鈴木悟の異世界支配録   作:ぐれんひゅーず

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34話 "蒼薔薇”魔導国へ

 

 戦争に負けた王国は目下、通夜のように暗い雰囲気に覆われている。王都都市部でもそれは変わらない。

 王宮内の王族。領地を持つ大貴族に中小貴族。そして、経済状況の悪化による被害を最も受けている一般市民。

 元々暗い雰囲気のあった王都であるが、より拍車をかけた現在では、未だに敗戦ムードが漂い、道行く人々の表情は冴えない。

 

 独立機関である冒険者組合や魔術師組合も例外では無い。

 リ・エスティーゼ王国の経済状況が悪くなれば、その地を拠点にしている組合では割の良い依頼も減ってしまうし、一般的な依頼であっても冒険者の間で取り合いが起こっている。魔術師組合でも<巻物(スクロール)>などの高価な品物はなかなか売れない。

 まさに不景気。

 

 そんな状況を生み出しているのが自国の貴族たちであるのだから憤慨ものである。周辺国家の中でも識字率が低く、満足な教育を受けることが出来ない大多数の王国民であっても、理不尽な増税をかけてくる貴族たちに怒りの矛先が向くのは当然の流れであった。

 余裕があるのは十分な貯えがある極一部の者たちぐらい。

 

 王都最高級の宿の酒場になっている一階。自然と指定席になっている一番奥にあるテーブルで酒を煽っている大柄な戦士がいた。

 

「ぷはぁあああ!」

「ガガーラン、流石に飲みすぎ」

「同意、国があれてる時に」

「こんな時だからこそ気分だけでも盛り上げるもんなんだよ。王都と一緒にしんみりしててもしょうがねぇ。だろ?」

 

 いつもより豪快に飲み干し、お代わりを注文するガガーランに「それもそうか」と果実酒に口を付けるティア。

 ティアとそっくりな出で立ちをしているティナも便乗してマスターに酒を注文する。

 国の情勢が荒れていても、自分たちが一緒に暗くなっていても事態が良くなる訳ではない。三人は酒を飲みながら、いつもの冗談を交えたじゃれ合いを始める。

 

 しばらくして、ティアがガガーランを見ながら隣に座っている人物を指差し「コレはどうする?」と問いかける。

 ガガーランは手を振って「そりゃダメだ、ほっとけ」とかまわないようにと促す。

 

 そのまましばらく飲んでいると酒場の入り口が開き、ティア、ティナ、ガガーランプラス一名のテーブルに近づいて来る者がいた。

 

「皆、お待たせ」

「よっ、遅かったじゃねえか」

「お帰り、ボス」

「お帰り、リーダー」

 

 “蒼の薔薇”のリーダー、ラキュースは空いている席に座る。心なしか機嫌が良さそうだとガガーランは感じていた。

 

「組合長から直々の依頼だったか? そんなに良い仕事なのか?」

 

 ラキュースが遅れてやって来たのは王都冒険者組合長から直接“蒼の薔薇”に指名依頼があったからであった。

 先ほど打ち合わせが終わり、急いでここに来たわけである。

 

「そうね。依頼の話の前に……イビルアイはなんでふさぎ込んでいるの?」

「いつものやつさ。なかなかモモンに会えないってんで落ち込んでんのさ」

 

 イビルアイはモモンと初めて会って別れた後も何度かエ・ランテルへと足を運んだことがある。転移魔法があるとは言え、冒険者の仕事などもあり、一人だけチームを離れ単独行動が出来た回数は決して多くはなく、片手で数えられる程である。

 そして思い人に会えたことは一度もない。

 今回こそは、今回こそはと少ないチャンスに期待を込めてモモンを訪ねても、巡りが悪いのか縁がないのか、イビルアイが訪ねた時に限ってモモンは都市を離れいつも留守。正に悲劇である。

