鈴木悟の異世界支配録   作:ぐれんひゅーず

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誤字脱字報告ありがとうございました。
ちょっと短いよ。


29話 現実世界では必要無い

「……何?」

 

 ナザリックのいつもの執務室。アインズは特に意識しなくとも、自然と支配者としての振舞いが出来るようになっていた。おまけに相手が委縮してしまいそうになるほどの存在感を無意識に放てるようにも。

 いつまでも地下に潜っている訳にはいかない。新たな国の王となる覚悟を決めたアインズの姿は、誰が見ても畏敬の念を抱かせるには十分。アインズの傍に控えている守護者統括も、愛する者の姿に、心の中で「かっけぇ~。アインズ様かっけぇ~」などと呟いていた。

 

 しかし、そんな支配者としての威厳も、今は若干かげりが見えているようだ。

 

「武……道……会?」

「あ、いえ。失礼致しました。私の活舌がよくなかったようです。ごほん……舞踏会であります」

 

 机を挟んだアインズの向かい側で一枚の羊皮紙を広げ文面を読み上げているのは、帝国との同盟のすり合わせを行うためにナザリックに残ったロウネ・ヴァミリネンである。

 手に持っている羊皮紙は、帝国から送られてきた使者が持って来たもの。

 

 それは3日後に城で行われる戦勝を祝う式典の案内だった。その中には建国祝いと同盟祝いも含んでいた。

 アインズも自分がその式典の主賓の1人だというのは理解できる。上手くこなせるか不安な所があるが、3日もあればだいたいの流れは暗記できるだろう。

 そんな思いで聞いていたアインズは「舞踏会が開かれる」という言葉に思わず問いかけてしまった。

 聞き間違いであってほしかったが、残念ながらそうではないらしい。

 

「……? どうかなさいましたか? 何か私がお気に障ることを……」

 

 尻すぼみに声が小さくなり、震えだしたロウネ。

 

「ぁ、いや、何でもないとも。用件は理解した。皇帝にはよろしく伝えておいてくれ」 

「は、はい。では、失礼致します」

 

 深々と腰を曲げた礼をとり、今日のアインズ様当番のメイドによって開けられた扉の先でもう一度礼をとって去って行く。

 異形種ばかりのナザリックに彼一人で過ごすのは相当なストレスだろうが、それも三日後の式典までだろう。デミウルゴスとのすり合わせが終わった彼が帝国へ戻る際には、好評だったナザリックの飲み物や酒などを土産に渡すのも良いかもしれない。

 

(……と、人の心配している場合じゃない。ええと、まずは……)

 

「如何なさいましたか? アインズ様」

 

 少し様子がおかしい支配者を心配したアルベドが前かがみで伺うように訪ねてくる。

 

「……うぅむ」

「……?」

 

(言っていいんだろうか? 舞踏会でダンスなんて踊れませんって)

 

 可愛らしく首をキョトンと傾げているアルベドを見る。

 彼女だけに留まらず、ナザリックの誰もがアインズに絶対の忠誠を誓っている。それは異世界に転移して来てからずっと見てきたので最早疑ってはいない。

 

(むしろ何でも出来る支配者像を少しでも崩すチャンスなのか?)

 

「アルベドよ……。私は実はダンスというものが出来なくてな。……失望するか? ナザリック地下大墳墓の主人たる私がダンスを出来ないことを」 

「いえ、そのようなことは決してございません」

「ほぅ(あれ?)」

 

 アルベドは即答でかえす。

 

「アインズ様に苦手とする分野が無ければ、私たちが存在する意味がありません。私たちの喜びはアインズ様のお役に立つこと、なのですから」 

「……そうか、それは礼を言わせて貰おう。それではアルベドはダンスが出来るか?」

「申し訳ありません、アインズ様。私もその分野は習得しておりません」

「まぁ……そうだろうな……」

 

 予測された答え。というよりもナザリック地下大墳墓にダンスが出来そうなNPCは記憶に無い。

 

「では、ナザリック内にダンスが出来そうな者に心当たりはあるか?」

「守護者の中には居りません。デミウルゴスなら知識ぐらいは持っているかと。それと、セバスは王都に赴いた際にそういったことに触れている可能性があります。後は……っ!」

 

