鈴木悟の異世界支配録   作:ぐれんひゅーず

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気が付けばひと月経過(゚Д゚)
理由は色々あるのですが、一番の理由はドラ〇エ〇ォークです。申し訳ありませぬ。


35話 魔導国冒険者組合 

 魔導国の唯一の都市エ・ランテル。

 多くの人間が暮らす中、亜人や異形種といった様々な種族が快適に暮らせるよう作られた亜人地区は元スラム街にある。

 スラム街に居た住民たちは周辺の村々へと派遣され、アンデッドを用いた大農地開拓に就くことによってようやく、あるいは初めて人並みの生活を送れるようになった者もいる。

 彼らは薄暗い路地裏で朽ち果てる運命から救ってくれた魔導王に対して、感謝の気持ちを忘れることなく日々を送っている。不当に搾取されることもなく、働けば働くだけ自分たちの暮らしが良くなり、毎日お腹一杯ごはんが食べられるのだから。

 

 スラム街には親を亡くした身寄りのない子供も多い。

 彼らは周辺の村に行くこともなく、エ・ランテル都市内で暮らしている。

 

 孤児院。

 この建物は新しく建てたのではなく、エ・ランテルが魔導国となった際に王国へと逃げ出した貴族の屋敷を有効利用していた。

 広い庭では子供たちが元気に遊びまわっている。

 その様子をプレアデスの長女、ユリ・アルファは優しい眼差しで見守っていた。

 

「あんまりはしゃぐと転んでしまいますよ」

 

 ユリの呼びかけに「大丈夫だよー」と返事をする子供たち。

 孤児院を設立して彼らと初めて顔を合わせた時を思えば本当に変わった。もちろん良い意味で。

 当時は痩せこけ、暗い表情で目に光が無かった。明日をも知れぬ状況から救われた子供たちもまた、心優しい魔導王に感謝している。

 アインズの命で面倒を見ているユリにはそれがとても誇らしかった。

 

「にぐれどさま、だっこ」

「はいはい、甘えんぼさんね」

 

 ユリの傍には、三歳ぐらいの小さな子供を抱っこする黒い喪服を身に纏った妙齢の美しい女性がいた。ニグレドと呼ばれた女性は慈愛に満ちた表情と声で応え、子供を抱え撫でている。

 

 彼女はニグレド。ナザリック地下大墳墓の第五階層 「氷結牢獄」にいる魔法詠唱者であり、ギルドメンバー41人の一人、タブラ・スマラグディナに作られた三姉妹、アルベドとルベドの長女である。情報収集特化型でレベルはナザリック内でも最高位に近い。

 

 本来の彼女の顔には表皮が無く筋肉のみで構成されているのだが、それでは子供たちが泣き喚いてしまうだろうと危惧したアインズにより筋組織から想定された皮膚を魔法で顔に張り付けている。

 その顔は魔導国の宰相の任に就いたアルベドと瓜二つ。角と羽が無いことを除けば、アルベドをほんの少しだけ大人にしたような容姿をしている。

 

 子供好きなニグレドとペストーニャ・S(ショートケーキ)・ワンコが孤児院の運営を行っており、ユリはお手伝いで度々ここに訪れている状態である。

 

 ペストーニャは今頃屋敷内で掃除や洗濯をしているはずだ。年長の子供たちも手伝っていることだろう。

 

 ニグレドは怪人。ペストーニャも犬の頭部に顔の中央に傷跡のような線が一本走っており、それを縫い合わせたと思える痕跡がある。

 二人とも異形種ではあるが、ニグレドの見た目は完全に人間で、両者とも慈愛に溢れた瞳で接しているからか、子供たちに受け入れられるのにほとんど時間はかからなかった。

 中には本当の母親のような親しみを覚えている子供もいるほどだ。

 

 ユリがペストーニャの方を手伝いに行こうかと思った時、一人の少年がユリに話しかける。その様子はどこか不安そうであった。

 

「ユリさま、塀の所に怪しい人が……」

 

 至高の御方が治める魔導国で犯罪を犯す者は今現在いないと言っていい。建国当初こそ少なからず居たのだが、罪人は悉くが何処かに連れ去られるという噂が広がったためだ。

 ユリが警戒しつつ指摘された方を見据えると――確かに居る。

 塀に手をかけ、顔だけ出してこの中庭を覗いている女性が。

 怪しい。この上なく怪しい。

 特に目つきがいただけない。

 犯罪者の目と呼ぶには流石に言い過ぎだが、今にも子供を攫って行きそうな気配をユリは感じていた。

 

