第30話 兎狩り
楽しかったショッピングモールは終わり、その後は海ではしゃぎ回った。
今はわずかな小休止の時間。
高校生の体力は無尽蔵と呼べるほどだが、腹は空く。
昼飯を食べ終わって、話に花を咲かせる時間――専用機持ちと箒だけが織斑教諭に呼び出された。
「さて、集まってもらったのは他でもない」
深刻そうな声音で織斑教諭が切り出す。
――と、何もない空中からいきなり降ってきたのは。
「やっほー、束ちゃんだよー。いっちー、おっひさー」
篠ノ之束、ISを作った人間。
突如として姿を表し、瞬く間に世界を女尊男卑の世界に作り変えてしまった。
そして、世界は軍事力をISに傾倒させるようになった。
まさに“全てを変えた”人物がそこにいた。
「束さん? どうしてここに――」
一夏が間の抜けた顔を晒す。
テロリストとして世界に指名手配されている人間の前でお気楽なことだ。
ちなみに彼女は全世界どこでも――先進国から後進国まで揃いも揃って捕獲対象――いや、言葉を選ばなければ抹殺対象である。
一人で世界を変えられる人物など、生きていてもらっては困るのだ。
それも――近くの人間、特に一夏のように鈍感なやつには想像しにくいことであろうが。
「ふふーん、それはね……紅椿をお披露目に来たのだー!」
ばばーん、とでも効果音が付きそうなほどに明るい声を出す。
子供らしいというよりは、躁状態といったほうが正しい。
後ろに爆発を起こす小細工まで完備している。
どこまでも――人を喰ったような人物。
「あの、紅椿とは何なのでしょう? それに、あなたはもしかして――」
セシリアが言葉の内容についておずおずと聞く。
だがその先の、“あの”篠ノ之博士なのでしょうか――とは続けられなかった。
「誰、君? いっちーと箒ちゃん以外はお呼びじゃないよ。しっしっ」
打って変わって酷く冷たい声で追い払う。
世界的に有名な人物を前にしたきらきらとした尊敬は一瞬で敵意に置き換わる。
けれど、束は一顧だにしない。
「束、自己紹介くらいしてやれ」
「えー、なんで見知らぬ人にそんなコトしてやらなくちゃいけないのさ」
子供のような抗議だが、肉付きの良い大人……というよりお姉さんといった方が似合う女がそんなことをしても薄ら寒くなるだけである。
なにせ、彼女は無邪気とはかけ離れた国家の敵なのだから。
子供の無邪気さは、大人になっても捨てられないと他人の心がわからない残虐性にしかならない。
「ちょっと、いいですか? 織斑先生」
ここで、シャルロットが出てきた。
こっちには尊敬といった感情は見られない。
むしろ、人を喰ったような――この程度か、とでも言いそうな顔で。
「何だ? デュノア」
問いかける織斑教諭に応えず笑みを浮かべる。
一歩前に進み――
息を吸い込んで、言い放つ。
「
太いゴムを切るような音がした。
シャルの
実を言うとこちらが本来の使い方。
実際に物を生み出すリアルブートは言葉を現実化する彼女の能力でも、負担が大きすぎる。
本来、それは命を削って行うものだ。
だから、こういう風に筋肉を断裂させる――またはそのまま心臓を停止させるのが負担のないやり方である。
さすがに一夏たちまで殺す気はないので、これくらいに。
どうせ――織斑千冬くらいになると、心臓停止ていどでは止まりやしないのだから。
当然、筋肉が断裂したからには激痛が襲う。
それは指示した奈落ですらも例外ではない。
更には関係のないセシリアや鈴音まで。
激痛により時が一瞬停止する。
だが、あらかじめ覚悟を決めておいたのなら話は別。
「【アンノウン】」
奈落がつぶやいた
彼とシャルロット、ラウラの三人の損傷はすぐにノイズとともになかったことにされる。
なかったことにはできるが、ここまでやるのが奈落たちである。
なんせ、激痛を軽減する手段はない。
例外指定をしていると束が動く危険があるからって――自爆してまで可能性を潰した。
いきなりのことで誰も動けない。
普通、あの場でいきなり仕掛けるような人間が居るなんて考えられない。
友人に会いに来たら通行人が襲ってきた――束にしてみたらそうとしか言えない。
誰も反応できない。
不意を突かれて呆然とするしかない。
千冬も、一夏も、その他も。
ただ、奈落の意思に従って動くもの以外は。
「――っ!」
奈落が
ものものしい、と言う言葉では収まらない凶悪かつ邪悪な兵器。
6つのチェーンソーが奏でる耳障りな音が響く。
喰らえばひき肉ですら残らない。
「させん!」
そこにISをまとった織斑千冬が立ちふさがる。
その姿はまるで――魔王の前に飛び出した勇者。
彼女は強い意志で持って相対し、叫ぶ。
「何のつもりだ!?」
問われた奈落は手を緩めない。
鉄が削れるような音がチェーンソーと剣から響いてくる。
その音はますます大きくなって――。
「織斑先生こそ、何のつもりです? 彼女は第一級テロリスト。私は国連からの正式な依頼を受けて、その人類の敵を倒そうとしているのですよ」
その冷ややかな口調は冷酷な裁判官にも似て、反論を許さない。
傲慢な正義で持って押し通す。
ただし、それは国家の正義だ。
「どの口でそんなことを……! こいつを殺させはせんぞ」
千冬にとって見れば、反目せざるを得ない。
テロリストと言えど――友達を見捨てられはしない。
いや、奈落は逮捕すらせずに殺そうとしているのだから当然か。
だが――それを責めることは出来ない。
DEAD OR ALIVE――国連は束をどうにかできるのなら生死など問うてはいない。
「そういえば、織斑先生。ISを持っていたんですね、個人的な所有を認められないISを。そのコアの登録はお済みですか?」
悪魔はささやく。
今度は勇者自身の悪を糾弾する。
もちろん、ISの不法所持は殺人なんかよりもよほど重い罪となる。
束が用意したものだろうが――これが知れたらどんなに有名人といっても処分は免れまい。
「さてな。だが、私を舐めるなよ。三対二であろうと、負けは――」
元々ギガロマニアックス同士の集団戦など発生したことすらそうはない。
だが、数が多いほど有利というのは彼らの戦いにも――いや、彼らの戦いだからこそ戦況が傾くアドバンテージ。
「織斑先生」
緊迫した空気の中、空気を読まない通信が飛んでくる。
受けたのは織斑千冬。
送ってきたのは――
「山田君か。何か?」
苛ついた声。
チェーンソーの化け物を受け止めながらの通信は想像を絶する物がある。
顔をしかめただけで対応できている織斑千冬は超人と言っても、それでさえ過小評価に感じる。
だが、いくらなんでも――タイミングが悪すぎる。
通信にはほんの少しばかりでも集中する必要がある。
それはそうだ。
上の空で人の話は聞けない。
だが、そんなことをしたら……!
奈落は最強レベルの使い手だ。
表に出るような類の人間ではないとはいえ――、いや、だからこそ警戒すべき対象。
一秒たりとも注意を逸らせない。
そんなことをした日には――どんな事をされるのかわかったものではない。
それでも、聞かなければならない。
千冬は――教師なのだから。
意を決して口を開く。
それでも、手の力は緩めないように。