 エ・ランテルが魔導国になってからは王国の情勢もあり、なにより色々な噂が尽きない魔導国へイビルアイを一人で行かせるのは危険。そう判断したラキュースと仲間たちによって止められていた。

 イビルアイとて仲間の心配を無視してまで行こうとは思っていない。一人で行動するのが危険なことも十分に分かっている。

 しかし、それでも会いたいと思ってしまうのは仕方がないじゃないか。

 

「うるさいぞ脳筋。縁がないわけなんかじゃない。ただ……そう、運が悪かっただけなんだ。モモン様は私の運命の相手、なんだ」

  

 うつ伏せていた仮面で隠した顔をガガーランに向けながら反論するイビルアイ。後の方の言葉は尻すぼみに小さくなっている。

 そういうのを縁がないっていうんだがなぁ。と思ったガガーランだが、これを言ったらマジ泣きしそうなので言わないでおく。

 

「縁は切れてないわよイビルアイ。組合長の依頼で私たちは魔導国に行くことになるから。もちろん皆の賛成が得られたら、だけどね」

 

 意気消沈しているイビルアイを元気付けるように、ラキュースは努めて明るい声で言う。

 

「ほぇ?」

「どういうことでぇ?」

 

 気の抜けた返事をするイビルアイ。

 ガガーラン、ティア、ティナも興味深そうにラキュースを見る。

 四人の注目を集めたラキュースは咳払いをしてから、組合長からの依頼内容を語る。

 

 それは、簡単に言えば『魔導国の冒険者組合の調査』である。

 

 冒険者組合とは人々を守るために活動しており、国から独立した機関である。

 組合は国の政治や戦争には加担しない規約があり、それを守ることで国家を超えて活動が可能になっている。

 強大なモンスターと戦い続ける冒険者は、(カッパー)級などの下位を除けば一般の兵より強い。

 そのため、亜人種や異形種への対抗手段と権力者から認識されており、金銭的な理由も大きいが、人材損失の面から基本的に徴兵されることは無い。

 ただし、バハルス帝国のように軍事力が高く、所属する兵だけでモンスターを処理できるような場所では冒険者の社会的地位は低くなっている。

 

 基本理念として、外の脅威から人間種を守る活動をし、引退した者を除き国家の下につかない、などの規約が組合にはある。

 組合の総本山のようなものは無く、各組合の組合長が取り仕切っているのだが、魔導国の冒険者組合だけが国の管理下に置かれるというのは、リ・エスティーゼの冒険者組合長としては放っておけない問題である。

 

「一応エ・ランテルの組合長から手紙が来てたそうよ。それによれば今までと同じように組合間での依頼のやり取りは可能のようね。それと戦争や政治に関わることもないって、ハッキリと書かれていたそうよ」

「な~るほどねぇ。そんで俺たちに依頼して来たって訳か。確か“朱の雫”はまだ評議国の国境付近に行ってるんだよな」

 

 リ・エスティーゼ王国王都を拠点にしているもう一つのアダマンタイト級冒険者チームは現在遠征中である。

 

「今回私たちが魔導国に訪れることは向こうの組合長も了承してくれているから危険はないはずよ。それでも私たちに依頼が回って来たのは……」

「噂のアンデッド」

「強大な力を持つ魔導王も」

 

 ティアとティナの言葉にラキュースは頷く。

 余り多くはないが、魔導国となったエ・ランテルから逃げるように移住して来た人々は少なからずいる。その人たちの話では、見たこともない強力なアンデッドが闊歩する都市へと変貌してしまったらしい。

 魔導国建国初期の頃の噂は王都でもよく流れている。その後もエ・ランテルでは人々が普通に暮らしているらしく、住民全てがアンデッドとなった死都。という話は聞かない。

 

 組合の件もだが、エ・ランテルが現在どのようになっているのかを調べる必要もある。 

 その為に生半可なチームではなく、最高位冒険者の“蒼の薔薇”に白羽の矢が立ったのであった。

 

