鈴木悟の異世界支配録   作:ぐれんひゅーず

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遅くなりました。
仕事が忙しくなり寝落ちする日が多くなってしまいました。年末にはマシになる……はず。なったらいいな。


37話 滅国

 リ・エスティーゼ王国王城。

 “黄金”と称えられている第三王女はお付きの少年兵士に付き添われて歩く。

 向かう先はこの城で最も厳重に警備されている部屋。

 父であり国王でもあるランポッサ三世の部屋である。

 

 部屋の入り口で警備に就いている近衛と待つようにと少年に伝える。

 聞き耳など不敬な真似をさせないための監視の意味もある。

 静かな音とともに扉が閉められる。

 暗い。

 昼間だというのにカーテンも開けられていない。今日は曇りというのもあって僅かな日光も射していない中では、人影しか確認出来ない。

 

「お父様」

「……ラナーか?」

 

 優しく応えてくれていた今までと違い、低く暗い声。それでも愛おしい者に向ける優し気な気配だけは辛うじて感じ取れる。

 長男のバルブロを亡くし、疲弊した王国には貴族たちが好き勝手していくのを止める手段がなかった。民は飢え、苦しんでいる中、今までと変わらぬ暮らしを維持しようとする身勝手で愚かな貴族たち。

 先の戦争前の時と違い、国王側の力が大きく失われた状態では、王として貴族たちを無理に止めようとすれば国が完全に二つに割れてしまう。

 

「儂は……どうすれば良かったのか。儂は国を……民を守りたかったというのに……」

「お父様……」

 

 ラナー相手に愚痴を言ってしまうほど、今の国王は精神的にまいっている。

 こんな時、頼りになるレエブン侯は自分の領地の安寧のために奔走しており、それを理由に王城に来るよう催促しても断られている。

 『息子に完璧な状態で後を継がせる』

 レエブン侯は最大の望みを叶えるために自領を離れるのを躊躇っていた。自身の優先順位に従い、王城に招かれるのにはまだしばらくの時間が必要だと。

 今の状態で第二王子に王位を譲ってもどうにもならない。多大な苦労を息子に背負わせるだけになってしまう。

 

 このままでは王国は荒れに荒れる。いや、既に始まっている。

 かと言って国王にはそれを止める力も、財力も、知恵もない。

 国王の疲れ切った姿は今の王国そのものを表していた。

  

「……お父様、一つお聞かせ下さい」

「……」

 

 ラナーの問いかけに返事は返ってこない。ただ、憔悴しきった顔を向けるだけだった。

 

「お父様が本当に守りたいのは王国ですか? それとも――」

 

 ラナーは静かな声で選択を迫る。

 

「王国に暮らす人々ですか?」

 

 それは二択であって二択ではないのかもしれない。

 全てを救う手段などはない。

 

 はたして、ランポッサ三世は――――。

 

 

 

 

 

 

 

 ナザリック最高の知恵者、デミウルゴスは自身の最高の主人の前に立つ。尻尾をフリフリと揺らし、相当の上機嫌だと分かる。

 

「アインズ様、全ての準備が整いました」

 

 

 

 

 

 

 第三王女が国王に話をしてから数日後。

 リ・エスティーゼ王国王城『玉座の間』には二十人ほどの有力貴族が集められていた。

 その中にはレエブン侯を始めとした六大貴族の姿もあった。

 

「どういうことなんでしょうな? レエブン侯は何か聞いておりませんか?」 

「いえ、私は何も聞いておりません」

 

 ブルムラシュー侯に問いかけられたが、レエブン自身が何も聞かされていないのだ。この場にいる誰もが何も知らないと思えた。

 

(クズが! 私に話しかけてくるな)

 

 王国を裏切り、帝国に情報を流して甘い蜜を啜っている者となど話もしたくない。そんな思いを表には出さず、無難に切り上げてその場から離れる。

 

「しかし、一体なんのために集めたのだ?」

 

 国王から打診された内容は『重大発表を行うから王城に集まるように。応じない者は国賊と見なす』といった内容であった。

 六大貴族全員が集まること自体帝国との戦争の時ぐらいだ。更に有力貴族までも多数集めている。

 招集に応じなければ国賊。という王らしからぬ強気な言葉からも余程のことだというのは簡単に予想出来る。

 レエブン侯は今は誰も座っていない玉座の横に並んで座っている二人の王族を見る。

 一番可能性として高そうなのが王位継承。

 しかし、それなら事前に伝えてこなかったのが気になる。

 亡くなった第一王子に娘を嫁がせ、第一王子を推していたボウロロープ侯が何か良からぬことを仕出かさないように気を配ったのだろうか。

 ボウロロープ侯もそう感じているからか、苛立っているのが丸わかりだ。

 

(本当にそうなのか?)

