鈴木悟の異世界支配録   作:ぐれんひゅーず

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仕事のピークは越えました(^^)/
腰を二回イワしましたが、私は元気です。


38話 吸血姫の決意

 一日足らずの出来事でリ・エスティーゼ王国が地図から消えておよそ一月。

  

 王都と呼ばれていた都市は魔導国となった今も変わらずに王都と呼ばれていた。

 

「……はぁ」

 

 ドワーフによって綺麗に舗装された大通りを一人歩くイビルアイは、見慣れた街並みの変わってしまった風景を見ながらため息を漏らす。

 

 あの日。

 前王ランポッサ三世が魔導王に国そのものを譲渡してしまった日。イビルアイを初め“蒼の薔薇”も王都上空に浮かぶ水晶から映し出された場面を大衆と一緒に見ていた。

 

 魔導王の即位。

 突然のことにパニックに陥る。何故。何時からこんな話が進んでいたのか。 

 疑問は尽きないが一般民衆にとっては王が変わることよりも重大なことがあった。

 

 多くの貴族がこれまで権力を笠に着て行ってきた暴虐の数々。

 王国を裏切り、他国に情報を流して甘い蜜を啜っていた者。

 犯罪組織と繋がり賄賂、麻薬、誘拐、殺人等々で懐を潤わせていた者。

 どれもこれもどうしようもない程腐っており、自分たちを苦しめていたのが何なのかを見せつけていた。後に号外という形で国中に配布され、誰もが詳しく知ることとなった。

 

 国民の怒りは、それら貴族を野放しにしてきた王族にも少なからず集まることとなったが、時間が経つにつれ、王国の状況を覆すのは“鮮血帝”と恐れられる皇帝でも不可能だったと見られる意見が多くなった。というよりそういう噂がどこからか流れ始めていた。

 

 王国に巣食っていた腐敗の根は深く、広い。少し切除出来たところでまたすぐに生えてくるし、腐敗の元はビクともしない。一部を切ることが出来ても四方八方から伸びた根が執行者を狙い、いずれ窮地に立たされることだろう。丁度“蒼の薔薇”がそんな立ち位置に居たのだ。

 

 しかし、魔導王はやってのけた。

 腐敗の元である大多数の貴族を全て捕縛し、どこかへと連れ去って行った。王国内部に溜まった膿を完全に取り除いたのだ。

 

 あの日、ラキュースは一目散に実家へと帰っていった。 

 数日後に合流した時に、大量の貴族が居なくなったことで空いた領地の統治などは取りあえずは問題ないだろうと言っていた。

 ラキュースの両親は健在。それは当然だろうと思う。“蒼の薔薇(ウチ)”のリーダーは根っからの善人で叔父のアズスも人望厚い人物なのは知れ渡っている。アインドラ家の人間が後ろ暗いことをしていたとは露ほども思っていない。

 

 上空を見る。

 雲一つない澄み渡った青色、綺麗な空が広がっている。これがこの国の状態を表しているのだろうか。数か月前のどんより曇った空の下、空と一緒の暗い表情でいつも俯き歩いていた市民も、今は顔を上げ笑い顔が見える。

 イビルアイと同じように晴れ渡った空を見上げている者が居るが、彼には見えていないのだろう。空に浮かんでいるアレが。

 

(今日もまた同じコースを飛んでいるな)

 

 イビルアイに見えているモノ。

 それは不可視化しているアンデッドだった。

 毎日同じ場所、同じ時間に飛んでいる。誰かに危害を加えることもなく、敵意もない様はまるで巡回しているようだ。

 地上ではエ・ランテルと同じようにデス・ナイトも巡回しているが、その数はエ・ランテルと比べても明らかに少ない。都市規模を考えればその五倍は居てもおかしくはないのに。

 

 聞くところによれば各都市、各村へとエ・ランテルの人間が派遣されているらしい。

 アンデッドに慣れていない元王国民のためにアンデッドに慣れた者が扱い方、付き合い方の指導に当たっているとのこと。

 魔導王に悪意がないと予想すれば、デス・ナイトの数を減らし、別のアンデッドを不可視化させて見えないようにして、市民に不安感を与え過ぎないように配慮しているのかもしれない。

