「授業は休んでしまいましたが、特訓はするというのは良いことなのでしょうか……?」
「まあ、良いんじゃねえのか? 大事を取ってってことだし。それに、あの感覚を忘れたくない」
セシリアが不安そうな顔をする。
どうやら織斑教諭は依然として怖いままのようだ。
逆に一夏の方は楽観的だ。
「まあ、そうよね。ゴーレム戦で実力が上がったような気がするわ。これが特訓と実戦の違いってやつかしら?」
「そうですわね、ゴーレム戦には加われませんでしたが、侵入者と戦った後は無敵にでもなったかのような気分でしたわ」
しみじみと語り合う二人。
だが、実戦はこれ以上なく怖いものであったはずだが。
なんせ、本当の殺し合いだったのだ。
適応できる方がどこかおかしい。
二人とも、ディスクを受け入れたことでタガが外れてしまったのだろうか。
「まあ、なるようになるでしょ。ちょっと怒られるかもしれないけど、それくらいなら受け入れましょ。――で、奈落は? 一夏、知らない?」
鈴音はきょろきょろと見渡してから尋ねる。
小さくなってどこかに隠れているんじゃないかとでも言うように。
彼なら本当に――物理的に小さくなれそうで怖い。
「いや、知らない。ここで特訓するってメールしておいたけど」
「じゃ、そのうち来るでしょ。――さっさと始めましょ。無駄にできる時間なんてないでしょ」
「それもそうだな」
「あ、一夏さん。少しよろしいですか?」
セシリアが口を挟む。
「何だ?」
「確かめたいことがありまして。少し模擬戦に付き合ってもらえませんか?」
「いいぜ」
簡単にうなづいてしまう一夏。
警戒とかそういうものが相変わらず足りてない鈍感さだ。
「では、行きますわ。鈴音さんは少し下がっていてくださいませ。【ブルー・ティアーズ】!」
「来い!」
セシリアはビットを展開――しない。
自らの横に貼り付けたまま収束した攻撃を放つ。
威力は単純にビットとライフルの攻撃力の累算、などではない。
基本的にISはバリアを撃ちぬいてダメージを与える。
だから、ダメージは攻撃力から防御力を引いたものになる。
加算された攻撃力はそのまま襲いかかってくるのだ。
それは、元のダメージの10倍程度ではきかない。
1回当てられただけでエネルギーを削り切れる――そんな攻撃。
「……くぅ」
そんなとてつもない攻撃を連射していてもなお、セシリアの顔色はすぐれない。
「っと。ふっ!」
一夏は簡単に避ける。
攻撃を収束させるためにはすさまじい精度が必要だ。
攻撃の手順はこう。
まずビットを射撃の軌跡を含めて円錐形になるように配置する。
そして円錐形の中心に相手が来るように射撃しなければならないのだ。
だから、相手にはどこに攻撃が来るのか丸わかりだ。
「この……! 当たりませんわね」
相変わらず攻撃は全くと言っていいほど当たらない。
収束にはかなりの集中力が必要。
だから、牽制と本命を織り交ぜることもできない。
牽制から本命の攻撃に移るまでに大きなタイムラグがあって、相手に十分すぎるほどの余裕を与えてしまう。
「……セシリア」
これが1対1での戦いに使えないことは一目瞭然だった。
一夏は同情するかのような目を向ける。
「やはり、思いつきは思いつきでしたか」
ため息をつく。
同情の視線はそれほど気にならないようだった。
まあ、試してみただけなのだから嘆く必要もない。
利用法もないとはいえないが、それはとても限られたものになりそうだった。
「――は! イギリスの第3世代はお遊戯に夢中らしいな。射撃型が全く攻撃を当てられないなどお笑いだ。まずトリガーの引き方から習い直したらどうだ?」
乱入者が入ってきた。
ボーデウィッヒだ。
嘲りの表情を浮かべて高みから彼らを見下している。
物理的に高い場所に登っているからといって偉いわけではないのだが……
「なんですの? あなたにいちゃもんを付けられる覚えはありませんわ」
「ふん。そんなにお遊びが好きなら私が遊んでやろう。3人でかかって来ても構わんぞ」
くいくい、と手を揺らして挑発する。
それにセシリアは冷たい目で返す。
バチバチと視線が絡みあい、火花が散る。
「へぇ。あなた、叩き潰されたいんですのね?」
「……ふん。黙ってればいい気になっちゃって。無謀は背と反比例してるらしいわね」
鈴音が加わる。
彼女の態度はたいそう気に喰わないようだ。
「雑魚に何を言われようとも心は動かん」
――別に彼女は背を気にしてはいないようだ。
「「上等!」」
二人が飛び上がる。
あっという間に高度はボーデウィッヒを超える。
「ちょ。ま、お前ら――」
一夏は無視しだ。
おろおろしていて以前と何も変わっちゃいない。
「まだスペック上のデータのほうが強そうだな――」
ボーデウィッヒはそうつぶやいて、背からワイヤーを射出する。
「は、ワイヤーなんかで――」
「こんなのろい攻撃で私達を捉えようとは――」
余裕でかわそうとする。
こんなものが自分たちと通じるわけがないと確信しきっている。
優雅な動きでかわしている――が、突如動きが鈍る。
「「わ!」」
二人は空中で衝突しそうになって止まる。
生憎と彼のくれたディスクには連携のことなどまるで考慮に入れてくれなかった。
だから、彼女たちは連携の色はもわからぬままだ。
ワイヤーは二人の体に絡みつき、動きを封じる。
「ぐ……この――!」
