IS 第三次世界大戦   作:Red_stone

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第27話 刧の眼

奈落はボーデウィッヒをお姫様抱っこで運ぶ。

特に両名とも顔を赤らめたりはしなかった。

 

優しくベッドに下ろし、甲斐甲斐しく世話を焼いてやる。

 

「私の片手だけでも動かせるようには出来んか?」

 

それに感謝するでもなく彼女は切り出す。

奈落の方も別段気にすることはない。

 

「出来るぞ、片手だけでいいんだな――【アンノウン】」

 

一瞬、影にノイズが走り動かせるようになる。

ダメージをなかったことにした。

 

「治したわけではないがな。因果を拡散させて世界を誤魔化しただけだ――1時間もすれば傷は戻る」

「ふん、1分あれば十分だ」

 

そう言って――まるでためらいもなく治った手を花瓶に叩きつけてしまう。

盛大な音と共に花瓶が砕け散る。

そして、無数の破片が手を傷つける。

鮮血が散る。

 

ぐっと握りこんだ手には破片が掴み取られていた。

壊すと同時に破片を握り込んでいた。

おもむろに手はかざされ、首へと走る。

 

「――っ!?」

 

奈落でさえ息を呑む。

自決? 一瞬頭をよぎるが、そんなことをするはずがない。

 

「くく。これでいいんだろう? 私は死にたくないが――だからこそ”やる”。お前が言っていることが本当であるならば、死の淵で目覚めるのはむしろ順当と言う他ないな」

 

思い切りの良い。

いや、精神だけならすでに化け物。

だからこそ資質を持っているのか、それとも持っていたからこうなったのか……それはわからない。

だが、こんなこと想像できるか!?

想像できたとして――行動に移せるわけがあるか!

 

だって――奈落の言っていることがただの妄想だという可能性すらある。

何かの勘違いをしている可能性だって……

ほんの少し前までは敵だった。

殺したいほどに憎い敵だった。

その敵の言葉をどうしてこうまで信じられるのか。

 

「くくく。くく……くく――うぐっ!?」

 

狂ったような笑いを浮かべ始めた彼女の笑いが止まる。

その顔に浮かぶのは恐怖。

笑いから恐怖の転落は、いわく言い難いほどの狂気を感じさせる。

首を傷つけたらどうなるか、わからない年齢ではなかったろうに。

 

「うぐぐ……ぐぐ……! 血が、止まらない――」

 

破片を投げ捨てて傷を手で抑える。

それでも血は後から後から流れだして――

 

「大丈夫か……? 自分で傷つけたんだろうに」

「あう……! な、治して―― なんで、何も起こらない……?」

 

すがるように仰ぎ見る。

だけど――

肝心の救い相手はふいっとそっぽを向いてしまった。

治してもらえない……!

 

「ああ――。し、死にたくない。と、止まって」

 

止まらない。

血が止まらない。

おろおろと慌てても、もう手遅れ。

やってしまったことは取り返せない。

 

そもそも首を切ったくらいで簡単にギガロマニアックスになれるなら苦労はしない。

すうっと意識が遠くなってくる。

手足が動かない絶望を味わっただけに、それは苦痛よりも怖い。

 

「嫌だ。負けたくない――勝ちたい、全てに」

 

死ぬ恐怖が、勝利への欲望に変わった時――世界が割れた。

新しい世界が生まれ、壊れる。

その世界は無為に消えていくが――傷跡だけは残る。

それは捻れた剣でなりて姿を現す。

剣であって剣でなき亡き刃は、発生源のギガロマニアックスに宿る。

 

「生誕おめでとう、ラウラ。助けてやれなくて悪かったね、直接治してしまうと悪影響を与えてしまうから」

「お前の事情などどうでもいい。私と戦え」

 

いきなり切り出す。

先程の事と言い、感情の起伏がでたらめだ。

怖がっていたと思ったら、戦いたがる。

まるで脈絡がない。

 

「理由を聞いてもいいかな」

「お前に負けたから、それだけだ」

 

ラウラは躊躇う様子もなく立つ。

先ほどまでは動けなかった体で、ずいぶんと恐れ知らずなことだ。

彼女はISをまとう。

ISの方にも体が治った以上、拒否する理由がない。

 

「いいよ。でもアリーナを借りてるわけじゃないから――やりにくいフィールドになるかもね」

 

奈落はそう言って、病室のドアから出てしまう。

ISすらもまとっていない。

何をやっているのだか、てんでわからない。

そこは、病室でも戦う場面だろうに。

逃げたか?

――まさか。

 

「――ふん」

 

鼻を鳴らしたラウラはそのままドアをくぐる。

何かを確信している。

何かとは――奈落が能力を使ったことに違いない。

 

それでいて、本の僅かの躊躇すらもない。

彼女にはその先がわけのわからない異次元空間につながっていることがわかっていたのに。

ドアを開けたその先は猛毒の大気が渦巻いていてもおかしくない。

それとも猛獣の腹の中?

どちらにしろ、ろくな場所には繋がっていまい。

 

危険意識の欠如?