 

 レエブン侯はなんとなく違う気がしていた。第二王子と第三王女の顔を窺ってみても、直接話してみないことには二人の心情まではハッキリと読み取れない。

 国王からの相談にしっかりと乗っていれば良かったのだろうか。

 

(いや、今の王国の状況では私が自領を離れれば何が起こるか分からん)

 

 ずっと自身が采配を行っていたからこそ、レエブン領内は王国内で唯一安定していると言っていい。

 全ては愛する息子と妻のため。決して間違った行動はしていなかったと信じている。

 

 玉座の間がざわめきだす。

 招集をかけた本人が戦士長と共に姿を見せる。

 

(うっ、陛下。あんなにやつれて)

 

 ずっと苦労してきた王は元々健康とは言い難かった。

 しかし、玉座に向かってヨロヨロと歩く姿は最後に会った時と比べても弱っていると一目で分かる。

 変わり果てた王に対して何もしてやれなかった。

 仕方がなかったとは言え罪悪感に苛まれてくる。

 せめてこの後に謝罪に赴こう。その際にどれだけ叱責されても構わない。陛下の心が少しでも晴れるよう務めよう。と決心する。

 

 再び場がざわめき出す。

 

(――――何故玉座に座らない?)

 

 王らしく玉座に座らず、玉座の横で杖を支えに立ったままでいる。

 困惑する戦士長を手で制し、立ったまま話し出す。

 

「皆良く集まってくれた。誰一人欠席することなく応じてくれたことに礼を言う」

 

 応じなければ国賊とするとまで宣言しているのだから、どれだけ無能でも無視する者などは流石にいないだろう。

 それが無ければ色々理由をつけて断っていただろう者ばかりなのだから。心情の違いこそあれ、レエブン侯もその中に入っている。

 

 国王はさっそく本題に入る。

 

「……今回、集まってもらったのは他でもない。この国の行く末についてだ。私は……王の座を退くことにした」

「なんとっ!」

「おおぉ!!」

 

 貴族たちから声が上がる。

 やはり、第二王子のザナックに王位を譲る発表なのだと。

 ボウロロープ侯や彼の側の貴族たちといった第一王子を推していた者たちは面白くなさそうにしている。反対に第二王子を推していた者たちは嬉しそうにしている。

 ブルムラシュー侯など、一部の者は然程感心を示していない。

 レエブン侯は――――微妙な心境であった。

 

(何故このタイミングで? ザナック王子が王になったとて、今の王国の状況が変わる訳でもないのに)

 

 それとも何か画期的な策でもあると言うのだろうか。

 

(なんだ、王子のあの悲痛な表情は?)

 

 ザナックは伏し目がちにして項垂れている。何と言うか、全てを諦めているように見えた。

 

(……まさか、継承者は王子ではない!?)

 

 継承者は第三王女だとでも言うのか。

 そっちの方があり得ない。

 彼女には何の力もなく、協力する貴族もいない。例えレエブンが協力したとしても、間違いなく反発する他の貴族の力に対抗出来はしない。

 

「宣言する。私の後を託す者の名は――――」

 

 レエブンがあれやこれや考えている中、新たな国王の名が告げられる。

 

「魔導王アインズ・ウール・ゴウンである」

「……………………はあぁっ!?」

 

(なっ!? 魔導王だと!?)