 ナザリックの全てを管理しているアルベドが自分の知識を探っている中。何かに思い当たったのか、ハッとした様子を見せる。しかし、その表情は非常に嫌なものに思い当たったように見えた。

 

「どうしたアルベド? 誰か心当たりがあるのか?」

「い、いえ。……あの……はい。ではセバスとデミウルゴスも呼んで参りますので」

 

(アルベドにしては歯切れの悪い返事だったな。しかし、ダンスを知っている者が居るなら有難い)

 

 アインズは少し気が楽になり、椅子の背もたれに体を預ける。

 

 

 

 しばらくしてアルベドが(くだん)の者たちを連れて戻ってくる。

 結果、セバスもデミウルゴスもダンスに関しては詳しくなかった。

 それならばアルベドにそう伝えるだけで、態々ここまで足を運ぶ必要はないんじゃないかとアインズは思ったが、セバスもデミウルゴスもアインズに会える機会を逃したくなかったのだった。それがアインズが求める内容でなかったとしても、何か役に立てることがあるかもしれないと信じて。

 

 それはそれで全くもって構わない。彼らの頑張る姿はアインズにとっても嬉しい限りだ。ちょくちょくプレッシャーに襲われてしまうが。

 

 ふと彼らを執務室へと連れて来たアルベドが執拗にある一点を見ようとしていないのにアインズは気付く。無視しているのではなく、意識して見ないようにしているようだった。

 その一点とは、デミウルゴスの後ろに隠れていた者。いや、隠れるというより体が小さいのでアインズからは丁度見えないだけであった。その者が横にズレて姿を現す。

 

「────アインズ様、久しぶりにお会いできて、我輩嬉しく思います」

「恐怖公!?」

「ははぁ! アインズ様。忠義の士、恐怖公でございます」

 

 すっと礼儀正しいお辞儀を見せる。デミウルゴスに匹敵するだけの優雅さだ。

 

(その体でどうやって腹の辺りを曲げた?)

 

 アインズは内心驚愕しつつも、冷静に答える。 

 

「良くぞ来たな。それで……用件は?」

 

「おや? アルベド殿から聞きましたが、ダンスを指導できる人物を探していると聞きまして、我輩、これは駆け参ぜねばと思った次第です」

 

 アインズは恐怖公を眺め、複雑な感情を抱く。

 どこの世界にゴキブリにダンスを教わる者がいるのだろう。

 人類始まって以来のゴキブリにものを教わる人間。アインズは言葉で表現出来無い感情に襲われる。

 しかし、それしかないのであれば────

 

「……よろしく頼むぞ、恐怖公」

「畏まりました、アインズ様」

 

 耳障りの良い声で、心強い返事で応えてくる。目を瞑っていれば、きっと高貴な貴族がそこに居ると思ったことだろう。

 

「それで私のダンスの相手は……恐怖公なのか? それとも別のメスゴキブリなのか? 流石に1人でエアダンスというのはちょっと厳しいんじゃないか?」

「いえいえ。吾輩や他の同族では流石にサイズが違いすぎまして問題がありましょう。そしてお一人では成長が鈍ります。やはりパートナーあってのダンスですとも。それで、どなたか他にダンスを得意とする方はおられないのですか? 出来ればアインズ様が踊られる国の社交事情についてある程度の知識がある者がよいのですが?」 

 

(そんな相手が居たっけ?)

 

 ダンスが踊れて、帝国の社交事情に詳しい者。

 アインズが頭を悩ませていると、デミウルゴスが声を上げた。

 

「そういえば、カルネ村に一人、帝国貴族の娘がおりませんでしたか?」

「……ああ。アルシェか」

 

 ポンっと手を叩き、彼女が元貴族だった事を思い出す。最近会ったばかりなのに他に驚くことがあって────クーデリカとウレイリカに正体を見破られた件だ────すっかりと忘れてしまっていた。

 更にセバスからも声が上がる。

 

「……確かもう一人、レイナースと言う女性がおられましたね」

「……何?」

 

 アインズは怪訝な様子でセバスを見る。

 

「……セバス、その情報をどこで聞いたのだ?」

 

