鈴木悟の異世界支配録   作:ぐれんひゅーず

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いつもいつも誤字報告ありがとう御座います。


32話 冒険者ダンジョン2

 クレア、ティラ、レイナース一行は探索を再開する。

 骨の竜(スケリトル・ドラゴン)と戦った広間で碌に休むことなく先に進んだのは、上方にある穴からいつ、次のモンスターが現れるか分からなかったからだ。

 

 レイナースは下半身がスースーするのが落ち着かなかったのだが、モンスターから強襲される危険がある中で、防具を外して無防備な状態を晒すのはあまりにも危険だというのは分かっている。

 渋々ながらも諦めることとなる。

 それでも、湧き上がってくる恥ずかしさはどうしようもない。

 

 レイナースの羞恥心など知ったことかとばかりに一行を迎えるダンジョンの難易度は少しずつ上がってきている。

 天井にへばり付いていたスライム種の奇襲。

 巧妙に設計された死角からの奇襲や背後からの挟撃。

 やられることはほぼないが、それでも少しずつ苦戦し始めていた。恥ずかしいからといつまでもマゴマゴしている訳にはいかない。

 レイナースはようやく意識を切り替えることが出来た。

 そこからのレイナースの活躍ぶりは目覚しいものだった。

 もし、他の冒険者が目にしたなら『鬼神の如き』と評価されていたことだろう。

 後にクレアとティラは口を揃えて当時のことを語る。

 

「「あれはヤケクソになってるだけ」」

 

 

 

「ハァ、ハァ、ハァ」

「いやぁー。レイナースのお陰で随分進んだねえ」

 

 存分に暴れて、肩で息をしているレイナースの傍で、クレアが呑気な声をあげて先を窺う。

 

骨の竜(スケリトル・ドラゴン)が居た場所が中間地点だとすればそろそろ……おっ?」

「いかにもな扉がある」

 

 ティラも視界の先を見据える。

 地面と横壁が土だった今までと打って変わって石畳で作られた通路。

 その一番奥に見える重厚な扉。

 

「一階層最後の試練……かな?」

「多分……横に別のドアもあるけど」

「ん、どれどれ」

 

 ティラの指摘にクレアは通路の右側のドアを調べてみる。そこにはプレートに文字が書いてあり、この部屋が何なのかを教えてくれている。

 

『休憩所』。

 

 三人は知りもしないことだが、ダンジョンにおけるお約束。

 ボス部屋の前に用意された回復ポイントである。

 

 ティラがドアを開け、中を窺う。

 通路と同じく石畳で囲まれた部屋の真ん中に水を噴き出す噴水があるだけで他には何もない。

 安全を確認したティラが、未だ息の荒いレイナースに声をかける。

 

「この中は安全みたい。私たちは待ってるから先に入ると良い」

 

 それはレイナースからしたら正に朗報。二人にお礼を言いながら足早に部屋に入っていく。

 同性とはいえ本当の緊急時以外、女性のデリケートな部分を他人に見られたいと思うほどレイナースは変な趣味を持ってはいない。

 

 少しして、中から「どうぞ」の声が聞こえたクレアとティラが改めて部屋に入る。

 噴水の淵に腰掛け、新鮮な水で汚れた個所を拭いて人心地つく三人。

 からかう気が起きないほどの痴態を晒してしまったレイナースも、今度こそ本当に落ち着けた様子。

 

 クレアはレイナースにちょっとだけ同情する。この先にもあんなふざけた悪魔が現れたら一息で始末してやると密かに誓う。

 もし自分があんな目にあったらどうなっていたか考えてみる。

 

(……レイナースほど取り乱しはしないだろうけど、やっぱ冷静ではいられないだろうな)

 

 性格破綻者と揶揄されたこともあるが、一応は女だと自覚している────つもりではある。

 ティラの場合は、シレッとして全く動じたりしなさそう。そんな気がしていた。

 

 休憩所は意外に広く、十人ぐらいは余裕で寛げるスペースがあった。

 新鮮な水を噴き出す噴水しかないが、それで十分。

 水浴びしても良いし、飲んでも問題ない。なんなら食事をするのも良いだろう。

 