「当然! 行くに決まっている。モモン様に会えるかもしれないんだからな」 

 

 イビルアイには聞く必要もないだろうこと。

 イビルアイを気遣った訳ではないのだろうが、ガガーランもティアもティナも了承する。

 ラキュースも重要な仕事の重圧を感じながらも、楽しみに感じているのであった。 

 

 こうして“蒼の薔薇”は魔導国へ向けて旅立つ。 

 

 

 

 

 

 

「なんつうか……とんでもねえ所だな」

「同感」

「ガガーランの語彙力の無さにもビックリ」

 

 ガガーランの呟いた言葉にティナが同意する。ティアがガガーランを茶化すが、なんと表現すれば良いのか本人も分からない様子である。

 今現在“蒼の薔薇”一行は入国したところである。

 

 リ・エスティーゼ王都を発って魔導国まで来たのはいいが、エ・ランテルが見えた辺りから目にするもの全てが驚きの連続であった。

 

 最初に視認したのが最外周部の城壁の補強工事を行っている巨人。肌の色は青白く、髪や髭は白い。

 “蒼の薔薇”の知識に当てはめればアゼルリシア山脈に住んでいるはずと言われる霜の巨人(フロスト・ジャイアント)だというのが分かった。

 巨人とはその名の通り人を大きくしたような姿をした存在だが、肉体が強靭であるのはもちろん、種族的な能力も保有している。それらの能力によって、人間では生活するのが困難な劣悪な環境に居を構えることが多く、人間社会とはあまり関係を持たない亜人種族だ。

 友好的な関係でここに来ているのか、それとも力で従属させられているのか。

 黙々と真面目に働いている巨人たちの様子からは読み取ることが出来なかった。

 一般的に粗暴で危険だと言われている巨人が人々の暮らしの手伝いをしているのを目の当たりにして、開いた口がなかなか塞がらなかった。 

 

 そして入国の際に門番(人間)に案内された部屋で都市内での要注意事項を受けることとなる。

 リュラリュースと名乗ったナーガが行った『講習』の内容は周辺の都市とは大きく違っていた。と言うより他の国では入国の前に講習があるところなど聞いたことがないのだが。

 まず、都市内では防衛のため以外での抜刀は禁止。これは至極当たり前の注意だと思った“蒼の薔薇”だったが、事情が違った。

 ナーガの説明によれば、魔導国においては様々な種族が街を歩いており、噂に聞いた通りにアンデッドも闊歩しているとのこと。こちらが危険だと記憶している存在がいたとしても、先に剣を抜くのは重罪らしい。

 街を闊歩している危険な存在はそのほとんどが魔導王陛下の部下であり、罪を犯していない者に害をなすことはないと断言される。 

 ナーガは生徒に教える教師のように語る。

 「アンデッドが街を警備、巡回している」

 「アンデッドの馬車が走っている」などは前情報として聞いていた噂もあり、それ程驚きはしなかったが、「ドラゴンが時折都市上空を飛んでいるが気にするな」には顔が引きつってしまう“蒼の薔薇”であった。 

 

 

 『講習』を終え、都市内部へと歩を進めた“蒼の薔薇”一行が目にしたエ・ランテルは――――。

 

 平和そのものだった。

 

 アンデッドが闊歩していると聞いて一般的常識で考えると、まず最初に想像してしまうのが死者で溢れかえるような光景だろう。

 魔導国国民とは、実は全員アンデッドでした。などと変な想像をしていたラキュースはそっと胸を撫で下ろす。

 王都冒険者組合長とエ・ランテルの組合長が手紙のやり取りをしていたのを考えると馬鹿な想像である。

 

 ラキュースが目をこらして都市の通りのずっと先の方を見た限り、都市を歩いている者の殆どが人間である。

 リュラリュースの『講習』を聞いて緊張していた身体が弛緩していく中、一台の馬車がラキュースたちが佇んでいる方向へと進んでくる。

 