「……ん? あれは……なんだ、何も心配する必要はないわ」

 

 どういう訳か警戒を解いたユリに少年は首を傾げる。少年から見ても、どう好意的に捉えても怪しさ満点であるのに。

 

「大丈夫、私の知っている人よ。間違っても何かするとは思えないし、何かあっても私が守ってあげるから」

 

 ユリの言う通り不審者扱いされた人物はユリも知っている者。と言っても知っているのは少しだけだが。それでも子供に危害を加えるようなことをする人物だとは思っていない。

 だから、塀から覗くもう一人のニグレドと自分を嘗め回すような視線が加わっていても、ユリはなんでもないように振舞う。

 

 

 

 

 

 

「ぷぎゃ!?」

「んきゅ!?」

 

 ラキュースたち“蒼の薔薇”は冒険者組合へと向かう途中だった。

 道中子供の笑い声が響く屋敷が気になり確認したところ、立派な孤児院を運営していることに感銘を受けたラキュースだったが、不躾に怪しい様で覗き続けるティアとティナに折檻を下したところである。

 

「二人とも行儀が悪いわよ」 

「いたたた……そうは言っても可愛い男の子が沢山居る。私的には目の保養になるからしょうがない」

「ティナの言う通り。悪魔騒動の時に見たメイドさん以外にもビックリするほどの美人さんが居た。是非お近付きになりたい」

 

 ラキュースにしても、夜会巻きの女性には悪魔騒動の時に世話になったのだから改めてお礼の一つでもと思わなくはない。しかし今回は重要な依頼でこの都市へと来たのだ。今はそちらを優先したかった。それに二人の提案は己の欲望からなのは間違いない。

 ラキュースがニコリと良い笑顔――二人にとっては怖い笑顔――で二人に迫ると、渋々ながらも大人しく従うのだった。

 

 

 

 

 

 

「それでは、エ・ランテルの冒険者組合はこれまで通り他の組合と連携がとれると?」

「ええ、その通りです」

 

 ラキュースの確認に、男は鷹揚に頷く。

 

 冒険者組合の戸を開いた“蒼の薔薇”は受付へと向かい、受付嬢に用件を伝えた。

 案内された部屋には一人の男性が待っていた。若くはないが屈強な体付きをしており、ひと目で歴戦の強者とわかる雰囲気を出している。

 エ・ランテルの冒険者組合長、プルトン・アインザックである。

 

 挨拶もそこそこに“蒼の薔薇”とアインザックはソファーに座り、早速対談を始める。リ・エスティーゼ王国王都の組合長からの依頼を果たすために。

 

 冒険者組合は人々を守るために活動しており、国から独立した機関である。

 組合は、国の政治や戦争には加担しない規約があり、それを守ることで国家を越えて活動が可能になっている。

 規約の中にも『引退した者を除き、国家の下につかない』というのもある。

 

 例え冒険者組合に総本山がなく、組合長がそれぞれ取り仕切っているとはいっても、魔導国の組織下に入ったこの都市の組合は明らかに規約に反している。

 そう言及するラキュースであったが、アインザックからの返答は「問題は何もない」だった。

 

 基本理念として、外の脅威から人間を守る活動をするのが冒険者である。

 だが、魔導国ではそれら危険な仕事は強力なアンデッドが行っているため冒険者の手を必要としていない。

 デス・ナイトなどは一体で最高位級冒険者級の力を持っている。そんな存在が不眠不休で守護し続けているのだ。世界中のどこよりも安全なのかもしれない。

 

 また、国を越えての活動。

 例えばリ・エスティーゼ王国王都で起こった悪魔騒動のような非常事態が再び訪れた場合、前回と同じように連携をとってエ・ランテルから冒険者を派遣することも可能とのこと。

 

 つまりはエ・ランテルの冒険者組合と他都市の組合との関わり合い方はこれまどとほとんど変わらない。エ・ランテルで発生した依頼を王国側に回すことも可能。その逆もまた然り。

 

 違いがあるのは魔導国の冒険者の目指す在り方。

 