「少しだけ扉を調べてくる」

 

 ティラは先の様子が気になるのか、偵察を買って出る。

 「よろしくねぇ」の声を背に受け、手をヒラヒラ振って休憩所から出るティラ。

 

 部屋には、溜まった疲労を回復させるポーションを飲み終わったレイナースとクレアの二人。

 クレアは踏み込んだことを聞いてみる。

 

「……レイナースってさぁ、確か呪いを受けてたんだよね」

「えっ? ええ、その通りですわ」

 

 帝国四騎士、“重爆”の情報は当然ながら法国に所属していた頃から風花より聞いて知っている。皇帝から何度か解呪の依頼が来ていたのも。

 皇帝の依頼を法国上層部は完全に無視。

 法国には第五位階の魔法が使える神官が居るのだが、それは秘匿されている情報。

 大儀式で更に上の位階魔法も行使可能なのだが、それも当然他国に漏らすことはない。

 

「解呪したのってアインズ様なんでしょ? ねぇねぇ。どんな魔法だったの? 気になるんだぁ。教えて」

「それは……ごめんなさい。約束したので言えませんわ」

 

 魔導王の配下になっているクレア相手ならば、アインズの力の一端を話したところでなんの問題もないのだが、約束は約束。レイナースは絶対に口を割ろうとはしなかった。

 

「むぅぅ、まぁいいんだけどね。解呪してもらったからアインズ様に付くことにしたわけか」

「まぁ……そんなところですわ」

「ふーん。……じゃあさ、もし他の誰かに解呪してもらってたらソイツを慕って付いてた? ソイツが下心満々の欲望に塗れたような奴でも」

「はぁっ!?」

 

 唐突な質問の内容に呆れたような声を上げるレイナース。

 

 クレアはなにも悪気があってこんなことを聞いたわけではなかった。

 百年毎に超級の力を持ってやって来るプレイヤーと呼ばれる存在。

 人類種絶滅の危機を救い、自身の生まれ故郷である法国を作った六大神や、十三英雄のリーダーのように誰かを、何かを救うために活動していた善とされている者。

 そして、プレイヤーと呼ばれる者の中には八欲王のように欲望に狂った者もいたのだ。

 クレアから見てもレイナースは非常に美人である。そして、呪いと言う厄介な問題を抱えていた。

 目を付けられた場合、解呪自体もプレイヤーにとっては苦でもないだろうし、恩を着せて欲望のはけ口にされる恰好の的となりえそうなのだ。

 そう思ったクレアの出来心というか、ちょっとした好奇心からの質問であった。

 

 対するレイナースは「ふざけるな!」と怒鳴りたいところであったが────。

 

「……恐らく当時の私でしたら身体を捧げるだけで呪いを解いてもらえるのなら、喜んで捧げたでしょうね。その後も望まれるならそのままに……でも、そんな輩でしたら身体は許しても心までは断じて許しませんわ」

「本性を隠してたら?」

「そのくらい見透かせますわ。そういった欲望は隠そうとしてもにじみ出るもの、女性からしたらとても分かりやすいものですし、元貴族ですから見逃すこともありませんわ」

 

 この世界の者は、特に女は力を持つ者に惹かれやすい傾向にある。力の中身は純粋な戦闘力だけでなく、金や権力といったものも含まれる。

 クレアの例え話に当てはめれば、レイナースは救ってくれた相手に感謝し惚れる。または慕うようになる。となってしまう。

 馬鹿な。あり得ない。あり得る訳がない。

 確かに感謝はするだろうし、対価を求められれば当然払おう。抱きたいと言われればどうぞお好きにだ。

 だが、それで下衆な相手に敬愛や尊敬といった感情が生まれる訳がない。体が目的で取引を持ちかける様な思考を持つ下衆になど極力関わりたくもない。誰にだって相手を選ぶ権利ぐらいはあるはずだ。

 

「……なんだってこんな質問を?」

「ああっと、ごめんごめん。ちょこぉっと気になっただけだよ。変な意味はないからさ。許して、ね」

 

 あからさまに嫌な顔をするレイナースにクレアは両手を合わせて謝罪する。この時のクレアに悪気は本当になかった。

 