 

 レエブン侯だけではない。この場にいるもの全ての貴族が混乱する。

 

 バタンと入り口の扉が大きな音を立てて開く。

 そこには豪奢なローブを纏った、いつか見た黒髪の青年。

 魔導王アインズ・ウール・ゴウン。

 漆黒の後光を背負い、王者の風格で周りを威圧する、王とはこうあるべしを体現するように堂々と立っていた。

 一目で悪魔と分かるオールバックに赤いストライプのスーツを着た悪魔に先導されて玉座へと歩く。

 誰も声を上げない。いや、上げることが出来ないでいる。

 それほどの圧倒的存在感を放っていた。

 

 呆然としている貴族たちを尻目に、国王から王の証である王冠を悪魔が受け取り、恭しく魔導王の頭に乗せる。

 

「ご苦労でした、ランポッサ三世。後はこちらでやりますので貴方は下がって休んでいなさい」

 

 玉座に座った魔導王の斜め前に陣取った悪魔は国王を退出させる。

 困惑する戦士長に魔導王が何か囁くと、戦士長は国王の傍に駆け寄り心配そうな顔つきをしたまま部屋を出て行った。

 その様子から戦士長は何も知らなかったのだと理解する。 

 

(事前に知っていたのは陛下を除けば、あのお二人だけ、だったのか)

 

 第二王子と第三王女の様子からそう推測する。尤も第三王女は表情の変化がなさ過ぎて何も読み取れなかったのだが、魔導王が現れてから少しだけ嬉しそうにしているように感じていた。あまりにも変化が薄いのでただの勘違いかもしれないが。

 

 悪魔がこちらに振り返り、両手を広げて良く通る声で告げる。

 

「前国王ランポッサ三世の宣言により、たった今からリ・エスティーゼ王国は魔導国の支配下に入りました!」

 

 ランポッサ三世がしたことは王位継承ではなかった。国そのものを魔導王に譲ったのだ。王国貴族になんの話も通さずに。

 

「……ふ、ふざけるなぁ!! 我々になんの相談もなく勝手に王位を決められてたまるかぁ! 私を誰だと思っている!」

 

 阿呆のように呆けていた貴族たちの中で、ボウロロープ侯が怒りの声を上げる。 

 その怒声に我に返った他の貴族からも非難の声が続く。

 部屋の温度が急激に上がっていく中、レエブン侯は努めて冷静に状況を見る。

 

(陛下は一体何を考えてこのようなことを……こうなるのは分かりきっているはずなのに) 

 

 無条件で他国に国を明け渡すなど、貴族たちが許すはずがない。

 今、特に声を大にして叫んでいる者たちは国がどうであろうが、本当の所はどうでも良いと思っているとレエブン侯は考えていた。

 彼らにとって大事なのは自分の利益のみ。そのためなら国も、民も、ある者は家族すら踏み台にする輩なのだ。

 先の戦争で圧倒的な力を示した魔導王が自分たちのトップに立ってしまっては、これまでのように好き勝手にすることが出来ないかもしれない。そんな思いが渦巻いている。

 この喧騒は先ほどの宣言が撤回されるまで終わることはないだろう。そう思っていたが、実際は数秒で終わることとなる。

 

「騒がしいですね。『静まりなさい!』至高なる御身の前ですよ」

 

 貴族の声がうるさい中、不思議と脳に染み入ってきた悪魔の声。その瞬間、部屋の中は静寂に包まれる。

 レエブン侯は自分が声を発することが出来ないことに驚く。

 周りではうめき声すら出すことが出来ないことに慌てふためく姿が数多く見受けられた。

 

「これからは発言したい者は手を挙げて許可を得る様に、よろしいですね。おっと、その前に『ひれ伏しなさい!』」

(なっ!? 体が!?)

 

 今度は体が勝手にひれ伏してしまう。まるで体全体に重力がかかったようで抗えることが出来ない。

 

(これは、あの悪魔の力なのか?)

