鈴木悟の異世界支配録   作:ぐれんひゅーず

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誤字報告ありがとう御座います。
前回短かったので、今回はちょっとだけ割り増し。


30話 舞踏会

 舞踏会とは単に踊るだけの会というわけでは無い。それは1つの権力闘争の場であり、縁故(えんこ)を強めるための場所でもある。

 それも今回の舞踏会は皇帝が開いたものであり、つまりは今回の場所に来た者は、皇帝の声がかかったある程度の地位のある者ばかり。皇帝の招きに逆らえる貴族は少ないために、結果として派閥を越えて様々な貴族達が集まることとなる。

 

 広すぎでも狭すぎでもない、相応しい様式を整えた部屋にはいまや多くの貴族達が華やかな格好で集まり、穏やかな表情で談話をおこなっていた。天気の移り変わりや、自らの趣味などの穏やかな話を語り合っているが、それは表面的なものでしかない。

 夫人や連れられた息女などの女達も互いの服装などを微笑みの仮面の下で観察し、自分達の敵となる人物を探しており、たわいも無い会話に紛れて棘をぶつけ合っていた。

 

 ある意味、今回の舞踏会こそ貴族社会の醜悪な部分を集約したものといえよう。

 

 そんな彼らの話題として最新のトピックスは新たに国を興した人物だ。

 先の戦争で圧倒的武力を知らしめたと噂される強大な魔法詠唱者(マジックキャスター)

 より上位の貴族は噂という曖昧なものではなく、どのような事が起きたのか詳しく知る者もいた。

 あの鮮血帝と呼ばれる皇帝が同盟を組むと決めたほどの人物。上手くお近づきになれればどれほどの利益を得られるというのか。

 また、新興国というのもねらい目だ。国土が周辺国家と比べてかなり小さく、政治的、経済的にも同盟国である帝国の貴族が介入する術はあるはず。

 

 ここに集まる者全て────とまでは言わないが。談合、他派閥との交渉、威圧など、そういったドロドロとしたものが渦巻いていた。 

 

 

 

 部屋の一角。真紅の絨毯が敷かれた階段が伸びているその上はちょっとしたテラスのようになっていた。階段突き当たりはカーテンが垂れているが、その奥にさらに道が続いている。

 

 テラスに一人のでっぷりとした男が、見た目とは裏腹な、品の良い声を上げた。さほど大声を出していないというのにも関わらず、広い室内に響き渡る。

 呼んだのは貴族の名前だ。

 それに伴い、カーテンが開かれる。

 そこに立っていた2人の男女が集まっていた貴族達の様々な感情を含んだ視線を浴びながら、微笑みを浮かべ優雅に階段を降りはじめた。その男女が下まで降りきれば、再び貴族の名が呼ばれ、カーテンが開かれる。

 それを繰り返し、幾人もの貴族達が優雅にパーティー会場に入場している。

 

 そことは別に、舞踏会場で一段高くなった場所。

 テーブルと何席ものイスが置かれており、四隅を武装した騎士達が守っている。最強と名高い帝国四騎士が守るその場所はいうまでもなく皇帝たる人物が座す席だ。

 

 しかし、そこに腰掛けている者はいない。

 

 通常、主催者であれば最初にここに来て、招いた客を歓迎するのが普通である。しかし絶対的な権力を持つ、皇帝に関しては話は別だ。皇帝こそ最後に呼ばれる名前である。

 

 だが、会場中の予想を裏切り、件の人物が呼ばれていないにも関わらずバハルス帝国皇帝、ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスが呼ばれる。

 慌てたように貴族達が頭を下げる中、貧しいともいえるような質素な格好をした女性を連れたジルクニフが階段を優雅に下りる。

 二人はそのまま進むと帝国四騎士に囲まれた壇上の席に座り、テラスに立つ男に合図を送った。

 

「皆様、これよりアインズ・ウール・ゴウン魔導王陛下のご来場となります」 

 

 

 

「ようやくか。随分と待たされるものなのだな」

「────アインズ様。後に呼ばれるほど皇帝陛下が重要視している証です」

「それは分かっているが……」 

 