 ラキュースは緩んだ緊張を一気に張り詰めさせる。

 ガガーラン、ティア、ティナも危険を感じたのだろう、腰を落としそれぞれ己の得物へと手を伸ばしかけ――――。

 

「お前ら落ち着け! 武器を抜いたら重罪だと言われたのを忘れたのか!」

 

 イビルアイの制止が戦闘態勢に入りかけていた仲間を思い留ませる。

 冷静に振舞っているように見えるイビルアイだが、彼女も姿勢を低くしている辺り警戒自体はしているようだった。

 

「いや、そうは言うけどアレは……」

 

 ガガーランがいやに怯えた様子でいる。ティアとティナもそれは同様であった。

 ラキュースも心臓の音がうるさく感じる程緊張しているのが分かる。

 人類最高峰のアダマンタイト級が息をするのも忘れて見つめる中、馬車は何食わぬ様子で通り過ぎて行く。

 

「ぷはぁっ」

 

 馬車の後部を見送ってから、ようやく息継ぎが出来たとばかりに息を吐く。誰がやったのか。多分全員だろう。

 

「……ねえ、イビルアイ。あの馬車を引いてたアンデッドって……」

「ああ、お前たちが想像している通りだろうな」

 

 ラキュースの問いかけに誰よりも博識なイビルアイが肯定する。

 ラキュースたちが注目していたのは馬車ではなく、それを引いていた馬替わりの存在。それは揺らめくような靄が肉の代わりに取り巻いている骨の獣の姿。膿のような黄色、輝くような緑色の靄があちこちで点滅していた。

 

 魂喰らい(ソウルイーター)

 

 かつて大陸中央部のビーストマンの国に三体現れ、十万の被害を出したとされる伝説上のアンデッド。その話は“蒼の薔薇”全員が知っている。

 

「あんなアンデッドが街を平気で歩いてて大丈夫なのかよ?」

 

 例え魔導王の支配下にあり危害を加えないと聞いていても不安はどうしても出る。ガガーランの疑問は至極当然である。

 ガガーランに視線を向けられたイビルアイは既に通り過ぎた馬車の方を見ながら、しばし考え込む。

 

「……多分、問題ないだろう。魂喰らい(ソウルイーター)は範囲型の即死スキルを持っていて、この即死スキルで対象が死ぬとその魂を吸収して一時的にパワーアップするんだが、その能力も出していないし、恐怖を与えるオーラを撒き散らしてもいない。殺意なんかも全く感じられなかったから魔導王が完全に支配しているというのは本当のことのようだ。恐ろしいことだがな」

 

 補足説明で難度100~150と幅があるのは、通常時と特殊能力で自己を限界まで強化した場合があるかららしい。

 魂喰らいが馬車馬として働くというのは、成程理に適っている。

 疲労をしないアンデッドが引く馬車は夜通し走り続けられるし、悪路も問題なく走破することが可能なほどのパワーもある。護衛が居なくても魂喰らいだけでこの辺りに出没するモンスターや野党は即座に逃げだすことだろう。

 それらも完全に支配が出来るのならば、の話だが。

 ラキュースが知りうる限り過去にもこんな事が可能な国など聞いた事がない。250年生きたイビルアイもそれは同じだった。

 

 都市の人々にとってはもはや慣れた光景なのだろう、特段騒ぎになったりはしていない。

 御者の男性も緊張はしていたが、それでも襲われることはないと知っているからなのか、努めて冷静であった。

 

 気を持ち直した“蒼の薔薇”が街を進んで行くと、見るからに異常な強さを持つであろうアンデッドを目撃する。

 血管のような真紅の文様があちこちに走っている黒色の全身鎧からは、鋭い棘が所々突き出している。兜は悪魔の角を生やし、開いた顔の部分からは腐りかけた人のそれが覗いている。ぽっかりと空いた眼窩の中は煌々と赤く灯ってる。左手に体の大半を覆えそうなタワーシールドを持ち、剣の柄が盾の上部から覗いている。