 デス・ナイトなどは一体でも劇物であるが、アンデッドに慣れさせようと苦慮しているのかもしれない。

 エ・ランテルのことを思えばその可能性は高い気がする。

 

「……はぁ」

 

 ここで二度目のため息が零れる。

 

 目的地もないまま歩き進めている内に王城が見える位置まで来ていた。

 王城は外から見ても、その様相が少し変わっているのが分かる。

 あの日からすぐに、都市整備と併せて大改修が始まり、多数のドワーフや見たこともない種族が城に出入りしていた時期があった。そして以前の歴史を感じさせていた(悪く言えば古臭い)城や街並みは様変わりしてきている。尤も、王国の歴史と言ってもせいぜい二百年ほどの浅いものなのだが。

 魔導国からの発表によると、今回の城の改修は内部が主で、全面的な改修もいずれは行われる予定らしい。

 その金を工面するために重税を課される――なんてことはなっていない。むしろ税は軽減され、食物なども安くなり人々の暮らしは確実に上昇傾向にある。

 恐らくだが、粛正された貴族が不正に貯め込んでいた財を使っているのだろう。国民の生活水準を上げ、負担をかけることなく自分の城を弄っているのだから、イビルアイが文句を言うようなことではない。

 

 こうして住み慣れた場所が変わっていく様をみていると、本当に王国は無くなってしまったのだと実感する。そのことに対して思うところがないではないが、イビルアイ自身はそれほど気落ちしていない。それなりに暮らしてきたことで少なからず愛着はあっても、王国の腐敗ぶりは本当に酷いものだと良く知っていたのだから。

 ティアとティナも元々王国民ではないし、二人はかなりドライな性格をしている。仲間に危害が及ぶなら命がけで抗うだろうが、王国という国そのものに対しての愛着はイビルアイより薄いだろう。

 ガガーランは悔しい思いを口にしていたが、それは自分たちで国を少しでも良くしようと犯罪組織などといった面々と奮闘してきたからだろう。地道にでも頑張っていたというのに、訳も分からぬ内に全てが終わっていたのだから少しぐらいの愚痴が出るのは仕方がないだろう。

 出身地が王国かどうかはイビルアイも知らない。名前は偽名で過去も一切不明の、自称『謎多し可憐なる戦士』。

 

 イビルアイを含めた四人は王国が亡んでしまったことに早い段階で自身の中で整理がついている。

 かなり引きずってしまったのがリーダーであるラキュースだった。

 それも仕方がないだろう。一度は家を出奔した身ではあるが、アインドラ家の令嬢であるため正装する事もあるれっきとした王国貴族なのだから。生まれつき正義感が強いこともあり、腐敗していく国を良くしたいという思いは人一倍持っていた。そのために悩み、努力している姿を見て来たのだから、何も出来なかったと気落ちしてしまうのも良く分かる。

 イビルアイたちが本気で心配するほどふさぎ込んでしまっていたが、それも街の人々がアンデッドに怯えながらも笑顔が増えていくのと一緒に、徐々に元の元気な姿を見せてくれた。

 貴族というものはいざという時に領民を守るためにある。

 アインドラ家は清廉潔白で不正など一切行っておらず、いつも領民のことを考えて統治をしてきた。当然魔導王の粛正対象には入っていない。国が変われども今までと変わらず、いや、今まで以上の素晴らしい統治を行っていけば良いのだ。と気を持ち直してくれた。

 実際に統治しているのはラキュースの両親なのだが、そこは敢えてツッコまない。何はともあれ、皆をグイグイ引っ張ってくれるリーダーが元気になってくれたのは良いことなのだから。

 

「…………」

 

 三度目のため息が零れそうになり、踏みとどまる。

 ため息を吐けば、その分だけ幸せが逃げてしまうと聞く。そんなものはただの迷信だと知っていても、今のイビルアイは『幸せ』と言う言葉に過敏に反応してしまうようになってしまっていた。

 

 イビルアイが憂鬱に感じてしまっているのは、王国が事実上なくなってしまったことに起因しているが、本当の理由は別にある。

 人は誰しも自分の置かれた環境が変われば多かれ少なかれ不安を抱いてしまうもの。二百年以上生きた吸血鬼であってもそれは変わらない。そんな時は心の安寧を求めて、安らぎを与えてくれる人が傍にいて欲しいと思ってしまう。“蒼の薔薇”の仲間たちのことは勿論信頼しているし、一緒に居るととても楽しい気分にさせてくれる。