 ジルクニフがアインズの位置付けをどうしているかを貴族内に知らしめるためなのは理解していても、こういう場に慣れていないアインズとしては入場ぐらいサッサと済ませてしまいたいと思っていた。

 

(貴族社会とは面倒くさいものだなぁ)

 

「あっ、カーテンが開かれます」

「おっと、ではアルシェ。手を」

「────はい」

 

 開かれていくカーテン。その先を、まずはメイド服を着たプレアデスの六人が進んでいく。

 静寂の場へと変わった会場、楽団ですら演奏することを忘れてしまっていた。

 プレアデスが左右に並び、互いあわせに向き直ると、背筋を伸ばし、綺麗な姿勢で頭を垂れる。それはまさに主人の登場を待つ、メイドの見事な姿である。

 

 貴族たちの目は余りにも美しいメイドに釘付けになっていた。

 綺麗に着飾った女たちも例外なく。

 

 そして、新たに姿を現した男女を捉える。

 一人は見事なまでに美しい、純白のタキシードをスラリとした肢体に纏った男だ。

 白金を使っていると思わせる輝きを放ち、一着で大貴族の一族の一年の生活を支えることすら余裕であろう金額が予想できる服だ。その顔つきはとても穏やかで、優し気でいながらも意思の強そうな瞳をしている。この辺りでは珍しい黒髪黒目は独特の魅力を放っていた。

 

 男に手を預けながら降りてくる少女もまた美しかった。

 ワンピース型で袖はなく、胸と背を広くあけている淡い桃色のイブニングドレス。

 腕はオペラグローブ(長手袋)を着用し、スカートが床まであるので見えにくいが、靴もドレッシーなものを履いている。その一つ一つが魔法的な輝きを放っているのが目の肥えた貴族たちには理解出来た。隣の男の衣服と同等、あるいはそれ以上だと感じさせる。

 

 艶やかな金髪の髪は肩口あたりでざっくりと切られた気品のある美しい顔立ちをしている。

 顔に施しているのが僅かな紅だけ、その可憐さは決して化粧によって作られたものではなく天然のもの。

 

 このコーディネートはパンドラズ・アクターによるもの。

 偉大な父のパートナーを務めるアルシェのために、張り切った領域守護者が宝物殿から見繕った物だった。

 と言ってもナザリック感覚ではそれ程貴重な物ではない。あくまで見た目重視で選ばれている。

 

 ワーカー時代で痩せ気味だった肉体も生活環境が変わったお陰か、今では女としてそれなりに肉付きが良くなってきている。下着がきつくなってきたため新調しなければと考えるぐらいに。

 

 アルシェに施されたのは他にもあった。

 アインズの練習相手を空けている間に、第九階層にある『エステサロン』という場所へと連れて行かれていた。

 そこには専用のメイドが待機しており、痩身や脱毛、美白などの美容術を受けることとなった。

 

 元々可愛らしい顔立ちをしていたアルシェだが、着飾った令嬢となったこの姿は「プレアデスにも引けをとらない」とレイナースに言われたのは素直に嬉しかったりする。

 

 アインズも同様の思いを抱いていた。

 ハムスケの瞳を『英知溢れる』などと評された例があったり、どうもこの世界の感覚はどこかおかしいと思っていたが、容姿の美醜に関しては違いがない。アルベドやシャルティア、プレアデスなどの絶世の美女、美少女を見慣れたアインズからしてもアルシェは十分美少女だと思っていた。

 

 会場の貴族たちの様子を見ればメイドだけにではなく、アルシェを見て感嘆しているのが嫌でも分かる。

 こういった場では基本的に女が主役となる。女の方が男よりも宝石などの装飾品で、より着飾ることが出来、見栄えが良いのだから。

 もう一つ、この場において女というのは男の身を飾る宝石のようなもの。女が輝けば輝くほど、それを連れた男の力を誇示する面がある。宝物殿領域守護者が張り切るのも至極当然の流れであった。

 

 だからこそ全ての貴族達が理解する。

 魔導王がこれ以上無い宝石でそれも無数に身に飾っているということが、どの貴族もが足元に及ばないだけの力を持つと言うことを。その中には皇帝すらも入っていることも。

 

