本音と二人で朝食を食べて、これからは始業だ。
続々と生徒たちが集まっている。
さて、辛気くさい顔をした奴が来た。
恐らく何で自分が珍獣みたいに観察されなきゃいけないんだ、と思っているのだろう。
私みたいに堂々と視線を無視していれば、自然と人に避けられるようになるのにな。
顔はそこそこ整っている。
典型的な日本人の顔だ。
ひとつ言えるのは苦労が顔ににじみ出ているということ。
推測を交えるならば、ぼにゃりしていて鈍そうだとことも入るかもしれない。
ん? 顔を輝かせた。
私の方に近づいてくる。
「よう! あんたもIS学園の生徒か。それ、男装じゃないよな? あー。良かった。IS学園に入学する男は俺一人だって聞いてさ。不安だったんだよ」
「よろしく一夏。私の名は神亡奈落と言う。まあ、私の入学は強引にねじ込んだから聞いていないのも仕方がない」
一目見れば女装の麗人かと思われるような少年が返す。
この姿からはテロリストをわざっわざ挑発するような粗暴さは感じられない。
むしろ、守りたくなってしまうような顔。
――この雰囲気を無視できればの話だが。
「そうなのか? いや、でも助かったよ。さっきから凄い視線は感じるんだけど、誰も話しかけてくれなくてさ。誰に話しかけていいのかもわかんなかったし。――うん。俺達二人だけの男子だしさ。仲良くしてくれ」
「こちらこそ。思っていたよりも面白そうな男で嬉しいよ」
普通という言葉が似合いそうな少年――一夏は奈落の破滅的な、もしくは退廃的な雰囲気を気にもせずに話している。
話しかけるどころか近づくのにすらためらわれるこの気配。
これに名前をつけるとするなら「
「へ?」
「いや、なんでもない。こちらの話だ」
だが、奈落と話せているという事実はもう一つの真実を示唆する。
――この男もまた、普通ではない。
とてつもない心の闇を秘めている。
奈落は思う。
そう、まさか――これほどとは。
一見してぼんやりとした人の良い少年だが、これほどの闇を抱え込んでいるとは。
突つくだけでも破裂しそうだな。
「ところで、何で俺の名前を知ってたんだ?」
「お前のことは色々と知っているさ。……有名だからな」
奈落は舌なめずりしながら愉悦に目を細める。
この今にも破裂しそうな気配が面白くてたまらない、とその顔は言っている。
「うお!?」
「む――」
黄色い歓声に驚いてしまう。
一夏に至っては涙目になっている。
ヒソヒソと、あの二人ってそういう関係だったの。とか、きゃー、萌える。とか。女子達はそんなことを言っていた。
「席に着くか。そろそろ教師が入ってくる」
「――え? ちょ、お前。この状況をどうする気だ。なんか凄い騒がれてるぞ」
おろおろしだす一夏に構わず、奈落はさっさと席についてしまう。
世間体なんてものは完全に無視している。
「気にするな。私は気にしない」
「俺は気にするっつの! って、自分だけさっさと席に着くなよ!」
そんな激しいリアクションを……。
お前は芸人か何かか。
別に面白いネタではないな。
「……あの~。席についてくださーい。授業を始めたいんですけどー」
小さい声が聞える。
駄目だな。
そんな声では阿呆どもを従わせられんぞ。
まあ、手伝わないが。
「……あのぅ~」
誰も聞いちゃいない。
黄色い声が飛び交っている。
「……ふぇ~ん。聞いてくださいよ~」
もはや涙目だ。
頼りない教師だな。
一夏も一夏で、周りの目を気にして動揺しっぱなしだ。
「皆さん! 恥ずかしいとは思わないんですの!? あんなのでも教師は教師。教師の言うことはちゃんと聞かなくてはなりませんわ」
む? セシリア・オルコットか。
イギリスの代表候補生だな。
候補生らしい傲慢さ。
まだ世界を知らないヒヨコだな。
が、ISに乗ったことすらない生徒を黙らせるのには十分か。
