「さて、まずはISを装着しろ」
「おう」
次の日――授業が終わった後、アリーナの一つを貸しきって一夏に修行をつけてやる。
そして、余計なのが二人もついてきた。
ISを装着したオルコットはいいとして、箒は本音たちのところまで下がっていろ。
うろちょろされると、思わず轢き殺したくなってしまうから。
いや、一夏に二言三言話しかけると下がっていった。
銃で威嚇する必要がなくて良かったよ。
さ、邪魔者は自主的に去っていってくれた。
ただオルコットにはNOと言わせる気はないが、YESとは言わせておかなければならないことがある。
「オルコット、お前も下がれ。それともお前も教えを受けたいのか?」
「ええ。教えてくれるというのなら、有り難く頂戴いたしますわ。私、己の力不足を痛感いたしましたの」
しおらしげには見えるが、声は自信に満ち溢れている。
あまりこりてはなさそう。
しかし、向上心を持つのは良いことだ。
それに一夏の周りを雑魚にちょろちょろされると教育に悪いので――この状況は、むしろ好都合か。
ここまで考えて許可を出す。
「ふむ。良いだろう。だが、お前はそれでいいのか?」
「――ええ。織斑先生に相談に乗ってもらいましたが、こちらの道を選びます。私は、一夏さんとともに強くなってみせますわ」
なるほど。
狙撃手としてなら、ある程度は完成していたが――この道を選ぶか。
ならば、遠慮なくしごいてやろう。
人智を超えた”IS”と言うものを。
一人で立てるようになるまで。
だが、その原動力は――?
私に師事するということは、生き方を変えることにほかならない。
私はそういう世界に生きているし、一夏は私がいなくともいずれ引き込まれる。
寝ても覚めても殺し合いのことしか考えない――そうでなければISを駆ることなど出来はしない。
そんな闘争の世界にこの少女は耐えられるものか……。
――いや。
「――なるほど」
惚れたか。
優しい言葉でもかけられたか?
まあ、頑張るといい。
私には恋愛はよくわからないから。
けれど、愛はとてつもない力を引き出すものであるらしい。
「で、先生はどんなことを教えてくれるのかしら?」
さっそくのオルコットの言。
いや、生徒なのだからセシリアと呼んだほうがいいのだろうか?
まあ、生徒は大事だ。
だからセシリアと呼ぼう。
だが、問題なのは物言いだな。
そして私の知識を試すような――この視線。
なら、早速講義をしてやろう。
別に立ち話をするつもりはない。
実地で無理やりにでも分からせるのが私の流儀だ。
「まずはISというものについての誤解を解いておこう」
――とはいえ、言葉がなければ伝わらない。
人に説明をする際にやたらめったら難しい言葉を使うのは、そいつの自己満足でしかない。
なるべくわかりやすく、重要なのはそれだけだ。
「ISはパワード・スーツではない。分類的にはそうなのだろうがな――。ISの能力を人間の延長で考えてしまっては、本来の力などとてもではないが出せない。ISというのは、人智を超えた代物だ」
「まずは、ISの力の一端を体に直接教えてやろう」
「うおっ!?」
直後、ぶん殴る。
踏ん張ってもいない一夏は当然、砲弾のように撃ちだされて壁に激突する。
これだけではない。
呆然としているセシリアの方を向く。
「きゃあっ!?」
そして、オルコットを“蹴る”。
手加減の一切ないきれいな飛び蹴りをくれてやった。
ぐるんぐるんと――棒みたいに回転しながら飛んで行く。
次はジェットコースターのように突っ込む。
特に教育が必要なのは一夏。
「うわあおおおおお!?」
故にこちらにターゲットを定めた。
顔を掴んで引き釣り“飛ぶ”。
掴んでいるのは首ではなく、顔。
片手でむんずと掴んで、まるで人形をそうするかのように無造作に引き回す。
普通であればそんな持ち方をされれば首の骨が折れるが――ISという非論理にその程度の常識が通じるはずもない。
「うわっ! この……!」
一夏が両手で私の右手を離させようとする。
胸ぐらを掴まれたものなら普通はそうするだろう。
だが、外れない。
――残念だな。こういうのは殴ったほうが効果はあるんだよ。まあ、そこはわざわざ教えるようなことではないけれど。
顔を掴んだまま急降下。
高所から頭を叩きつける。
ストレスを人形にぶつけるように。
もっとも私のストレス発散ではなく教育だ。
「ぐはっ!」
さすがに衝撃が来たのか、目をむいてぐったりとする。
普段なら追撃するところだが、今は教育の時間だ。
呻く一夏の横に降りる。
「理解したか?」
「な、なにを――」
さすがに顔を掴まれてぶん回されながら理解しろ、は無茶か。