 魔導王の一団が皇帝のいる場までゆっくりと進む。

 魔導王アインズと皇帝ジルクニフ。互いの名を呼び捨て合い、抱き合い、軽く背中を叩く。それは王族としての態度ではなく、男友達の姿だった。

 

「さぁ、私の新たな友人も来たことだし、舞踏会を始めよう」

 

 

 

 ジルクニフの話は上手く、面白い。

 身近な題材を会話のネタにしながらも、引き込まれるような話の展開や描写だ。そして上手いタイミングでこちらにも話を振って、会話を引き出してくる。まさに完璧なホストであった。

 アインズのホストがジルクニフなら、アルシェのホストはジルクニフが連れた女性、ロクシーが務める。

 

 アインズの様子を周りの者が見れば、とても落ち着いて見えることだろう。

 内心、この後のダンスが不安で一杯なのを悟られないよう必死だとは気付かず。

 

 アルシェは別の要因で少し落ち着かない様子だった。

 没落したとはいえ、彼女は元は帝国貴族。

 それが他国(魔導国)側で出席しているのだから、どういうことだと思う者は当然いることだろう。

 アルシェからすれば、もう帝国貴族ではないのだから咎められる謂れはない。と主張しても特に問題にはならない。

 皇帝と魔導王の先ほどのやり取りを理解していれば、パートナーであるアルシェを貶める行為は二人の王を敵に回すようなもの。そんな愚かな者はこの場にいない。

 

 アルシェもその辺のことは良く分かってはいる。分かっていても、いざこの場に来るとどうしても考えてしまうのだ。

 

 この場は皇帝自ら開いた特別な舞踏会。つまり地位は勿論、皇帝の覚えの良い貴族しか呼ばれていない。

 フルト家は帝国貴族として100年以上帝国を支えてきた名家であった。当然、アルシェは貴族令嬢として舞踏会などに何度か参加したことがある。

 この場に、当時のアルシェが顔見知りになった貴族は────

 

 少なかった。

 

 没落前にフルト家が参加していた貴族の集まりも、鮮血帝の改革の一環で貴族位を剥奪された家がほとんどだった。

 『類は友を呼ぶ』という言葉がある。

 

 少なからずいるアルシェと面識のあった者も、フルト家の娘だとは気付かない。

 メイドの美しさに魅了された者。

 豊満な胸や臀部に目が釘付けな者。

 

 しかし、そんな中でもアルシェに気が付いた者はゼロではなかった。

 

 

 

 アインズはジルクニフとの楽しいお喋りだけで、今日はもう帰りたい気分だった。

 しかし、現実は甘くなく、アインズの聞きたくなかった単語がジルクニフより紡がれる。

 

「そろそろ良い時間だな。主賓に代表して踊って欲しいのだが……本来なら私達も一緒に踊るのが基本なんだが……」

「ああ、言いたいことは分かっているさ」

 

 アインズはそう告げてゆっくりと立ち上がる。アルシェの名を呼び、手を引いてエスコートする。

 

 警護として立っている帝国四騎士の一人。レイナースをチラリと見ると、パチッとウィンクを送ってきた。

 それはアインズとアルシェに向けたエール。

 アインズとアルシェは目だけで返事を返す。

   

 恐怖公の監修の下、ダンスの練習はみっちりと積んだ。

 アルシェとレイナースが交代で休む中。アインズは休息や睡眠をアイテムで無効化してずっと励んだのだ。 

 短い時間ではあったが、その内容は非常に濃い。数日の訓練は、普通の人間であれば数週間にも匹敵するものだっただろう。

 

(人事を尽くして天命を待つだ。最大限の努力をしたのだから、結果がどう出ても後悔はない……はず)

 

 アインズの心境はそんな感じだった。

 アルシェもレイナースからの励ましを受けたせいか、先ほどとは打って変わって落ち着いた様子を見せる。

 

 楽団が奏でる曲が変わった。

 

 

 

 

 

 

(お、終わった)

 

