ボーデウィッヒが動けない鈴音に向けて放った弾が爆発する。
弾頭が筒から飛び出た瞬間に。
(――な!? なんだと……何が起きた? 暴発か? まさか、それならこんなふうに爆発するわけがない。――なら、なぜ!?)
不可思議に愕然とする。
こんなことはあるはずがない。
なにかがおかしい――?
「……が! っは――」
腹に衝撃が来る。
これは鈴音の攻撃としか考えられない。
ということは、あの砲撃を防いだということだ。
だが、一体どうやって?
なぜ?
ありえない……
「けっこう硬いのね。それとも、片手だから威力が弱くなってんのかしら?」
見れば、片手は焦げている。
まさか、弾を殴った?
それで、この衝撃は片手で青竜刀を突きこんだか。
そもそもシュヴァルツェア・レーゲンは一撃や二撃でどうにかなるほどヤワな作りをしているわけではないが。
「ふふん。わざわざご親切に自分の兵器を解説してくれてありがとう。あんたがそんなバカな真似をしてくれなかったら、どうしようもなかったわ。けれど、慣性を停止させる結界ってことはあらゆるものを通さない盾ではあるけど――自分の攻撃も通さないってことじゃない。なら、あんたが攻撃する一瞬前には攻撃するチャンスがあるわ」
だから、かわせないまでも砲弾をぶん殴ってダメージをイーブンにしてやったわけ、と言って笑う。
だが、発射する大砲に向かって拳を振り下ろすなんて、並大抵の精神力で出来ることではない。
殴った手だって、とても痛いに決まっている。
「貴様、正気か?」
「さあ。奈落のやつになんかされて、おかしくなってんのかもね。けれど、強くなるってのはそういうことでしょう?」
鈴音はひょうひょうとしている。
その姿に静かな狂気を見て、紛れも無い恐怖に目を見開くボーデウィッヒ。
「狂っているぞ!」
「ケツの青い小娘が――。所詮、軍人といえど甘やかされた女でしかないか」
髪を振り乱して言うボーデウィッヒを見て、嘆息しながら言う。
その絶望しているようで、それすら楽しむような表情は奈落によく似ていた。
「くそ……! こんな奴に、AICが――」
「ああ、それね。たしかに厄介ね。AICで動きを止めて、そのでかい大砲で狙い撃つってのは中々に合理的で、対策も取りづらいわ。けれど、そのためだからってその大砲は大き過ぎ。普通は背に大砲をマウントなんてしない。威力がでかくなったところで、動きが鈍くなっちゃたまらないからね」
「けど、照準をつけにくたって、そのAICがあれば当てられる。そして、なぜそんなに威力の高い大砲を無理してつけるのかというと――それはAICを使うと自分の攻撃も当たらなくなるから。だから、解除した一瞬で狙い撃つ。けれど、二回目はタイミングや諸々がバレてしまう。だから、多少無茶でも一撃必殺のもとに沈めてしまおうって――そういうわけ。でも、無茶な話よねえ。動きが制限されすぎる。ま、一対一なら役に立たないこともないわね」
「き……貴様――!」
ボーデウィッヒは呻くことすらできない。
鈴音の考えがあたっているか以前に――そこまで考えたことなどなかったのだ。
それにしても、理路整然と論理を並べればここまで丸裸にされてしまうものなのか。
弱点も何もかも、ボーデウィッヒ以上に彼女の専用機の特性を理解している。
「で、次はどうするのかしら――。新しい隠し球でも出してみる? でも、そんなものまであるんなら、そんなに苦い顔をしなさそうなものだけど、ね」
「貴様などに他の装備など不要だ!」
大砲を撃つ。
だが、当たらない。
肩にマウントされた砲というのは、思いの外扱いづらいものだ。
腕なら一々修正することも可能だが、肩は体を動かすとそれに伴い動く。
戦場で不動などやれるものではない。
ふわふわと――照準がずれる。
さらに、砲が大きいためどこを向いているか一目瞭然だ。
これで当たれというのは無茶だ。
相手が素人でもない限り。