 しかし、今イビルアイが求めている存在、安心感を与えてくれる人物は別にいる。

 

(……モモンに、会いたいな)

 

 またしてもモモンに会いたい病にかかっていた。

 永い時を過ごして来た中で初めて好きになった人。

 彼を逃せば金輪際誰かを好きになることはないだろうと思っている。

 なんでもいいから話しがしたい。

 国のこと。冒険者のこと。

 そして――――自分のこと。

 

 イビルアイは浮かんだ思いを振り払うように頭を振る。

 

(馬鹿か私は、もっと慎重に決めないと後悔することになるぞ)

 

 モモンに好きだと告白する。普通の乙女であっても告白するには覚悟のいることなのに、イビルアイに限っては桁が違う。

 

 モモンに恋をしてから考えるようになってしまった『幸せ』という言葉。当の昔に諦めていたもの。

 イビルアイにとっての幸せとは何なのだろうか。

 

 モモンと愛し合い、結ばれ、子供の産めない自分の代わりに他の女性、例えばラキュースとか”美姫”との間に生まれた子を共に育てる。かつてはそれで良いと思っていたが、本当にそれで良いのだろうか。

 イビルアイ自身は良い。ほんのひと時でも人並みの幸せを味わえれば、モモンが寿命で死んでしまった後の永い時の中でも暖かい思い出を胸に生きて行けるだろう。

 では、見送られる側はどうだろうか。

 天寿を全うしてこの世を去る時、永久に残される伴侶のことをどう思うだろうか。安心して眠りにつくことが出来るのだろうか。

 そう考えたら胸が締め付けられたように苦しくなる。 

 

(うぅ…………逆の立場だったら、無理だ。私にはとても耐えられそうにない)

 

 自分で想像したことがあまりに悲し過ぎて、泣きそうになりながらトボトボといつもの宿へと帰路につこうとする。

 

 すれ違う人々の中に、仲良さそうにしている恋人や子連れの家族の姿を見るたびに羨ましく思う。以前ならなんとも思わなかったことなのに。

 

「…………」

 

 今も腕を組んで寄り添うように歩く若い男女がイビルアイの横を通り過ぎて行く。

 

(いいなあ、私もあんな風に……)

 

 彼らはこれから先も愛を育み、子を成し、やがて年老いていくだろう。

 普通の人としての幸せを得られないことが悲しくて堪らない。

 

「…………いや、待てよ。馬鹿か私は」

 

 人としての幸せなど二百年以上も前にとうに諦めていたじゃないか。

 それに、モモンと両想いになったわけでもないのに死別の時を思って気が滅入るなんて気が早いにもほどがある。

 イビルアイとモモンの間にはまだ何もない、始まってすらいない。

 

(そうだ。何の行動も起こしていないのにそんな先の事を勝手に想像して悲観するなんて)

 

 どうかしている。

 そう言われても仕方がない程に愚かな考えだった。

 

(私はイビルアイだぞ。どうなるか分りもしない未来に怯えるなんて)

 

 かつての仲間のババアに知られたらなんと言われるか。『相変わらずインベルンの嬢ちゃんは泣き虫じゃな』と笑うに決まっている。

 

 さっきまでの沈んでいた気持ちはどこへやら。イビルアイは胸を張って前を向く。

 

(ようし。次にモモンと会った時に全てを決めてやる)

 

 ウジウジ悩んでいても仕方がない。ヤルと決めたら自然と気持ちも大きくなっていく。

 思い立ったが吉日。その言葉に従い、イビルアイが向かったのは女性専用の下着売り場だった。

 

 

 

「ここだな、ガガーランが利用している店は……」

 

 そこは既存の製品だけでなく、客一人一人に合わせて特注品も作ってくれる高級店。

 ガガーランが利用しているのは、言うまでもなく胸囲がハンパないからで既製品で合うサイズが皆無だからだ。

 では何故イビルアイがこの店を選んだかと言うと。

 見た目十二歳ぐらいのイビルアイのサイズだと子供ッポイ物か無難な物しか流通していないからだ。

 『勝負下着』という物があるとガガーランから聞いていた。

 ここぞ、という場面では女性は気合の入った下着を着るもの。その際は男を悩殺するようなセクシーな物が望ましいらしい。

 