 

(あのアンデッドは何? 見た事もないけど……)

 

 ラキュースはガガーランに目を向けて『知っているか?』と投げかける。ガガーランは額に汗を流しながら首を左右に振る。ティアとティナからも同じ返答。

 冒険譚などにも記述されていない怪物。

 人一倍冒険譚好きで、様々な書物を読み漁ってきたラキュースが知らないのだ。彼女たちが分からないのも無理もないこと。

 ならばと、一番頼りになる仲間へと四人の視線が集まる。

 

「イビルアイ、どうしたの?」

「ばかな、そんなはず……いや、しかしどう見ても……」

「イビルアイ!?」

 

 ラキュースの再度の呼びかけに、ハッとした様子で我に返ったイビルアイ。

 

「大丈夫?」

 

 ティアが心配そうに声をかける。

 

「問題ない。少し……いや、かなり驚いていただけだ」

「おめえさんがそんなに動揺するなんて珍しいな。見るからに強そうだけど、そんなに恐ろしいアンデッドなのか?」

「お前たちが知らなくても無理はない。あれの名は死の騎士(デス・ナイト)。あまりに伝説過ぎてほとんど知られていない伝説のアンデッドだ」

    

 やはりイビルアイは知っていたようだ。そのまま死の騎士の特徴を聞かせてくれる。

 防御に長けたモンスターであり、相手を完全に引き付ける能力を持っている。

 数に限りがあるが、殺した相手は従者の動死体(スクワイア・ゾンビ)となる。また、従者の動死体が殺した相手はゾンビとなり、こちらは数に限りがない。

 

 小国なら一体だけで滅ぼすことが出来るだろうモンスター。

 危険度で言えば死の騎士も魂喰らいも大差ない。

 そんな恐ろしいモンスターがここでは下男やロバのように働いている。

 

 『一日この都市で生活すれば危機感も麻痺して気にならなくなる』。ナーガが言っていた言葉が頭をよぎる。

 確かにその通りかも知れないが、“蒼の薔薇”は魔導国に来てまだ間もない。一般人よりは知識があり、相手の強さ、恐ろしさが分かる分心臓に悪い国となっていた。

 

「なあ、イビルアイ。こんだけのアンデッドを支配出来るってことは、魔導王はネクロマンサーなのか?」

「……おそらくだが、そうだろうな。あのババアとは桁違いの力を持っているようだが」

「げっ、リグリットの婆さんよりかよ」

 

 イビルアイが言うババアとはリグリット・ベルスー・カウラウのこと。

 十三英雄に語られている魔法詠唱者の一人、その正体はネクロマンサーである。

 イビルアイにとっては蒼の薔薇への加入を迫り、渋ったら決闘で負かされたかつての仲間。

 実力ではイビルアイの方が上なのだが、リグリットがネクロマンサー故にアンデッドの特性をよく理解しているのと、ラキュースたち四人と同時に戦ったからだ。全力を出して負けたのではなく、昔の仲間を殺すような力を振るうのを嫌ったり、相手を舐めていたなどの要因も大きい。

 

「たしか、上位喰屍鬼(ガスト)を20体以上同時に操ることが可能だと言っていたな。魔導国で使役されているアンデッドの量や質を比べれば……どちらが上か言うまでもないな。私も相手にならんのは目に見えている。仮に魔導王と対等に戦える者がいるとしたら一人しかいないだろうな」

 

 ラキュースもイビルアイが思い描いた人物と同じ人物が脳裏を走る。

 

 それにしても、十三英雄をも超える力を有する魔導王とは一体何者なのだろうか。

 ラキュースたち四人を同時に相手しても勝てるイビルアイが絶対に勝てないと言わしめる魔導の王。

 イビルアイに問いかけてみるが、彼女は一人で考え込み、ブツブツと呟いている。辛うじて聞き取れたのは「しんじん」「ぷれいやー」という聞きなれない単語だけだった。

 