皆そろそろと席につき始める。
ぼそぼそと小さい声でしゃべくるのはご愛嬌。
「ええ。最初はどれだけレベルの低い方々なのかと心配しましたが、ちゃんと人の言葉はわかるようで安心しましたわ。さて、どうぞ先生。存分に教鞭をお振るいになってください」
「ど、どうも~。わ、私がこのクラスの副担任の山田真耶です。皆さん、よろしくお願いしますね」
きゃーきゃーと歓声が上がる。
可愛いとか、なんとか。
完全に舐められているな、山田教諭。
「で、では皆さん初めて顔を合わせるのでしょうし、自己紹介からしましょう。ではあいうえお順で、一番目は――
「次、織斑君」
一夏に順番が回ってきた。
「……」
が、彼はぼさっと窓の外を見ている。
聞いちゃいない。
「織斑くーん?」
再度の呼びかけ。
「……」
「織斑君、なんで返事してくれないんですか?」
涙目になった。
もう泣きそうだな。
「へ? ってうおっ!」
一夏もやっと気づいたか。
「あのぅ。自己紹介をやっていて、今は織斑君の番なんです。えっと……事故紹介をしてもらわないと私が困るんだけど、やってもらえませんか?」
「いや、涙目で頼まれなくてもしますよ」
「そ、そうですか。良かった。じゃあ、お願いします」
本当に胸を撫で下ろしてひと安心する。
そのたわわな胸が揺れるのを見て一夏が顔を赤くする。
首を振って煩悩を払ったのか、すました顔で自己紹介を始める。
「えっと、織斑一夏です」
期待に溢れた視線を一心に集める彼はそう切り出した。
少しの間黙り、なおも上がっていく期待に応えて、付け加える。
「以上です!」
ガン、と音が聞こえた。
周りを見回すと、額を机にくっつけている者が多数。
古典的なリアクションだな。
はて、私が入学したのは芸人学校だったのか。
そして、扉の向こうに怖い鬼が一人。
「馬鹿者、自己紹介もまともに出来んのか」
一瞬で現れ、出席簿で一夏の頭をガツンと殴る。
いや、叩く、か。
だが、叩くでは表現しきれないほどの威力があったな。
「げっ! 千冬姉、何でここに――」
「ここでは織斑先生と呼べ」
「うえ?」
「いい度胸だな。もう一度喰らいたいか?」
「いえ、そんなことはありません。織斑先生」
「ふむ。わかったようで一安心だ。私も生徒の頭をそう何度も殴りたくはないからな」
「さて、諸君。私が織斑千冬だ。貴様らひよっこを一年で使い物になるまで育てるのが私の仕事だ。私の言うことは一言一句聞き漏らすことなく暗記し、理解しろ。出来ないものは出来るまで指導してやろう。逆らってもいいが、その時は覚悟しておけ。――いいな?」
黄色い歓声が上がる。
その中には、私を抱いて、やら。千冬姉のためなら死ねる、とか。何も考えずに発言しているような言葉が多数。
「毎年、よくもこれだけ馬鹿者が集まるものだ。逆に感心させられる。私のクラスに集められているのか?」
呆れた顔で言っている。
同感だ。
馬鹿に兵器を扱わせても洒落にならないことが起きるだけだ。
愚かさでは何も変わらない。
異端でなければ。
「さて、諸君には勉学に励んでもらうことになる。それについては山田先生から聞き、指示に従うこと」
「さて、織斑先生がおっしゃったように私の方から年間予定を話させていただきます」
「貴様ら、しっかり頭に叩き込んだか? 返事は“はい”だ。それ以外認めん。そして、貴様らには自由に使える時間などやらん。46時中ISのことだけを考えていろ。そうでもしなければ貴様らひよっこは使い物にさえならん」
「はい。そういうわけで、10分の休憩を挟んだ後はISの基礎知識のおさらいをします。では、皆さんまた10分ほど後で」
そう言って帰っていった。
口ではああ言いながら、一々職員室まで戻るのは生徒への気遣いなのだろうか?