二人してもがけど、ワイヤーは外れない。
このっ、とか、うくぅ、とか呻いていると触手にでも囚われたかのようだ。
この状態だと相手に好きにされてしまう。
「ははは。いい格好だな。やはり、貴様らなどその程度だ」
殴る蹴るの暴力を加える。
ニヤニヤと笑いながら言う。
明らかに抵抗できないものをいたぶることに快感を覚えている。
「セシリア!」
「なんですの!? 鈴音さん」
ラチがあかないと踏んだのか、鈴音が叫んでセシリアを呼ぶ。
殴る蹴るの暴行を受けている最中だが、その声によどみはない。
切り裂くかのような鋭さがある。
「なんだ? 今さら何をしようがワイヤーからは逃れられないし、逃れたとしても貴様らの実力では何もできまい」
飽きる様子もなく凶行を続ける。
「あたしを撃ちなさい!」
なんと、滅茶苦茶なことを言い出す。
確かにワイヤーは壊せるだろうが、ダメージは負ってしまう。
なにより普通であれば攻撃など一撃たりとも喰らいたくないと思うはずだ。
仲間に攻撃させるなどもっての外。
「は? いえ、そういうことですね」
だが、すぐにセシリアは了解する。
ためらう様子もなく鈴音にライフルを向ける。
仲間を気遣って、あっけなくワイヤーに捉えられたのが嘘のようだ。
「貴様ら、何を――? 同士討ちするなど、正気か!?」
驚愕する。
それもそうだ。
軍隊ではなによりも同士討ちを嫌う。
いちいち後ろを気にしていては戦えないからだ。
なにより、それはナチスへのにコンプレックスもある。
外道どもの真似など出来ない、というわけだ。
ゆえに彼女の常識では同士討ちはこれ以上ないタブーである。
効率とか合理とかそれ以前に、絶対にしてはならないこと。
だから、呆然と見守るしかない。
彼女たちの“馬鹿げた真似”を。
「これで、鬱陶しいワイヤーは消えたわ。ところで、セシリア」
鈴音には撃たれたことによる精神ダメージはない。
自分から言い出した時点で覚悟はできていたのだろうが、その覚悟ができる事自体が普通から逸脱している。
ゲームではないのだ。
ちゃんと衝撃も感じるし、痛い。
なによりも、低いとはいえ下手をしたら死ぬ可能性だってあったのだ。
それでもなお――平然とリスクを飲み込んでしまった。
青龍刀でセシリアに巻き付いているワイヤーを切る。
そして、脈絡もなくおかしなことを言い出す。
「ジャンケンポン」
「へ?」
セシリアが出したのはグー。
鈴音が出したのはパーだった。
セシリアは不意を突かれてぽかんとしている。
鈴音はやってやったとでも言わんばかりに悪戯っけに満ちた笑みを浮かべている。
「はい。私の勝ちね。二対一じゃどうやっても勝ち目はないわ。私が先に挑ませてもらうわね」
「――卑怯ですわ。まあ、いいです。どうぞ」
セシリアは彼女の言い分を認めて引き下がる。
だが、鈴音の言い分は何やらおかしい。
「お前、一人で戦う気か? そもそも二対一で敵わなかった相手がどうして一対一だと勝てる? 中国の大気汚染に脳でもやられたのか」
そう聞くのも当然。
普通ならば、二人で戦ったほうが強いに決まっている。
そのアドバンテージを自ら手放すなんて、傍から見れば狂ったのかと言われてもしょうがない。
「ふふん。私は別に二人で戦うやり方なんて知らないからね。セシリアが邪魔で動けやしなかったのよ。一人なら動ける。あんたを倒せる」
だが、そんな常識は知ったことかといわんばかりの不敵な笑みを浮かべる。
どちらにせよ、彼女は一人で戦うつもりだ。
不利だろうがなんだろうが自分のやりやすいようにするだけだ。
「――ほう。ならば、やってみせろ。無理だろうがな」
「後で吠え面かくんじゃないわよ」
指を立てて挑発してみせる。
口元には不敵な笑み。
先に手を出したのはボーデウィッヒ。
「……くく」
砲筒をセシリアへと向ける。
油断している彼女を狙い撃ちにしようとしているのだ。
そして、それをかばうために鈴音が射線に割り込むことも予想している。
卑怯な手段だが、これも作戦。
そもそもセシリアが戦いに加わらないといったのは向こうの勝手で、こちらは了承した覚えもない。
どうせ後で戦う羽目になるのだし、弱いところから潰していくだけだ。
「……こすっからい手ね。あんたみたいな小悪党のやり方ってすぐに察せるわ」
だが、鈴音はボーデウィッヒが目をそらした時点で狙いを読んでいた。
だから連結した双天月牙をぶん投げた。
そしてそれは一直線に敵を目指す。
「――ちぃ!」
さすがにこれは喰らえない。
射撃を中断して避ける。
「動きがバレバレだっつってんのよ!」
それすらも鈴音は読む。
すでに砲身を生成し終わった龍咆で見えない弾をばらまく。
「貴様――!」
動揺していたボーデウィッヒに防ぐ手段はない。
衝撃が連続的に機体を揺らす。
「これで終わりよ!」
投げた双天月牙は回転しながら戻ってくる。
それを掴み、一瞬で距離を詰める。
「そうだな、終わりだ。貴様がな」
牙が届く一瞬前に、鈴音の動きが止まる。
――指一本動かせない。
「
肩にマウントされた大きな砲筒をゆっくりと鈴音に向ける。
嗜虐に満ちた笑みだった。
「ぐ。――この、解きなさい……!」
「馬鹿が。解くわけがないだろう。さあ、絶望し地に伏せろ。二度とISに乗れなくなるまで叩き込んでやろう」
発射する。
そして、爆発する。