なら、解説を加えてやろうではないか。
「剣道をやっていたのなら、少しはわかるのではないか? いや、スポーツをしてなくても想像はつくか。頭を持って振り回される――そんなことされたら、首を折られて死ぬだろう。当然」
「た、確かに――」
「だが、お前の首は折れてない。これはISによる保護が働いているためだ。首が縦に90度回ったり、横に180度回ったりしないように首の位置を固定しているのさ。これをはじめとする数々の安全装置があるからこそ――滅多なことではIS操縦者を殺すことはできないし、事故死もありえない」
「な、なるほど。でも、そこまでしなくても口で教えてくれれば――」
「それを分かっているか否かで、空中機動には雲泥の差が出る。もちろん、頭ではなく体でだ。要するに、ビビって動けなくなっちまうのさ。恐怖なんて捨ててしまえ。そんなものがあるから、戦法がせせこましくなる」
「はー。それであんな無茶な真似を。確かにあんな真似されたら、もう空飛ぶくらいは怖くなくなるなー」
頷く一夏。
まあ、私が言ったのは”安全だから怖がるな”ということだけなので、この程度は理解してくれないと困る。
「では、次の授業だ」
そう言って、殴りつける。
顔を掴んで地面に押し付けている状態から、馬乗りへ。
マウントポジションとも呼ばれる格闘技では絶対的有利な状態で、一片の容赦すらなく。
「うおっ!」
流石に本人へのダメージはない。
絶対防御が拳を受け止め、一夏までは届かない。
それでも、こんなふうに殴られれば気分が良かろうはずもなく――手も足も出ない状況に陥る。
「おやめなさい!」
セシリアがライフルを撃つ。
――だが、その攻撃は読めている。
いつ、どこに撃たれるか分かっている射撃など、もはや障害物にすぎない。
一夏を踏み台にして突進する。
地面とすれすれに飛行して一撃目をかわした後、彼女の眼と鼻の先で二撃目を体ごと回転してかわす。
そのまま斜め右に前方縦回転し、勢いを乗せた蹴撃を顔に叩きこむ。
「きゃんっ!」
可愛らしい悲鳴を上げながらすっ飛んでいった。
突然だが、オルコットは中々の美人だ。
その涙目は、一瞬であっても中々に見ものだった。
まあ、それはいい。
「さて、貴様ら。――わかったか?」
「殴られたら痛いってことをか?」
「違う。別にその程度は痛みのうちに入らない。少し衝撃が来るだけだ。もっとも、その少しの衝撃が大事だがな」
「いや、十分痛いと――」
「痛くはなくても、とてもではないが抜けだせない。反撃することすら難しかっただろう? 連続した衝撃にさらされると、人はまともな対応能力を失う。つまり、時にはぶん殴って相手の動揺を誘うことも必要だ。それはお前も分かったろう、セシリア?」
「――いえ。それでもやはり素手は使えませんわ。先程の攻防は私の技量が低かっただけです。武器すら出せませんでしたもの。けれど、ある程度以上の腕がある相手ならば、やはり殴るのは下策という他ありません。武器を使うか、距離をとるべきです」
「セシリア、素手が駄目ってどういうことだよ? さっきは援護がなかったらやられていたぜ」
「それはどうでしょう? 一夏さん。奈落さんと貴方のシールドエネルギーの残量を見比べてみてください」
「え? 奈落は一度も攻撃を喰らってないんだから、減ってないに決まって――。あれ?」
「お分かりになられましたか? 一番減っているのは奈落さんのISですわ。あれだけ殴ったのですから、シールドの干渉でエネルギーの減退が最も激しかったことはわかりきっています」
「ちょっと待て。なにがどうなって奈落のシールドエネルギーが減ってるんだって?」
「干渉ですわ。接触したシールドエネルギー同士が互いの固有波形へ影響を及ぼし合い、減退現象を引き起こすのです。より詳しく説明するならば、ISの絶対防御はそれぞれの固有周波数を持っていますが、そこには統計学的な類似が有り、その固有周波数がシールドの接触と同時に共鳴現象を起こし――」
「ええ……と」
全くわかっていない顔。
まあ、口頭で学術的説明を聞いても理解は難しい。
――いや、セシリアの頭が良すぎるのか?
まあ、頭が良い奴は説明が下手という典型だ。
だから、私が話を簡単にまとめてやる。
「――単に、人を殴ると自分の手も痛くなるという話だ。装甲のない部分を殴れば、また違うのだがな。そこまで覚える必要はない。素手による攻撃は自分のシールドエネルギーすら削る」
「へぇ。――んで、実際、パンチって使えるのか?」
いや、そういうわけではないのですけど。貴方の説明は間違っています、なんて言いづらいですわね――とつぶやくセシリアの声は一夏には届かない。
私か?