「私は魔導王陛下と直接会談を行った時に言われたよ……今の冒険者は嘆かわしい。『対モンスターの傭兵』となり果てて冒険というものをしていない。とね」

「――!!」

「私はね、魔導王陛下の提唱する『未知を発見する冒険者』という新しい冒険者の在り方に輝きを感じ、協力することにしたのですよ」

 

 叔父の冒険譚に憧れて冒険者になったラキュースは未知の冒険という言葉に強く惹かれてしまう。

 同時に今の冒険者を表す言葉、『対モンスターの傭兵』には耳が痛く、気が滅入ってくる。それはラキュースも随分前から感じていた思いだ。

 幸いというかラキュースには才能があり、仲間にも恵まれ順調に冒険者階級を上げることが出来た。色々な地を冒険し、時には危険な目にあったりもしたが冒険者になっていなければ決して得られなかった経験だ。

 そんな自分が憧れた冒険が出来るようになったのは何時頃からだっただろうか。

 冒険者になる者にはラキュースのように未知の冒険に憧れた者は多い。しかし己の力量も考えず、出来る訳もないのに出来ると勘違いし無茶なことをして命を亡くす者もまた多いのが実情。

 中堅になった辺りで己の限界を感じ、上を目指すのを諦める者もいる。そういった者は大概がモンスター退治や護衛といった依頼でその日暮らしをして、無茶なことはしない。

 組合長の説明にあったように、ミスリル級ぐらいの強さがあれば未知の地からでも無事に帰ってこられる可能性が高いだろう。

 そして、一番の特徴は魔導国では冒険者育成を国が支援してくれるという。

 

「私も血が騒いでしまってね。昔の仲間ともう一度冒険に出るために鍛えなおしている所なのだよ」

 

 ニカッと笑う組合長は見た目よりも若く見える。事実、気持ちでは若返っているのだろう。未知の冒険とはそれを知る者にとっても滾ってくるものだ。ラキュースはそれを良く知っている。

 

 その後も冒険者育成用ダンジョンやドワーフが作るルーン武器の話など色々聞かせてもらい、依頼であった魔導国の冒険者組合の実態を把握することが出来た。

 

「さて、これで王都組合長の懸念も払拭出来ると思う。彼女を不安にさせてしまったことを謝らなければならないな。本当なら直接会って謝りたいのだが……私も色々と忙しい身の上でね、これを……」

 

 そう言ってアインザックは一枚の手紙をラキュースに差し出す。王都組合長の宛名が書かれた手紙をしっかりと受け取る。

 

「確かに預かりました。私からも報告しますので彼女も少しは気が楽になるでしょう」

 

 プルトン・アインザックは荒くれ者たちの長を務めているだけに用心深さや疑り深さも持ち合わせているやり手の男と聞いていたが、ここまでの話の中に嘘や騙し言などは一切感じられなかった。仲間からの目配せからも疑わしい所はないとのこと。

 ラキュースは魔導国の冒険者が少しだけ羨ましいなと思いながら、部屋を後にするため立ち上がろうとしたところで、アインザックから声がかかる。

 

「そうだ、せっかく来たんだ。冒険者用の店に行ってみてはどうだろう? 本来は魔導国の冒険者専用なのだが魔導王陛下は君たちの入店を許可して下さっている」

 

 組合を傘下に組み込んだ魔導王なら“蒼の薔薇”が来ることを知っていても不思議ではない。この都市の武具に興味のあったラキュースはその申し出を有難く受け取ることにした。

 

「ありがとう御座います。お言葉に甘えさせてもらいます」

「店への案内はある方がすることになっている。一階のロビーで待っておられるはずだ」

 

 礼儀正しく――ラキュースだけ――別れの挨拶をした“蒼の薔薇”は組合長室を出て階段を下りる。

 

「……なぁ、ラキュース。組合長が言ってた案内役って誰だと思う?」

「組合の長が『ある方』とか随分丁寧な言葉を使っていた」

「……そう言われてみればそうね」

 

 ガガーランとティナの指摘にちょっと気になって思いを馳せてみる。

 

「魔導王自身……はないか。流石にいち冒険者の案内に国の王がわざわざ来るとは思えないわ」

 

 ラキュースの言葉に「あっ!?」と何かに思い当たったイビルアイが猛烈な勢いで階段を駆け降りる。

 

(!?……あ、そうか)

 

