「貴様らに朗報がある」
ラウラのいない教室での第一声。
織斑教諭の凍てつくような声がうるさい年頃の子娘たちを黙らせる。
「臨海学習だ。大手を振って遊びに行けるチャンスが――」
喜べという割には絶対零度の声で、その良いこととやらを話す。
修学旅行とは呼べないが――それは3年次にする予定になっている――が、実態は近い。
合宿とでも言えばわかりやすいだろうか。
もちろん、自由行動時間もある。
学校のお墨付きで遊べるのだ。
それも海で――二人の男子生徒を交えて。
一瞬で色めき立って……静まる。
でかい音がして扉が開かれた。
しん、と静まり返った中で注目が集まる。
そこにいたのはラウラ。
相変わらず眼帯をつけている。
熱に浮かされたような表情をして、ただ一点を見つめている。
その笑みは冷たいようで、熱いようなちぐはぐとしか言えない。
「……ラウラ、お前――動けたのか?」
その言葉は無視される。
いつもならば出席簿の一撃が加えられるところだろうが――これは流石に予想外で呆然と見つめることしか出来なかった。
絶対に動けないほどの重症だったラウラが立って、動いているのだ。
驚きと喜びで、何も反応ができない。
彼女はそんな驚きを意にも介さず、つかつかつかと奈落に歩み寄って――
「んっ」
――キスをした。
そして驚いて目を見開いている奈落の頭を自分の目の前に固定する。
「お前は私の嫁にする。決定事項だ。異論は認めん!」
言い放った。
そして――
「お前は保健室にもどれ」
出席簿の一撃をもらった。
何をしているのだ、という呆れや肩すかしな気持ちが織斑教諭の中に溢れてきた。
今回ばかりは馬鹿は私か――とひとりごちる。
「体調に問題はないので授業に復帰したいのですが、織斑先生?」
ラウラはあえて、教官と言う言葉は使わない。
もうそんなふうには思わない。
彼女はメガロマニアックスになって、たかが人間に対して遠慮する気持ちがなくなった。
それは勘違いであるのだが――。
拒否するなら叩きのめしてやろうか、とでもいいそうな反抗的な眼で睨みつける。
「なら席につけ。しかし演習への参加は認めん――いいな?」
一通り体を見て大丈夫だと判断した織斑教諭は彼女を授業に参加させることにした。
事実関係の確認や、予定の整理は後だ。
この分ではドイツに帰って教官になる予定はご破産。
とりあえず、まずは授業を終わらせて先方へ連絡。
実は学園のカリキュラムはけっこう詰まっているので、悠長に私語をかわしているわけにはいかないのだ。
あとで話を聞くからな――と眼で念を押す。
「了解しました」
傍若無人にうなづく。
織斑教諭はとりあえず問題を先送りにすることを決めた。
貴重な授業時間を浪費する訳にはいかない。
気を取り直して話を戻す。
「では、先ほどの話の続きだ。山田先生、お願いします」
時間の余裕がなくなってきた。
声が少し早くなってきている。
「はい、任されました。これから1週間後から3日間の合宿をします。皆さん、喜んでください、海ですよ。水着を新調するのもいいかもしれませんね」
山田教諭ははずんだ声で語る。
「山田先生?」
時間がないのはお前もわかっているだろうが、というドスの利いた声。
とっとと終わらせろという意思が十二分に込められている。
「はい!? ごめんなさい、余計なことを言っちゃいましたね。でも、自由時間もたくさんありますから、行きたいところを調べておいたほうが楽しめますよ。パンフレットを配るので、お友達同士の話は授業の後でしてくださいね」
「そういうことだ。では、配り終えた時から授業を始める」
「おい、奈落。どういうことだ?」
授業が終わると、さっそくやってくる男が一人。
キスをされた親友の様子に興味津々である。
「一夏か、お前と会うのはずいぶんと久しぶりな気がするよ」
そう答える。
これでも奈落なりにはぐらかそうとしているのだが――
「いや、けっこう会ってるだろ……? って、そんなことはどうでもいいんだよ。お前、ボーデウィッヒとどういう関係だよ」
あっさり流されて元の話題に戻る。
奈落はとても言いづらそうに語りだす。
「いわく定義しがたい――というよりも未定だ。とりあえず”同類”ではあるがな」
それだけを口にする。
自身にもわかっていない様子である。
なんでもわかってるようで――自分のことはてんでわからない。
それも、今回ばかりはわけの分からなさを楽しむことも出来ない。
「同類? つきあったりするのか」
「さて、それは――」
懲りずにはぐらかそうとする。
「僕も聞きたいなぁ、奈落」
そこにシャルロットが登場する。
表情こそにこやかであるものの――かなり怒っている。
「シャルか。同類に対して銃をぶっ放す訳にはいかないだろう……それだけだ」
「へー、ラウラ相手なら油断しちゃうんだ。キスされるほどに」
からむような声。
その声には嫉妬が含まれている。
「事実がある以上、否定出来ないな」
「じゃ、ここで僕が殴ったとしたら――奈落は受ける?」
「それなら、無理だろうな」
「なぁんだ、そういうことか。ちょっと、焦っちゃったかな」
「? よくわからない」
「それでいいよ、奈落は人の気持なんてわからないままで、ね」
「シャルロット、お前は敵か?」
いきなりラウラが登場する。
「シャルでいいよ、ラウラ。敵かどうかはちょっとわからないかな」
「わからない? お前は何を言っている」
「ん? ラウラにはわからないのかな。世界には敵でもなく、味方でもない人があふれていて――そいつらは敵よりも厄介だってことを。僕らは恋敵になるかもしれないし――それより厄介な第三者になるかもしれない」