そんなレベルの話ではない。

イカれているとしか言い様がない。

きっと、奈落と同じように。

 

 

扉をくぐった、その先は――

 

「――遊園地。悪趣味だな」

 

扉をくぐったら、そこは遊園地でした。

そんなファンタジーを見ても、どこかがおかしい彼女は眉一つ動かさない。

それにしても不気味な遊園地である。

ちゃんと整備されているのにもかかわらず、人影すら見えない。

寂れているよりも、むしろ不気味にすぎる。

 

「そう言うな。ランダム設定だ、私の趣味じゃない」

 

声が降ってきた。

奈落は観覧車の上に乗っている。

ISはもうまとっている。

仁王立ちして――今にも銃を抜きそうな雰囲気である。

 

「障害物は多いが、構わんだろう」

「むしろ好都合だ。私の――運命を支配する眼の前ではな」

 

ラウラは眼帯を外す。

元々晒されていた左目の色は赤。

そして隠されていた右目は金。

人工的に移植されたナノマシンが不適合の果てに眼の色すら変えてしまった。

その本来の働きは反射神経の強化。

しかし、それは正常に働くことなく体全体のバランスを崩してしまった。

それがゆえに全身の機能自体が低下した。

織斑教諭に師事するまではISもまともに扱うことが出来ないほどに。

隠していたのは両目の視力が違いすぎるために、片目で見るよりも距離感がつかみにくくなるためだ。

だが、今――その眼帯を外した。

 

「なるほど、それが君のディソードか」

 

ディソ-ドとは本来、妄想具現の補助でしかない。

武器としての機能は、むしろ余計なものと言える。

ISをまとっているならば、邪魔でしかない。

だから、言葉であっても、ただの孔であっても関係がない。

ラウラの場合は目であった。

ただそれだけの話。

問題なのは――その能力。

ディソードは超常的な攻撃的異能を有する。

彼女はその目で何をしてくるか……?

 

「そう、私の【(アイオン)の眼】だ。これがある限り、お前に未来はない」

「見せてもらおうか」

 

仁王立ちして待ち構える奈落に答えるように機関銃を連射。

奈落は上に飛びながら、同じく機関銃を装備。

そのままやってきたジェットコースターに乗る。

遊園地での戦いは遊具をどう利用するかが鍵となる。

幸い、ここは異次元空間であり壊しても迷惑する人はいない。

 

「これはどう――何っ!?」

 

飛び移ろうとした時、コースターが壊れた。

……初めの機関銃の掃射。

それがコースター下部の鉄骨に当たり、弾が跳ね返った。

その跳弾が金具を壊し、飛び移ろうと力を込めた瞬間にコースターが空中分解した。

――そんな馬鹿な!

どんな偶然だ。

幸運とか不幸とかそんな枠では捉えきれない。

 

「ぐっ……!」

 

吹き飛ばされる。

大砲の攻撃が当たったのだ。

ジャンプを失敗したところへの射撃は避けられない。

コ-スターが壊れることを予想していなければ、こうは行かない。

 

そのまま落ちた奈落は地面と激突。

いや、自由落下にまかせて降下、地面を蹴って這うように加速した。

蹴りの威力は凄まじく、二度目の爆発が起きたかと錯覚するほど。

 

そして、ラウラは突っ込む奈落に対し、大砲を明後日の方向に撃ち放つ。

それと同時に奈落は地面を蹴って方向転換……砲弾に飛び込んでしまった。

2度の大砲の直撃を受けてしまった。

 

意図はわかる、彼の方は。

方向転換して進行方向に撃ち込まれる射撃を避けようとしたのだ。

一直線に飛び込むのは素人がやることだ。

適当に方向を転換して軌道を読ませないようにする。

それが玄人のやり方だ。

 

だが、ラウラは更にその上をいく。

転換の方向を読んだ――右か左かは勘でやっても二分の一で当る。

だが、転換の瞬間は読めない。

奈落としてはいつやってもいいからだ。

 

「いや、今のはかの三つ首なら予測できた。だが、跳弾を読むことまではできなかったはず。単なる上位互換か? ――未来予知の能力」

 

三つ首。2つ目のISコアを利用して相手の動きを完全に予測してみせた敵。

あれならば、方向転換の瞬間でさえも読める。

運命を支配するとは――未来の予測?

 

「そう思いたいなら思うといい。現象としてはそう間違った解釈でもない」

「――何?」

 

未来予知の能力ではない?

いや、彼女の言い方からすれば同系統の能力だ。

ならば、さらなる上位互換か。

しかし、予知の上にある能力とは……?

 

「ぼさっと考えていいのか? 私は攻撃をやめないぞ」

 

ラウラはことさらに銃を掲げてみせる。

――自分の力に酔っている。

 

「なら、私の方も見せようか。未来を読んだところでどうしようもないほどの圧倒的な暴力を」

 

奈落も対抗して――というより面白がっているのか?