 ラキュースも答えに思い当たり、イビルアイの後を追う。

 階段を下り、一階の広間が見えて来た。そこには――。

 

「うわああああああああ! ずっと会いたかったんですぅ!」

「いや、あの」

 

 意中の相手に全身で抱き着くイビルアイと困惑している漆黒の全身鎧を着た偉丈夫が居た。

 

 

 

 

 

 

「まさかモモンさんに案内してもらえるなんて思っていませんでした」

「気にしないで下さい、アインド……ラキュースさん。“蒼の薔薇”の皆さんが来られると聞いて私から案内役を買って出たんですから」

 

 モモンは先頭を歩き、名前呼びしないと返事しないと言われていたのを思い出し(ラキュースに睨まれ)言い直してラキュースたちを目的の店へと案内していく。

 エ・ランテルの英雄と王国のアダマンタイト級冒険者が揃って歩く光景を都市の住人たちは羨望の眼差しで見つめていた。

 住民たちにとってモモンは当然のことながら、“蒼の薔薇”も有名人であり人気が高い。その一団は随分と目立っていた。

 モモンことアインズは周りから視線を注がれるのにはかなり慣れたもの。いつもなら特に気になるほどのことないのだが、約一名から注がれる視線が気になって仕方がなかった。しかも至近距離からだからなおのことだ。

 

(ああ♡ モモン様、堂々と歩く姿もカッコいい)

 

 仮面の魔法詠唱者(マジックキャスター)イビルアイがモモンの隣を歩きながらずっと熱視線を送っていた。前を見ないで歩くと人とぶつかる可能性がありそうなものだが、道行く人々はモモンたちを見ると自然と道を空けてくれるのでその心配は無用であった。

 

「――という訳でして、冒険者育成用ダンジョンで命を落とすことはありませんが、駆け出しが挑戦するには不安が大きいので引退した歴戦の冒険者に指導員をしてもらってます。なにせ剣を振ったことのない者もいますから、基本的な身のこなしから冒険に向かうに当たっての心得など、色々ですね」

 

 当初の指導員はアインザック組合長が主となって行っていたが、自分も体を鍛えなおしたいからと引退した冒険者の勧誘に奔走していたりと、組合を取り巻く今までの経緯を軽く説明していくモモン。

 

(私の歩幅が小さいからそれに合わせてゆっくり歩いてくれるモモン様♡ なんて優しいんだ)

 

 他にも都市で暮らす山小人(ドワーフ)蜥蜴人(リザードマン)といった亜人種、異形種の特性、生態。アンデッドやゴーレムを使役したエ・ランテルの改革なども語る。

 

「短期間で見違えるほど変わってしまう訳ね」

 

 以前のこの都市を知っているラキュースから見てもエ・ランテルの変わりようは尋常ではない。不眠不休で働ける労働力と、それを行える魔導王の力に驚くばかりだ。

 

 その後もモモンは魔導国の都市、エ・ランテルの今を丁寧に説明していく。

 魔導王(アインズ)が成したことをモモン(アインズ)が話し、それに感心されるのに少々面映ゆく感じてしまう。魔導国の政策や事業を”蒼の薔薇”相手に語ることについても問題視していない。都市の住民も大部分を知っているのだし。

 

 他にも都市中央部にある行政機関では住民一人一人の戸籍を記録し直している。

 王国領の時にもあった制度なのだが、その管理体制は杜撰の一言に尽きる。

 カルネ村のエンリ・エモットを例にすれば、彼女のことを記してある書類を調べると、カルネ村にエンリ・エモットという名の人物が生まれたとあるだけで詳細な情報などは何も出てこないのだ。

 魔導国の領土は周辺国と比べてもかなり狭い。それでも全ての住民を記録するとなればそれにかかる労力は相当なもの。王国が洗い直しなどしないのも当然と言える。

 しかし魔導国は行った。リアル世界にあった戸籍登録にかなり近い精度で。

 それを支えたのは当然の如くアンデッドである。ナザリックで自動POPする死者の大魔法使い(エルダーリッチ)は睡眠も必要とせず、腐りかけていても優秀な頭脳を持っている。彼らが多数集まれば書類整理などチョチョイのチョイなのである。

 

 アインズは以前から思っていたアンデッドを使った統治の有用性を証明出来たことに嬉しさを噛みしめていた。

 しかし、“蒼の薔薇”に説明する上では淡々と語らなければならない。

 あくまで魔導王が行った政策なのであって、モモンは関係ないのだから。

 