 それらしいのが置いてある所へ向かってみる。

 

(うぐ、布面積が少ないのばっかり。コレなんて殆ど紐しかないじゃないか!? こんなの履いてるのを見られでもしたら…………)

 

 間違いなく恥ずか死ぬ。

 

 仮面の下で顔を真っ赤に染めているイビルアイに、良く教育された女性店員が笑顔で挨拶してくる。

 

「いらっしゃいませ。お客様、本日はどのような物をお探しで?」

「あ、いや…………あの…………」

 

 思わずしどろもどろになる。

 どのような客が相手でも全力の誠意を見せる。店員の放つ雰囲気には、そんなその道のプロの気配があった。

 

 なんとか気を落ち着けたイビルアイは決死の覚悟で希望のものを口にする。 

 

 

 

 

 

 

 宿屋に戻ったイビルアイに急報が届く。

 『王都に“漆黒”のモモンが来る』 

 色々と準備し、覚悟を決めたイビルアイだったが、あまりにも急な話に大いに狼狽えるのであった。

 

 

 

 

 

 

 数日後。 

 

 元リ・エスティーゼ王国王城はアインズ・ウール・ゴウン魔導国王城として機能している。

 エ・ランテルにて、アインズが居を構えていたのは本人の希望により、一部の調度品を絶対支配者に相応しい品に変更されただけの都市長の部屋をそのまま利用したものであった。これは、ナザリック基準で見ればかなり質素なもの。

 位置的に重要なエ・ランテルと言えども所詮は一都市。守護者たちも主の意向ならばと目を瞑っていたが、城を構えるとなると今度こそ絶対支配者に相応しいものでなければならない。

 アルベド、デミウルゴスを始めとしたナザリック全体の希望とあり、アインズも城内部の改装に対しては首を縦に振るしかなかった。

 しかし、いきなり大規模な改装を行えば、いかにも国を強引に奪った恐怖の王という認識が定着してしまいかねない。そのため、手を加えるのはアインズの執務室や寝室、玉座といったアインズの利用頻度の高い場所が優先され、他は適時行われる方針となるのだった。

 

 日の明かりが照らし、たった一つでも王国の国宝に値しそうな調度品が居並ぶ廊下の先。そこに魔導王の執務室がある。

 扉を開け、部屋に入るとまず最初に目が行くのは巨大な窓。そこからは王都の街並みが一望出来る、王城でも一番見晴らしの良い場所。さながら日本の城の天守閣といったところだろうか。部屋の広さはナザリックのアインズの部屋とほぼ同等で、アインズ感覚で言えば無駄に広い。

 巨大窓の近くに談話用のソファーとテーブルがあり、反対側の壁側には執務机。言わずもがなナザリックから持ち出された最高級品で飾られている。

 執務机にはそこに在るべきアインズの姿があった。

 

「…………統治の方はなんとか軌道には乗った、感じかな。上手く行くか少し不安だったけど、ホントに流石というところだな」

 

 ナザリックが誇る知恵者たちが準備して行われたのだから上手く行かない訳がない。アルベドもデミウルゴスも、アインズの望みに沿うように考えてくれている。

 

 その地に暮らす一般人にとって、支配者が変わるということには不安が付き纏う。人心が落ち着くよう、政策には気を使わなければならない。反乱など起こされては面倒に過ぎる。

 

「アンデッドをそこらに放っておいて今更な気もするけど……」

 

 こればかりは仕方がない。何せ広い魔導国全土に対して圧倒的に人手不足なのだから。特に補佐として各地に送った死者の大魔法使い(エルダーリッチ)は絶対に必要。

 幸いエ・ランテルでの前例があるため、恐慌状態とまでは至っていない。

 

「あとレエブン侯、だったか?」

 

 かなり優秀らしいレエブン侯が異常な頑張りを見せていると聞いていた。ホワイト企業を目指すアインズは、一度休むよう打診したのだが、休みを取ったという報告は回ってきていない。

 

「最初が肝心なのは分かっているけど、もう少し落ち着いたら健康に良さそうなものでも送っておくか」

 

