IS 第三次世界大戦   作:Red_stone

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第10話 魔王達のお茶会

「一夏たちには重要な事だけは伝え終わった。後は細かいことばかりだから、そこまで気にかける必要もない。むしろ、必要なのは実戦経験か。――だが、万が一にでも人殺しをさせるような事態になっては元も子もない。あれらにはまだ早すぎる」

 

一夏とセシリアに稽古をつけ終わった奈落は部屋に帰っていた。

ぼそぼそと独り言を呟きながらもパソコンを弄っている。

 

――と、そこで手が止まった。

 

「何のようだ? 猫」

 

後ろも見ずに言う。

そこには、闇が広がるだけだ。

闇の中を画面から出る薄い光がわずかに照らすのみ。

 

「はぁ。存在確立が収束する前にぽんぽん見抜かないでくれるかな? さっきまで僕はいるんだかいないんだか分からない状態でいたのに。……確立不定形数を見れるのなんて君くらいのものじゃないかな? この化け物」

 

いきなり現れていた少年が大げさな身振りを交えながら嘆いてみせる。

華奢な少年だ。

ひょうひょうとしていて、印象を答えるのならば猫と言うのが相応しい。

優男で、とてもではないが人殺しの世界に属しているようには見えない。

――だが、身を凍らせるような奈落の殺気を全く気にしていない。

軽く受け流してしまっている。

 

「ふん。虚数の海に隠れたとて、所詮は児戯だ。残念ながら現象の地平線(ディラックの海)に辿りつけぬような悲しきあがきにつきあうような優しさは持ち合わせていないものでね」

 

カチリ、とかすかな音が響き――

爆裂音が闇を叩く。

 

いつのまにか奈落の手に握られていたのは銃。

頭を吹き飛ばされたのは猫のような少年。

血が香る。

鮮烈な赤がぶちまけられた。

 

「あのさ、痛いんだけど。いくら人が死んでるような生きてるようなどっちつかずの存在だからってさ――そう簡単に殺さないでくれるかなぁ?」

 

と、いきなり横に現れて方を友人のように気安く叩く。

まるで先程のは残像だ――とでもいうような状況。

見れば血も頭の破片も何もかも綺麗さっぱりなくなっている。

しかし、本人の言によれば頭をふっとばされたのは本人だが、それは痛いだけで全く堪えないらしい。

つくづく無茶苦茶。

生と死を愚弄するかのような存在の適当さ。

命というものをまったくもって軽く扱い、恥じた様子も見せない。

 

これが、世界の裏に横たわる”悪夢”。

悪夢は誰の目にも触れることなく、世界を侵食していく。

この二人を中心に広がる。

 

「――ふん。死ぬことすら楽しみ給えよ。せっかくこの世界に生まれたのだ。楽しみ尽くさねば――わざわざ生まれてくるようなことなどあるまい?」

 

対する奈落も意味があるのだか、ないのだか分からぬことを言い放つ。

そんな異常な心理は本人以外にはとてもではないが理解できない。

そもそも、世界に生まれたのは生きている人間なら当然のことで――

――彼はそんなことを特別視しているのだろうか。

 

「いやいや。人が死ぬのを見るのは楽しいけれど、自分が死ぬのは楽しくないに決まっているじゃないか。殺したり殺されたりするより、一方的に殺したいと思うのが人情だよ」

 

猫のコロコロと転がすような言葉。

露悪的である。

間違っても、笑顔で言うことではない。

たしかに人の世にはそういう側面もあるが、それは簡単に口に出していいようなことではありえない。

だからこそ、世界には建前があるのだから。

 

「くくく。人情、ね――」

 

奈落は酷く唇を歪めた――嘲笑を浮かべる。

それは世界を愚弄しているようでも有り、自分を卑下しているようでもある。

 

「――あ。そっか。人情、なんて君に当てはまるはずもなかったね。貴方みたいな化け物に人間の道理が通用するはずもない。いやいや、これは無礼だったね。……まあ、でも大したことでもないよ」

 

銃声。

 

「そのとおりだ。君が死ぬのと同じくらいにはどうでもいい話だ。――で、君は殺されるためにここに来たのかな? だとしたら、君の被虐趣味は大したものだ。喜ばしいことに私もそういうものには興味がないでもない。訪ねてきてくれたお礼に極大の苦痛をプレゼントすることにしよう」

 

へらへらと笑う少年の心臓を粉砕した奈落は銃を消し去り、手を握って前につきだした。

何らかの異能を使う気だ。

そもそも彼には超能力を隠そうという気はこれっぽっちもない。

学園側には隠せるだけ隠しておこうというだけだ。

 

「それは遠慮しておくよ。言わなかったっけ? 僕はいたぶられるよりもいたぶる方が好きなんだ。本当に拷問されないうちに用事を済ませるよ。僕はただの宅配人さ。これを届けに来たんだよ」

 

ひらり、と手紙をよこす。

何の変哲もない薄い手紙で、爆薬などを仕掛ける余地はない。

あとは薄い刃物にだけ気をつければ害はないが――

 