 八百屋の前を通りかかった際には、カルネ村産の食材は特に高い人気がある、とお勧めを教えたりしていく。案内役としてしっかりと仕事をこなしているモモンであるが、案内役をわざわざ買って出たのには訳があった。

 

 ナザリックの皆を守る上でずっと地下に籠っている訳にはいかない。裏側にいては表立って活動しにくいし、ユグドラシル金貨の確保やプレイヤーの情報などを集めるにも表世界に打って出る必要があった。

 だから国を興したのだが、アインズがもし一人だったら絶対に国作りなどしなかっただろう。

 小卒の鈴木悟――それでもリアルでは立派なのだ――が国の運営など出来る訳がない。アインズ・ウール・ゴウンのメンバーの中にも頭の良い人は何人かいたが、それでも政治・経済など、必要な知識や技能がどれだけ必要なのかが鈴木悟には理解出来ない。

 アルベドやデミウルゴス、ついでにパンドラといった人を遥かに超えた頭脳を持つ者がいたからこそ魔導国を作ることにしたのだ。

 魔導国は彼ら知恵者によって完璧な統治が成されている。アインズはそれをお手本にして密かに支配者として必要な知識を蓄えようとしていた。ホワイトな組織作りを目指し、トップのアインズが働きづめでは部下が休みづらいのを学習したためしっかりとベッドで睡眠もとっている――振りをしてアイテムの効果を使ってずっと寝ずに勉強していたりする。

 その努力もあってか少しは理解を深めることが出来た気がしていたのだが、とにかく難しいのである。

 予算案にしてもキッチリカッチリと計算され尽くされた数字を見ても、どうしてその数字が出て来たのかが分からない。

 詰まるところ、アインズは王という管理責任のある立場に疲れていたのだ。ナザリックの管理ならば苦労しながらもなんとか運営していく自信はあるのだが、ここはゲームではなく現実。大きなミスが許されないプレッシャーを感じていた。

 だから久しぶりに重責から一時でも解放されるこの時を見逃さなかった。

 今頃はアインズの代わりにパンドラズ・アクターが王様をやっていることだろう。

 優秀で自慢の、とても恥ずかしい息子のような存在が。

 

 変なオーバーアクションとかやってないだろうな、とアインズが不安を抱いていると、上空を飛ぶ物体が見えた。

 

「……リーダー……上」

「何か飛んで来る」

 

 忍者姉妹が上空に何かを発見し上の方を指差す。口はポカーンと開いている。

 

「おいおい、ホントに居たぞ」

 

 ガガーランの言葉は信じていなかったからではない。この国ではなんでもありと思いつつも実際に目にしたからこその驚き。

 空を飛ぶ飛行体。それはドラゴン。一般的なドラゴンはネコ科の動物のようなスリムな体型をしていると聞くが、“蒼の薔薇”一行に影を落とし、東の方向へと飛び立って行ったドラゴンは少し細く、蛇にも似ている。

 ドワーフにも確認したアゼルリシア山脈に住む霜の竜(フロスト・ドラゴン)

 数多存在する種族の中でも最強と言われているドラゴン。事前に聞いていたにも関わらず、いざ目の当たりにすると迫力と存在感は圧倒的。

 ラキュースはよく妄想の中で対峙したドラゴンより小さいのがほんの少しだけ残念だったが、それも関係なく――――。

 

「あれが、ドラゴン……本物を見たのは初めて」

 

 目をキラキラ輝かせて誰に聞かせるでもなく呟くラキュース。もし、人の目がなかったら大はしゃぎしていただろう。

 あれも魔導王が支配しているらしく、モモンも色々知っているだろうからどうやって従えたのかなど聞きたいところだが、まず一番気になったことを聞いてみる。

 

「モモンさん、あのドラゴンが運んでいた木箱はなんなのですか?」

 

 ドラゴンはロープを足にかけ、固定された巨大な木箱を運んでいた。

 

「あの箱には食料や物資が入ってまして、同盟を結んだ帝国へと運搬しているんですよ。霜の竜は氷のブレスを吐き、身体からも冷気を放出しているので食材を傷めることなく鮮度を保つのが容易なんだそうですよ」 

   