 人生が終わった。ではなく、一度のミスもなくダンスをやり切った安心感からの心の呟き。

 べっとりと汗で濡れているような気がする。しかし、それは気のせいだ。対策としてアインズのタキシードは常に快適な状態を着用者に与えてくれている。汗などはそうそうかかないし、かいても下に着ているインナーが即座に吸収・分解してくれるのだ。 

 

 万雷の喝采を全身に浴びながらジルクニフとロクシーがいる元の席に戻る。

 二人共笑顔で拍手して迎えてくれる。ダンスについても褒めてくれる。皇帝の目から見ても合格ラインを超えたようだ。

 

 それより目に付いたのはレイナースだった。

 会場の誰よりも大きな音を立てて拍手している。

 頭をうんうん、と上下に振り、感動しているようだった。

 

(レイナースとアルシェには感謝しなければならないな)

 

 無事、鬼門を潜り抜けたアインズは人心地ついたように軽く息を吐きだす。

 

(これで帝国からは王国のように侮られる心配が減っただろう)

 

 王国の使者のように、アインズを経由してナザリック全体がバカにされるのはもう御免だった。 

 ジルクニフのこれまでの態度から見れば、たとえアインズが社交場に疎くても気にしないような気もするが、それは希望的観測に過ぎない。

 一国の王となった今、ダンスが出来て困るようなことはないだろう。

 今後活かされるかは知らないが。

 

 

 

 アルシェは四人用のテーブル席で、一人椅子に座っていた。

 ダンスが終わってアインズとアルシェが席に座るや否や、皇帝がアインズを皆に紹介したいと連れ出していった。ロクシーもそれに続く。

 こういった場合は女性も一緒に居た方が良いのだ。

 アインズのパートナーであるアルシェが一緒に行かない────行けないのは婚姻関係ではないから。貴族社会とはそういうものなのだ。

 そして、「婚姻関係です」などと厚顔なことも言える訳がない。アルシェはそこまで命知らずではない。

 

 帝城のどこよりも遥かに豪華で荘厳だったナザリック地下大墳墓。

 ダンスの練習のためにナザリックに滞在したのはほんの数日間。

 その間、ナザリックを代表してダンスの指導を行っていた黒光りするあまり思い出したくない異形の者。

 あまり嫌悪感をあらわにしては申し訳ないと思ったアルシェは────レイナースも────彼と会話をすることもあった。

 その中で、舞踏会の流れで今の状況も話しており、アインズの妃候補がちゃんと居るらしいと聞いていた。

 らしい、と言うのは女性側が言っているだけで支配者のアインズは容認していないからだとか。

 恩がある身でその中に入るなどとても出来たものではない。

 ついでに妃に立候補しているのは二人で、絶世の美女、美少女らしい。

 

 アルシェは入場時に自分にも羨望の眼差しが集まっていたのは借り物の衣装のお陰だろうと思っている。その証拠に、男性貴族の目はそれぞれのメイドに集中している。

 

 ナザリックでアルシェとレイナースの食事の世話などをしてくれたメイドの人たちも、それぞれ違った美しさを持っていた。

 チラリッと会場に居る六人のメイドを見れば余計に気が滅入ってしまう。

 アルシェだけではなく、会場の若い女性たちの誰もが同じような感じだ。

 あれほどの美を目にすれば『負けた』と戦意喪失してもおかしくもなんともない。嫉妬する気も起きないほどだ。

 いや、正確には明らかに嫉妬している者も居る。

 それは若い男性貴族だ。その視線はアインズに向いている。

 

(美しい女性を抱き放題……なんてことでも考えてそう。そんな感じじゃなかったけど)

 

 あくまでアルシェの予想ではあるが、アインズは色欲に溺れている人ではない。『慎み深い』が正しい表現だろうか。

 

(あ、あの人は……確かグランブレグ伯爵)

 

 アインズたちの方では皇帝が直々に貴族を紹介している。今紹介された伯爵などは大貴族の一人だ。

 顔と名前を覚えるのは貴族の必須技能の一つなのだが、アインズの場合は無理に覚える必要はない。

 王であるアインズが交易などで帝国と渡りをつけたいと思ったら、ジルクニフに伝えればそれで済む。

 同盟国であり、なにより友であるのだから。

 それでも、覚えておいて損がないのは大貴族か、大商人あたりではないだろうか。

 