「イビルアイ?」

「……ん? ああ、なんでもない。それよりもまずは冒険者組合へ向かうのだろう。さっさと行こう。私はモモン様に早く会いたい」

 

 ツカツカと先を進むイビルアイを追い駆け、一行は目的地を目指す。

 

 “蒼の薔薇”の誰が予想出来ただろうか、今日一日で一番の驚きの光景を目にすることを。

 ここまででも十分に驚かされた。肝が冷える思いもした。今まで生きてきた中での常識を突き破った都市だったが、まだ少し甘かったようだ。

 

 ソレは都市を巡回している一体のデス・ナイト。

 他のデス・ナイトと特に変わりはない。いや、良く見てみると鎧や兜から突き出た棘がやたらと丸まっているぐらいで、醸し出す圧力に変化はない。頭の辺りから子供特有の高い声が聞こえてくる。

 

「おつかい終わったね~ウレイリカ」

「帰ったらおねえさまにほめてもらえるね~クーデリカ」

 

 五歳ぐらいだろうか、瓜二つの顔をした恐らく双子なのだろう二人の少女が楽しそうにはしゃいでいる。

 とても可愛らしい双子のはしゃぐ姿。本来なら見ていて微笑ましいものなのだが、ラキュースたちにとっては暖かい目で見ていられない。

 なにせ二人はデス・ナイトの肩に座っているのだ。左右の肩にそれぞれ一人ずつ。

 買い物してきたのだろうパンが覗いている袋を死の騎士の肩の棘に引っ掛けている。反対側にも同じように荷物を引っ掛けて。

 落ちないように手を掛けている兜の棘が刺さらないか不安を抱いたラキュースだが、随分とすり減っているようで幼い子供の皮膚を傷付けることはなさそうである。

 デス・ナイトが歩く速度は他の個体より遅く、子供を気遣って歩いているようにも見える。

 

(気遣うというより……困ってる?)

 

 ラキュースにはそう見えてしまった。伝説級のアンデッドが。子供相手に。

 

「帰るまえに、おつりでオヤツ買いにいこ~」

「うん。じゃあ、きょうはクシやきにしよ~。デスナイトさん、こっち~」

「オア!?」

「ええ~。このまえもクシやきだったよ~。きょうはしゅーくりーむにしようよ。デスナイトさんこっち~」

「オアァ!?」

 

 左肩に乗った方が兜の角を持って大きく後ろへ振る。デス・ナイトの頭を動かして誘導しようとすると、右肩の乗ったもう一人が反対方向へ角を引っ張る。お互い譲れないようで何度も引っ張り合う度にデス・ナイトがオアオア言っている。

 二度、三度と繰り返し結局ジャンケンで決めた双子は伝説級のアンデッドを巧みに操って人混みへと消えていった。

 

「…………」

「…………」

 

 幼い双子を乗せたアンデッドが去って行くのを呆然と見送る。

 

「……なあ、ちびさんよ。……アレって」

「……何も言うな。私だって信じられないんだから」

「魔導国の子供は逞し過ぎる」

「でも、あの娘たちは可愛かった。将来は間違いなく美人になる。楽しみ」

 

 ティアの言っていることはとりあえず無視。

 

「魔導国ではあれが日常の風景だとでも言うのかしら?」

 

 ラキュースが呟いた言葉は半分は当たっている。

 アンデッドに慣れたといっても限度はある。

 巡回警備しているデス・ナイトに対する住民の反応を細かく分ければ様々。

 気さくに挨拶する豪の者。

 あまり気にかけていない者。

 足早に遠ざかろうとする者と色々だ。

 完全には浸透し切れていないからだろう。それでも、騒ぎが起きない程度には馴染んでいる。

 ここまで住民がアンデッドを受け入れている原因とは――――。

 