背後に2次元の黒い箱が出現する。

3次元的な遷移を繰り返しながら、ノイズを撒き散らす。

厚さは”ない”。

AI1とだけ書かれた漆黒。

 

「――む」

 

ラウラもさすがに警戒する。

 

設定開始(order start)。システムAI1(オール・イン・ワン)――妄想発現(set) 仮想観測(virtual observation) form 【string】 install start……O.K.」

「何だ、それは――?」

 

そこにあったのは――

――糸。

 

糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸…………

 

無数の糸がそこにあった。

糸と言ってもワイヤーのように太い。

それでいて、切れ味は折り紙つきだ。

もっとも、世界で最高峰レベルのものでしか無いが。

 

「666本」

「……?」

 

奈落がわけのわからないことを言い出した。

ある種恒例とはいえ、理解し難い。

いや、この場合はわかるのを拒否しているのか。

奈落の後ろでとぐろを巻いている渦が耳障りな音をたてる。

 

「糸の数さ。獣の数字に合わせてみたんだが、どうかな?」

「どう、だと……。そんなめちゃくちゃな能力があるか! 666だと、そんな数を相手にできる人間など居るものか」

 

666本とは糸の数だったらしい。

それにしてもでたらめすぎる。

シュヴァルツェア・レーゲンにはワイヤーが装備されているが、数は十に届かず同時に扱うのも5本が限界だ。

それがいきなり666。

インフレもいいかげんにしろ、と叫びたくなる。

とはいえ、未来予知も大概であるが。

 

「――行け」

 

無数の糸が迫る。

糸と言ってもワイヤーに近い。

触れたら切れるほどには鋭い極細の糸が逃げ場もないほどに密集している。

ISを纏っていたら体が切れることはない。

だが、引きちぎれるほどに柔くはなく、それでいて触っているだけでダメージが蓄積する。

目の前が見えないほどの糸の洪水。

 

「……くく。なるほど、これほどとは――っ! だが、私には通じない。人間であれば、恐ろしいと思うのだろうがな――」

 

迫り来る津波に3発だけ斉射する。

もちろん、その程度でどうにかなりはしない。

十数本はちぎれたが、ただそれだけ。

そんなものは圧倒的な数に飲み込まれてしまった。

 

「VTシステム、発動」

 

黒い機体が津波の中から飛び出す。

どう考えてもあり得ることではない。

先ほどの射撃が糸をたわませて、接触した糸に順次衝撃を伝える。

跳ね返って、たわんで――道ができた。

一直線に突き進める道。

もちろん、隙間もないほどに密集した糸だ。

そこ以外はすかすかどころかギチギチになっている。

 

悪魔だ。

――マクスウェルの悪魔。

それは絶対確立に反する架空存在。

小さすぎる確立は絶対に現実には起こらないという、ただそれだけの話。

だから悪魔は現実には存在しない。

けど、“ここ”なら?

ラウラの刧の眼が支配する世界ならばどうだ。

無数の糸が重なりあった間に隙間ができるなんて現実世界であり得ることではない。

どんな確立だ――1億回に一回か?

馬鹿な……そこまで起きやすい確立のわけがない。

無限の試行を行っても、起こるかどうか。

 

――そう、ラウラは悪魔を使ったのだ。

運命を支配する眼――【刧の眼】で。

存在しえないはずの低確立を引き釣りだした。

 

糸の洪水を突破したラウラは奈落へと迫る。

大砲を2度も直撃させたのだ――相手のシールドエネルギーは残り少ない。

気迫とともに斬りかかる。

 

「――斬!」

 

VTシステムを利用した――

否、あれはもはやVTシステムなどとは呼べない。

泥のように変形する装甲を集めて、一箇所だけを強化する。

そんなものはシステムには存在していない。

黒い脈動する闇がラウラの腕にまとわりつきアンバランスな悪意を影現する。

 

奈落にすら捉えることの出来ない神速の一撃が閃く。

まともに喰らった奈落は地に叩きつけられる。

 

そして、起き上がることは出来ない。

絶対防御が発動した。

試合であれば文句なくラウラの勝ち。

 

「――【アンノウン】」

 

ざらりと影にノイズが混ざり、事も無げに立ち上がる。

これまでのダメージを全て無かったことにした。

 

「――『狙数増』。――『これっきりの厄足』。――『剣思足帝』。――『前人未刀監』。――『流血倫理』。――『弾眼剣』。――『死刑執刀』。――『一刀骸』。――『威力細胞害』。――『護神経』。――『深い絞殺』。――『免疫効果』。――『不利要塞拳』。――『奇想憤慨』。――『反射舞踊』。――『痕払い』。――『業苦楽情土』。――

 

そして、無数のスキルを発動。

ラウラに迫る。

だが、その手は直前で止まる。

 

「――なぜ構えない?」

 

彼女は微動だにしていない。

勝ち誇った顔で奈落を見据えている。

――奈落は今すぐにでもラウラを殺せる状況であるのに。

 

「私の勝ちだ。これ以上やる必要はない」

 

そう言って――やはり動かない。

 

「…………そう。なら、いいよ」

 

抵抗しない子を殴るつもりはないしね、と奈落はつぶやく。

この異空間とともに消えてしまった。

遊園地にいたのが嘘のように病室に一人立つラウラは満ち足りた笑みを浮かべる。

 

「――気持ちいいな、これが強者の見る世界か。ああ……奈落、私は決めたぞ……!」

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