 レイナースがアインズの動向を見守っているように、アルシェもアインズの姿を追っていく。

 アインズの姿を追うとなると、アルシェがあまり目にしたくない人物もどうしても視界に入ってしまう。なにせずっとアインズの傍に居るのだから。

 

 鮮血帝。

 

 なにせ、幸せだったフルト家を崩壊させた張本人なのだから。

 しかし、アルシェは鮮血帝を殺してやりたいと思うほど憎んではいない。

 鮮血帝が多くの貴族を粛清したお陰で民の生活は豊かになり、活気にあふれる様になったのは疑いようもない事実。歴代皇帝で最も才能が優れていると言われているのは伊達ではない。

 フルト家が貴族位を剥奪されたのも、皇帝が見据える今後の帝国にとって『必要ない』と判断されたから。

 処刑されなかっただけマシだったのかもしれないのだ。

 アルシェがワーカーに身を(やつ)した真の原因は────語るまでもない。

 鮮血帝は国のために行ったのだ。恨むのは筋違い。

 しかし────それでも何も感じない訳がない。

 鮮血帝が視界に入ると微妙な顔付きになってしまうのは仕方がないだろう。

 本人の前では流石に演技してバレないように隠してはいた。

 向こうもアルシェの心境などお見通しであったかもしれないが、何の素振りもなかったことから気にもしていない可能性もあった。

 

 複雑な気持ちを振り払う為に視界の焦点をアインズに絞ってみる。

 普通にカッコいいと思う。珍しい黒髪黒目は不思議と会場の中でも魅力的に見える。恩があるから他の人とは違った特別な見え方をしているだけかもしれない。

 しばらくの間、一点に集中していた。

 

 そんなアルシェの方へ、歩いていく三人組が居た。

 

「アルシェちゃん」

「っ!……レ、レーちゃん!?」 

 

 アルシェに声をかけた少女は金糸のような輝きの髪を後ろに流し、額を大きく出した髪形をしている。

 意志の強さを感じさせる瞳の色は赤に近い黒。アルシェと同じように盛り上がりに欠ける点が難点といえば難点だが、それ以外にマイナス点が付けられる場所は無い美人である。

 

「びっくりしたわ。急に学院を辞めて冒険者だかになったって聞いてたのに。何にも話さないでいなくなって……心配したんだからね」

「────ご、ごめんね。そ、その……色々あって……」

「……ま、無事でいたんならそれで良いんだけどね」

 

 レーちゃんと呼ばれた少女は学院を去った理由をそれ以上追及しなかった。

 自分の家、フェンドルス家も没落寸前の貴族。フルト家が貴族位を剥奪された情報は聞いていて察しがついたのだ。 

 

「フェンドルス様。よろしければ私たちにもご紹介いただけますか?」

 

 冷静に声を上げたのはボブカットの少女だ。もう一人の少女もうんうんと首を縦に振って抗議していた。ボブカットの少女は三人の中では最も身長が高く、低い二人と並んでいる所為でやたらと高く見える。

 

「あっと、ごめんなさいね。つい。以前、話したことあるでしょ。学院で主席だった娘で……」ここでレーちゃんと呼ばれた少女は警護している四騎士から向けられているちょっと冷たい視線に気付く。

「……アルシェ・イーブ・リイル・フルト様よ」

 

 そして、アルシェにも一緒に居る二人を紹介する。

 

「も~、レーちゃんは声が大きいから」

「っさいわね。……申し訳ありませんでしたアルシェ様」

 

 小さな声で怒鳴る器用な真似を見せ、額を大きく出した少女は令嬢らしく振舞う。

 それに対してアルシェは首を横に振り。

 

「────気にしないで。それと『様』なんて付けないで前のように話して欲しい。周りにあまり聞こえないぐらいの声でなら問題ないと思うから」

「そ、そう? 私もあんまり堅苦しい言葉使いは苦手だから正直助かるわ」

 