「欠陥品を掴ませられると大変ね。――でも、容赦はしない」
余裕を持って交わしながら丁寧に龍咆を当てていく。
相手は余裕を失っているから、威力を大きくして狙いを絞っても十分当る。
衝撃を食らった相手はただでさえ焦っているというのに、更に焦ってしまう。
「この……! このォ!」
「無様ね。いい加減に堕ちてほしいものだけど。普通だったら龍咆の分だけでも行動停止してなきゃおかしいくらいに撃ち込んだってのに。仕方ないわね、強引にでも勝負をつけるわ」
相手の動きをしっかり見極めて――すべるように懐に入る。
命中精度は当然近くなるほどに上がるが、しっかりとかわす。
そして、両腕で力いっぱい振りかぶって、全力の一撃を叩き込む。
ボーデウィッヒは呻き声を上げながら吹っ飛び――
「あ、が――。くく……くっくっく」
笑いが混ざる。
そして、双天月牙の一撃を叩き込まれる。
その鈴音の動きがまたもや止まる。
「AIC!? 嘘でしょ。なんで、まだ動けんのよ……!」
ほぞをかむ。
――が、どうしようもない。
「ふん。いい気味だな。よくぞ好き勝手に言ってくれたものだ。後悔させてやろう。たっぷりと、な!」
ワイヤーで鈴音を結界ごと覆ってしまう。
その姿はボロボロで、恨みに満ちた亡霊のようだ。
傷だらけなのは鈴音も同じ。
だが、彼女は落ち着いているのに対し、睨みつけている方はさながら傷を負った百獣の王のよう。
「――ぐ。これじゃ……」
「そう。抜け出せない。AICを解いたその瞬間にそのワイヤーが襲いかかってくる。360度に加え、上下からの攻撃。これはよけきれまい?」
「――ふん。それだけじゃないんでしょ?」
「そのとおりだ。さらに砲撃で狙い撃ってやろう。お前に見いだせる可能性などない。絶望に沈め」
「へぇ。それはどうかしら? 案外、あなたがヘマをしてあたしが勝っちゃったりして」
「は! そんな減らず口、今すぐにでも聞けなくしてやろう。――AIC解除!」
爆炎が上がる。
ボーデウィッヒは大砲など使っていないのに。
「ぐはっ!」
ボーデウィッヒは肥大化した爆風と衝撃により、壁に叩き付けられた。
「く……そォ……! 今度は一体、何が起きた?」
きょろきょろと黒煙の中を見渡す。
だが、所詮は甘やかされた軍人未満の愚か者と見下されるのも仕方ない間抜けを晒している。
こういう時、一般人ならこういう行動も取るだろう。
彼らはいつでも自分が危機にさらされているとは考えない。
いざ危機にあった時は、不平を喚きながら他人を責めるだけだ。
予防的な行動なんて取りやしない。
そう――単純に地に伏せるという行為すら。
軍人であれば、こんなのは徹底されているはずだった。
不審物には触るな。
何かあったら伏せろ。
行動は慎重に。
それはとても難しいが、兵士としては必須の技能。
技術だけがほしいのであれば、本だけで事足りる。
別に厳しい鍛錬などを受ける必要はない。
それができてこその戦場のスペシャリストだ。
「ん?」
よく見えない中をきょろきょろと見回す愚か者は、風を切るような音を聞いた気がして――
腹に大きな衝撃を食らって再度壁に叩きつけられる。
「きィさァまァァァァ!」
飛んできた方向には鈴音が。
無事な片手を使って双天月牙が投げてきたのだ。
だが、その息は荒く頼りない。
なぜかシールドエネルギーの減少こそ少ないようだが、鈴音自身がかなり疲弊している。
立つのがやっとの有様だ。
ボーデウィッヒはそんな彼女の攻撃をまともに喰らったのにプライドを傷つけられて――キレる。
「壊れろ! 壊れて死ねェ!」
大砲を照準。
照準したそばから引き金を引く。
衝撃で吹き飛んだゆえにいくつかの攻撃が外れるが、かまわずに何度も叩きこむ。
エネルギーが0になり、絶対防御が発動しようとも。
このままでは彼女の生命が危険だ。
いや、絶対防御が保っている今でさえ、衝撃で頭が揺れてかなり危ない。
後遺症を心配せざるほどの猛攻を、勝負が終わった後に受けている。