「……まぁ、いいですけど……」 

 

 それでも気分の良い話ではなかったため表情の曇りは晴れない。

 

「はぁ。アインズ様もちょっとぐらいそういう欲を出してくれれば。それなら私も……」 

「ああ、あの人はそういうことに積極的じゃなさそうだからねぇ」

 

 憂いを帯びた表情でため息を吐くレイナース。

 ちなみにクレアはアインズに対して恋慕といったそういう感情を持ってはいない。

 

「さっき変な質問しちゃったお詫びと言っちゃなんだけど、ちょっとしたアドバイスをあげる」

「アドバイス?」

「そっ、アインズ様とお近づきになるには、ってやつ」

「詳しく!」

「私にも!」

 

 食い気味に迫ってきたレイナースに続いて、いつの間にか戻って来たティラまで食いついて来たのに本気で驚くクレア。

 

「はぁ、びっくりした。つうかティラ。先の様子はどうだったのよ?」

「扉に罠は仕掛けられていない。開けずに中の気配を探ってみたけど少なくとも生き物はいない感じ。後、中は結構広いっぽい。それよりさっきの話の続きを」

「分かった、分かったから顔近いって。……んん、ごほん。二人共アインズ様の居城、ナザリック地下大墳墓は知ってるでしょ?」

 

 うん、と頷く。

 レイナースはダンスの指導の時、ティラはカルネ村の村長と褐色メイドからある程度は聞いていた。

 二人共分かっているのは極一部のみなのだが。

 

「そこに住んでおられるデミウルゴス様って方に相談するのが一番だと思うわよ。って言っても絶えずナザリックにおられる訳じゃないし、会えるかどうかも分かんないんだけどね。会える機会があればってね」

 

 お前が何か言ってくれるんじゃないんかい。という言葉を飲み込み、頭のメモ帳にその名を刻んでおく。

 

「他にも執事のセバス様とか、蟲王のコキュートス様とかも相談には乗ってくれそうだけど、良いアドバイスは期待出来ないかもね。最後に、間違ってもナザリックの女性の方たちにはしないことだね」

 

 

 ナザリック暮らしがそれなりに長いクレアは、自分の中で分析して行き着いた答えを二人に教える。

 あとはどうするか。どうなるかは本人次第だろう。

 

 ダンジョンとは関係のない話題に逸れてしまったが、クレアは自身の肉体に変化がないか、確かめるように手を握ったり開いたりを繰り返す。

 別段変わった様子はない。

 もっと強いモンスターと戦わなければ上には行けない。アイツに勝つことも出来ない。

 クレアの見立てでは、三人の中でレイナースだけは一つ上の段階に昇っていると感じていた。

 ダンジョン突入初期と比べて、動きも攻撃の重さも少しだけ増している気がしていた。至高の御方が言っていた『れべるあっぷ』をしているのだろう。

 

「……二人はさぁ、何で今回の話を受けたの?」

 

 少しだけ気になっていたことを聞いてみる。

 クレア自身、至高の御方から仕事を頼まれた時にも強要された訳ではない。「断っても問題ない」と最初に言われていたし、二人も同じだろう。

 ナザリックの者たちでは、強さに差があり過ぎて冒険者を育てるのに丁度良い按配に出来ているのか測るのが難しい。とも聞いていたし、クレアもそれには同意出来る。ナザリックのシモベたちは強すぎる。

 だからこそ、御方自身がモンスターの難度の範囲だけは指定しているのだ。

 仮に三人とも断った場合でも、他の人間に当てがあるらしいので本当に断っても良かったのだろう。

 二人とも金銭には余裕があるはず、もっと楽な過ごし方を選んでもおかしくないのに。

 

「そんなの決まっていますわ」

「簡単なこと」

「「強くなるため」ですわ」

 

 レイナースもティラも、迷うことなく答える。

 二人が持つ理由も、その目的も、殆どが同じなのである。

 魔導王アインズ・ウール・ゴウンの役に立つこと。そのために強さを求めていた。

 違いがあるとすれば、強くなる必要性を感じた経緯ぐらい。それも厳密にはたいした違いはないのだが。

 