 なるほど。<保存(プリザベイション)>の魔法でも可能なことだが、一度に大量の食材を運ぶのなら一つ一つに魔法をかける手間と人材確保も大変だろう。ドラゴン一匹で輸送にかかるコストが大幅に削減出来る非常に有用な使い方だと思えた。

 ドワーフから聞いた情報を疑っている訳ではないのだが、漆黒の英雄からも同じ内容を聞けばより信憑性が増すというもの。

 そもそもドラゴンを従えること自体、常識的にはあり得ないことなのだが、この都市へ来てからというもの今までの常識が吹っ飛ぶような事態ばかりであったため不思議と納得出来た。

 “蒼の薔薇”全員、良い感じに感覚が麻痺していた。魔導国に滞在している以上これは必要なことで通過儀礼とも言える。

 

(さっきのドラゴンにモモン様が乗ったら更にカッコいいんだろうなぁ)

 

 白馬に乗った騎士――ではなく、白竜に乗った騎士に手を差し伸べてもらう自分を想像して仮面の下でふにゃけた顔をしてしまうイビルアイ。

 モモンに案内されている間中、イビルアイの頭の中はモモンで一杯になっていた。

 

 

 

 

「――さん?」

 

 

 

「――ルアイさん?」

「うぇ!? あ、なんですか、モモン様?」

 

 妄想に浸り過ぎていたイビルアイを呼び戻したのは妄想で思い浮かべていた思い人、その人だった。

 

「いえ、なんだかボーっとしていたようなので体調でも悪いのかと。大丈夫ですか?」

 

 仮面で素顔は見えないはずなのに分かるとは、流石モモン様。とイビルアイは改めて感心してしまう。

 

「だ、大丈夫ですよ、モモン様。ちょっと考え事をしていただけです」

 

 貴方で妄想してました、なんて言えるはずがない。イビルアイは慌てながらも何でもないように言う。

 

「それなら良いんですが……あの、前から気になっていたのですが……」

「――?」

「なぜ私を『様』と付けて呼ぶのですか?」

「そ、それは貴方が命の恩人で……」

「だとしても、私は貴方の同輩にして後輩に当たります。先輩から様付けで呼ばれるというのは少し……」

 

 元社会人の経験を持つ鈴木悟にとって先輩後輩の間柄を考えたら様付けはどうにも気になってしまう。年齢や性別などを加味しても変なんじゃないだろうか。この世界では普通なのかもしれないが、冒険者モモンでいる時ぐらい仰々しく感じる様付けは勘弁して欲しいと思っていた。一時的とはいえ重責を感じる王の立場を離れている時ぐらいはもう少し気を楽にしていたい。同じ冒険者同士なのだから。

 

「では、なんと呼べばいいんですか?」

「モモン、と呼び捨てで良いですよ。敬語も不要です」

「はぃ……いや、分かった。……モ、モモ、モモン。私のことも呼び捨てにしてくれると……その、嬉しいな」

「了解だ、イビルアイ」

「う、うん!」

 

 めちゃくちゃ嬉しそうに声を弾ませるイビルアイ。ラキュースたちは仮面越しでも花を咲かせたような笑顔をしているのだろうと分かる。

 

(お互い呼び捨てで呼び合う、これはもう恋人同士なのでは?)

 

 少し、いやかなり仲が進展したと感じたイビルアイだが、話の流れからガガーラン、ティア、ティナもモモンを呼び捨てで呼ぶことになる。

 ラキュースは貴族の淑女としての立場もあるからか、今までと同じく『さん』付けは変わらず。モモンもそれに倣ってラキュースには『さん』を付けることにしたのだった。

 

 イビルアイはモモンの隣を歩きながら後ろを歩くガガーランたちの方を見ている。恐らく仮面の下では睨んでいるのだろう。

 

(仕方ねえだろ。相手の方から歩み寄ってくれてんだから。あそこで断ったら失礼になんだろ)

 

 ガガーランにはなんとなくイビルアイの考えていることが分かっていた。恋愛初心者の乙女と化している者の思考など、百選錬磨の恋愛上級者にとって読むのは容易い。

 豪気なガガーランもモモンほどの英雄相手だと自然と気を使っていた。堅苦しいのを嫌う身としては砕けた口調で話せるのは有難いことなのだ。

 声には出さず、表情と口の動きだけでこちらの意図を伝えようとしたが、ちゃんと読み取ってもらえたかは微妙だ。

 

 イビルアイは仲間への牽制を止める。

 せっかく意中の相手と近づけたのだ。ここは攻め時と感じてずっと聞いてみたかったことを尋ねてみる。

 

「……な、なあモモン。ちょっと聞いてみたいことがあるんだ」

「ん? 私で答えられることなら構わないが」

「た、大したことじゃないんだが。……この都市の住民がアンデッドをあまり毛嫌いしていないのは理解したんだが、モモンは……アンデッドが嫌いか?」

(アイツいきやがった!?)