 

 悪魔には特殊な能力を持つ者が多いというのは知識として持っている。そう理解しつつもこれは流石に反則ではないだろうかと思わずにはいられない。

 動かせるのは右腕のみ。目線で周りを窺えば、昔は歴戦の戦士として馴らしていたボウロロープ侯が顔を真っ赤にさせて抵抗しようとしていた。それが叶わない所を見るに、悪魔の強制力に人間では抗えないのだと悟ってしまう。

 

「アインズ様、聞く姿勢が出来たようなので話を続けさせていただいてもよろしいでしょうか?」 

 

 胸に手を添えて紳士のように振舞う悪魔に対して、玉座に座った魔導王はただ鷹揚に頷くだけだった。

 些事は全て配下に任せて、自らはこちらが自然と委縮してしまうほどのオーラを放ってただ在るのみ。

 物語に出て来る王の姿そのものか、それとも――――。

 

 

「アインズ様のご許可もいただけましたので、ここからは私、デミウルゴスが進めさせていただきます」 

 

 悪魔はこちらを一通り見渡して、良く通る声を部屋に響かせる。

 

「まず最初にこの国の危機的状況を打開する必要がありますが、食料難に関しては既に各都市、各村へと食料を配送する手筈が整っております。これにより、飢えに苦しむ者はいなくなるでしょう」

 

 ほぼ王国全土に広がった食料難を解決させるには相当の量が必要なはず。一体いつから、どのようにして集めたというのだろうか。

 

「次に、我が主魔導王アインズ様は無為に民が苦しむことを良しとしておりません。よって、今後このようなことが起きないよう、この国最大の問題を解決しなければなりません」

 

 抑揚を付けた演説のような話し方。

 

「そのために、ボウロロープ侯、ブルムラシュー侯爵、リットン伯爵――――」

 

 六大貴族の三人の名から始まり、この場に居ない者も含めた大貴族、中小貴族の名が幾つも読み上げられる。    

  

「――――クルベルク家、フォンドール家」

 

 ようやく読み上げるべき名を言い終わったのか、悪魔は嬉しそうにこちらを見渡す。

 王国貴族のほとんどを記憶しているレエブン侯は、今耳にした貴族の名は全貴族の七割から八割ほどだったと判断する。同時にある共通点を持つ貴族が幾つもあることも。

 

「以上の貴族は現時刻をもって貴族位を剥奪。領地やその他与えられた権限全てを没収、その身を預からせて頂きます」

 

 いきなりの宣告に場の空気が更に変わる。

 何を言われたのか理解出来ない者。自由な発言を許されないことへの不満。貴族である自身への仕打ちにずっと怒っている者。色々だ。

 そもそも理解しろと言う方が無理な話だ。

 比較的冷静を保っていられた名を呼ばれていない者たちですら何が起こっているのかサッパリ分からないのだから。

 

 血管が切れそうな程、怒りの限界に達しているボウロロープ侯が何か叫ぼうと足掻いている。

 悪魔の束縛が一向に破れないのを見ていたブルムラシュー侯がおずおずと手を挙げる。

 

「はい、そこの貴方。発言を許可します」

「……な、何故我々が貴族位を剥奪されなければならないのです? こ、国王陛下が勝手に決めて王位に就き、その上貴族の意を得ずしてそのような横暴が通るはずがない……のでは?」

 

 その主張は勇ましいようで、声色は相手の顔色を窺いながらの弱々しいものだった。

 悪魔は人差し指で眼鏡をクイっと正す。

 

「ふむ、なんの理由も無く全てを奪われる謂れはないと? そう言いたいのですね。では、コレはなんとしますか?」

 

 悪魔はそう言いながら何もない空間から一枚の書類を取り出しブルムラシュー侯に向けて放る。

 紙は不思議な動きでヒラヒラと宙を舞い、彼の手元に正確にたどり着く。

 

「――――!? どど、どうしてコレを!? 厳重に保管してあるはずなのに」

「見られて困る物はもっと分かりにくい場所に隠した方が良いですよ」

 

 悪魔は紙を幾つも放る。それは魔法のように皆の元へと舞っていく。

 レエブン侯は自分の元に来た紙の中身を見る。

 

 それは、ブルムラシュー侯と帝国が裏で繋がっていたことを証明する内容だった。

 ブルムラシュー侯の裏切りはレエブン侯も気付いていた。証拠を押さえようと策を練ったこともある。

 しかし、領土内に金鉱山やミスリル鉱山を持っているため財力は王国一。厳重な警備が敷かれた屋敷への侵入はレエブン侯子飼いの冒険者でも難しく、失敗した時のリスクが高すぎて先送りしていた案件。