 貴族令嬢としては褒められたことではないのだが、ワーカーとして数年生きて来たアルシェも堅苦しいのは少しばかり気後れしてしまう。何処でボロが出てしまうか気が気でないのだ。もし、アルシェがヘタな行動をしてしまったら泥を被るのはアインズなのだ。それだけはしてはならない。

 

 額の大きな少女はアルシェが学院時代に仲良くしていた数少ない友人。気負う必要はないだろう。

 それに、アインズのパートナーであるアルシェが一人ポツンと座っているだけというのも少し問題だ。利用するようで申し訳ないが、この場が女性だけの空間になれば、アルシェをダンスに誘おうとする男の牽制にもなる。

 

「それで……魔導王陛下だっけ? アルシェちゃん、王様のパートナーなんて凄いじゃない。一体何があったの?」

「────そ、それは……話したくないこととか……話せなかったり、とか」 

「あぁ……まぁ、色々あるわよね、お互いにさ。私のお父様も無理難題を言いつけてくるんだから。私が魔導王陛下に見初められる可能性なんて低いでしょうが……娘で博打うつなって言うの」

 

 『父親の無理難題』。この言葉に、アルシェは気にはなるがあまり思い出したくない人たちのことが頭をよぎってしまい、堪らず聞いてしまっていた。

 

「────ねぇ、私の家は……その……どうなってるか知ってる?」

「えっ?……ああっと、あなたの家が貴族位を剥奪されたって話は聞いてるけど、屋敷の方は、私は知らないの」

「……あの、私は聞いたことがあります。ですが……」

 

 言い淀むということは、つまり聞いて気分の良くないことなのだろう。

 それでもアルシェは現状を知る必要があると考え、リズという少女に強く願い出て聞き出そうとする。

 

「……分かりました。そこまで言われるのでしたら」

 

 ボブカットの少女から聞かされたのは、アルシェが幾つか予想していた結末の一つだった。

 現在、フルトの屋敷は廃墟も同然の状態で人が誰も住んでおらず、国が管理する土地となっていた。

 執事のジャイムスや使用人たちはアルシェが渡した退職金を手にどこかで生きているだろうが、最後まで家に残っていたアルシェの両親は────。

 

 『行方不明』と貴族内で噂が流れているらしい。

 

 心を入れ替えなかった両親の自業自得。そう割り切れればどんなに気が楽になるだろうか。

 アルシェ自身はこういう未来も覚悟していたが、幼い双子には辛い事実。

 仕方がなかったとはいえ、姉の決断で親を失った双子は両親と二度と会えない。そのことを悲しむのは確実。

 しかし、自分が見捨てた結果なのだから受け入れなければならないし、前を向かなければならない。これからはアルシェが二人の親代わりとして頑張らなければならないのだから。

 

 空気を読んだのか、アルシェの気配の変化に気付いた少女はデコっとした額をキラリと光らせアルシェに問いかける。

 

「ところでさ、冒険者をやってたんでしょ? その時の冒険譚とか聞かせてくれない?」

「────冒険者じゃなくて、ワーカーなんだけど……それぐらいなら」 

 

 アルシェは“フォーサイト”として様々な地を冒険したことを語る。

 危険なモンスターと闘い勝利したこと。

 依頼で希少な薬草や鉱物の採取に外の情景など。

 勿論、血を見るようなことや血生臭いこともあったが、その辺りはボカして語る。友人とはいえ、とても貴族令嬢に聞かせられるような内容ではない。

 

 レーちゃんと呼ばれた少女は「ふんふん」と相槌を打ったり「それで、どうなったの?」とアルシェの語る冒険譚に上手いこと色を添えてくれる。

 ちょっとした吟遊詩人となったアルシェの話に他の二人は観客のようにただ聞き入っていた。 

 

「……はぁ。冒険者、じゃなくてワーカーってどっちも聞いた通り大変そうね。私じゃ命が幾つあっても足りなさそう。……でも、良かったわ」

「?……何が?」

「あなたが今も魔法の鍛錬をしてるみたいで。歴史に名を残すような魔法詠唱者(マジックキャスター)になるのが夢だったんでしょ?」

「っ!……う、うん。そうだね。鍛錬はずっと続けてる」

 

