第11話 バレンタイン姉妹
「さーてとォ。姉ちゃんよ、知ってっか? 何でも人間を化け物に変えちまう薬があんだと。そいつはすげー“ぶっとび”もんで、一度吸っちまったら辞められないらしいぜ。んで、吸うたびに体が化物になっちまうんだってよ。その化け物をどうすっかーってーと、脳にチップ埋め込んで即席の特攻兵器の完成だっつーのがまた……」
IS学園に通じる小道。
そこでガラの悪い二人の姉妹が歩いている。
夜だというのに足元を気にかける素振りすら見せない。
なんだか妹の方は野暮ったくて、いかにも一昔前のギャルという感じがする。
「うるさいぞ、ヤン。お前はいつもそうだ。仕事の前にぺちゃくちゃと。しゃべるなら仕事の後だ」
どうやら姉と思われる方がペラペラとうるさい妹を黙らせる。
こっちはこっちでいかにも任侠です、と言わんばかりの顔をしている。
その口には安物のタバコが加えられている。
「へーへー。わかりましたよ、姉ちゃん。いやー、でも、楽しみでたまんないわ。未来ある子供を殺しまくれると思うとよー」
凶悪な笑みが広がる。
その笑みは人を殺したことがあるとでも言うような余裕そうな狂気に満ちている。
だが、手足は細くていかにも頼りない感じ。
こんなんで屈強な整備員を殺せるのか、と疑問に思われる。
「ふん。私はお前のような下衆の楽しみには興味が無い。勝手に殺せ。その間に私は――『世界最強』の座を手に入れる……!」
「やっぱりブルジョワな奴らは許せんわ。無駄に金を貯めこんでこっちにはびた一文よこさねえ。甘やかされたメスガキどもに世間の厳しさってもんを教えてやんよ」
ふたりはそれぞれてんでバラバラなことを言う。
どうも彼女たちにはそれで十分なようだ。
なにせ――
「ならば――」
「行こうぜ、姉ちゃん。ぶっ殺しに」
――殺意だけは一級品だ。
殺意をみなぎらせながら、一歩一歩その足をすすめる。
「止まれ! 此処から先はIS学園の土地だ。通行許可証は持っているか?」
警備員の男だ。
さすがに外側の警備はしっかりしている。
だが、平和な日本の警備員だけあって装備は警棒のみ。
二人のチームとはいっても、その戦力はたかが知れている。
「あー。はいはい。ちょっと待って下さいねー。確か、ここにあったはず――」
妹の方はそう言ってごそごそと懐を探りだす。
警備員はこの胡散臭い連中を警戒して注意深く見ている。
だが、それは大いなる間違いだった。
「お。あった、あった」
そう言って引き抜いたのは銃。
その扱いは無造作で、まるでおもちゃを扱うようだったが――それには人を殺せるだけの威力が詰まっている。
「おま――!」
驚く警備員に向かって躊躇なく引き金を引く。
二発の銃声がひびき、二つの死体が生産された。
警備員が取れる行動は一つだけだったのだ。
それは一目散に逃げて、仲間に不審者を知らせること。
それ以外の選択をした時点で、彼らの運命は決まっていた。
――そう、死という運命が。
「姉ちゃん、どうするー? こいつら、まるで危機感ないでやんの。襲われるかも、なんてちびっとすら考えてないみたいだったぜ。これならIS学園をやっちまうのも簡単かもな―」
「調子に乗るなよ、ヤン。こいつは男だ。ここは天下のIS学園だぞ。女が出て来てからが本番というのを忘れるな」
姉妹は死体を踏みにじりながら先に行く。
「うお?」
歩いて行くとサイレンの音が鳴り響いた。
学園には未だに到達しては居ないが、先の一件からゆうに三分は経過している。
度し難い平和ボケといえるだろう。
兎にも角にも、ようやく学園生の避難は開始され、教師部隊のISが準備され始める。
「やー。どうする、姉ちゃん。景気付けに適当にぶっ放しちゃう?」
「やめておけ。無駄弾は使うな。お前はどうも無駄な浪費を好むくせがあるようだ」
すげなく却下された妹は口をとがらせる。
姉の方はというと、むっつりとした顔のままじっと学園を睨みつけている。
そのまま1分ほど歩くと。
「あーあー。なんだこれ? 特に妨害もなく学園についちゃったんですけどー?」
「ふん。無駄な罠に時間を取られるよりも余程いい。それに、妨害なしとは行かないようだ」
顎で上空を指し示す。
人間の耳では何も聞こえないはずだ。
しかし、何かを聞き取ったということは彼女たちは人間ではないのだろうか。
「そこの二人。あなた達はISによって包囲されています。すぐに武装を解除し、両手を上にあげなさい」
音もなくISが降りてきた。
そもそもISは
そして、わざわざ風切り音を鳴り響かせて登場する馬鹿な鎮圧部隊はいない。