 レイナースは御方の傍でお守りする『近衛騎士』のような地位に就きたいと考えていた。

 魔導王は支配地であるエ・ランテルを視察する時にメイドを伴い、召喚した天使に護衛をさせていた。

 確かにアンデッドには慣れて来ている住民ではあるが、王の近辺を護衛するのがアンデッドと言うのは見栄えがよろしくない。獅子の顔を持った天使は見栄えも良く、恐怖を与えにくいだろうが、視察の度にわざわざ召喚する手間がある。

 レイナースであれば色々な問題も解決出来る────が、如何せん力が圧倒的に足りていない。

 だからレイナースは強さを求めていた。

 差し当たっての目標は、都市警護をしている大量の死の騎士(デス・ナイト)を超えることである。

 

 ティラの場合は、カルネ村に在住していた時に会った褐色のメイドが主な理由である。

 為す術もなくアッサリと自分を捕えてみせた彼女から聞いた話では、彼女の姉妹には彼女と同程度の強さを持つアサシンが居るとのこと。当然隠密能力もティラの比ではないそうだ。

 更にティラをへこませてくれた情報では、蟲型や人型のモンスターなどにもっと上をいく者が居るらしい。

 レイナースのように目標(デス・ナイト)を定めてはいないが、強さを求めているのは一緒なのだ。

 

「そう言うクレアはどうなのですか?」

「私? 私も同じで強くなるためだけど、何でかっていうのは二人とは違うよ」

 

 クレアは別にアインズのために強くなろうとはしていない。

 今の暮らしも特に不満はない。ナザリックに関しては気を付けるべきことだけをしっかり守っていれば、世界で一番安全だと思っている。新たな武技の開発や、戦士としての指導など、協力するべきところはちゃんとしている。

 

 では、何故強さを求めるのか。

 

「ある男をボッコボコにしてやるため」

 

 クレアは久しくしていなかった肉食獣のような獰猛な笑みを浮かべる。

 別に教えてやる義理はなかったのだが、敢えて目的を口にすることでモチベーションを保とうとしたのだ。

 

「さぁて、休息も十分取れたことだし。そろそろ行こっか?」

 

 クレアの内に秘めた殺気に当てられたレイナースとティラは、先を行くクレアに遅れて返事し、後に続く。

 

 ナザリック暮らしで丸くなったかと思いきや、忘れられない思いはあるもの。

 

(待ってろよクソ兄貴)

 

 

 

 重厚な扉を開け、中に入った一行は広間中央に誰かが居るのを確認する。

 

「あっれ? 確か生き物の気配はないって言ってなかった」

「その筈……だったんだけど」

 

 豪華な、しかしながら古びたローブを着た何者かが客人をもてなす様に一礼する。

 片手には捻じくれた杖を持ち、骨に皮がわずかに張り付いたような腐敗し始めた顔に邪悪な叡智を宿していた。

 成程、確かに生き物はいない。アンデッドを視認することなく探知するには特殊な手段が必要なのだ。

 

死者の大魔法使い(エルダーリッチ)か!?」

「よくぞ参られた。我が名はクロー。偉大なる至高の御方に絶対の忠誠を誓う者」

 

 アインズが求める未知を冒険するのに必要な基準。ミスリル級を測るには打って付けのモンスターと言える。

 白金級では少々厳しいが、ミスリル級ほどの強さがあれば勝算は十分にある。とされているのが死者の大魔法使い(エルダーリッチ)なのだ。

 戦意を高めていたクレアにとっては余裕があり、ティラとレイナースにとっても油断さえしなければ負けることはない相手。

 戦闘の構えを取るクレアたちにクローは手をかざして制止する。

 

「待たれよ。そなたらの相手は我ではない。我はただの立会人であり、勝敗を判ずる審判の役目を仰せつかっている」

「あん? んじゃ私らの相手って……」

 

 クレアの疑問に答えるように死者の大魔法使い(エルダーリッチ)が何かの合図をする。

 すると、次の階層へ繋がっているのだろう扉が開きだす。

 奥から重く響く足音を鳴らして近づいて来るナニカ。

 その足音には三人とも聞き覚えがあった。

 