私は気づいた上で無視している。
「実践で使うのは拳より蹴りだ。大抵手は武器で埋まっている。目的は主に距離を離すことだな。セシリアはきっちりこの技術を仕上げておけ」
「私ですの!?」
「お前だよ。一夏も、知っておくことは悪いことではないし――私が教えたかったのは固定観念に囚われるな、ということだ。素人の一夏よりよほどお前は囚われている。一夏なら、この程度の発想なら教えるまでもないだろう。蹴りは私が教えずともそのうち使っていたと思うぞ。機会があればな」
「私は射手ですわ。格闘技を覚える必要なんて――」
ありません、とは言わせない。
「突撃されて負けるのがお気に入りか?」
「……うぐっ」
「そもそも競技自体は接近戦だよ。中距離戦の要素も含むがね。代々のブリュンヒルデに射撃型がいないのは、単に距離を離せるほどのアリーナに空間的余裕が無いからだ。実験兵器のテストパイロットで終わりたくなければ、全距離に対応してみせろ」
「私が、格闘戦? そんなの――、考えてみたこともありませんでしたわ。だって、私は射撃の訓練以外なんて、それこそ通り一遍にしか教わりませんでしたもの」
ぼそりとつぶやく。
自らの歴史が否定される瞬間か。
その顔は絶望と呼ぶのに相応しいが、新生は喜びだ。
きっと、新しい技術を覚えることはこの上ない喜びだということがすぐに分かるさ。
「なら、これから教わればいい。一夏のついでに教えてやる」
そう、新しい技術なら私が教える。
もうセシリアは私の可愛い生徒なのだから。
「私がついで……? いえ。教えてくださるのなら、多少の屈辱くらい耐えしのいでみせます……! 見ていなさい、奈落さん。すぐに、貴方を超えるほどの腕前になってみせますわ」
「ほう。教えがいがありそうな生徒だ。なら、今から最も重要な概念を教えてやろう」
「「概念?」」
「そう。技術でもなく、知識ですらない。――それは、それがわかっていなければ何も始めることが出来ないものだ。それこそが人間が“生物としての人の壁”を突破させる。それは
「ISの”力”。それは人智を超えたものだ。人間という思考の枷がはまったままではISの力を引き出すことなど出来はしない。私は今回それを貴様らの体に叩きこんでやった。実際、振り回されるだけでろくに防御すら出来なかったろう? この程度は第一世代機でもできるさ」
「だが、私の動きが人間にできると思うか? 貴様らも、あのような暴虐に晒されて生きているどころか怪我一つないことなどあり得るものか? ――“否”。そう、否なのだよ。分かってもらいたいのは唯一つ。ISには限界がない。在るのは、操縦する人の限界だけだ」
「恐らく貴様らは受け身でしかわかっていないだろう。殴られたり蹴られたりしても大丈夫、くらいのものだ。それは当然。それしか経験していないのだから。――だが、一つの概念だけは頭に入れておけ。『ISは本来、単騎で世界を滅ぼす力を持っている』」
なにせ、奪われし方舟の力の一端――それを組み込まれているのだから。
言葉を区切り、なにか言うことは? と促してやる。
「あなたの言いたいことはわかりましたけど、それでは世代とか特殊兵装とかが存在する意味が無いではないですか。それに、ISは全てを可能にすると言われましても、荒唐無稽に過ぎます」
「そんなことはない。どうせ、代表選手でも本来の力の一割も引き出せん。だから、そういうオプションパーツが重要になってくるのだろうよ」
そもそも、女という条件は開発者が勝手に組み込んだものだ。
本来の資格は別にある。
「力の一割も引き出せないとは、どういうことですの!? あの方たちは誰もが想像を絶する努力の果てに、モンド・グロッソに立っています。侮辱は許しませんわ」
「侮辱ではないよ。適正だ。――そう、人間がISを使いこなすなど、出来るわけがない。そいつらは、限られた己の力を最大限に利用したのだろうさ。人間ではなくなることを努力とは呼ばない。限られた力で精一杯やる、それは素晴らしいことだ」
「奈落、さん?」
その横顔は、自嘲に憎しみ、喜悦から嫌悪までありとあらゆる感情に満ちていて、オルコットは何も言えなくなってしまった。
「さて、貴様らはまだ元気が有り余っているのだろう? たっぷりと、貴様らから恐怖を削ぎとってやろう。一々そんなものに引きずられていては、おちおち飛んでもいられない」
悲鳴が響く。