 そもそも証拠がない可能性もあったのだが、こうして在る所を見るに、王国が帝国に吸収された時に自分の情報のお陰だと皇帝に主張するためだったのだろう。

 王国の衰退具合から、王国側に気を使う意味が薄れていたのもあったのかもしれない。

 

「それだけではありませんよ。コレは王国を裏から牛耳っていた犯罪組織と繋がっていた証拠です」

 

 今度は紙一枚では済まない。大きなケースを取り出した悪魔は同じ物を幾つも並べる。

 中身は宣言通り、犯罪組織“八本指”との繋がりを示す内容。剥奪を宣告された貴族全員分。

 癒着、賄賂、麻薬取引、誘拐、殺人とあらゆる犯罪行為が行われていた。

 中には第一王子が麻薬部門から資金を得ていたことまで記されているものもあった。

 

「私利私欲に囚われ、国を腐らせるだけの者を魔導国は必要としていません。貴方たちには私が作った施設に行ってもらいます」

 

 悪魔はそう言ってこめかみに指を当てて<伝言(メッセージ)>を唱える。

 すると、部屋の中に楕円形の漆黒の闇が現れ、それはどんどんと大きく広がる。

 闇の中から姿を見せたのは――――。

 

(デ、デス・ナイト!?)

 

 一体ではない、何十体ものデス・ナイトが動けずにいるボウロロープ侯たちを抱えて闇の中へと消えて行く。怨嗟の声が上げられることもなく、作業は速やかに行われた。

 

 残った貴族は、呆然とするレエブン侯の他にはウロヴァーナ辺境伯、ペスペア侯爵といった良識のある者たちだけとなった。

 

 こうなるともはや魔導王を新たな王と認めるしかない。ここで逆らっても良いことなど一つもないのは分かり切っているのだから。

 

 仰々しい戴冠式を嫌った魔導王により簡易的な、即位式が行われることとなるのだった。

 

 

 

 

 

 

「今回の一連の流れは、全て貴方の仕業なのですか?」

 

 沙汰があるまで待つよう指示されたレエブンは他の者と違い、自分の領地に戻ることはせず、裏で糸を引いていたと予想される人物を問いただしていた。

 

「違うわ、レエブン侯。筋書きを書かれたのはデミウルゴス様よ」

 

 天才とも、神から授かったとしか形容出来ない才能を持ったラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフ王女。いや、元王女。

 愛しの忠犬クライムを首輪で縛り、いつまでもその純粋な瞳で自分を見てほしいとまで言っており、精神の歪みも見せていた。自分の目的のために、家族や国民を平然と裏切り、それに後ろめたさや後悔は微塵も覚える事無く行動できる彼女であれば、王国を見捨てる選択をしたとしても不思議はない。

 

「私がしたのは不要な貴族の選別と糾弾する材料探し。実際に動いていたのは貸し出していただいたシモベの方々ですけどね」

 

 潜伏に向いた者を使って切り捨てる貴族の屋敷を調査。部屋の間取り、屋敷主の性格や傾向など精査して隠し場所を予想して暴いたという。

 犯罪組織八本指”との関わりの証拠もラナーは見つけたそうだが、これに関してはデミウルゴスという悪魔も既に持っていたとのこと。

 “八本指”の活動が大人しくなって随分久しいが、王国を腐敗させてきた証拠を提示されては罰を免れることは出来ない。これまでの王国であれば強権を利用して罪を軽減し、すぐにでも釈放されていただろうが、魔導王の圧倒的武力の前にそんなものが通用するとはとても思えない。

 

 ボウロロープ侯たちが闇の中に連れ去られた時を同じくして、王宮に招集されていなかった他の貴族も同様に連れ去られたという。更に今までの王国の腐敗の原因がどこにあったのかを国民に知らしめるため、各都市から村々に水晶のようなモノを使って、貴族を糾弾する場面を見せつけていた。

 あの数分の間にどれだけの人材が動いていたというのか。改めて魔導王の持つ力に鳥肌が止まらない。

 