「ボーデウィッヒ!」
瞬時加速で鈴音を救出する。
「何を考えているんだ!? 倒れた相手に攻撃を加えるなんて――これは殺し合いじゃないんだぞ!」
血を吐くかのような叫び。
絶対に許さないという強い意志のこもった視線がボーデウィッヒを貫く。
「はん。そんなことは知らん。それよりも、お前が一夏だな。教官の顔に泥を塗った弱者が……!」
だが、彼女は気にもかけない。
どころか、自分勝手な恨みを向ける。
「何だと?」
いぶかしる。
一夏には何の心当たりもない。
そもそもドイツ軍にすら興味をいだいたこともなかったのだ。
今の彼は彼女がドイツ軍に所属していることすら知っているか怪しい。
――いや、知らない。
「おどきになってください、一夏さん。次は私の番ですわ」
セシリアが出てくる。
どんなことだろうが知ったこっちゃないという態度だ。
「……ふん。お次はイギリス代表というわけか? どうせ負けるんだ、後にしろ」
嘲笑を向ける。
「ふふ。そんなことを言っていていいんですの? 三人と続けて戦うなんて、条件が公平になってしまいますわよ」
「――何? お前、何を言っている」
余裕そうにそんな言葉を吐く。
どうやら奈落に似てきたのは鈴音だけではないらしい。
「あなたの強さの秘密がわかったということですわ」
「ふ。私が強いのは誇りあるドイツ軍じ――
セシリアは相手の言葉をきっぱりと遮る。
「あなたがズルをしている。ただそれだけのことです。よくぞそれだけ恥知らずでいられますわね、尊敬してしまいます。恥知らずというのは、そのまま強いということですから」
「貴様……! 侮辱しているのか」
無視して言葉を続ける。
「あなたのISは軍用でしょう? 私達の競技用と比べてずいぶんと基礎能力が高い。ルールに縛られた機体と、縛られない機体。どちらが優れているかなんて、子供でもわかります。だって、好き勝手に改造できるんですもの。なによりお金が使い放題。――いえ、現実的にはそんなことありえませんが、やはり予算は軍用のほうが多くもらえるのは当然です」
「よかろう、貴様から叩き潰してやる。織斑一夏はその後だ」
「無理ですわ。あなたは私には勝てません。だって、軍用のISでもシールドエネルギーは精々三倍が関の山でしょう? そして、鈴音さんは二機分以上のエネルギーを削っていったはずです」
「――ち」
「その一機分以下のエネルギーで私と張り合うことは不可能ですわ。無様に負けたくなければ、ネズミのように逃げ出すことです」
「……この馬鹿め。貴様ごときを倒すのには一機分でも十分すぎるほどだよ」
「では、試してみますか?」
「よかろう。貴様はボロボロになるまでなぶってくれる……!」
戦闘が開始されようとする。
二人の視線は絡み合い、火花を散らし――ついには銃火が切って落とされ……
「そこまでだ」
凛とした声がアリーナを打つ。
その声は静かだが、妙にはっきりと響いた。
「「織斑先生(教官)!」」
揃った声が驚愕を表す。
全然気配を察知できなかった。
ボーデウィッヒはともかく、セシリアまで。
「騒ぎを起こすな、この馬鹿者どもめ。沈めるのが誰だと思っている」
「ですが、この方はいきなり乱入してきた上に暴行を――」
「貴様らが弱いだけだろう」
二人は言い訳を試みて、そして喧嘩を始める。
「なんですって!?」
「事実を指摘されて怒ったか?」
と、責任を押し付け合うようにギャーギャーと言い出す。
織斑教諭は苛立たしげに眉をひそめて――
「やめろ、といったのが聞こえなかったか?」
ドスの利いた声を出す。
「「はい、すみません」」
仲良く殴られた二人が謝る。
「諍いは次のツーマンセルトーナメントまで取っておけ。そこで存分に競え。――いいな?」
口答えを許さないこわばった雰囲気。
この彼女に逆らうことなど誰にもできはしない。
「「はい」」
声が揃う。
恐怖政治、という言葉が頭によぎった。