数は五体。
その銃口は全て姉妹へと向けられている。
使用機はすべて同じ量産機――ラファール・リヴァイヴ。
「えー。私達ぃ、ただの通行人っていうかー。無害な一般人なんで、そこんとこよろしくー」
ヤンはその状況でもふざけてみせる。
教師部隊は青筋を立てるが、彼女はそれすら笑っている。
生意気な糞ガキども。
部隊にはそうとしか見えない。
危機感がないのは誰も同じ。
「ふざけるな! お前が人を殺していたところはカメラに写っている。武装解除を拒否するならば撃つぞ!」
ことさらに音を立てて銃を構え直す。
そんな暇があるのなら足にぶち込んでおくべきだった。
すでに手を出されたのに、相手がどうので――報復することすらおぼつかない。
配慮する暇があったら、当然攻撃すべきなのだ。
相手に攻撃するのが最優先で、自分の悪いところを考えるなんて相手を殺してからでも十分なのに。
ただただ舐められて、いざというときは遺憾であると言い残して抵抗できずに死ぬ奴ら。
――それが日本の選抜した、学園を任せている人間の姿だった。
「やれやれ。こいつは――殺っちまうのが良さそうだねぇ」
ヤンが唇を歪めて言ったその時にはもう――“終わっていた”。
彼女はポケットに手を突っ込でいただけだった。
憮然とした目で姉を見る。
「駄目だな、遅すぎる。殺ると考えてからでは遅すぎるのだよ。“殺る”と思った――”その瞬間”には行動は終わらせろ。それが出来ないからお前はただの
ルークの攻撃は素早く、一瞬でISのシールドを切り裂き0にした。
当然、ISはすでに身にまとっている。
とてつもない”速さ”、そして攻撃力。
さすがに世界最強に手をかけようとしている者なだけはある。
「うう――」
倒れたISからうめき声が響く。
いかに強力な一撃ではあっても、それだけでは操縦者にまでは傷をつけられない。
絶対防御が守っているのだ。
だが、生命はあってもISは沈黙し手も足も出せない。
それこそ、恨みがましく敵を見上げる以外にできることはない。
「あっはっは。こいつら、まだ生きてやんの。そんなんだから、弱っちいままだってのに――。殺しちまおうか?」
「やめておけ。ここで無駄に時間を使うことはない。お前にも任務があるだろう。お楽しみの前に、まずはそっちを終わらせろ」
ルークはギロリとヤンを睨む。
それもそうだ。
実は姉妹のほうが切羽詰まっているのだ。
手柄を挙げなくては――。
鎮圧部隊の方は悪くて減給で済むだろうが。
「へいへい。わかりましたよ。――姉ちゃんは」
それでも気楽そうなヤン。
余裕が有るのか。世を舐めているのか。
――それとも、考えるだけの頭すらないのか。
「私は――最強になってくる」
自信に満ちた物言い。
その源は、現実か――それとも妄想なのか。
「じゃ――」
ヤンもまたISを纏う。と同時に入り口のシールドを切る。
こちらも凄まじいまでの速さ。
装着から攻撃までのタイムラグがない。
攻撃速度にしたって世界で通用するレベル。
「征きますか」
「征くぞ」
姉妹は別れ、学園内を猛スピードでかっ飛んでいく。
「山田先生、俺を行かせてください!」
「私もお願いしますわ。この状況で黙って見ていられなどしませんもの」
避難させようとしている山田教諭にたてつく。
周りの生徒達は我先にと逃げた。
残っているのは一夏とセシリアのみ。
そして、奈落の姿はどこにも見えない。
一応、自室に居るはずなのだが……。
「でもでも、危険ですよ。相手は正体不明のISなんですから」
気迫がみなぎっている生徒に対して先生の方はおろおろとしていた。
それでも、生徒を危険な場所にはやれないという姿勢は変えない。
だが、鎮圧部隊に所属していない以上、ISは動かせない。
それを使うのは他の人間の役目だ。
そして、他の人間というのは決して生徒たちのことではない。
「それでも、です。専用機持ちがただ守られているだけだなんて、何のためのISですか!?」
「そうです。私はこういうとき守られるためにISに乗ったのではありません。力あるものの義務として、他の方々を守るために私は厳しい訓練に耐えてきたのですわ」
生徒の方も頑として譲らない。
どんな危険があろうとも前に進むという絶対の意思が伝わってくる。
だが、そこに乱入者が現れる。
文字通り、落ちて――天井を突き破ってきた。
「あー。はい。どうもどうも。そういうのは要らないんですよねー。お涙頂戴の師弟愛ってか?」
ヤンだ。
「「「!?」」」
全員が緊張する。
だが、その瞬間に装着とは行かない。