それにしても、織斑千冬――世界最強を名乗るだけあって強い、な。
見るだけで分かる。
おそらく、ISで強襲してもいなされてしまうだろう。
……いや、やらんが。
「おい、奈落。やっぱり、この学園って凄いな」
「設備のことか?」
一夏がやってきた。
ふむ、これが休み時間のおしゃべりというものか。
確かに人間の集中力は長続きせんが、いたずらに休憩をとったところで回復するようなものなのかね――。
「いや、女子ばっかりで肩身が狭くないか。こう、見回しても見回して女子しか居ないってのは、こう――精神的に来るものが ……」
「気にするな。別に取って喰われるわけじゃない。……注意を怠らなければ、な」
そっちのほうか。
考えてみれば、ISの整備室のことなど一夏が知るがわけないな。
とはいえ、そちらのほうは気にしなければ済む話だ。
別に暗殺者に狙われているわけでもない。
この学園からでなければ誘拐されることも考えづらい。
「おーい。怖いこと言うなよ。まるで俺が狙われてるみたいじゃないか。俺はそんな重要人物でもねぇよ」
「――いいや、重要な実験動物さ。お前がここに入学してきたのは保護されるためだというのを忘れたのか?」
ぼんやりしているからまさかとは想ったが、こいつは自分の価値に気づいていないらしい。
コイツの体なら一部だけでもどれだけの価値になるか。
生きているなら尚更。
「ああ、あれね。そんなことを説明されもしたけど、実感がわかないんだよ」
「……そんなものか。生憎だが、私には自分が普通だとは思えないからな、そういう気持ちは全く実感できん」
だが、こいつにそれを分からせるのはやめておくか。
必要なら織斑教諭がやるだろう。
わざわざ楽しい学校生活を逃亡生活に貶めることはあるまい。
「なんだそりゃ。生まれた時から重要人物なのか」
「――まあ、ね。人間はおのが存在意義に悩むそうだが、私の場合は始めから用意されていたからな」
私がこの世界に生まれた時。
――ああ、あの時の絶望は甘かった。
「え?」
「……くく。いいのか?」
話をそらすため、少し横の方に目を向けてやる。
そちらの方から視線を感じていた。
この感触は、長い間待ち焦がれていた好敵手に対するものかな?
まあ、何にせよ想われるのは良いことだ。
「は? 何が……」
「怖い女の人が睨んでいるぞ?」
アレは篠ノ之箒だな。
とにかく彼女は監視されていて、彼女の経歴でバレていないものはないと言ってもいいだろう。
なんせ、あの篠ノ之束の妹だ。
束は世界から狙われている犯罪者――さぞ肩身が狭いことだろう。
「女の人って……。ああ、箒か。元気してたか? いや――本当に大きくなったな」
一夏は気さくに声をかける。
おそらく、肩が震えていることには気づいていないのだろうな。
「らっくー。あの子、誰~?」
「本音か。ああ、篠ノ之箒だよ。幼なじみらしいな。さて、一夏にどういう態度をとるか」
さすがに制服姿をしている。
いつものだぼだぼのパジャマ服姿ではない。
似合って――いるか?
「へぇ~。キツそうな子だね。あ、おりむーの手を引いて出て行っちゃった。やっぱり、恋人関係なのかな~」
「そういうことは言うな」
だが、雰囲気はいつもどおりだ。
ほわほわとして、綿菓子のよう。
全てが混沌として、確かなものが一つとして無くなるような錯覚に陥る。
「何で~? 気になるじゃない」
「周りがうるさい。見ろ、面白がったり絶望してみたり。こんな姿を見ていると学園生であるのが嫌にならないか」
とはいえ、その心地良いカオスも女の黄色い声に吹き飛ばされてしまえば、不快しか残らない。
人間どものうるさい事ったら、ない。
「ううん。全然~」
「そうか。感性の違いだな」
私はそういうことが大嫌いだが、本音は違ったか。
まあ、いかなる時でも幸せそうな顔をしているこいつのことだ。
もしかしたら、暗い感情を抱いたことがないのかもしれない。
それはそれで――異常で、奈落的なことだ。
「ねぇねぇ。もしかして、あなた達も付き合っているの?」
「いや。そんなことはない」
「じゃあ――
一人で女子がそんな質問をして――。
それを皮切りに質問攻めに会った。
全く、先見の明は一夏にあったか。