 ザナック王子は目の前の少女が直に説得したという。

 今の王国ではザナックが王位を継いだとしても明るい未来は決してない。他国に滅ぼされるか、そうならなくても国力を落とし続け衰退していくのみ。

 どの道滅びる未来しかない国の王位に就きたいと思う者はそういないだろう。自国を真に愛する心があればまた違うかもしれないが。

 

 魔導王は第二王子の命を取らないらしい。

 例外はあったりするが、通常征服された国の王族は処刑され、王家の血は絶えるものだ。

 

「お兄様はあれで優秀ですからね。その能力で国の運営の補佐をするのであれば、普通の暮らしと安全は保障されるとお伝えしました」

 

 それは魔導王の方針をラナーが代わりに伝えたというところか。

 ランポッサ三世も処刑はされずに隠居することとなり、自らの国の行く末を見守るよう言い渡されたそうだ。

 レエブン侯は彼らの命があることに関しては嬉しく思う。

 

「しかし、王家の血が残っていればザナック様を担ぎ出す者も出てくるのではありませんか?」

 

 第二王子であったザナックであれば神輿としては十分。魔導王に不満を持った貴族が無謀なことを仕出かしかねない。魔導王に逆らうのは愚か者のすること。それをレエブンは魂で感じていた。

 

「心配ないわ。そんな馬鹿を選別したのですから。それにもし、そんなことをする者が現れたら見せしめにされるだけでしょうから」

 

 それを聞いてレエブンは、ペスペア侯辺りが危ない気がした。

 六大貴族の一人であるペスペア侯は、前国王ランポッサⅢ世の長女を妻に迎えている。派閥に関係なく多くの貴族から国王になることを推されてもいた。

 

(まさか、見せしめ(生贄)に使うために彼を残したのか? この娘であれば……やりかねんな)

 

 ペスペア侯が馬鹿な気を起こさないようそれとなく忠告しておかなくてはならない。

 

 それにしても余りにも多くの貴族が居なくなってしまった。それもあっという間に。

 今頃どんな目にあっているのか。想像出来ないが同情する気は起きない。今まで他人を不幸にさせ、散々自分の欲望を満たして来たのだから。正に因果応報だろう。

 しかし、別の懸念もある。

 それは、いきなり多くの貴族が居なくなってしまったことにより領主が空になってしまった地をどう治めるのかだ。

 

 その疑問に対して、ラナーはデミウルゴスと擦り合わせた計画を伝える。

 

「それに関しては、まずはレエブン侯が自派閥に集めていた優秀な貴族を空いた地にそれぞれ割り当てます。どうしても足りなくなってしまう人員は大量の死者の大魔法使い(エルダーリッチ)を秘書として派遣することで賄うことになっています」

 

 アンデッドが有用に使役されている魔導国らしい解答。

 常人を凌ぐほどの英知を宿した不死者が休むことなく働くことで得られる労力はどれほどのものだろうか。

 

(エ・ランテルでは住民もアンデッドに慣れ始めていると聞くが。……アンデッド……アンデッドかぁ)

 

 難しい顔で唸るレエブン。

 何を考えているのか見抜いたラナーは、うふふと笑いながら言う。

 

「慣れて下さいね。それが最初の務めですから」  

「はは……精進、しますよ」

 

 貴族を粛正する手際といい、その後の統治への手配といい。ここまで綿密に手を打たれていてはもう笑うしかない。

 レエブンの心には、魔導王に敵対する意思は欠片も沸いてこなかった。

 

 

 

 僅かにあったわだかまりはほんの少し晴れ。レエブンは自身の最愛の家族の待つ家へと帰る。

 彼がしなければならないことに変わりはない。息子に最高の状態で後を継がせる。ただそのために突き進むだけ。

 

 エ・レイブルへと帰る馬車の中でレエブンはラナーが零していた笑顔に、そこはかとなく感じていた演技っぽさがなくなっていたように感じていた。 

 

 

 

 

 

 




最新14巻発売前に王国亡んじゃったよ。
14巻の情報から王国がどうこうなる時の色んな人たちの心情などとかけ離れていたとしても気にしちゃいけません。次話でもそうですが(蒼の薔薇とか)、これはIFの話なので人格崩壊や人格破綻しない範囲で描写していきたいと思っております。

ってことで次回はまた蒼薔薇の彼女の出番。

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