 思わず返事に窮してしまった。

 魔法学院の生徒であった頃のアルシェは、主席宮廷魔術師の弟子として励んでいれば、いつか夢を叶えることが出来ると思っていた。

 だが、家の事情で師匠にも何も告げずに学園を去り、夢を諦めるしかなくなってしまった。

 カルネ村に住むことになってからも、妹たちの世話や村の手伝いの合間に鍛錬は続けていた。

 しかし、いつからだったか。あれは第三位階を使えるようになってしばらく経った頃だろうか。

 自分の成長を感じられなくなったのだ。新しい魔法の習得も、魔力量の増加もほとんど感じない。

 やはり独学だけでは碌に成長することは叶わないのかもしれない。

 魔法を志す者は誰もが師を持ち、教えを受けている。どれほど魔法の才がある者でもそれは変わらない。唯一と言える例外が帝国主席宮廷魔術師。長い年月をかけ、独学で”逸脱者”と呼ばれるほどの高みに昇った偉大な魔法詠唱者(マジックキャスター)なのである。

 

 ここでアルシェは主席宮廷魔術師よりも遥かに強大な魔法詠唱者(マジックキャスター)をチラリと見る。

 今も皇帝に紹介される形で、立派な髭を蓄えた貴族と談笑している黒髪の男性。

 あの方の教えを受けることが出来れば、アルシェの夢は叶うだろう。しかし────。

 

(そんなお願い、出来る訳ない)

 

 今回パートナーを務めることで近い存在だと勘違いしてしまいそうだが、相手は一国の王となる人物。対してアルシェは華やかな舞踏会が終わってしまえば、それなりの魔法が使えるだけのただの一般人。

 ダンスを教え、舞踏会に同行するだけでアルシェが受けた恩と釣り合うとも思っていない。いつかは受けた恩を返しきれるよう頑張るつもりだが、どうすれば報いることが出来るのかは未だ分からない。

 そんな現状で魔法を教えて欲しいと懇願するなんて、恩知らずと思われても仕方がないし、第三位階を使える程度の小娘を弟子にするメリットがあるとも思えない。

 自身の夢に関しては仕方がない。仕方がないのだ。

 今のアルシェに出来ることは、幼い双子が幸せに暮らせるように頑張ることだけ、なのだから。

 

 

 

 一方、アインズは腹に何か隠してそうな貴族たちの相手に辟易していた。

 貴族同士のやり取りでは『言質を取られないこと』。教わった注意事項を守りつつ無難に、作業のようにこなしていく。

 

(……ん?)

 

 ふと、今まで向けられていた視線────興味や嫉妬────とは違う感じの視線を感じたアインズはソレと思われる方向を向く。

 そこではアルシェが同年代っぽい少女たちと話している姿があった。

 

(あぁ、なんかあそこだけ空気が違う感じだなぁ)

 

 魔導王に取り入ろうと画策している者。

 派閥同士で何か話し合っている者。

 魔導王に自分の娘を嫁にやり、力を得ようと企んでいる者。

 

 権力と欲望が入り混じる中、そこだけがある種の清涼剤のような空間を作り出していた。

 厳密には、同じ派閥の令嬢同士が裏表の無い会話をしている場も似たようなものなのだが、アインズは結構一杯一杯でそっちの方に目が行かなかった。

 

 その後も、アインズは特にチョンボすることなく舞踏会を終える。

 

 

 

 

 

 

「それで、アインズをどう見る?」

「一般人……としか思えませんでしたね」

 

 舞踏会を終え、ジルクニフはロクシーの部屋に足を運んでいた。

 

 彼女は、バハルス帝国皇帝、ジルクニフの愛妾の一人。

 出身の地位や容姿はよろしくないが、非常に優れた母親としての性格をジルクニフに買われて愛妾となった。

 また頭の出来もよく、ジルクニフがあってきた女性の中では五指に入る。

 自身や実家の栄達や利益を考えず、次代の皇帝を立派に育て上げたいという無欲な願いだけ持っている。また、皇帝になれなかった子に対しても母親としての愛情を与えることが出来る稀有な女。