「――と……汚してしまったか。どれどれ」

 

接着された手紙を閉じる部分を無造作に開けた奈落の指に傷がつく。

言うまでもないが罠だった。

極薄のカッターが仕込んであったのだ。

それも、毒を塗ってあった。

――が、しかし。奈落には堪えた様子がまるでない。

 

「招待状さ、お茶会のね。他にも二人ほど呼んであるよ。大人物だ。君もよく知っている。

なんせ、君の敵なんだから」

「なるほど。折角のお誘いだ。断る訳にはいかないな」

 

猫は何も言わない。

親愛の証とでも呼ぶべき手紙に卑劣な罠を仕掛け、それでも平気な顔をしている。

度し難い最悪。

許すべからざる罪科。

だが、奈落は薄笑いを浮かべたまま、殺気をその瞳に宿す。

 

「いやにもったいぶった言い方をするじゃないか。――なにか嫌な予感でもするのかい?」

「いや、なに。お誘いいただいた相手をあまり殺すのもいかがなものだろう?」

 

猫が最悪なものだとて、気にすることではない。

この場に最悪なモノ以外なんてない。

 

「――はは。それは冗談だよね? じゃ、一時間後、空の上でお待ちしてまーす!」

 

消えた。

さすがに拷問されるのは嫌だったのだろうか。

だが、拷問と言っても普通は警戒するより前にそんなことは酷いことはできないとたかをくくるはずであり、つまるところ彼は受けたことはなくてもしたことはあったのかもしれない。

 

「ふん。一時間後? わざわざISで行くとでも思っているのか。奴らの前で猫をかぶる必要もあるまいに」

 

そう言って、奈落もまた姿を消した。

それは両名ともにあらゆるセンサーをもってしても”幽霊のように消えました”としか言い用のない完璧な消失だった。

 

 

 

「お招きいただいてありがとう。今日は楽しませてくれ、少佐」

 

――飛行船。言うなれば海を行く船に風船を乗っけて空に浮かべているような空飛ぶ船の中に、奈落はいきなり出現した。

中は風船の大きさと比べ、手狭だ。

ここのような司令室であれば僅かな余裕くらいはあるが――その他の場所になると人が通るのにも苦労するほどであろう。

 

その手狭な空間の隙間を縫って出現した奈落は敵意たっぷりにお辞儀をしてみせる。

何の脈絡も――言うまでもなく先方との意思疎通さえなしに現れた彼は、でっぷりと肥った肥満系の男に挨拶をした。

 

「もちろん。もちろんだとも、奈落君。出来る限りの手を尽くしてもてなそう。楽しいお茶会になるぞ。――そう、楽しいお茶会(悪意の交錯)に」

 

彼は、肥った体に相応しい脂ぎった声で――悪魔の軍団長のようなおぞましい声で笑う。

彼の笑いは狂気と紙一重であり、殺意に満ちている。

心の底から誰かを――そう、だれでもいい“誰か”を殺したがっている声。

 

「――で、他の二人の姿が見えないようだが?」

 

奈落は人間のように頭を振って確認する。

もちろん、そんなことをしなくても360度視界などは基礎能力の一つで――わざわざISをまとう必要もない。

それをやったのは、ただの演出。

船内を動きまわる敵達への牽制。

そう、ここは奈落にとって敵地のど真ん中にほかならない。

 

「はっは。とぼけるなよ。察しは付いているんだろう? 殺し屋」

「はて、何のことだか」

 

睨みつける少佐の視線をことさらに無視してとぼける。

お互いがお互いに自分の方へ会話の主導権を持っていくために牽制を繰り返す。

相手の質問を無視し、自分の疑問には敵の僅かな挙動から真実を誘導する高度な駆け引き。

 

「謙遜することはない。あの最低で最悪な大嘘憑きを殺したのは君たちだろう?」

 

この質問にも奈落はニタリと笑うだけで答えない。

大嘘憑きの異名をとる男は確かに虚弱ではあったが、それ以上に得体の知れない男だ。

ただ殺すだけでは、殺されたことを異能によりなかったことにしてしまう。

つまり、普通に殺そうが、異常に殺そうが、生き返ってしまう。

そんな男をどうやって殺したのか――それは奈落には答える気がない。

 

 

 

「私を無視しないでくれるかなぁ?」

 

険悪な空気を引き裂くようにして現れたのはアリスルックの少女。

こちらは横にいる兵士によってつれられてきた。

おそらくISの飛行能力で飛行船にたどり着いてきたのだろう。

 

美しい少女ではあるが、目には嫌悪と拒絶の意思がはっきりと現れている。

世界にISをばらまき世界に革命をもたらした科学者――その名を篠ノ之束。

紫色の髪が妙に毒々しく、声は冷たい。

 

「これで招いた客人は全て集まった。さあ、ドク。茶だ」

「はい、少佐。ただいま」

 

少佐はとても医者には見えない前全開白衣筋肉メガネ男に茶を催促する。

メガネは近くの男を呼びつけて茶を用意させる。

 