 アルベドの報告では、彼の頑張りで当初の予定より幾分か統治の状況が進んでいるらしい。ならば上に立つ者としてそれに応えなければならない。

 

(褒美と言えば、デミウルゴスに協力してくれた王女にも何か用意しないといけない……んだけどなぁ)

 

 デミウルゴスに協力者が居るとは聞いていた。当初はアルベドとも話し合い、領域守護者クラスの地位を与えれば良いだろうと話していたのだが、いざ褒美を与えようとしたところ「望みの褒美はいずれその内にお願します」と拒否されてしまった。今はペットを飼う環境を整えるという些細な望みを与えるのみで止まっている。

 

(その段取りはアルベドとしていたんだっけ? アルベドが外の人間に興味を持つなんてな。これも成長の一つなのかな)

 

 絶世の美女と美少女がテーブルを挟んで楽しそうに談笑していた姿を思い出す。一つの素晴らしい絵画とも思える光景に顔が綻ぶ。

 

 なんにせよ、王女が上げた成果に対しての報酬が釣り合っていない。その内に、という褒美も叶える必要がある。当然アインズの裁量の範囲でだが。

 

「失礼致します、アインズ様。パンドラズ・アクター様がいらっしゃいました」

「パンドラが? 良い、通せ」

 

 アインズ様当番は王城に居ても変わりなく続いている。元々居た王城のメイドではアインズのお世話をするのに作法も練度も足りていないらしく、猛訓練を受けさせられているようだ。尤も、例え文句の付けようがない完璧なメイドが居たとしても、一般メイドたちはアインズのお世話を許したりはしなかっただろうが。 

 

「ご無沙汰しております。父上。 パンドラズ・アクター、只今戻りました」

「う、うむ。モモンとして王都に来ていたのだったな。それで、王都冒険者組合での講習は滞りなく済んだのか?」

「勿論でございます。このパンドラズ・アクター、父上に代わりまして、滞りなく果たして見せました」

 

 冒険者モモンの王都での講習。

 それは魔導国が掲げる『未知を求める冒険者』をこの地でも進めるために王都組合長がモモンを要請したことで始まったこと。

 プレゼンならばアインズもそれなりに自信があったが、王としての仕事があるためパンドラに代役を頼んでいた。

 

 パンドラズ・アクターから詳細な報告を聞く。

 

 

 

「ふむ、思っていたより順調に進んだようだな」 

「はい。事前に“蒼の薔薇”から幾らか聞き及んでいたのが大きかったようです。父上の仕込みが万全だった証でしょう」 

「世辞はいい。所で、確かモモンの役目は明日までだったはず。何故全てが終わってから報告に来なかったのだ?」

「それなのですが。実は“蒼の薔薇”のイビルアイが私に、モモンに話があるから時間を空けて欲しいと言われまして。それが明日、モモンが王都に滞在する最終日に、とのことでして」

「はっ!? そんなのお前がそのまま聞いてやれば良かったのではないか?」

「いえ、イビルアイの様子を見るに、父上自身が聞くべきと判断しました。それに……」

「それに?」

「私、ここしばらくマジックアイテムを愛でておりません! 一度宝物殿に戻って撫でたりフキフキしたいのです!」

「おおぅ、分かった。分かったから急にアップになるな。はぁ、しょうがない奴だな」

 

 もの凄い剣幕で迫って来るパンドラズ・アクターに対して、アインズは頷くしかなかった。

 

(マジックアイテムに触れ合えなかったからストレスが溜まってるのか? オーバーアクションも完全に無くなっているし)

 

 いくら言っても聞かない仰々しいオーバーなアクションとポーズは也を潜め、やけに真面目な雰囲気も気にかかる。

 しかし、こうもハッキリと直訴されては許すしかない。マジックアイテムフェチであり、マジックアイテムに関することだけでご飯が食べれるという設定を与えたのはアインズ自身なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ザクッ、ザクッと畑を耕す音がする。

 今日は天気も良く農作業をする分には何も問題はない。

 人一人が農作業に勤しむ光景。そこには何の変哲もない風景が広がっているはずだ。

 そこが王城の一画でなければ。 

 

