけです」
「ヤードに任せるのでは?」
「そのつもりでしたが状況が変わりました」
「・・・何か考えがあるんですね?」
「えぇ、飛行機を追いましょう」
「わかりました」
飛行機の予定航路は情報科に頼んで取り寄せてもらった。この時間帯だと東京湾の出口、横須賀沖くらいだろう。
俺達はインプを発進させて神奈川へ向かった。
今回、彼女に一度出し抜かれた・・・
今度は俺達が彼女を出し抜く番だ。