「……なんか、すげぇ嫌な予感」

「奇遇ですわね。私もです」

「この足音って……アレだよね」

 

 暗闇に包まれた扉の奥からシルエットが浮かびだす。

 二メートルを超える巨躯が姿を現し、そして吠える。

 

「オオオァァァアアアアアア――!!」

「「「やっぱりー!!」」」

 

 

 

 

 

 

「こちらが冒険者育成ダンジョンの調査報告書で御座います」

「うむ、ご苦労だったな。クレマンティーヌ……と、今はクレアと名乗っているのだったな」

 

 エ・ランテルでのアインズの執務室。

 前都市長が使っていた建物を、家具の一部を御方に相応しい物へと変えられた部屋。

 跪いているクレアが持って来た書類をアインズ様当番のメイドが受け取り、黒革の椅子に座る支配者へと丁寧に渡す。

 手にした書類をパラパラとめくり、大まかに目を通していく。

 

「ふむ……やはり幾つか調整が必要なようだな。フィース、マーレに渡してきてくれ。今はエ・ランテルに来ているはずだ」

「畏まりました」

 

 恭しく書類を受け取ったフィースは、御方から与えられた仕事をこなすために嬉しそうに部屋を出ていく。

 アインズが自分でやっても良かったのだが、ちょっとしたお使いでも何か仕事を与えられた方がメイドたちは喜ぶと知っているからこそであった。

 フィースが部屋を出たために、この場にはアインズとクレマンティーヌの二人だけとなる。

 報告は終わったのだから、後は自分の好きなようにしたら良いのに、クレマンティーヌは部屋を出るつもりはないようだった。

 

「どうしたのだ? まだ何か報告することがあるのか?」

「……はい。あります」

 

 ゆっくりと立ち上がったクレマンティーヌは、俯きながらアインズに近づいていき、アインズが使っている重厚で豪華な机を両手で叩く。

 

「うお!? ど、どうしたのだ?」

「何なんですか! あの死の騎士(デス・ナイト)は!? な・ん・で! 死の騎士(デス・ナイト)なんですか!?」

 

 興奮し、荒ぶった声を出すクレマンティーヌ。流石にこのような失礼に当たる態度はこれまでも取ったことはなかった。メイドの目がなくなったことで素を出したといったところだろうか。

 

「デ、死の騎士(デス・ナイト)のことか? あれは私がそうするように伝えたのだ。我ながら中々良い案だと思うぞ。都市を守っている死の騎士(デス・ナイト)の強さが冒険者から住民に広まれば、皆更に安心出来るだろうからな。自分たちを守ってくれているアンデッドはなんて強いんだろう、とな。更に死の騎士(デス・ナイト)にはどんな攻撃でも一度だけ耐えることが出来る特殊な能力があってな。その能力が発動した時点で立会人が戦闘を止め、冒険者は合格。死の騎士(デス・ナイト)も使い捨てすることなく何度も冒険者の試練に立ちはだかるのだ」

 

 得意顔で語る絶対支配者に対してクレマンティーヌは再度机を叩く。

 

死者の大魔法使い(エルダーリッチ)でいいでしょう! 死者の大魔法使い(エルダーリッチ)で! 最適なモンスターがいるのに死の騎士(デス・ナイト)相手を冒険者基準にしたら、私でもキツイってのに誰も合格出来ませんよ!」

 

 これは報告書にも書いてあることだが、どうしても本人に言ってやりたかったこと。ナザリックの誰かの目があれば流石に実行しなかったことではあるが、幸いにも今は誰の目もない。

 それに、この方は部下からの意見は真摯にちゃんと聞いてくれる。声を荒げてしまうぐらいで怒ったりはしないのをクレマンティーヌは知っていた。

 どうしても死の騎士(デス・ナイト)を使いたいのならアダマンタイト級への昇格試験ぐらいが妥当だろう。

 言いたいことが言えたお陰で随分と溜飲が下がってくれたが、まだ他に言いたいことがあった。

 

「それと、中間地点辺りで出て来た手癖が悪い悪魔なんですが……」

「手癖が悪い?……ああ、多分名前の通り手癖の悪い悪魔(ライトフィンガード・デーモン)のことだな。それは私が指定した訳ではないが、それがどうかしたのか?」

 