「まあいい。とりあえず、邪魔だけはするなよ」
「いいよ。君がなにかやってる隙にするりと入り込んじゃうかもしれないけどね」
「好きにしろ」
「奈落、あいつら何を話してるんだ?」
「よくわからん。だが、話は終わったようだ」
こちらは男二人で話している。
男には女心がわからない、というよりも――こいつら二人が鈍感すぎるのだろう。
「奈落、買い物に行くぞ」
またもいきなりなラウラ。
会話をつなぐという経験が圧倒的に不足している。
「足りないものがあるのか?」
こちらも女との経験が不足している。
女は不足かどうかで買い物なんてしないというのに。
しかし、それはことラウラに限っては適応されないだろう。
「いや、クラリッサ大尉からお前好みの水着を買いに行け、と」
「ラウラ? それ、本人に言っちゃダメだよ」
呆れた様子でシャルロット。
「何だと。では、どうすればいいのだ?」
「あはは。そんなこと、僕も知らないよ」
「……ふん」
「じゃ、奈落。僕達の買い物について来てね?」
「っな!? 割り込むつもりか」
「何のことかな? 僕も新しい水着がほしいだけだよ」
「じゃ、俺達も付いて行っていいか」
割り込む一夏。
空気の読めなさには定評がある。
「「へ?」」
シャルロットとラウラの二人はあっけにとられる。
気迫のある二人が間の抜けた顔をすると、妙にかわいく見える。
「いや、奈落とは最近話してなかったからさ。良い機会だと思って。いいだろ。な、奈落」
「私に聞くな。そっちの二人に聞け」
「私もご一緒しますわ!」
セシリアが叫ぶ。
顔は真っ赤だ。
「セシリアか。一緒に来るか?」
「ええ、もちろんです」
ぶんぶんと首に振る。
絶好のチャンスだと思ったのだろう。
しかし、何度だってふいにしてきたわけだが。
さっさと告白なりすればよいものを。
「なぜ貴様らと一緒に――むぐ」
「ラウラ、黙ってて。そういうことなら構わないよ」
抗議の声を上げるラウラをシャルロットが無理矢理に止める。
目でどういうことだと聞いても、微笑むだけ。
「サンキュ」
微妙な雰囲気には相変わらず気づかない一夏。
「では、五人で行くわけか。大所帯だな」
こちらも人の気持ちを解さない。
「そうだね。でも、問題ないよ」
「そうか?」
腹に一物ありそうなシャルロット。
他のうぶな女達とは一味違う。
「そうだよ」
「まあ、別に構わんがな」
「で、奈落。結局どこに行くんだ?」
「私に聞くなというに……」
やれやれと首を振る。
男たちは蚊帳の外である。
「ラウラ、いいところ知ってる?」
「私がショッピングモールなど知るわけがなかろう」
「言い出しっぺは君でしょうに」
「なら、×××ショッピングモールを提案しますわ!」
ここぞとばかりにセシリアが主張する。
そこはバスで行ける大規模な遊園地と専門店の複合地である。
「ああ、あそこね。うん、いいんじゃないかな」
「その辺はそっちに任せるぜ」
「それにしても、奈落さん。いつの間にそちらのお二人と仲良くなりましたの?」
「シャルとは三日前、ラウラは――今日か?」
戸惑いを含んだ声。
いつも断定的な彼にしては珍しいが、それだけつかみそこねているということだろう。
「いや、昨日だな」
ラウラが引き継ぐ。
どうやら彼女の中では戦いの中で――いや、おそらく戦いに勝ったことで“仲良く”なったのだろう。
「デュノアさんはともかく、ボーデウィッヒさんは奈落さんのことを恨んでいたのでは?」
「勝ったからな、恨みなどどこかに行った」
彼女の殺意は勝利への渇望の裏返し――勝ててしまえば殺せなくともよいのだろう。
「勝っ……!? 本当に?」
そんな馬鹿な! と口をあんぐりと開けて驚く。
驚いたのは彼女だけではない。
一夏もまた、ひどく驚いている。
彼を倒すなど想像すらできなかったのだろう。
その偉業を成し遂げたこの妙に可愛らしい人物を仰ぎ見る。
「ふふん、本当だ」
「奈落さん?」
確認を取る。
それほどまでに信じられない。
「本当だぞ。ただの試合とはいえ、ラウラの勝利だ」
「ただの――。いえ、そういうことですか」
「え? どういうことだよ、セシリア」
「わからないんですの、一夏さん。ボーデウィッヒさんは奈落さんのエネルギーを0にした――そういうことですわね」
「うむ。何を言っているのかわからないがそのとおりだ」
「なら、本当の殺し合いだったら奈落さんにはまだ手はあったはずです」
「……なぜお前がそんなことを知ってる?」
「嫌ですわ、これでも奈落さんに力をもらいましたもの。あんな馬鹿げた超能力を持ってる殿方が、試合などで全力を発揮できるわけ無いでしょう」
「――ふん、そのとおりかもしれないな。つまり、私は阿呆というわけだ。馬鹿げた超能力とやらを公衆の面前で晒した」
「あれは事故で片付けられましたから、そんなに気落ちすることはないかと」
「見られた――その時点でもう対処されていると考えても問題はないな。ま、それこそ――問題にはならん。あの程度をどうにかしたところで――無意味」
「自信がお有りですわね。ま、奈落さんを倒したのだから当然とも言えるかもしれませんが」
「そんなことはどうでもいいんじゃないかな。今は水着を買いに行くことを考えたほうがいいと思うけど。まあ、後決めなきゃいけないのは時間くらいのものなんだけどね」
「じゃ、10時校門前に集合でいいんじゃないか? デュノア」
「シャルロットでいいよ、その代わり僕も君を一夏と呼ぶね」
「ああ、構わねえぜ」