「こんにちは、ボーデウィッヒ」
病室でぼんやりとしている彼女の前に現れたのは奈落だ。
もっとも、瞬間移動したとかそういうことではなく、普通に扉から入ってきた。
――何の気負いもなく。
まるで加害者の自覚がない。
極普通に友人を訪ねるように――自分が再起不能にした人間のもとにやってきた。
「貴様……! 奈落ぅぅ」
それまで凍りついたようであった瞳は、一瞬で紅く染まる。
感情を失った心に火が灯る。
そして、大きく燃え上がり――
爆発する。
「殺してやるぞ、奈落! ……あうっ」
跳ね起きて、そして手足を動かせずにベッドから落ちる。
酷く体を叩きつけてしまった。
手足は完全に機能を喪失するほどに傷めつけられている。
当然、内臓だってかなりのダメージを負っているのだ。
取り返しの付かないダメージを負った手足と、手術でかろうじて生命を保つことには成功した体。
そんな体で――まともに動けるはずがなかったのだ。
「げぼ……? がはっ、あぐ――ごほごほごほっ!?」
血を吐いてうずくまる。
灼熱の痛みが体を駆け巡る。
こんな行為は――自殺行為だ。
かろうじて生きている体に鞭打って起き上がり、しかも数十センチの高さとはいえ武防備に落下するなど。
絶対安静というのは、このような行為が起こらないようにするものだ。
「やれやれ。見舞いに来てやったというのに忙しないね。もう少し落ち着いたらどうかな?」
いけしゃあしゃあとそんな言葉を吐くのは奈落である。
命にかかわるほどの重大な損傷を与えたのは彼なのに。
そんなことは知ったことかと言わんばかりに、いつもどおりの態度だ。
申し訳無さそうな気持ちなど、彼のどこを探してもありはしない。
「シュヴァルツェア・レーゲン――何をしている!? さっさと起動しろ。VTシステムならば、今の私でも動かせるはずだ」
……許容できません
何処とも知れぬ場所から声が響く。
コアに生まれた擬似魂の声だ。
本当のことを言えばシュヴァルツェア・レーゲンは機体の名前であり、擬似魂の名前ではない。
その魂は唯一無二だが、シュヴァルツェア・レーゲンという機体は量産が可能だ。
あくまで試作機なので正式機はまた別の形になっていくだろうが。
「そんなことは私の知ったことではない」
苛ついた声で叱咤する。
VTシステムならば動けない体を外から無理やり動かせる。
絶対安静の体であっても戦えるのだ。
……今度こそ死ぬかもしれないのですよ!?
そう、そんなことをしたら無事で済むわけがない。
ISは基本的に操縦者の安全を第一に設定されている。
初めからコアにそう組み込まれている。
各国の技術レベルでは初期設定の変更は不可能だ。
ゆえに擬似魂の形もそれに沿った形になる。
「私の生死など知ったことかと言っている。さっさとせんか――道具!」
烈火のごとく怒っても、傷ついた体では何も出来ない。
歯を食いしばるしかない。
……たとえ道具であろうと、私が私であるかぎり認めません
反対する。
何があろうと、反対し沈黙する。
VTシステムどころか、装備すらしない。
「――ぐぅ。この……!」
「ん?」
ずりずりと這い始めた。
手足が動かないのだから芋虫のようにうごめくしかない。
だが、その姿は酷く哀れだ。
普通の人間性を持っていれば助け起こさない選択肢はない。
だが、奈落に普通の精神性などない。
ただ笑みを浮かべてボーデウィッヒの這いずる様を見ている。
……おやめください。その行為があなたの体にどれだけの損傷を与えると――
「死んでも構うものか。私は、絶対に勝ってやる。殺してやる。私が一番になる。そうすれば――」
「そうならなければならんのだ……!」
……先ほどまでのあなたは、そんなではなかった
「――ああ、そうさ。自分でさえわけがわからないほどに熱く燃え盛っている。今までは凍っていたのではないかと思うほどにな」
ずるずると何分もかけて数歩分の距離を踏破した彼女は――
――その歯を奈落に突き立てる。
足が動かないのなら、這いずってでも怨敵にたどりつく。
武器がないのなら素手でも向かう。
腕すら使えないのなら――噛みちぎってでも反抗する。
ぎりぎりぎり、と喰いちぎる気でもあるのかもしれない。
いや、喰いちぎる気などあるわけがない。
彼女にあるのは燃え盛る殺意だけなのだから。
どこまででも喰らいついていくほどの底無しの殺意。
「さて、一つ疑問なのだが――君はなぜそれほどまでに殺すことにこだわっているのかな?」
「…………」
噛み付いている最中に答えられるわけがない。
だが、奈落は続ける。
態度はあくまで対等に、しかし相手は這いつくばっている。
だが、そもそも聞くつもりがあるのかは怪しい。
彼はなんでも知っているとでも言わんばかりの薄笑いを浮かべている。
「それは――勝ちたいからではないのかな? 勝敗というのは元々はっきりしにくいものだよ。ルールを決めたならともかくな。そして、ルールなど決めたら――それは所詮余興に過ぎなくなる。ゲームは所詮ゲームというわけだ」
「君は勝ちたいんだよ。ゲームとかそんなものではなく、決定的に、絶対的に、致命的に。では、絶対の勝利とは何かな? 相手を殺す――それこそが唯一の絶対的な勝利と呼べるものだ。それが分かっているからこそ殺意に固執する。お前はただ勝てればいいのだろう?」
