「ふん。最近姿を見せないから逃げたのかと思っていたぞ」
ボーデウィッヒは奈落を睨みつける。
その表情は厳しく、まるで得体の知れない化け物を相手にしているかのよう。
「ああ、それは済まないことをしたね。最近仕事が忙しかったのだが、君にいらない期待を持たせてしまったようだ」
一方、奈落は笑みを浮かべてボーデウィッヒを睥睨する。
こちらはまるで極上のお菓子を目の前にしているかのような表情。
「いらない期待?」
「そう。もしかしたら私と戦わなくて済むのかもしれないという期待さ。私と会うことを避けていただろう、君は」
試合が開始される直前の一触即発の空気の中、二人は悪意に満ちた会話をする。
切り裂くような敵意――
――どこまでも堕ちるような漆黒。
「妄言だな。私は貴様を恐れたことなど未だかつてない」
「そう思いたいのなら思うといい。――だが、手の震えは隠しておいた方がいい」
悪意の交錯は手を出すまでには至らない。
どこまでも昏く、深く煮詰まっていく。
「……っ! ただの武者震いだよ。化け物を殺すのは初めてだ――いや、倒すだったかな。ルールでは故意に殺すことは禁止されていたはずだった」
「気に病むことはない。君の予想は当る。叩き潰されて負けるという君の本能的な直感はね」
会話は意味を成さないほどに捻じくれる。
「その減らず口を今すぐにでも塞いでやろう」
「君の曲がり狂う心の刃を抉り出してやろう」
――ピー――
試合が開始される。
「くたばれェ! ――この化け物が」
「ははは! ――楽しく遊ぼうか」
両者が選択したのは機関銃。
型は違えど、攻撃法は同じ。
すなわち、大量の弾丸で相手を陵辱する。
入り乱れ、離れてはくっついて3次元的な空中銃撃戦を展開する。
立ち会いそのものはド派手だが、技能に関しては繊細さが要求される。
地味な基礎練習こそがモノを言う戦い方。
だが、両者ともに素人ではないだけあってほとんど弾が当たらない。
当たったとしても、それは次の攻撃への布石。
もしくはダメージを最小限に抑えるためだ。
通常は機関銃による銃撃戦だけでは決着はつかない。
無為な――ルーチンワークが続く。
一方。
この試合は一対一で行われるものではない。
戦う二人の相棒がアリーナの片隅にて相対する。
「まさか、このように貴様に相対することになるとはな、シャルロット」
「僕も驚きだよ、君がボーデウィッヒとチームを組むなんてね、箒」
この二人は顔見知り程度の関係にはなっていた。
あの後シャルロットはアヒルの子のように奈落のあとをついて歩き、必然的によく一夏と一緒にいるようになった。
一夏に会いに来る箒と仲良くなることは当然と言える。
シャルロットが恋しているのは一夏にではないからだ。
「それは勝手にチーム編成されてそうなっただけだ!」
「ま、そうだろうけど。一夏のパートナーを取られたからって放心して届け出を出さないのはどうかと思うよ」
激高する箒に余裕ぶった笑みで答えるシャルロット。
一本気な箒は余裕のある相手にはいいように振り回されてしまう。
「ぐぬぬ……!」
「ま、いいけど。忠告しておくけど、あの二人の戦いには水をささないほうがいいよ」
この発言は実質的には1対1を提案するもの。
2対2ではなく、1対1を二つやろうというわけだ。
実はこの提案が受け入れられると発言したシャルロットの方が不利になる。
連携をとって二人で射撃すれば、そもそも互いの武装すら知らない箒チームを抑えこむのはわけないことだ。
それなのに、そんな発言をするということは――奈落の趣味以外に考えられない。
シャルロットはそんな彼の言うことに従っているだけだ。
「それはできない。パートナーとしての義務がある。お前を倒した後は奈落を倒すのに協力する」
だが箒は否定してみせる。
否定したところで何をすることも出来ないだろう。
シャルロットが全力で抑えにかかれば助けに行けるわけなどない。
箒が得意とするのは剣――接近戦なのだから。
だから、実質的には相手の提案を飲むしかない。
倒した後にパートナーを助けに行くと言ったのは、単なる意地だ。
「相変わらず真面目くさい人だね。責任なんてものを果たして、それで何がもらえるっていうの? ま、それが君の性分なんだろうけどさ」
そんな箒をシャルロットは茶化す。
不幸には事欠かない生活を送ってきたシャルロットには、真面目なんて損気としか思えない。
さらに他人に首を突っ込むほど酔狂ではない。
ただ会話は楽に時間が稼げる。
「人間たるもの誠実でなければならん」
箒が断固として言う。
まるで枯れ果てた老人のような意見だ。
苛立たしげに拳を握る。
「誠実、ね。それを決めるのは誰なのかな……? ただ、まあ――試合だってのにお話ばかりじゃあ、それは誠実とは呼べないよね」