 アルシェたち“フォーサイト”はカルネ村に移住した際に一応の保護対象となり、ナザリック内での情報共有を行ったため守護者たちが知っているのは分かる。

 だがレイナースは違う。彼女と関わったのは冒険者モモンとして、ナーベラルを伴わない一人での観光旅行の時のことだ。

 超位魔法の実験結果はアルベドに伝えはしたが、レイナースはアインズ(モモン)の指示で、その後も帝国四騎士として従事することになっている。

 こちら側の所属でない者────いずれは来るかもしれないが────現在他国に在籍しているレイナース個人については、ワールドアイテムを持って来たマーレ含め、ナザリック内の誰にも話していない。

 それが名をあげたセバスは元より、アルベドもデミウルゴスも彼女のことを知っていた様子に疑問を覚える。

 

「はっ、私が聞いたのはアルベド様からですが、情報をもたらしたのはハンゾウと聞き及んでおります」

(アイツかぁ~)

 

 確かにアインズ一人では心配だと言われてハンゾウを連れていた。

 

(『報連相』を大事にするのは組織として当たり前だけどさぁ。これじゃ俺のプライベートなんて無くないか? いや、心配してくれているのは分かるんだけど、これでは……)

 

 一人の時間が無さすぎる。

 ナザリックに居る時は常にメイドが近くに仕えていて一人っきりにはなれない。半ば無理やり休暇制度を導入したが、アインズに仕えることを至上の喜びと言って憚らないメイドたちを無下にするのもアインズとしてはあまりしたくない。

 

 アインズは今後、帝国に行った時のように一人で行動する時は誰の目もないようにしようと心に決める。

 ハンゾウは優秀なのだから他で使う方が良い。万が一アインズが一人で居る時にプレーヤーが襲って来たとしても確実に逃げられるだけのアイテムは持っている。

 

「成程、二人居られるというのでしたら更に上達出来るでしょう。吾輩、ダンスの基本は教えられますが、その国特有の習わしなどはやはりその国の者に教わるのが一番ですから。ダンスパートナーに一人、指導側に吾輩ともう一人で完璧でありますな」

 

 恐怖公が前足をワキワキさせて張り切っている。横に立つデミウルゴスも賛成の言葉を綴る。

 

「ふむ、あの帝国騎士であればアインズ様への恩もあって断らないでしょう。それに私が見た限りですが、彼女は冒険者モモンとアインズ様が同一人物だと知っても何か問題を起こす可能性は皆無だろうと思います」

(そうなの?)

 

 良く分からないがデミウルゴスがそう言うのであればそうなのだろう。

 

 式典に向けての準備が始まる────前に一つ厄介な問題が浮上する。

 それは式典本番でのアインズのパートナーを誰が務めるのか?

 

 部屋の扉を勢い良く開け放って入って来たシャルティア────何時聞きつけたのか────とアルベドがパートナーの座をかけていつもの争いを始める。

 

 しかしその争いはとある一言により終焉を迎える。「出来れば本番時にアインズ様のフォローが行える経験者が望ましい」。恐怖公の言葉はアインズにとって背中を押してくれる内容だった。これにより、アルベドとシャルティアは悔しさにハンカチを噛みながら折れることとなった。

 ────今回は。

 

 

 

 

 

 

「背中が丸まっておりますわ。指もしっかり伸ばして下さい」

 

 ここはナザリック地下大墳墓 九階層。 

 演劇、コンサート、ライブ?、スポーツ?、展示会など、様々な公演やイベントに使用される『多目的ホール』の舞台上にレイナースの指導の声が響き渡る。  

 

 帝都一等地で一人暮らしをしているレイナースの元に一人の銀髪の鋭い目をした執事がやってきた。

 「冒険者モモンと所縁がある」

 その言葉を聞いて、警戒を緩めて部屋に通すことにした。

 そして話を聞いた私は喜んで協力を了承した。

 勿論、話の内容に驚きを隠せなかったが、私にとっては関係がない。

 呪いを解いてもらった恩に、少しでも報いる機会なのだから。

 帝国には少しだけ暇をもらう。と手紙を残して来たので大きな騒ぎは起こらないだろう。

 

 音楽が終わり、ダンスも止まる。

 

「お疲れでしょう。一度休憩を挟まれては?」

 

 舞台上で練習していた二人に近づく。

 アインズは難しそうな顔をしている。練習相手をしていたアルシェには疲れが見えていた。

 

「いや、私はいい。ようやく感覚が掴めてきたところだ。アルシェは少し休んでいるといい」

「────は、はい。では、すみませんがレイナースさん」

「ええ。分かりましたわ」

 