絶対的にこういう危機的事態に対しての経験値が不足している。
「貴方は誰ですの!?」
ISを装着しながらセシリアが問う。
それでも展開速度は遅すぎる。
「アタシかい? アタシの名前はヤン。ヤン・バレンタイン。お前らピチグソを屠殺しに来ました。きゃは」
ウインクなどしてみせる。
はっきり言って、生理的な拒絶反応を引き起こすようなおぞましさを感じる。
まるで、人の形をした汚濁を目の前にしたかのような――。
「何を……!」
うめく一夏。
ここでようやくISを装着する。
彼女にその気があったら百回は殺されている。
「お下がりください、山田先生。この方は私がお相手しますわ!」
ライフルを構えようとするセシリア。
体で山田教諭を隠す。
それでは逆に自分が無防備だ。
「はは。…….遅いんだよ」
二人の準備が終わらぬうちに――とてもではないが片手では支えられなさそうな重機関銃を両手に構え終わっている。
当然、撃たない選択肢などあろうはずがない。
――連射する。
音の連なりが死の
「「――っ!」」
一夏たちはかわせない。
後ろには生身の山田教諭がいる。
ここから一歩でも退いたら、後ろにいる人が蜂の巣になってしまう。
体よりも心を削る銃撃音。
ただひたすらに耐え忍ぶしかない。
「セシリア!」
「なんですの?」
コアのネットワークを使って内緒話を試みる。
ヤンの方を見てみると――。
「ヒィ――――、ハァァ――――! ヒャハハハハハハハ!」
明らかにどこかに逝っていた。
「俺がお前を守る。だから、攻撃は任せた」
「了解しましたわ」
決意をみなぎる目を向ける。
それだけでセシリアには十分だった。
「よし。やるぞ」
「ええ」
うなずき合う。
「山田先生は逃げてください。後は俺達が引き受けます」
「あぅぅ。後はお任せします」
生身の山田教諭にISと戦う力はない。
だが、いくら逃げたくても逃げられないのだ。
この銃撃のオーケストラの前には。
「さあ、私達の舞台ですわ。お行きなさい、【ブルー・ティアーズ】!」
ビットが解き放たれ、牙を向く。
銃弾の雨の中を無様に揺れながら――それでも懸命に敵を目指す。
「アアン? ちっこいカトンボがふよふよと。撃ち落としてやんよォ!」
ヤンが突拍子もなく絶叫する。
まるで麻薬中毒のような有様。
だが、狙いは正確だ。
見る見るうちに飛行不可能になるまでボロボロにしてしまう。
「やらせませんわ!」
だが、まだビットは残っている。
ビットは射線から逃れ、着実に攻撃を当てていく。
ボロボロになってもまだ、意地で飛ぶ。
ここで目配せをする。
明らかにヤンは目の前の鬱陶しいビットに夢中で――こちらの方には注意を向けていない。
脱出には絶好の機会。
山田は息を殺してその場を脱する。
「こんのォ! なら、操ってるテメェからぶっ潰してやらァ!」
銃口をセシリアに向ける。
しかし、もはや後ろには誰にもいない。
これで全力を出せる。
「させるか!」
一夏が盾になる。
激しい衝撃が頭を揺らすが、セシリアには一発も届かせていない。
「ちィィ! てめェらァ!」
一夏の後ろからセシリアが射撃する。
アクロバットな飛行で射撃をかわすヤン。
とてつもない――まるでサーカスみたいな格好までして避けている。
そうまでしなければ、至近距離から攻撃のみに集中するセシリアの攻撃を避ける事などできはしない。
見事なまでのチームワークだ。
「このまま――」
「このまま、なんだってェ?」
ニタリと笑ったヤンはその動きを加速させ、あっというまにビットを全て撃ち落としてしまった。
――動きが速すぎる。
ハイパーセンサーでも目がついていけないほどの速さ。
反則もいいところだ。
もはや第二世代どころか第三世代すら超えている。
世代の枠を捨てて速さに特化した機体なのだろうが――脅威という点では代表候補生に対処できるレベルではない。
「わ、私の【ブルー・ティアーズ】が全滅――?」
「ボケっとするな、セシリア! 来るぞ」
呆然とするセシリアに活を入れる。
だが、この戦力差は気合を入れたところでどうしようもない。
あまりにも強すぎる敵が襲い来る。
「ひゃっはぁ! こいつで消し飛びなァ」
取り出したのはグレネード。
エネルギーを消耗した一夏にこれを耐えるだけの余力は――ない。
そして、グレネードの砲弾自体がどれだけのろくても発射するヤンは速すぎて、とてもかわせはしない。
文字通り、呻くことしかできない。
時間の余裕などはない。
どうするのか――その判断をする時間はもはや……。
「「ぐ……!」」
うめき声がこだまする。