 帝国の女では唯一、皇帝を皇帝と思わない冷徹でそっけない言葉を平気で言い放ったりする所があるが、それでもしもジルクニフに殺されるようなことがあれば、その程度の男と見限るつもりでもあるらしく、そういったロクシーの支配しきれない性格をジルクニフは苦手としている。

 そして、ジルクニフが理想とする完璧な母親。

 それがロクシーと言う女性である。

 

「お前もそう感じたか。いやはや、あの男の擬態は見事なものだったよ。よくぞあそこまで一般人の振りができると感心してしまうほどだ。もしかすると何らかの魔法によるものかもしれないな」

「陛下から聞いたナザリック地下大墳墓なる地でのことを考えると、数多の異形なる者たちを支配する魔導王が一般人という評価自体が間違っているんでしょうね。あの周囲にいたメイドたちも人間ではない雰囲気を幾人か放っていましたし……後はあまりダンスには慣れて無いようなイメージもありました」

「まぁ、異形種ばかりの城でダンスをしてるイメージが湧かないしな」

 

 ナザリックには人型も居たが、大半は体の造りや大きさが違う者ばかりでの舞踏会。想像しただけで寒気がした。

 

「アインズにとって、帝国と同盟を結ぶメリットはどこにあるのだろう」

 

 半ば独り言のように呟いた言葉。

 

「陛下は魔導王と友となったのでしょう。私には魔導王が親睦を深めようとしていたようにも見えましたが」

「はっ!?」

 

 口を半開きにして思わず呆けた表情になる。

 

(いやいや、無いだろ普通に。ありえん。……いや待てよ。確かに私との会話を楽しんでいたように感じた……いや、それも演技とか?……それとも……) 

 

 思考の海に囚われるも答えは出ない。全てが演技だとしても、その目的も掴めない。

 

「どちらにせよ、敵対するのは愚か者のすることです。くれぐれも帝国を火の海にしないようお願いしますね」

「……分かっている」

 

 言われるまでもないこと。ジルクニフは眉間に皺を寄せる。

 

「……そう言えば魔導王のパートナーの少女。彼女がアルシェ・イーブ・リイル・フルトでしたね?」

「それがどうかしたか?」

「……いえ、別に」

 

 何か含みでもあるのか、意味深な気配を漂わせておきながら、すぐに元の雰囲気に戻っていた。

 

「お聞きしたいのは以上ですか?」

 

 ジルクニフが一つ頷くと、ロクシーが微笑んだ。その笑顔は今日、ジルクニフがこの部屋に来て最も明るいものだった。 

 実の母から愛情を何一つもらえなかったジルクニフにとって、理想の母親であるロクシーの笑顔は特別だった。

 美醜など関係ない。暖かい何かを感じるよう────

 

「話が終わったら、とっとと他の娘のところに行ってください。一度妊娠した娘のところには絶対に行かないようにお願いしますね」

 

 ジルクニフの眉間に深い深い皺が寄る。

 

 

 

 

 

 

「痛っ! ちょっとシャルティア。また足を踏んだわよ。全く、これで何度目よ」

「まだ十回ぐらいでありんすぇ。そう言うアルベドこそ、さっきは随分強く踏んでくれたでありんすね」

「あら、ごめんなさいね。貴方が無駄に詰めてるものが邪魔で足元が良く見えなかったのよ」

「なにをぉ!」

「やんのかゴラァ!」

 

 ナザリックの最高支配者がダンスの練習を終えた部屋。『多目的ホール』にてアルベドとシャルティアの二人がダンスをしていた。

 目的は当然、次の機会があった時には自分こそが愛する男のパートナーを務めるために。

 しかし、ちょっとしたことで喧嘩を始めてしまうので、上手くいっているとはとても呼べない状態である。

 

 白熱しだした二人は、相手の腰に廻していた手で胸倉を掴み合い、最早蹴りと言った方が正しい応酬を繰り広げる。

 

「……お二人共。それはもうダンスではなく、柔道になってますぞ」

 

 

 




「アルシェちゃん!」
「さんを付けろよデコ助!」

アルシェが抱いていた夢は無難なところで。

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