「それでは、始めよう。闇と影、そして悪意に満ちた語り合いを」

 

宣言する。

そして、いち早く席に座る。

少佐の座った場所は下座。

席は上座と下座に二つずつ。

 

「……ふん。くだらない趣向だ。自虐趣味がかいま見えるな」

 

奈落は不快そうに下座に座る。

 

「――はん」

 

束はこの場にいることが汚らわしくてたまらない、と言いたげな嫌悪を示しながらも上座に座る。

 

 

 

「乾杯だ」

 

少佐はそう言ってグラスを掲げる。

お茶と言いながらも酒が注がれていた。

 

二人は掲げられたグラスを無視して酒を一気に流しこむ。

 

「――さて、少佐。私達を招いたということは、宣戦布告でもする気かね?」

「いやいや、まさか。まだまだ戦争が出来るだけの戦力が蓄えられてなくてね。君にやられた穴がまだ埋まらない」

 

「で、わざわざこの天才様を呼びつけて、自虐でもしたいのかなぁ。この負け犬」

「はっはっは。酷い言われようだな。まあ、その屈辱は甘んじて受け入れよう。我らは負け犬でしかないのだから。――そうだ。奈落君。ノアⅢとやらはどうなったんだい? ノアⅡは白紙どころか――情報の一つすら残っていないらしいじゃないか」

 

「ふん。ここには居ない大嘘憑きがノアⅡを存在ごとデータもろともなかったことにしてくれた件か。――は。Ⅲ型については鋭意製作中としか言えないな。データの構築からやり直しだ。しかし我々は諦めるつもりなどない。そして、彼の実行してくれたエリート抹殺計画は我々の計画を進めこそすれ、後退はしない」

「それは私の方でも同じだよ。束君の方でもね。エリート共が死んで、世界が混乱し混迷に陥っているこの状況では――我々を邪魔できるほどの勢力などない。ここに居る3名が世界の行く末を決めるのだ。ああ、束君の夢想した世界にはエリートが必要だったかな?」

 

「エリート? どうせ、天才の私以外には頭のいいやつなんてほとんど居なかったよ。だから、“ほとんど”が“全く”になっても何も変わりなんてない。馬鹿を相手にするのと、大馬鹿を相手にすることのどこに違いがある? 寝ぼけたことを言っていると、消す」

「はっは。そんな虚仮威しが通じるとでも? それが出来るのなら、今すぐにでもやっていないわけがないだろう。――ええ。天才科学者様よ。私は戦争狂で異常な人間代表の超危険人物だ。殺せるならとっとと殺して後顧の憂いを立つのが筋というものだ」

 

「……ふん。忌々しいやつだね」

「やれやれ。そっぽを向かれてしまったよ。天才科学者様はお冠のようだ。我々で話をしようじゃないか、奈落君。――どうだね。最近困っていることなんて無いかね」

 

「――そうだな。ゴキブリのような連中が多くて困っているよ。点数稼ぎは性に合わない。まあ、アーカードの性には合っているようだから問題はないがね。彼女はサーチ・アンド・デストロイがお好きらしい」

「――ああ。彼女か。よく見るよ。とても魅力的だ。なんて言ったっけ? あの銃。あの銃だよ。撃てども撃てども尽きない弾でひたすらに生者を嘲笑う。なんて美しいのだろう。命乞いをする敵に容赦なく弾を浴びせる彼女を見ていると絶頂すら覚えるよ。ぜひとも彼女をファックしたい、紹介してもらえるかね?」

 

――ち。と舌打ちして束が顔を背ける。

その言葉はあまりにも下品に過ぎた。

当然、完全無視だ。

 

「ところで、一ついいかい?」

「何かな? 少佐」

 

「もし君が奪われたくないモノがあったとして、どうやって守る? それは人間であると仮定しよう」

「大切なモノなら隠してしまえばいい。自分だけが触れられる場所へ」

 

「――ああ。そういうことではないよ。例えばだ。例えば、とても興味のそそられる人間が居たとしよう。その人間は君の興味を引いたように他の人間の興味も引き、易易と手は出せない状況になってしまった。そこで君はその人間の居場所に潜り込み、親しくなったとしよう。だが、君は他にもやらなければいけないことがある。用事を果たすために外に出たら、彼は無防備になってしまった。――さて、君はどう守る? 彼を奪おうとする簒奪者からどうやって守る?」

 

「簡単な話だ。その人間を奪われる前に簒奪者を全て殺してしまえばいい」

「なるほどね。束君は?」

 

「知らないよ。――けどね。興味のある人間なら、簒奪者だって殺せはしないよ。……なら、奪い返すだけだね」

 

「――で、君はどうするんだね? 少佐」

「私かい? そうさな――」

 

「私には守らなければならないものなど無い。――いや、もう奪われすぎていて、いまさら横からかっさらわれたくらいでは、大笑いするくらいが関の山さ。――そう、俗にいう泣き寝入りだ」

 

「なるほどね」

 

まだまだ酒は尽きず、悪意は淀む。

悪夢は更に深まってゆく。

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