 

 何も知らない第三者が聞いたなら特に気にならない質問。だがイビルアイの正体を知る“蒼の薔薇”からすれば踏み込んだ質問。踏み込み過ぎてドデカいカウンターでも食らわないか心配になるほどだった。

 イビルアイが勇気を振り絞って投げたボールを受けたモモンは顎の部分に手をやり「う~ん」と唸る。その様子をハラハラしながらラキュースたちは見守っていた。

 

「……別に嫌いではないな。知性のない野良アンデッドなどは生者に問答無用で襲い掛かって来るが、ここのアンデッドのように完全に支配されていれば術者の命令に逆らうことはないしな。十分な知性を持つアンデッドは話も出来るから無理に争う必要もない……ケース・バイ・ケースだな」 

  

 モモンが語ったのは本心。そこには取り繕った要素もない。

 ちょっと前までアンデッドでした~、なんて言える訳もない。

 冷静に考えてみたが、自分がユグドラシルでアンデッドのアバターを選んだのは別に好きだったからではない。ただ呼吸も睡眠も必要なく、各種状態異常を無効に出来るアンデッドの肉体があれば、ディストピアのリアル世界では便利だろうなあ、と思ったちょっとした憧れからだ。

 シャルティアやユリのことを大切に思っているのも種族とは関係がない。

 ついでにナザリックで訓練している六腕の死者の大魔法使い(エルダーリッチ)もだ。出会い方が違ったとしてもアイツの望みが魔法の研究などであることからナザリックに従っていた可能性は高い。

 

 質問の幅が広かったため率直な気持ちを語ったモモン。

 イビルアイの思いがどこにあったか知る由もなかった。

 

「そ、そうか。アンデッドだから嫌いとかではないんだな」

 

 最後に小声で「良かったぁ」と胸のつかえが取れたようにホッとする。

 もし「アンデッドは大嫌いだ。即座に駆逐すべし」などと言われていれば、イビルアイは大泣きしてどこかへと飛んで行ったかもしれない。

 ラキュースたちも強張っていた体を緩め、胸を撫で下ろして肩の力を抜いていた。

 

 

 

「ここが冒険者用に新しく建てられた武具店ですよ」

 

 モモンの案内で目的の店へと到着する。

 一般的な店と比べてもかなり大きい。

 

「……すごく、立派ですね」

「リーダーが卑猥なこと言ってる」 

「ここでモモンのある部分を見ながら言ってたら三千点」 

「なっ!? 貴方たちぃ」

「おっと、魔導国では乱暴言は御法度だよ、リーダー」

「そうそう」

「むぐ、後で覚えてなさいよ」

 

 額に怒りマークを浮かべたラキュースは後程絶対に折檻を下すことを誓う。

 モモンに変に誤解されたらどうしてくれるというのか。

 

 入り口に向かって歩を進めると外開きのドアが開かれる。

 “蒼の薔薇”を迎え入れるため、ではなく単に店から誰かが出て来ただけだった。

 

「あら? ティアったらいつの間に店に入ってたの?」

「リーダー、私はここ」

 

 ティアだと思ったが本人はラキュースの左後方に立っていた。

 

「じゃあティナ?……っはこっちに居るわね」

 

 ラキュースの右後方にいるティナは手を上げて「やあ」と軽く挨拶でもするようにラキュースに応えて、店から出て来た人物に対して口を開く。

 

「久しぶり。意外なところで会った」

「まさかこんなところで会うとは」

 

 ティナとティアの言葉を受けたその人物はフフッと笑い。

 

「ティアとティナも元気そうでなにより」

 

 ティラがここに現れたことで三姉妹が数年ぶりに顔を合わせるのだった。

 

 

 




魔導国の現状回は次話で取り合えず終わりです。
まさかこんなにも長くとは思ってなかった(汗) 

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