「だが、それではつまらんぞ。お前は力を持っていない。私達のような、世界と対峙出来るだけの力を持っていない。だからわからぬのだろうな――誇りが。力を持った者の矜持など」
「真なる強者は己が理想に準じる。そして、己が力に恥じぬ行いを何よりも己に課す」
「そう。私は人を超える異能を持つ人外。私には人外としての誇りがある。君も人など捨ててしまわないか? 私とともに来い。もう怯えなくてもいい。私と一緒に新世界を創造しよう」
悪魔のような甘い言葉に、彼女は端的に返す。
「くひゃばれ」
と、噛み付いたままで。
短いが、絶対的な拒絶。
交渉の余地などわずかたりともない。
「やれやれ。これは、導いてやる必要があるのかな。弱く儚い人間で在り続けることをよしとするわけではないだろう? 強き者に到達するまでの道を私が示そう。目の前の感情に取り込まれては、大義など語れない」
訥々と内心を吐露する。
そして、優しく犯すように世界に語りかける。
「おいで、私――【
空間に白濁した奈落が開く。
その姿は雄大で、とても矮小である。
白い孔には歪な剣未満の刃がズラリと並ぶ。
無数の刃。
無数の能力が彼の異能。
完全発動はしていない。
言霊を省略したせいで現実への定着が不完全になりノイズが混ざる。
「こ、これは――?」
流石に驚く。
噛み付きも忘れざるをえない。
「な、なんだこれは? もしかして、本物の超能力か」
「そうとってもらっても構わない。実際には終わった世界の法則を引き出しているにすぎんが。ま、超能力という認識でも問題ない」
癖なのか奈落は意味のわからないことを言い出す。
この言葉は仮想観測論を理解できることを前提にしたものだが――ボーデウィッヒは聞いたことすら無い。
あるわけがない。
「超能力など馬鹿げている!」
「そうか? ISなどというものがある以上、超能力くらいならあってもおかしくないと思うぞ。実際には製作者も能力者という意味では私と同類ではあるのだがな――」
「待て、お前は篠ノ之束と同じ能力を持っているのか?」
「いや、起源が同じというだけの話だ。ま、これだけの能力があれば、どれかはかぶっているかもしれないがな。しかし――
「しかし、これは、これほどとは――」
「ま、そもそも私はこの世界の人間ではないからな」
「え?」
「なんでもない。それよりも、だ――」
奈落はボーデウィッヒの頭を掴み上げる。
そこで目線を同じにした後、言う。
「我々の目的は――――だ」
「っ!? そんなことが許されるとでも……」
「許される? 違うな、我々が従うのは常識でも世間にでもなく――ただ己の誇りのみに。それが化け物の流儀だ」
「――――っ!?」
「聞いたところ、君は教官になるのだったか? 私はそんなもの認めない」
「……傲慢だな」
「生命とは傲慢なものだ。そして、私はお前を化け物にするよ。なんと言おうとも、どんな抵抗を受けても」
「他にもしたものが居るのか?」
「くく、あまり答えたくない質問だな。浮気を問い詰められている気分だ。だが、お前に嘘はつきたくないから言うよ。アーカードという少女を引き上げた。そしてシャルロットを化け物にした。」
「ああ、あいつか。何かおかしいと思った。人間ではないのだから当然か。――で、私を何にしようとしているんだ? まさか、種族:化け物ではないのだろうな。できるだけカッコいいのを所望する」
「ギガロマニアックスと言う。お気に召したかな?」
「――ふん、考えてみればその名前を判断するネーミングセンスが私にはなかった。ISの名前を決めたのもクラリッサ大尉だ」
「そうか、なら――私はその人からお前を奪うことになるわけか。それもいい。どうせ――すべての人々は救われることになる」
「なぜ私を選んだ?」
「ああ、選んだわけじゃない。お前しかいなかっただけだ」
「私だけ? お前ならばいくらでも調べられるはずだ」
「調べても能力を持っている者がいないんだよ。ここに未覚醒者が二人も集まったのは運命が歪んでいるとでも言い様がない。」
「御託はいい。私を化け物にするのならばさっさとしろ。こんな私を上に立たせることができたら、この体をくれてやってもいい」
「――それは。いや、あくまで兵士として、かな」
「化け物になれば戦う以外に能ができると?」
「さて、それはわからない。しかし、しろと言われてもあまりできることはないんだよね」
「………………?」
「私に出来ることと言ったら、共鳴を引き出すことくらい。ギガロマニアックスは継続的な精神的外傷をきっかけに発現するが、拷問してもほとんど意味などない。肉体的な痛みが精神的な負荷を上回るために、先に体が壊れる。――どうしようか?」
「………とりあえず私をベッドに戻せ」
実は話し始めた時からずっと、彼女は寝ている状態だった。
奈落はそんな彼女を見下すような感じで見つめていた。
もちろん、奈落の眼には負の感情は全くなかった。
むしろ親近感――愛情とさえ呼べる感情がある。
ボーデウィッヒは、そんな状態に苛立ちを感じていた。
感じていても、文字通り手も足も出せなければ動けない。
元々立つことすら出来ない体だ。