あっそ……そんな考えもあるよね、と言う顔。
そろそろ会話が面倒くさくなってきたようだ。
まだ銃は構えない。
「確かにな。では、篠ノ之箒――参る!」
「あは。じゃ、僕も名乗ろっと。シャルロット――行くよ」
名乗って、箒は馬鹿正直な突進をかける。
シャルロットは量子領域からショットガンを選び、まばたきの間すらなく構える。
「突撃には鼻先に花火を食らわせるのが一番だよね」
そのまま躊躇なく発射する。
タイミングは完璧。
相手が踏み込んだ瞬間に武器をロード。
さらに勢いに乗り始めた瞬間に引き金を引く。
相手は最高速に達した状態で弾丸と衝突することになる。
「かわ……せない! っち――」
箒は仕方なく手に持った刀を盾にする。
もちろん散弾の前にはそんなものはほとんど役には立たない。
だが、その反射神経は称賛すべきだ。
「まだまだ行くよ」
瞬時に武器を切り替える。
これがシャルロットの技能――
彼女は大型ライフルをロード。
高い威力で一気にエネルギーを削るつもりだ。
「させん。 ――ぬああ!」
箒はかわすでもなく防御するでもなく第3の選択肢を選ぶ。
もちろんこの距離ではかわせない。
防御したところでダメージを食らうのには変わりない。
だから、踏み込んだ。
鼻っ柱を抑えられた状況で攻撃とは――生半可な気概で出来ることではない。
「――っ!? けど、もう遅い」
驚くシャルロットはかまわず引き金を引く。
彼我の距離は二歩ほど。
ISと言えど、引き金を引く動きのほうが距離を詰めるよりも早い。
弾丸が無防備な箒に直撃する。
「……っおお!」
直撃はするが、倒れない。
気迫で耐えた。
そして、もう敵は目の前にいる。
「そんな……? 耐えるなんて――」
シャルロットは動けない。
攻撃力の高いライフルは重い。
弾が大型化しているのだから当然だ。
そして、手放すにも一瞬の時間が必要。
ゆえに――どんな行動を取ろうとも反応は一瞬遅れる。
「覚悟しろ――斬!」
箒は渾身の一撃を放つ。
腰の入った素晴らしい一撃。
審判がいたら「一本」と叫んだろう。
「で、それが?」
会心の一撃を喰らったシャルロットは、笑みを浮かべる。
沈んでいない。
「なに……っが!」
シャルロットが箒を蹴り飛ばした。
これは剣道の試合ではない。
まだ試合は終わっていない。
一撃必殺の攻撃でもなければISのエネルギーは削り切れるものではない。
エネルギーは基本的に少しずつ削っていくもので、零落白夜は例外。
蹴った勢いに乗り、シャルロットは優雅に天空を舞う。
「ま、待て!」
箒に勝機があるとしたら接近戦にしかない。
シャルロットの高速切替は距離を離されると厄介にすぎる。
ここはなりふり構わず追いすがるしかない。
多少の攻撃をくらおうと、ここで逃したら二度とチャンスは巡ってこない。
それほどシャルロットは強い。
「ふふ。残念だったね、頼れる人がいなくて」
このまま追いすがられたら、多少のダメージはあろうとも接近戦になり箒が有利になる。
その中での、この言葉。
一瞬、箒は呆気にとられる。
それで追い足が鈍くなるほど箒は甘くない。
だが、初めから箒はシャルロットに集中しっぱなしだった。
そうでなければ、すぐに距離を離されて二度と近づけない。
集中するというのは、そう悪いことではない。
目の前の敵に集中できなければ、外よりもまず目の前の敵に倒されてしまう。
だが、最善の行動が成功に結びつくとは限らない。
「え――?」
追いすがる箒に横から銃撃が加えられる。
奈落がやったのだ。
ボーデウィッヒと高速の銃撃戦を繰り広げながらも!
これでは勝てるはずがない。
二人の実力が上の人間を相手にしては、できることは限られる。
箒は判断をミスしてなどいない。
ただ、能力が足りなかったという――それだけの話。
「っぐ。ボーデウィッヒ……!」
箒が恨むのは敵を抑えておけなかったパートナー。
個人プレーに傾倒する彼女に合わせて、相手のパートナーを自分一人で相手していただけなのだろう。
そうしたければ、ちゃんと相手を抑えてろ――そう言いたげに舌打ちする。
愚痴を言う暇などあるわけない。
詰んだも同然の、この状況。
それでも箒は少しでも自分のできることをする。
「くす。終わりだね」
シャルロットがいたぶるように宣告する。
自分の勝ちは動かないこの状況。
奈落からの命令は果たしたも同然。
笑みは止まらない。
「くう、うううう――」
もはや、箒に打つべき手はない。
だが、手はないなりにできることはある。
頑張ってパートナーの敵が二人になるまでの時間を長引かせること。
それは、シャルロットの狙い通りでしかないわけだが。
逃げまわって逃げまわって――ついには堕ちる。
だが、ボーデウィッヒも箒のすぐ後に堕ちる。
シャルロットが戦いに加わるまでもなく。