 練習が始まってからずっとこんな感じだった。

 アルシェとレイナース。疲れが見え始めたら交代を繰り返している。その間アインズは一度も休憩を取っていない。

 

「アインズ様。もう少し肩の力を抜くと良いですぞ。リラックスしてリズムに乗るのです」

 

 もう一人、いやもう一体の指導者がアドバイスしている。

 レイナースもアルシェも、出来るだけこの声の主を見ないように心がけている。

 アドバイスは的確だし、その振舞いや話し方も非常に紳士的だ。

 それだけで見れば好感を抱いてもおかしくはないが、それは絶対に起こりえない。

 ここナザリック地下大墳墓が異形の者で溢れているのは事前に聞いていたが、コレはないだろうというのがレイナースとアルシェ共通の思いだ。

 ナザリックの皆が皆、アインズ(モモン)に絶対の忠誠を誓っているのも聞いていた。種族は様々で、アンデッドから悪魔。ドラゴンまでをも支配に置いている黒髪の青年。

 本当に何者なのだろうか。

 執事が言っていた神をも超える至高の御方という呼び名。

 そのフレーズはとても納得がいくものだった。アルシェとも話してみたが彼女も同様のことを思っている。

 

 しかし、レイナースは疑問に思うことがあった。

 立ち方に歩き方、足のポジションを確認していたアインズが怪訝そうなレイナースに気付く。 

 

「ん? どうした? レイナース」

「……あの、どうしてそんなに頑張るのですか? 貴方ほどの力があれば練習などしなくとも……」

 

 そもそも無理に踊らなくても良いのだ。

 確かに社交界の催しとして頻繁に行われている舞踏会では、貴族や富裕層たちはそれらを鑑賞するだけでなく参加して踊ることも出来なければならない。人前で披露できるだけの教養や技術が必要とされる。

 碌にダンスが出来ない貴族は教養無しと後ろ指を指され侮られてしまう。プライドと面子を潰された者は貴族社会で生きてはいけない。そういう世界なのだ。

 しかし、アインズは一国の王となる身。

 過去の皇帝の中には踊りが好きで、毎日ダンスのレッスンを欠かさなかったと言われていた者もいたようだが、現皇帝のジルクニフは踊りの教養はあっても実際に踊ることは少ない。

 王国のランポッサ三世も当然踊りを習得しているだろうが、あちらは年齢を理由に踊りを断ることもあるだろう。

 

 主催者に合わせて、同じ国のトップのアインズが踊らない選択をするのも有りなのに。 

 

 アインズは「そうだな」と、前置きして顎に手をやる。少し間を開けて。

 

「……貴族社会や社交界では教養が無い者は侮られるというのは理解している」

 

 痛いほどに。

 王国の使者がナザリックに訪れた時、もしアインズが貴族社会の教養に詳しければもう少し上手く対応出来ていたかもしれなかった。そのせいでシャルティアとユリを酷く落ち込ませてしまった。

 結果的に二人共気に病むことはなかったが、それでも。とアインズは今でも思う。

 

「私自身が侮られるのは別にどうでもいい」

 

 これはアインズの本心。アインズ自身、自分が大した人間じゃないと思っている。

 

「だが、そのせいで大事な者たちまで侮られるのは許容出来ない。ナザリックの支配者として、国のトップに立つのだから、不得手だからと何もしない訳にはいかない。それらも身に付けておく必要があると思っている」 

 

 だから頑張るのだ。

 

「……良く分かりましたわ。では、レッスンを再開しましょうか」

「うむ。よろしく頼む」

「あ、もっとお互いの腰を密着させた方がやりやすいですわよ」

「こ、こうか?」

 

 音楽が流れ始める。

 

「おお、良くなっております。その調子ですぞ」

  

 巨大ゴキブリが絶賛している中、二人の様子を見ていたアルシェはなんとなく面白くなく、ムッとした表情をしていた。

 

 

 

 




web版でシャルティアをなんちゃって殺害した人が居ますが、残念ながら彼女がパートナーに選ばれることはなかったのでした。ゴメンね。

王様って舞踏会で踊らなきゃならないのかな?理由があれば断っても問題ないとは思うんですが。
調べてみたけど良く分からなかったのでツッコミは無しの方向でおなしゃす。

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