「陛……ランポッサ様」

「ん? ガゼフか、ここには来なくて良いと言っておるのに。全く律義というか頑固というか」 

 

 作業を止め、鍬の柄に両手を乗せて呆れたような表情で元忠臣を見るのは前国王ランポッサ三世。魔導王に王位を託した後は隠居を言い渡され、現在は王城の離れに暮らしていた。

 顔色は非常に良い。魔導王から退職金代わりにとユグドラシル製の滋養強壮剤を貰ったところ効果はてき面。まるで若返ったかのように元気になっていた。

 

「私は、貴方の剣になると誓った身。隠居されてもお傍に仕える所存です」

「やれやれ、困った男じゃ。立ち話もなんじゃ、そこのベンチでお茶でも飲もうか」

「それでしたら私が――」

「いいから、座って待っておれ」

 

 ガゼフが動こうとするのをランポッサが止め、茶の用意をさせてしまう。

 心苦しくも受け取った茶はとても美味しかった。

 

「美味いであろう? 魔導王陛下に頂いた品じゃ。素人のワシが淹れてもここまでになるんじゃからな」

「…………」

 

 しばし茶を飲むだけの沈黙が流れる。

 

 あの日。魔導王が玉座に現れた時。

 ガゼフは王位を魔導王に譲って退室して行く王の姿にどうすればいいのか分からなかった。

 狼狽えていた自分に魔導王は「悪いようにはしないから、下がっていろ」そう告げて来た。

 混乱した状態でヘタな行動をすれば事態が悪化するかもしれない。そう思って大人しく従ったが、本当にそれで良かったのだろうか、王の剣として正しかったのだろうかと、今でも思う時がある。

 

「……ワシはずっと王国とここに暮らす民を守るために頑張って来たつもりじゃ」

 

 知っている。この方がどれだけ苦労してこられたのか、短い期間かもしれないがすぐ傍で見て来たのだから。

  

「しかし、デミウルゴス殿に言われたのじゃ。王国を立て直すのは現時点では不可能。それをするには百年以上前から入念に準備してこなければならない。ワシが王位を継いだ時には王国は既に詰んでいた、とな」

 

 ランポッサは透き通る青空を見上げながら続ける。

 

「それを聞いてワシは自分が情けなくて仕方がなかった。ワシにはなんの力もなく、民が苦しむのを無駄に長引かせていただけじゃった。このままザナックに王位を譲ってもあの子が辛い思いをするだけ。だから国を立て直せる力を持つ魔導王陛下に譲る代わりに、我が子の命は助けて欲しいと願った」

 

 ガゼフはランポッサの独白を黙って、静かに聞く。

 

「ワシは王として何も出来なかった。我が子たちにも、民にも……お前にも」

「そのようなことは決して!」

 

 声を荒立て否定するガゼフ。対してランポッサはお茶を啜り喉を潤す。

 

「っと、沈んだ考えばかり浮かんでおったんじゃが、自分にも出来ることが何かないかと探して得た答えが、コレじゃ」

 

 そう言ってランポッサは鍬と畑を指し示す。  

 離れで暮らし始めてから、いつしか庭で農業を始めていた。

 

「ワシは王としては何も出来なかった。じゃが、ただのジジイになっても作物は育てられる。待っておれ、その内ワシの作った食材で馳走してやる。じゃからガゼフよ、お前は自分に出来ることをやれ。こんなジジイの傍に居っては自慢の剣が錆び付くだけじゃ。魔導国は恐ろしい戦力を有しておるが、その殆どが異形種では何かと困ることもあるやもしれん。人間のお前じゃからこそ、出来ることが必ずあるはずじゃ」

 

 ランポッサの目にはもう疲れ切った老人の面影が消えていた。覇気のある声でガゼフの背中を押すように強く言い聞かせる。

 

「ランポッサ様、私は……」

「ワシの心配なら無用じゃ、お前は魔導王陛下のために、国のために、民のためにその剣を振るうが良い」

「はい!」

「約束した馳走を楽しみに待っておれ、味付けは濃い目にしてやる」

「!――ランポッサ様」

 

 ニカリと笑うランポッサは本当に若返ったと錯覚するほど爽やかであった。

 

 

 

 




イビ「ちょっ、来るの早くね?」
パンモモ「何が?」

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