「モモン様のおかげだろうな。彼がこの都市にいるからこそ、住民は逃げ出さずに暮らしていける」

 

 イビルアイの言葉にラキュースも同意する。

 

 ここまでで既に耐性は十分に付いた。付いてしまったという方が正解か。もう大概のことには驚かないだろう。 

 

 気を取り直して冒険者組合へと向かう途中にも、ラキュースたちは情報を集めるために聞き込みをする。

 

 道路工事をしているドワーフたちからも都市のことを色々聞くことが出来た。

 ドワーフたちは魔導王の願いで、技術指導のために招待されたらしく、都市の整備を行っていた。ドワーフの命令に従って複数のスケルトンが簡単な仕事を手伝っている。

 スケルトンを使うのは魔導国では当たり前のことらしく、廃村となった村の復旧含め、農作業なども言葉を理解して命令すれば望んだように動いてくれるそう。

 アンデッドは疲労することはない。睡眠も食事も必要としない労力を理解出来れば牛や馬を使う生活には戻れそうにないと笑いながら聞かせてくれる。

 そして、現在ドワーフたちは亜人地区に暮らしている。

 人間以外の様々な種族が快適に暮らしていけるように建築が進んでいる場所。

 王国領だった頃のスラム地区を潰して進められている。

 そこに住んでいた者たちは都市周辺の村々を復興して派遣され、畑ごと与えられアンデッドを使った大規模農作が始まっている。

 

 最後にラキュースは、ナーガに聞かされたドラゴンについて尋ねてみた。

 ドワーフたちはどこか嬉しそうに、楽しそうに話してくれた。

 

 都市上空を時折飛翔している青白い色の鱗を持ったドラゴン。

 それはアゼルリシア山脈に住んでいた霜の竜(フロスト・ドラゴン)の一族。

 主な仕事は荷物の運搬。彼らが吐く冷気は傷みやすい食料など、保存(プリザベイション)を必要とする荷物を空輸すること。空を飛ぶことから魂喰らいよりも速いため急ぎの便にも使われる。

 

「天下のドラゴンと言えど、魔導王陛下の前では形無しじゃな!」

「ざまぁ! じゃな!」

 

 がははは、豪気な笑い声をドワーフたちが上げる。

 

 やっぱりこの都市は普通じゃない。

 そう思ったラキュースは、デス・ナイトを手玉にとる双子の少女のことを聞いてみる。この都市の子供は皆あんな感じなのかと。

 返って来た答えは「アレはあの娘っ子だけで、他の子供はあそこまでのことはしない」だった。

 ラキュースたちは少しだけほっとする。

 全ての子供がああだったら流石に逞し過ぎる。

 ついでに、双子の少女はこの都市ではちょっとした有名人だというのを知るのだった。 

 

 

 

 

  

 

「……デス・ナイト君、遅いでござるなぁ。巡回の任務はもう終わってていいはずでござるのに」

 

 エ・ランテルにおいて“漆黒”が住居としている屋敷。そこの馬小屋でモモンの騎乗魔獣は友となったアンデッドが戻って来るのを待っていた。

 

「う~ん。某、抱き枕がないと良く眠れなくなってしまったでござるぅ。……デス・ナイトくーん! どこに行ったでござるかぁ!」 

 

 ナザリックにて、武技の習得のために共に励んだ心の友を待つ魔獣の叫びが響く。

 

 

 




ハム「デス・ナイト君、どこで油を売っていたのでござるか?」
心の友「オアァ」
ハム「ふむふむ、いつもの子供に捕まったのでござるか。デス・ナイト君は優しいでござるなぁ」
心の友「オア」
ハム「それはそれとしてお昼寝の時間でござるよ。某と一緒に休むでござる」
心の友「オァ」
ハム「zzz」
心の友「……」

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