 アインズがマーレに指示したのは難度の範囲だけ。どんなモンスターを配置するかは指定していない。死の騎士(デス・ナイト)を除いて。 

 

「アレ、配置してたら冒険者を引退するって言いだす者が増えますよ。特に女性冒険者は軒並み居なくなりますね」

「……何があったんだ?」

「それは私の口からは絶対に言えません。レイナースとティラにも聞いちゃダメですよ。絶対(・・)に!」

 

 本当に何があったと言うのだろう。

 アインズは気になるが、クレマンティーヌの剣幕を考えると聞いてはいけないのだろう。仕方ないと諦める。

 

 手癖の悪い悪魔(ライトフィンガード・デーモン)とは、ユグドラシルでは初期ではどのようなアイテムでも奪えるという設定であり、ワールドアイテムでも奪えるほどの存在だった。しかしながら、運営会社が多くのプレイヤーからの不満のメールをもらったためにパッチが当てられ、自らと同等レベルのアイテムまでしか奪えないという弱体化がされたモンスターだ。言うなれば初心者にとって非常に鬱陶しいモンスターである。

 恐らくだが、マーレがどんなモンスターを配置しようかデミウルゴスにでも相談したのだろうとアインズは勝手に予想する。

  

 言いたいことを言えてスッキリしたクレマンティーヌは、最後に臣下として相応しい礼を取って部屋を出る。

 アインズは彼女の意見をちゃんと聞き入れ、ダンジョンの修正を行うことにした。

 

(本当に何があったんだ?)

 

 

 

 余談だが、クレマンティーヌ、ティラ、レイナースの三人は死の騎士(デス・ナイト)に勝利していた。

 

 死の騎士(デス・ナイト)は35レベルのアンデッドモンスター。防御に長けたモンスターであり、攻撃能力は25レベル相当で、防御能力は40レベルに相当する。

 レベル的には肉薄していたクレマンティーヌであるが、アインズ自ら創造された死の騎士(デス・ナイト)はステータスが大幅に強化されている。

 相手の攻撃自体はクレマンティーヌが捌くことでなんとか均衡を保っていた。

 しかし、こちらの攻撃は中々通らない。レイナースの攻撃もティラの攻撃も、時々当たりはしても大したダメージを負わせられなかった。

 時間をかければかけるほど不利になる。こちらはいずれ疲労が溜まり、動きが鈍くなればやられてしまうのに対し、アンデッドモンスターは疲労とは無縁。丸一日中だって戦い続けられる。

 

 では、どうやって死の騎士(デス・ナイト)にダメージを与えたのか。

 答えはポーションだ。

 支給された<無限の背負い袋/インフィニティ・ハヴァザック>の中には新作のポーションがかなりの数入っていた。

 それを三人分全てぶっかけてやっと勝ったのだ。

 

 正直勝ったとは言えない。

 アイテムの物量でゴリ押ししただけの虚しい勝利である。

 

 ティラとレイナースは明日以降もダンジョンを使用させて欲しいと願い出るつもりらしい。

 多分調整される場所以外なら、邪魔しないようにしていれば問題ないだろう。

 

 二人は今日はもうそれぞれの家か宿屋かで休んでいる。

 疲労が溜まり過ぎてヘトヘトになった二人は、アインズの前で無様な姿を見せたくないと言い、報告をクレマンティーヌに任せて今頃は夢の中だろう。

 クレマンティーヌも今日はもう疲れた。早くベッドで横になりたい気分である。

 

 明日からも鍛錬を頑張るために。

 

 

 




『クロー』ですが、アインズお手製であるためレベルは22のままでもステータスは大幅に強化され、32~34レベル相当までになってます。(wikiより)すげえ強化!
割合強化だとしてデス・ナイトの場合だと46~49レベル相当ぐらいになるのかな。
かなり無茶な気がしますが、新作ポーションが優秀だったのと大量にあったからなんとかなったということにしておきましょう。特殊能力とかは強化されないっぽいですし。
 
デス・ナイトの宣伝効果を狙ったアインズ様。

アインズ「ドヤァ」
クレマン「ダメっす」
しゅん

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